ただ、あまりに長いと冗長になりがちな気もするからできればある程度短くかつ繊細に描きたい気もします。
ここで少しだけ時間を巻き戻すことにしよう――話は一時間ほど前、ドールとひかるたちがセントラルにやってくる前にさかのぼる。カントーチホーはセントラルエリアにほど近い街道にて、二人のアニマルガールが歩いていた。
彼女たちは今、ある所要の為に本来の自分の縄張りからはるか遠く離れたパークセントラルに向かっている途中だったのだ
「む~~ん……なんだか最近、パークがコントンに満ちてる気がするのだぁ……」
「そだねー。っていうか、あの「女王」の事件からパークに現れるホラーの数がうなぎ登りに上がりまくってるもんねぇ。それにほら、昨日も色々あったじゃないかアライさぁん。ドールと隊長候補のヒトが監視塔でナイトデートしてたこととかさあ」
半ばしかめっ面でそう語るのは、アライさんもといアライグマだ。そしてもう一人、アライグマの連れのフレンズであるフェネックは相変わらずの人を食ったようなほんの少し間延びした口調で彼女にそう返した。
そしてフェネックが口にした「ホラー」という単語――そう、彼女たちはただのフレンズではない。ユウキやリリアと同じ世界に生きる存在、すなわち魔戒法師であるのだ。
「あれはどーみたってデートじゃないのだフェネック! きっと、あの二人は何か見たと思うのだ……それに聞いた話だと、この島に黄金騎士がやってきたともきいたのだぞ」
「黄金騎士、黄金騎士……あー牙狼かぁ。ってことは、番犬所のひとたちも本腰いれてこの異変を解決したがってるってことかねぇ」
アライグマの言葉に、フェネックは相変わらずの間延びした口調で答えた。黄金騎士ガロ、すべての魔戒騎士の最高位にして闇を照らす希望の光。アライグマとフェネック自身は教本や伝承では知っていたが、実際に黄金騎士を目にしたことはなかった。だが腕の立つ騎士が本来の管轄から離れて別の管轄にやってくるということは、それだけ今ジャパリパークを襲っているこの事態が深刻という証左でもあった。
最も、パークにやってきた黄金騎士はスケベ全開かつ下半身と脳が直結してるような男だということは彼女たちは知る由もないが。
「だけど、黄金騎士が来たってことはこのイヘンも何とかなる気がしてきたぞ……いつだって黄金騎士が来れば、どんなホラーもやっつけてたってミライさんやゆーじが言ってたのだ!」
「そだね~。でも黄金騎士が出張ってくる案件のホラーってべらぼうに強いやつとか、すごく悪知恵働くようなやつばっかりだったから簡単に解決、ってわけにはいかないよねぇ」
「えぇ~!?」
アライグマは黄金騎士が来ているというフェネックの言葉に意気揚々とするも、その直後にフェネックから容赦なく放たれた言葉にまた驚いたように声をあげる。
そんな二人が会話を交わしている中、住宅街に差し掛かった時にその入り口に程近い場所に一人の人影が立っているのが見えた。
その人影は、灰色がかった白ののノースリーブショートワンピースとファー付きフードの白いノースリーブパーカー、切れ長の黒い瞳と灰色混じりのセミロング、その髪と同じ色合いの毛皮に覆われたイヌ科生物系の耳と尻尾という出で立ちの少女だ。
「おや、あそこに誰かいるよアライさん」
「あ、ほんとなのだ。おーい、そこで何してるのだ~!」
まず最初にフェネックがその人影に気づき、数瞬遅れてアライグマが人影に気づき駆け寄る。そのイヌ科のフレンズは彼女たちに気づくなり、露骨に嫌そうな表情を露にしながら口を開いた。
「げ、探検隊のアホコンビじゃないの……」
そのイヌ系のフレンズは、アライグマとフェネックを見て露骨に表情をゆがめながらそう口にした。
「ちょっと、いきなり何言いだすのだ!? スゴイ・シツレイだぞ警備隊の!!」
その謎のフレンズにいきなり罵倒されたアライグマは怒りを露にしながら彼女に詰め寄る。どうやら、アライグマはこのフレンズのことを知っているようだ。
「おや、誰かと思えば……「弧狼」のネブラスカオオカミじゃないか」
フェネックはアライグマを罵ってきたそのフレンズに対して普段通りの様子を崩さず、しかしその口調の端にトゲを隠さずにそのフレンズに対して言葉を投げ掛ける。
彼女の名はネブラスカオオカミといった。彼女は探検隊とは異なるフレンズたちの組織「警備隊」に属している。
警備隊とは表向きは名前の通りパークレンジャーやセキュリティと協同してセルリアンや密猟者の対処などを行う有志のフレンズたちで構成された組織だが、裏の顔としてホラーの討滅や魔戒騎士のサポートを行う魔戒法師の互助組織としての一面も持ち合わせているが、それはまた別の話だ。
「ふん…相変わらず減らず口だけは達者よね、フェネック」
「お誉めにあずかり光栄なのさー」
ネブラスカオオカミの明確な憎まれ口にも関わらず、フェネックはいつも通りののらりくらりとした様子……いや、目が一切笑っていないままネブラスカオオカミを見据えながらそう返して見せる。
「や、やめるのだ二人とも! …ネブラスカオオカミ、お前がここにいるってことは何かあったのか?」
両者の間に張り詰めた空気が流れかけるその時、アライグマがそんな二人の間に割って入る形で口を開きネブラスカオオカミに訪ねた。
「別に……歩いてたらセルリアンの匂いがしただけよ。それにこの結界よ」
ネブラスカオオカミはアライグマの言葉でほんの僅かにフェネックに向けていた敵意をほんの僅かに和らげ、しかし相変わらず無愛想な態度を崩さないまま背後にみえる住宅街の街並みを親指で示しながら彼女に返す。
「結界……?」
「なんでこんな真っ昼間に結界があるのだ? …ホラーって夜しか動けないんじゃなかったのか!?」
ネブラスカオオカミの言葉に、フェネックとアライグマの眼の色が変わる。一見、ネブラスカオオカミが指し示した住宅街は閑静で平和そのものに見える。
