拡散されている「アジア人襲撃」を呼びかけるツイート

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 コロナウイルスの感染拡大に伴うロックダウン、イスラム過激派による殺人とテロ…。不安とストレスを感じるフランスで、「アジア人襲撃」をSNSで呼びかけるアジア人差別が問題になっています。既に複数の被害も報告されていて、現地在住の日本人にも緊張が走っています。

 フランスでは10月30日から、今年の春に次ぐ2回目の外出制限が実施されています。会社や学校などは継続されますが、飲食店などは閉鎖され、自由に外出することもできません。イスラム過激派によるテロ事件により、イスラム教徒に対する目線が厳しくなったり、#BlackLivesMatterのような黒人差別に反対するデモも起こったりと、人種や宗教間の対立も深まっています。

拡散されている「アジア人襲撃」を呼びかけるツイート

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「アジア人襲撃」を呼びかけるツイート

 フランスの大手メディア「Le Monde(ル・モンド)」、「LE FIGARO(ル・フィガロ)」や「Le Parisien(ル・パリジエン)」などによれば、マクロン大統領が外出制限を発表した10月28日の夜以降、アジア人の脅威となるような投稿がSNSで拡散されているそうです。例えば下記のようなツイートです。

「もう漫画を見るのはやめて、つり目で黄色い、犬を食うアジア人狩りをしよう。絶対許さない。」

 また、「LICRA(リクラ)」という反人種差別・人権擁護団体のサイトでは、メディアで引用されているツイートのオリジナル画像が掲載されています。

拡散されている「アジア人襲撃」を呼びかけるツイート

 Twitterと思われる画像に書かれているのは下記の内容です。

 10/28 20:23 @ImadPublic

「高校生は明日、第2、3外国語で中国語を履修している奴を全員捕まえて殴りつけてやれ」
 (画像が発見された時点で、844リツイート、3200以上のいいね)

 10/28 20:53 @JnkoWNT

「91、92、93、94、95県(パリ近郊)に住むすべての黒人と北アフリカ出身のやつは、道で見かけるすべての中国人を襲撃してくれ」
 (画像が発見された時点で、76リツイート、130のいいね)

 上記のアカウントに対しLICRAは法的措置を取っており、現在は凍結されています。

 LICRAのサイトにあるコメント欄には、地下鉄に乗ろうとしたヴェトナム人にマグレブ(モロッコやチュニジアなど北アフリカ諸国)人たちが近づいてきて、蹴りつける真似をしながら人種差別的なことばを投げつけていったという体験談もありました。

在フランス日本大使館からも注意喚起

 アジア人襲撃を呼びかけるメッセージの拡散に、困惑している日本人が多いのも無理はありません。

 今回の報道を受けて11月2日、日本大使館から次のような注意喚起するメールが送られています。

「新型コロナウイルスの発祥と結びつけるなどして、アジア人に対する差別的行為を呼びかけるSNSが拡散しているという報道がなされています。

 コロナ禍や連続するテロにより、フランス社会におけるストレスや不安感が全体的に増しており、先週から再開された外出制限により、人通りも減っております。犯罪に巻き込まれることのないよう、日頃より情報収集を行い、また、外出の際は身の回りの安全に十分注意して行動してください。」

 パリ在住のアナウンサー、中村江里子さんもご自身のブログで、ご主人の経営する会社のアジア人スタッフが、「口撃」を受けたことを明かしています。今回のツイッターが発端かは不明ですが、パリの地下鉄に乗っていたスタッフが、フランス人から「お前たちのせいで…」という恫喝をされたというのです。幸い怪我などはなかったそうですが、精神的なショックは計り知れません。

 今後は、アジア人スタッフがやむを得ず出勤する場合は会社負担でタクシーを使用してもらう、とも書かれていました。

 翌日のブログでも、街中で電話する時は日本語を使わないよう家族に伝えるなど、警戒されているようです。

 さらに、フランスに住む日本人が使用している掲示板サイトでも「アジア人への襲撃の呼びかけが怖いので、車で送迎してくれる人を募集」といった書き込みが見られるなど、多くの日本人が不安を感じています。

フランスでは「中国人も日本人も『アジア人』」

 アジア人にとって脅威となるSNSの書き込みは、新型コロナウイルスの感染拡大が直接的な原因です。

 実際のところ、「中国発祥のウイルスと、それを持ち込んだ中国人を許さない」というメッセージが多く、「今回のロックダウンも中国人のせいだ」というわけです。

「中国人」を名指ししているものが多いため、ならば、日本人は関係ないだろうと思われるかもしれません。

「君は日本人であって、中国人ではないから大丈夫でしょう」と言うフランス人も少なくありません。私も何人かのフランス人に同じようなことを言われました。

 しかし、見逃すことができないのは、フランスでは、今回の問題が「中国人」ではなく「アジア人」への差別として扱われていることです。

 そして、私たち在仏日本人が疑問に思うのは、「日本人だから大丈夫でしょう、というのは、裏を返せば、中国人だったら差別されても仕方がないのか」ということです。

 人種差別が起こっていること自体が問題であり、フランスに住む同じアジア人として、とても他人事とは思えません。

 そもそも、フランス人には、見た目では中国人なのか日本人なのか、別のアジアの国の人なのか区別がつかないという問題があります。外見の話を別にしても、中国と他のアジアの国の違いもハッキリ分からない人も多く、日本が中国の一部と思っている人もいます。