だが、三人がそれぞれどういうわけか毛筆、もとい魔戒法師の制式武装である魔導筆を取り出してそれを指揮棒のように軽やかに振るってみせるとそれに合わせて微かな虹色の粒子とともに奇怪な文字が踊り、その魔導筆の振るった軌道に合わせて光る軌道がそのまま市街地のほうに向かう。
だが、それはすぐに見えない壁のようなもので阻まれるとともに消え失せ、その見えない障壁は水面のように波紋を立てるだけに終わった。
「おっと……」
「こ、これは間違いないのだ! モノホンの結界なのだ! いったい何が起こってるのだ?」
自身の魔導筆から放たれた光の軌道が不可視の障壁に阻まれたのを見てフェネックは少し驚きを露わにし、アライグマは明確に驚きをあらわにした。
この不可視の障壁を彼女たちは知っていた――結界と呼ばれるそれは魔戒法師やホラーがよく使う術として非常にポピュラーなものだからだ。
「アライグマうるさい。しかもこれ、相当堅牢な結界よ……正直ウザいけど私だけじゃ入れないから、あんた達にも手伝ってもらおうか」
ネブラスカオオカミは終始アライグマらに対し友好的とはいいがたい態度のままそう返し、アライグマたちに手伝うように訪ねてきた。
「いやー、一匹狼のくせにいきなりリーダー気取るのはどうかと思うなぁ……と思うけど、まあこの状況はただごとじゃなさそうだし、いいよー。アライさんもいいよね?」
「もちろんなのだフェネック! よーし、アライさんノーブルチームの出撃なのだー!!」
フェネックの言葉にうなずきながら答えて見せるアライグマ。
「はいよーっと」
「はぁ……このノリほんとないな」
音頭をとるアライグマに対してフェネックはいつも通りののらりくらりとした様子で答え、ネブラスカオオカミはいつも通りの不愛想極まり態度のままそう返すとともに彼女らは空いた手で4枚ほどの護符を取り出してみせ4枚ずつの護符、合計12枚の護符を彼女たちはそれを一斉に眼前の不可視の障壁に投げつける。
「この結界はネブラスカオオカミの言葉通り、すごくカタそうなのだ! だからけもコーラス……もといまかいコーラスで行くのだ! 3人で息を合わせるのだぞ!」
アライグマがフェネックらに檄を飛ばす。フェネックは当然それを理解していたし、ネブラスカオオカミも終始嫌そうな彼女そして彼女らは舞を踊るかのように軽やかな動きで魔導筆を振るい印を結ぶとともに、魔導筆から虹色の光が生じだす。
そして彼女たちは一糸乱れぬ身のこなしで一斉に魔導筆を結界と展開させた護符目掛けて付き出すと、三条の七色の光がレーザーのごとく護符に向かって放たれ、それは一度収束したのちにそれぞれ展開した護符に目掛けて枝分かれし着弾。
しばし、まばゆい閃光が周囲を照らすとともに結界が揺らぎ始め……そしてちょうどセルリアンが砕け散る時と同じ小気味よい破砕音とともに護符を展開した箇所に合わせて結界に裂け目が入った。
「よーし、みんな行くのだー!」
アライグマは号令を上げつつ左手で二本の指で空間をなぞると虹色の光を帯びたルーン文字のような文様が走り、それと同時に小型のロケットブースターとスパイクが装着されたスレッジハンマーが瞬時に現れ、彼女の左手に収まる。
同様にフェネックとネブラスカオオカミもアライグマがやったのと同じように空間を指でなぞると同時に瞬時に武器が出現する……フェネックの物は大きな鉄扇、ネブラスカオオカミの物はセミオートでもボルトアクション式でもない、かなり古めかしい真鍮製の長いスコープを装備した後装式のライフル、スプリングフィールドM1873「トラップドア」だ。むろん、このライフルはただの古い銃ではない。法術により強化を施した部品と弾丸をしようしたれっきとした魔戒法師の武器のひとつであり、ホラーと戦う術の一つであるのだ。
武器を手にした3人はすでにふさがりつつある結界の裂け目に突入、そしてすぐに異変に気付くことになる。
結界で欺瞞されていた住宅街の中で彼女たちを出迎えたのはまず、おおよそアニマルガールでしか感じ取ることができないセルリアン独特の匂い。そしてまばらな銃声と爆発音、加えて大型セルリアンの物と思しき咆哮だ。
「クサい……セルリアンの匂いってのはいつもこうだ。それに……嘘つきの詐欺師のニオイもする」
「詐欺師のニオイ? なんだいそれは」
ネブラスカオオカミが鼻をすんすんと慣らして匂いを嗅ぎ分けているなか、唐突に発した「詐欺師の匂い」という言葉に怪訝そうに問うフェネック。
「なんでもないわよ……ほら隊長さんよ、いったん状況を把握したほうがいいんじゃないの」
フェネックの言葉に再び無愛想な態度に戻しながら、相変わらず棘を隠さない語気のまま空いた手で空間にルーンを展開しつつ、大型拳銃ほどのサイズのワイヤーガンを右手に展開しながらアライグマに投げ掛ける。
「わ、わかってるのだ! まずはじょーきょー判断が大事なのだ!」
アライグマはネブラスカオオカミに促されて慌ててそう返すと、ネブラスカオオカミと同じように指を踊らせルーンを構築しワイヤーガンを展開しフェネックもそれに倣いワイヤーガンを展開すると、彼女たちの近くにあったマンションの屋根目掛けてワイヤーガンを発射。
先端に強固なアンカーを持つワイヤーは勢いよくマンションの屋上まで放たれ引っ掛かるとともに高速でワイヤーが巻き上げられ、アライグマたちをマンションの屋上まで運んでゆく。
ワイヤーガンによってマンションの屋上に降り立ったアライグマたちはライフルを持ったネブラスカオオカミを先頭に移動させ、マンションの屋根の上からネブラスカオオカミがライフルのスコープと肉眼、そして聴覚や嗅覚を全て総動員させながら爆発音とセルリアンがどこにいるのかを探る。そしてそれはすぐに見つけた。
「……見つけた。でかいセルリアンが1体、随伴に小型と中型のセルリアンが10体。それと槍を持った魔戒騎士と変な鎧着た法師がやりあってる」
「ちょ、ちょっと見せてほしいのだ」
ネブラスカオオカミはライフルのスコープ越しに槍を持った茶髪のトレンチコート姿の男と、赤を基調としたSFモノの宇宙兵じみたアーマーを纏った女がセルリアンの群れと交戦しているのが見える、
アライグマはその言葉を聞いてネブラスカオオカミからライフルを貸すよう頼みこみ、ネブラスカオオカミは小さくため息を吐きながらもアライグマに持っていたライフルを手渡し、アライグマはスコープ越しにそのセルリアンと交戦している二人の男女を覗き見る。
「あれは見覚えがあるぞ! 奈々さんとワカバなのだ!」
「奈々さんとワカバ? あの二人ならこの場でセルリアンを任せていてもなんとかなりそうだねぇ」
ライフルのスコープ越しにセルリアンの群れ相手に大立ち回りを演じる二人の男女を見て、アライグマはその人物の正体に心当たりがあるのかその人物の名を口にし、それを聞いたフェネックもその人物を知っているのか普段通りの様子でアライグマに返す。だが、ここでまた別の動きがあった。
「ン? あれは……ドールがいるのだ! それにあの人は……昨日ドールと一緒に監視塔で捕まったヒトだぞ!」
アライグマが気付いたのは、セルリアンの群れと戦っているワカバなる魔戒騎士と奈々を後目にバイクで走り去っていく見知ったフレンズ――探検隊の見習いであるドールと、全く知らない焦げ茶色の髪の青年――ひかるだ。
「え? ちょっと見せてよアライさんや」
それに気づいたフェネックも怪訝そうな様子でアライグマからライフルを借り受け、スコープ越しにバイクで逃走するドールとひかるを見やる。
彼らは西に向けて針路をとりバイクを走らせているのが分かる――この先にあるのはパークセントラル、恐らくこの状況をパークに伝えに行こうとしているのは彼女たちもすぐにわかったが、ドールとひかるは魔戒法師ではないただの人間とフレンズ、当然結界が張られていていることも知るよしもなく、結界を突破することなどできるはずもない。
「なんでここにドールとあの人がここにいるんだろうねぇ……ってか、あの二人じゃここから出られないよ」
「と、とにかくうまい事言ってあの二人を止めるしかないのだ!」
フェネックがそう口にする中、アライグマは言うが早いかドールとひかるのルートに先回りする形でほど近いマンションの屋上目掛けてワイヤーショットを発射し移動。
「はーいよっとー」
「ちょっと、それ私の銃なんだけど…」
フェネックはアライグマに続く形でワイヤーショットを発射しアライグマの後を追う形で移動し、ネブラスカオオカミはフェネックが自分のライフルを担いで移動していったことに対してぼやきながらも同じようにワイヤーショットで二人の後を追う。
ワイヤーショットでマンションからマンションの屋上に素早く飛び移りつつ、ひかるとドールを追跡するアライグマたち。だがマンションの屋上に降り立ったその瞬間、ひときわ大きな砲撃音と爆発音が響き渡り一同の動きが一瞬止まる。同時に、セルリアンの匂いが一層強くなっていった。
「今の音は…!」
強くなったセルリアンの匂いと突然の爆発音に、屋上に着地するなりアライグマは身を乗り出し砲撃音がした方向を見下ろす。
そこには、あらぬ方向に吹っ飛んだバイクとそれぞれ離れ離れになる形で吹っ飛ばされたひかるとドールがいた。そして、その砲撃の主であろう戦車型のセルリアンとそれに随伴しているセルリアンたちも。
しかし、ドールは比較的軽傷だが戦車型セルリアンの随伴とおぼしきファングセルに襲われており、彼女と離れ離れになる形で吹っ飛ばされたひかるは遠目でもわかるほどに脚部や腕に大きな火傷と裂傷を負っており出血までしているのがうかがえた。
「まずい、このままじゃドールとあの人がセルリアンにやられるのだ! 早く助けないと……!」
「ダメ、このまま突っ込んでも全員やられる。それに私たちが魔戒法師だって悟られるわけにはいかない」
アライグマはロケット付きスレッジハンマーを片手に真っ先に飛び降りようとするが、直後にネブラスカオオカミに制止される。
「私もネブラスカオオカミと同意見かな~アライさぁん。それにこのセルリアン……普段見かけるような奴らとは明らかに違うようだし、ここはみんなで突撃するより役割分担しない?」
フェネックもまたネブラスカオオカミの言葉に同意を示す形でアライグマにそう持ちかける。そしてアライグマは少し考えこむと同時に口を開いた。
「――よし! それじゃあフェネックとアライさんでドールとあの人の元まで一気に行くのだ! ネブラスカオオカミは上から援護を頼むのだ!」
「はいよーっと」
「オーケー、あんた達と一緒に前に出なくて済むのは助かるな。あとフェネック、いつまで私の銃持ってんのよ」
アライグマが指示を下し、フェネックが普段通りの態度を崩さないまま答える一方でネブラスカオオカミは相変わらずの憎まれ口で答えつつ自分のライフルを背負ったフェネックに対しそう投げ掛ける。
「ああ、はいどうぞ。くれぐれもアライさんや私に「誤射」しないでよね?」
「ふん、そっちこそ大口叩いてセルリアンに返り討ちにされないようにね」
フェネックは相変わらず無愛想なネブラスカオオカミに対して売り言葉に買い言葉さながらにトゲを隠さずに彼女に返しつつライフルを手渡し、ネブラスカオオカミもライフルを受け取りつつフェネックに再びそう返して見せる。
「やめるのだ二人とも! 今は一刻も早くドールたちを助けるのが先なのだぞ!」
「りょーかい。そいじゃいくとしますかー」
アライグマは再び一触即発になりかけたフェネックとネブラスカオオカミを宥めると、アライグマはフェネックを伴い跳躍しながらドールに襲い掛かっているセルリアン目掛けて一気に落下。
そしてネブラスカオオカミはアライグマたちが飛び降りたのを確認すると同時にライフルのハンマーを起こしブリーチブロックを上方向に開きつつ専用の弾丸を装填、再びブリーチブロックを閉じスコープを覗きこみ交戦に備えるのであった。
の の の の
フェネックが重症を負ったひかるを連れて離脱し、ドールの加勢に現れたアライグマと戦車型セルリアンの戦いの火蓋は切って落とされた。
微生物のような小型のセルリアン三体とテイルセル一体が一斉にアライグマとドールに襲い掛かり、戦車型セルリアンは残りのセルリアンを随伴歩兵のように自分の護衛につけつつ後退。同時に主砲状の器官をガトリング状に変形させてみせる。