 冒頭でご紹介した「漫画を見るのはやめる」というツイートからも分かるように、漫画は中国の文化であると認識しているフランス人さえいます。

 ヨーロッパでは日本人が中国人に間違われること、一緒にされることも多々あります。いずれにせよ日本人も最大限に警戒する必要があるのです。

フランスでは「弱くておとなしい」中国人

 フランス中国青年協会(AJCF)は、「28日から始まった攻撃的なSNSの投稿の翌日に、中国出身の若者が襲われた」と明らかにしています。

 日本にいると、中国人は打たれ強いとか逞しいと思われがちですが、ヨーロッパ、少なくともフランスにおいては、そのイメージはありません。

 中国人は人種的にマイノリティー(少数派)ということもあり、犯罪や暴力事件などの被害者になることが多いのです。加えて、現金を多く持っているというイメージがあるため、スリやひったくりにも狙われやすいのです。

 私がフランスに住んで感じたのは、アジア人差別とは別で、フランス人は日頃から中国人を敬遠している節がある、ということです。

 モノが壊れると、「中国製じゃすぐ壊れても仕方ないよな」と言ったり、パリにあふれていた中国人観光客に対して眉をしかめる人もいました。

 私としては、フランス人に招かれたホームパーティーでの体験が一番印象に残っています。

 みんなで食事をしていたらビザの話題になり、「日本のビザは取りやすいのか?」ということを聞かれました。そこで、私は色々と説明していたのですが、同席していた中国人女性が「中国の制度は~」と言い始めると、あるフランス人が「ちょっと待って、中国のビザがほしい人なんかいるのか?」と冗談めかして言うのです。その場に笑いが起こり、中国人女性もふざけて怒っているような表情をしていましたが、私は笑えなかったことを今でも覚えています。

 とはいえ、中国人は今回の一件で黙っているわけではありません。AJCFは「訴えること、行動を起こすことが大事」とSNSで呼びかけています。実際に被害を訴えており、パリの検察庁も問題となっているTwitterアカウントの開示請求を行うなど、捜査を開始しているようです。

フランス人の反応

 こうしてみると、フランスでアジア人差別が蔓延しているかのように受け取られるかもしれませんが、もちろん、人種差別はいけない、と非難する人もたくさんいます。

 Le Mondeの「アジア人に対する暴力の呼びかけへの捜査開始」という11月1日の記事には、数十のコメントが書き込まれていました。

「アジア人がフランスに住むのは大歓迎だし、アジア人の安全は守られるべきだ」

「アジア人差別をするのは、ネイティブフランス人ではない」

 アジア人差別に対する批判だったり、アジア人を擁護したりというコメントばかりです。しかし、人種差別的なコメントは削除されるか掲載されない設定になっているでしょうから、必ずしも好意的なコメントの方が多いというわけではないかもしれませんが…。

 さらにこのコメント欄を読んで気になったのは、「アジア人は、被害者となっても見過ごされたり、適切な保護を受けられないことが多い」と感じているフランス人が多いということです。これまでもアジア人差別はあったけれど、問題として取り上げられることはほとんどなかったからでしょう。

アジア人も声をあげる時

 もちろん一番大切なのは、被害に遭わないことです。ですが、それと同時に必要なのが「自分たちが声をあげること」なのかもしれません。

 フランスのアジア人は、言語の壁もあり、犯罪被害に遭っても泣き寝入りしてしまうケースが多いそうですが、警察に訴えないと、被害が把握されず、その犯罪がなかったことになってしまいます。

 AJCFも「苦情を訴えないと、事件とされず、公式に犯罪とならないし、被害者もいないことになる。だから被害に遭ったらちゃんと通報しよう」と呼びかけています。

 私自身、今回の問題を受けて、自分たちが立ち上がり、行動する必要性を感じています。フランス在住でも、どこに住んでいても、人種差別に抗議の声をあげることはできます。

 先述のLe Mondeの記事に対して、下記のようなコメントがありました。

「政府は、これらのアジア人へのツイートを、状況が悪化する前に公に非難すべきです!」

 これは、政府が問題として扱い、適切な対応を取らないと、「犯罪がなかったかのように扱われる」だけでなく、加害者が野放しにされて、被害が拡大する恐れがあるということです。

 早期の事態収拾のためにもフランス政府の対応は重要なのです。

 フランスに住む日本人が政府に対して「アジア人差別を非難するよう」求めるのは簡単ではありませんが、政治家やジャーナリスト等のSNSにコメントする、メッセージを送るなど、小さくてもできることがあります。

 各人ができることを行動に移すこと、今の私たちが大きく声をあげることが、フランス在住のアジア人、また子どもたちの将来を左右するのではないでしょうか。

ヴェイサードゆうこ
翻訳家・ジャーナリスト。青山学院大学国際政治経済学部卒。ITベンチャーから転身し、女性向けweb媒体のライター、飲食専門誌の編集記者として執筆。2016年よりフランスに移住し、現在はYouTubeで現地情報を発信中(http://bit.ly/2uQlngQ)。

週刊新潮WEB取材班編集

2020年11月9日 掲載