一発の破壊力よりも命中率と弾幕による防御を重視したのだろうか。
「ドール、いくぞ!」
「はい!」
アライグマの言葉にドールが答える。同時に戦車型セルリアンはガトリング砲のように変化させた主砲から嵐のごとき勢いのエネルギー弾をセルリアンもろとも巻き込みながらドールとアライグマ目掛けて発射してくる。
しかし、アライグマの指示もあってドールはアライグマより僅かに遅れながらも素早く戦車型セルリアンの射線から離れることに成功。愚かにも掃射に巻き込まれたセルリアンはテイルセルを除いた小型の個体が全て黒い結晶となって砕け散る。 しかし、戦車型セルリアンも即座に掃射を中止。生き延びたテイルセルも巻き込まれたこととフレンドリーファイアを受けたことに怒りを覚えたのか、怒りの咆哮のようなものを上げながらドールとアライグマに襲い掛かる。
だが、直後に一条の銃声が轟きテイルセルは即座に黒い結晶となって砕け散った――マンションの屋上にいるネブラスカオオカミの狙撃だ。
戦車型セルリアンは後退、随伴していた微生物型のセルリアン数体は自分のそばに置きつつ左方向に跳んだドールとアライグマに対しエネルギー弾で攻撃を仕掛けるが、アライグマはスレッジハンマー片手に素早く駆け、ドールは自分の持てる最大限の脚力を活かしてアライグマに追従しながらエネルギー弾をかわしていく。
そして、それでは仕留めきれないと悟ったのか戦車型セルリアンに随伴していたファングセルやテイルセルを小型セルリアンの支援射撃を受けさせたうえでドールとアライグマのもとに向かわせる。
「アライさん、こっちに中型クラスが来ます!!」
「落ち着くのだドール! アライさんからのいんすとらくしょん・ワン! 仲間を信じるのだ! アライさんには今フェネックの他にすないぱーという心強い仲間がいるのだ!」
「わ、わかりました!」
ドールがファングセルやテイルセルがこちらに向かってくるのに気付きアライグマに叫ぶが、アライグマはドールと違って普段通りのペースを崩さずにそう返す。そこに再び銃声が響き、戦車型セルリアンに随伴し火力支援していた小型のセルリアンがネブラスカオオカミの狙撃によって黒い結晶となって砕け散る。
随伴はいなくなったがまだテイルセルとファングセル、そして大元である戦車型セルリアンが残っている。一方でファングセルとテイルセルはアライグマよりもまだ戦闘に慣れていないドールに狙いを定め、そのまま一斉に襲い掛かる。
「うわ!」
テイルセルの強靭な尻尾と、ファングセルの剛腕がドールに襲い掛かる。しかし、ドールはアライグマが加勢したことである程度余裕ができたのかその攻撃をローリングしながら回避することに成功。そしてアライグマが急反転、そのままファングセルとテイルセルに襲い掛かる。
「おりゃぁぁ!!」
アライグマが叫びながら僅かに跳躍すると同時に一瞬だけ瞳が妖しく輝き、自身の勢いとロケットの勢いを加えたスレッジハンマーをファングセル目掛けて叩きつける。
「――――!!?」
ファングセルは即座に腕でアライグマのロケット付きスレッジハンマーを防ごうとするも、アライグマ自身の勢いとロケットによる加速を加味したハンマーの一撃はファングセルの腕を容易く打ち砕いてみせた。
アライグマのハンマーの一撃を受け、片腕を文字通り粉砕されたファングセルはまるでアライグマに恐怖を感じたかのように後退。そして後退するファングセルの援護に回るかのようにテイルセルがアライグマに襲い掛かる。
「えぇーいっ!!」
だが、アライグマを襲おうとしたテイルセルはアライグマに注意が向いていたせいでドールへの注意が完全に逸れてしまっており、ドールはその隙を見逃さずにテイルセルの側面から自身の勢いを全て乗せた引っ掻きを叩きこむ。
アライグマばかりに集中していたせいでドールを完全に失念していたテイルセルはそのせいで致命傷を受け、黒い結晶となって砕け散った。
「やりました、やりましたよアライさん!!」
「ナイスハントなのだ、ドール! あとは手負いのアイツとでっかいヤツを倒すだけだぞ!」
「はいっ!」
ドールはアライグマの助けがありながらも自分でテイルセルを仕留めた事に嬉々とした様子で言い、それにつられてアライグマも笑みを浮かべながらドールを励ますように返す。
残るは手負いのファングセルと戦車型セルリアンだ。ドールの元にはアライグマとひかるを連れて離脱したフェネック、そしてマンションの屋上からスナイパーとして援護しているネブラスカオオカミがいる――数的にみてもドールたちの方が有利なのは明白だが、セルリアンを仕留めてやや浮かれ気味なドールと比べてアライグマは手負いのファングセルと戦車型セルリアンを見ても浮かれた様子は見せていなかった。
「―――!!」
そして、セルリアン側に動きがあった。アライグマの一撃で片腕を粉砕されたファングセルは自分が不利だと悟ったのか、戦車型セルリアンの護衛にもつかず文字通り脱兎のごとく逃げ出したのだ。
だが、ファングセルが逃げ出した途端に再び銃声が轟き、ファングセルもまた黒い結晶となって砕け散った。
これで残るは戦車型セルリアンのみとなった。戦車型セルリアンはスモークディスチャージャー状の器官を形成し、そこから6発のグレネード弾上の物体を発射。
「よけるのだ、ドール!」
「はい!」
アライグマの声とともにドールはアライグマに合わせて横に跳んでグレネード弾をかわす……のだが、ここで二人にとって予想外の事が起きた。
グレネード弾は少し遅れてから起爆、同時に淡い緑色交じりの濃密なケムリが立ち込めドールとアライグマの視界を奪いセルリアンもケムリの中に消えてしまう。
「ごほ、ごほ、これは、煙幕……!?」
「げほげほっ! あ、アライさん、何も見えません!」
戦車型セルリアンが繰り出した煙幕は瞬く間に両者の視界を奪い、さらにはその濃密なケムリは二人に咳き込ませ動きまで封じてしまう。
(どこだ、どこから来るのだ……!?)
先ほどまでドールを鼓舞するほどに余裕があったアライグマは一転して焦りに支配されかける。喉や気管に絡み付くような煙幕に咳き込みながらも、それでも戦車型セルリアンがどこから仕掛けてくるのか気配を探っていた。
これが自分だけなら即座に離脱し、大体のあたりをつけてセルリアンを攻撃することもできたが、それは出来なかったーーというのも、すぐ近くにドールがいるからだ。下手に動けば必然的にドールが取り残されることになり、彼女に危害が及ぶからだ。
だがまさにその時、不意に砲声が轟いた。
「っ、伏せるのだドール!!」
「ひゃあぁっ!?」
砲声が轟いた瞬間、アライグマが叫びながらドールに覆い被さる形で地面に這いつくばらせる。
直後にアライグマにほど近い場所に着弾、爆発音とともに地面が爆ぜ飛び土埃を伴った衝撃がアライグマとドールを襲う。
アライグマは、戦車型セルリアンは明確にこちらを捕捉しているということがすぐにわかった。砲撃のお陰で戦車型セルリアンの位置も掴めたが、反撃に移ればドールを置き去りにしてしまい、結果として彼女に危険を曝すことになってしまう。
だがその時、ケムリの奥で一定間隔で七色の光が発行するのが見えた。アライグマはそれが移動していることに気づいた。
の の の の
「煙幕…? くそ、厄介な輝きを喰らいやがって……!」
戦車型セルリアンが煙幕を撒き散らしたころ、屋上で狙撃支援していたネブラスカオオカミは戦車型セルリアンがケムリに紛れ姿を隠したと同時にスコープから視線を外しながら毒づく。
こうなっては狙撃による支援は役に立たない、そもそも煙幕で狙えないからだ。
だが、ネブラスカオオカミに全く手立てがないわけではなかった。およそヒトでは使えない、フレンズにのみ許された切り札があったからだ。
ネブラスカオオカミがライフルを背負い、コンクリートの床に手を置きながら地面に手をゆっくりと息を吐き出す。すると、彼女の瞳が紫の輝きを放つ。それと同時に彼女の周囲に漂う空気が明確に変化するーーこれこそが、フレンズにのみ許された秘儀「野生解放」である。
その名の通り、フレンズの体に眠る元動物時代の記憶と遺伝子を呼び覚まし、一時的に自身の力を大きく高めるというものだ。
これは当然、パークに住まう全てのフレンズが備えている。だが魔戒法師となったフレンズには単に自分の身体能力を強化するのみならず、より応用を聞かせた使い方も存在する。
ネブラスカオオカミは身体能力を強化するのではなく嗅覚や聴覚、視覚や触覚といった感覚の強化に野生解放のリソースを回した。その直後、ネブラスカオオカミの視界にモノクロになった住宅街を自分の視点で目まぐるしく駆け巡るビジョンが映し出される。
これは、ある種の空間認識のようなものだーー野生開放の強化能力をすべて感覚の強化に回すことで音や空気の流れ、匂いなどをビジョンとして可視化することで広範囲の索敵を可能としているのだ。
その最中に、サンドスターのような七色の光を帯びた二つのおぼろげな人影のようなものが見えるーーアライグマとドールだ。
そして再びモノクロの住宅街のビジョンを駆け巡り、ドールとアライグマがいる場所から遠く離れた空き家の中に二つの人影が見える。これは恐らく、フェネックと痛手を負ったヒトの男ーーひかるだろう。
再度住宅街のビジョンを駆け巡り、今度はアライグマとドールから見て右側から二キロほど離れた地点にひときわ大きな黒い靄のような影が見える。間違いない、これが逃げた戦車型セルリアンだ。
「見つけたーー」
ネブラスカオオカミは目を見開きながら呟き、それと跳躍しつつ同時に戦車型セルリアンの潜伏場所に回り込むようにワイヤーガンでマンションの屋上から屋上へ跳躍していく。 そしてちょうど戦車型セルリアンの真上に位置取るように跳躍すると、空中で純銀でできた弾丸をブリーチブロックからライフルに込め先ほどの空間索敵であたりを付けた戦車型セルリアン目掛けて発砲。
放たれた弾丸は戦車型セルリアンにダメージを与える代わりに、着弾した瞬間にサンドスターのような七色の光が一定間隔で発光しだす。
ネブラスカオオカミは即座にワイヤーガンでまた別のマンションの屋上に飛び移り着地、そして再びライフルを目視で構えながらつぶやいた
「お膳立てはしたわよ……」
の の の の
「ーードール、アライさんからのインストラクション・ツーなのだ! 自分の野生を信じるのだ!! 野生解放はできるな!?」
「は、はいっ出来ます!」
ドールに覆い被さる形で砲撃をやり過ごしたアライグマがドールに対し問いかけ、ドールはうなずきながら答える。
「よし、仲間があのセルリアンに目印をつけたからさっきと同じようにアライさんにあわせて動くのだぞ!」
「わかりました!」
アライグマはドールから離れて立ち上がり、ロケット付きスレッジハンマーを握る手を強めながら野生解放、瞳が輝き強化された身体能力を活かして未だ濃いケムリの中を切り裂くかのような勢いで一気に駆け出す。
ドールは僅かに遅れる形で野生解放し、アライグマに続く形で一気に駆け出す。
戦車型セルリアンもアライグマとドールが接近してくることを察知したのか、主砲状の器官を再びガトリング砲のような形状に変化させた上で猛烈な勢いでエネルギー弾の弾幕を形成。
だがアライグマとドールはエネルギー弾の弾幕を掻い潜りながら縦横無尽に駆け抜け、戦車型セルリアンに迫る。
「ーーーー!!」
戦車型セルリアンは自分が不利になると悟ったのか、掃射を続けながら後退を図る。
だが、随伴歩兵もいない上に位置を晒した戦車の運命がどうなるか決まっているように、戦車型セルリアンの命運は尽きつつあった。
随伴歩兵代わりのセルリアンは全て倒され、煙幕で姿をくらましてもネブラスカオオカミに察知され、戦車型セルリアンの逃げ道は最早どこにもなかったのだ。
戦車型セルリアンが掃射を続ける中、ドールとアライグマは弾幕をかいくぐりながら二手にわかれる。
ドールは姿勢を低くしながら一気に戦車型セルリアンの懐に潜り込み、そして右手にサンドスターの光が帯びるとともに光る爪を作り出す。
「っ……てぇぇぇーいッ!!」
ドールは声を上げながら、戦車型セルリアンの左足ーーもとい履帯を右手から生じた七色に光る爪ですれ違い様に引き裂いてみせる。
「ーーーー!?」
ドールに履帯を引き裂かれ、身動きが取れなくなる戦車型セルリアン。そして、戦車型セルリアンの命運はここで完全に尽きた。
ドールが履帯を破壊したと同時にアライグマがスレッジハンマーを両手に持ったまま跳躍し、そのまま戦車型セルリアンに襲い掛かろうとしていたのだ。
「こいつで――終わりなのだぁぁぁ!!!」
アライグマが叫び、体を捻りながら半回転しつつ跳躍の勢いとハンマーに装備されたロケットブースターの加速が加わった一撃を戦車型セルリアンの主砲部にある眼球に叩きこんでみせる。
次の瞬間、戦車型セルリアンは叫び声のような声にならない咆哮をあげ一瞬赤く発光したのち、小気味よい音を立てて黒い結晶となって砕け散った。
「やった……! やった、やりましたよアライさん!! 私たち、あのでかいセルリアンを仕留めましたよ!!」
最後の一体だった戦車型セルリアンが黒い結晶となって砕けたのを見て、ドールは興奮気味に笑みを浮かべながらアライグマに対して言った。
「ふう、ナイスハントなのだドール! 初めてにしては中々ジョージョーだったぞ!」
「えへへ、ありがとうございます!」
アライグマもまた、ハンマーを背負いながらドールのもとに駆け寄り満面の笑みを浮かべながらねぎらいの言葉をかけた。
そんなアライグマのねぎらいと、初めての実戦を乗り越えた高揚感からドールは尻尾を振りながらうれしそうに笑みを見せながら答える。そして、今まで青空だったのが次第にオレンジ色がかった夕暮れ間近の空模様へと変わっていく――ドールは当然知らないが、結界で欺瞞されていた風景が本来の姿に戻ったということだ。
「はっ、そうだ! 隊長さんとフェネックさんは!?」
だがそんなことにも気づかずに、ドールは重傷を負ったひかると彼を連れたフェネックがいないことを思い出し周囲を見回す。しかし、直後に背後から声が響いた。
「はいはーい、呼んだー?」
ドールの背後から声が響き、アライグマとドールは背後を振り返る――そこには折りたたんだ鉄扇を背負ったフェネックとひかるがいた。それも、フェネックがひかるを軽々とお姫様だっこのように抱きかかえて見せながら。
「ドール、無事だったんだね! 大丈夫か?」
フェネックにお姫様抱っこされたひかるは彼女によって下ろされ、心配そうにドールに駆け寄り尋ねる。
「隊長さん! 隊長さんも無事で何よりです! ってか、足のケガはどうしたんですか!?」
ひかるが無事だったことに安堵の表情を見せるドール――なのだが、直後にひかるが普通に立っていることに驚きをあらわにしながら問う。ひかるは先ほど倒した戦車型セルリアンの砲撃によって足に重度の火傷と裂傷を負っていたからだ。しかし、今のひかるの足にはズボンに出血のシミが残るのみで傷一つついていなかったのだ。
「あー……それなんだけどね、このフェネックさんが治してくれたんだよ。気を失ってたから気づかなかったんだけどね」
心配そうに尋ねるドールに対して、ひかるは頭を掻きながらそう返す。そこに、フェネックが相槌を打つ形で口を開いた
「そーいうこと。いやー、ヒトのなのましん医療?ってのはすごいよね~。見るからにヤバかったお兄さんの傷を短時間で治しちゃうんだからさぁ」
「そうなんですか……隊長さんを助けてくれてありがとうございますフェネックさん!」
フェネックはいつも通りの間延びした口調でひかるとドールを見ながらそう返した。実際は離脱したフェネックが法術と霊薬を用いて治癒したのだが、ひかるやドールがそれを知る由もなく、ドールはフェネックに対して素直に感謝を述べた。
「僕からもお礼を言わせてよ、ありがとうフェネックさん」
「いいってことさー。しかしお兄さんも――いや、隊長さんもパークに来て早々大変な目にあっちゃったねぇ」
ひかるもまたフェネックに対して感謝の意を述べ、フェネックは相変わらず間延びした口調でひかるにそう返す。
そんな中、ふとドールが思い出したように口を開いた。
「そういえばアライさん、あの戦いのときにもう一人いるとか何とか言ってませんでしたっけ?」
「あ、そうだったのだ。だけどあいつは、そのなんというか……」
ドールの言葉に、アライグマはネブラスカオオカミの事を思い返しつつも普段の彼女らしからぬ歯切れ悪く、若干言葉に詰まりそうになる。
「私がなんだって?」
「ひゃあ!?」
不意に、ドールの背後から声が響いた。それに驚いたドールは一瞬跳び上がりながら上ずった声をあげて振り返り身構える。
そこには、古いライフルを背負った灰色がかった白のノースリーブショートワンピースとファー付きフードの白いノースリーブパーカー、切れ長の黒い瞳と灰色混じりのセミロングと、髪と同じ色合いの毛皮に覆われたイヌ科生物系の耳と尻尾という出で立ちのフレンズが、ネブラスカオオカミが立っていた。
「ドールにはまだ話してなかったな…こちらは警備隊のネブラスカオオカミなのだ! 上からアライさんたちを援護してくれてたのだ!」
アライグマはドールの背後に現れたネブラスカオオカミを見て、一瞬咳払いしたのちにそう言った。
「…アンタ達が探検隊の新入りと隊長?」
ネブラスカオオカミは目を細めながらひかるとドールに対し問う。
「えっと……まだ正確にはそうじゃないんだけどね。僕は久遠ひかるっていうんだ、よろしくな」
「はい、そうです! ネブラスカオオカミさん、さっきは助けてくれてありがとうございます! 私、探検隊のドールっていいます!!」
ネブラスカオオカミの問いにひかるは少しだけ頭を掻きながら苦笑いしながら答え、ドールは屈託のない笑顔を見せながら素直に感謝の意を示しつつ答えた。
だが、ネブラスカオオカミの返答はそんな彼らが想像していたよりもずっと冷淡なものだった。
「ふぅーん……ぶっちゃけ、期待外れもいいとこだわ」
『……え?』
ネブラスカオオカミの冷淡な言葉に、周囲の空気が一気に冷え込む。そして、ネブラスカオオカミはさらに続ける。
「判断遅すぎ、動きに無駄が多すぎ、あと野生解放も下手すぎ……こんなんならサーバルのほうがずっと上なんだけど」
無慈悲なまでにドールの戦いぶりを否定し一蹴するネブラスカオオカミ。
「そ、そんな言い種ないじゃないですか!確かにアライさんたちやあなたの助けはあったけど、それでもセルリアンをやっつけたんですよ!?」
「そうだよ、ドールは僕を助けるために頑張ったんだよ! 君がそんなこと言う筋合いなんかないだろ!!」
ネブラスカオオカミの言葉にさすがに耐えかねたか、ドールとひかるはすぐにネブラスカオオカミに食って掛かるように反論した。
「ネブラスカオオカミ、そこまでにするのだ!」
それに見かねたアライグマがネブラスカオオカミを制しようとするが、そんなアライグマの言葉すら聞き入れずにネブラスカオオカミはなおも続ける。
「『アライグマの助けを借りた』んでしょ? それと私やフェネックと、奈々たちの力もーーあんた一人じゃ何もできてない。あんた一人だけだったら、今ごろそこの隊長さんと仲良くセルリアンに食われてただろうね」
「っ……! そんなの、確実にそうなるとは限らないじゃないですか!! だいたいあなたなんて、上からその銃撃ってただけ――」
だが、ドールもネブラスカオオカミに対して一歩も引くことなく食らいつくように反論してみせる。だがドールが続けざまに言葉を紡ぎ出そうとした瞬間、ネブラスカオオカミは一言も発することなく野生開放を行い弾丸のような勢いでドールに急接近するなりそのまま顔面に貫手を繰り出してきた。
「な――」
早い。そう思ったドールは回避も防御も、まして野生開放すら間に合わずにただ身構えながら目を閉じた。だが、一考にその攻撃は来ない――ドールが恐る恐る目を開けると、ネブラスカオオカミの繰り出した貫手は文字通りドールの眼前で寸止めしていたからだ。
「ほら、やっぱり遅い――サーバルならもっと早く回避なりなんなりしてたわよ。しょせん牙も生え揃ってないお子様に探検隊なんか無理よ」
「く……!」
ネブラスカオオカミはドールの眼前にまで繰り出した貫手を下ろしながら追い打ちをかけるかのようにそう言った。
一方でドールは先ほどまでの威勢に陰りが生じ、悔し気に歯噛みするのみだ。それは、自分の技量がネブラスカオオカミに遠く及ばないということをこの短い間で思い知らされたからだ。
そして、ひかるはネブラスカオオカミの態度についに怒りをあらわにしながら口を開いた
「っ……ネブラスカオオカミさん、今のはさすがに――」
「あんたもよ、隊長さん」
ひかるが再びドールをかばう様にネブラスカオオカミに対し怒りをあらわにして言おうとした瞬間、ネブラスカオオカミはそれを遮るように口にする形でひかるの行動を制した
「あんたが何でパークに来たのかは知らないし知るつもりもないけど、ここが思った以上に危険だってことはさっきのセルリアンで知ったでしょう? 今回は運よく私やそこのアライグマたちがいたから助かったけど、次も助けてもらえるとは思わない方がいいわよ――私はそこの二人ほどお人よしじゃないし、暇でもないからね……命が惜しいなら、さっさと荷物まとめてこの島から出ていくことね」
「っ……!!」
ネブラスカオオカミの言葉は、ひかるやドールにとっては冷淡で無慈悲ながらもその一つ一つが正論である事を否が応でも思い知らされた。
言い返せないひかるとドール、そして仲裁しようにもできないアライグマとフェネックの間にかなり気まずい空気が漂う。
「ちょっとあんた逹、何してるの!」
「喧嘩はやめてください!」
その思い空気をかき消すかのように、バイクのエキゾーストとともに男女の声が聞こえてきた。
その正体はアーマーを纏ったままの奈々と、緑のトライアンフ・サンダーバードに乗った短く刈った茶髪に純朴そうな顔立ちをした、各所に軽装甲を施した茶色のトレンチコートを羽織った男だ。
奈々とその男は険悪な空気が流れるひかる達とネブラスカオオカミを制するべく、即座にバイクを停車させ降りるとともに彼女たちのもとに仲裁しに向かう。
「チッ……厄介なのがきたか。いい? 今言ったことを忘れるんじゃないわよ。でないと、マジで死ぬことになるぞ」
ネブラスカオオカミは仲裁に現れた茶髪の男と奈々と見て苦虫をかみつぶしたかのような表情――とりわけ、茶髪の男を見て表情をゆがめながらドールとひかるにそう言うとともに、さっさとその場から立ち去って行った。
「みんな、ケガはない? 大丈夫だった?」
奈々は真っ先に男のバイクから降りるなりヘルメットを外しながら心配そうにアライグマたちとドールたちに問いかける。
「あ…ダイジョブなのだ!」
「ご覧の通りピッチピチだよ~」
アライグマはさっさと去っていったネブラスカオオカミに対して思うことがあったのか若干遅れてから奈々に対していつも通りの様子を見せながらそう返し、フェネックも変わらず間延びした口調のまま奈々たちにそう返した。
「奈々さん、無事だったんですね!」
ひかるは自分を逃がした奈々が無事なことに安堵し、少しだけ笑みを浮かべながら奈々に言う。
「ええ、駆除班用のこのスーツがなかったら危なかったかもね――ひかるとドールも無事で何よりだよ」
「ですが、パークに来て早々セルリアンに襲われるとは……君もめっさハードな星のもとに生まれたようですね」
奈々はひかるとドールに対して柔らかく笑みを浮かべながらそう返す。そして、奈々の相槌を打つ形でその茶髪の男もまたひかるとドールに対しそう口にした。
「えっと……あなたは?」
奈々に続く形でひかるとドールに声をかけてきた茶髪の男――セルリアンに襲撃されマンションから逃げる途中で見た、槍一本でセルリアンの群れと立ち回っていた男に、ひかるは昨夜のユウキの戦いを思い浮かべつつ問うた。
「ああ、名乗るのが遅れました――僕はワカバ・スプリングウッド。ここジャパリパークでセルリアン駆除班として活動してるものです。どうぞよろしく、久遠ひかるさん」
その茶髪の男――ワカバは人のよさそうな笑顔を見せながら、ひかるに対し手を差し伸べながら握手を求めた。
「あ――こちらこそよろしくです、ワカバさん。さっきは奈々さんと一緒に助けてくれてありがとうございます」
「いえ、駆除班として当然のことをしたまでです。フレンズの皆さんと人々をセルリアンから守るのが僕の仕事ですからね」
ひかるはそう言ってワカバに感謝の意を示しつつ、彼の握手に応じワカバもまた人のよさそうな笑みを浮かべながらひかるにそう返した。――だが、ドールはワカバをじっと見つめていた。
「……? どうかしたんですか、ドールさん?」
なぜかこちらをじっと見続けるドールに対し、ワカバは怪訝そうに問う。
「ずっと気になってたんです……ワカバさんってもしかして――魔戒騎士なんですか?」
『……!!』
ドールは思っていた事をそのままワカバに対し投げかける形で問いかけた。だがその瞬間、ひかるとドールを除いたその場にいた全員の空気が一瞬にして重くなる。
その空気の重さはひかるもドールにもわかるほどのものであった――そして、そんな空気を切り裂いてアライグマが口を開いた
「ま、魔戒騎士ってなんなのだドール? それってその……「あにめ」とかに出てくるやつじゃないのか?」
「あーわかるよドールや。私もアライさんも、そういうの見た後はついつい影響受けちゃいがちなんだよねぇ」
アライグマは若干目を泳がせながらもいつも通りの態度を演じながらドールに言い、フェネックはいつも通りの様子を崩さず、しかしその裏で驚いていたのを隠しながらドールに言った。
だが、ドールはそれに流されることはなかった。
「ただのヒトが槍一本であんな大きなセルリアンとその群れを倒すなんて、どう考えてもありえないです! 奈々さんのその鎧だって、なんか強そうだしマンガに出てきそうですし……」
ドールはワカバや奈々、そしてアライグマたちにも若干ながら疑いの視線を向けながらそう返す。その時、不意に済んだ鈴の音色が響き渡る――その鈴の音色の正体は、ワカバからのものだった。彼が持つスマートフォンのストラップに吊り下げられている、銀色の狼の頭骨を模したベルからだ。
「な、なんですか……」
突然、鈴を鳴らしたワカバにひかるはその不可解な行動に怪訝そうに問う。そして、今度は奈々が口を開いた
「……ドール、ひかる。正直に答えて? 魔戒騎士って言葉…いつ、どこで、誰から聞いたの?」
先ほどとは打って変わって、まるで抜身のナイフのような鋭さを漂わせながらひかるに問う。そして、ひかるとドールはその気配に若干気おされる一方、かねてまで想像していた可能性が現実ではないかと思い始めていた。
それはここにいる全員が、奈々たちがユウキと同じ存在――「魔戒騎士」ではないかという考えだ。
そして、ひかるとドールはついに口を開いた。
「……ユウキさんから聞いたんです。ホラーっていう恐ろしいバケモノから人やフレンズを守るのが魔戒騎士だって」
「それで、昨日の夜ホラーに襲われていた私たちを助けてくれたんです」
ひかるとドールは、ここで嘘は付けないと明確に感じ取った。そして包み隠さず一同に話すことを決めたのだった。
その告白を聞いた奈々たちは微かにどよめいた。そんな中、ワカバだけはほんの一瞬だけ苦虫をかみつぶしたかのような表情をしながら忌々しげに何かをつぶやいたが、その声は聞こえることはなくひかるたちも気づかなかった。
そんな中、奈々が再び口を開いた。
「なるほど、そういうことか……リリアが言ってたのはこのことだったんだね。とりあえず、ここで話すのは人目につくから私についてきてくれる?」
「え? ……わかりました。でも、ここはどうするんですか?」
奈々がドールとひかるにそう言う中、ひかるはセルリアンとの交戦で一部とはいえ破壊された住宅街を見て奈々に問う。そこに、アライグマが再び口を開いた。
「そこは大丈夫なのだ、隊長さん。とりあえずアライさんと一緒についてくるのだ。――少し話をしないとな」
アライグマがそういうと、ある一点に視線を向ける。そこには、大型のトラックが数台と十数人のパークスタッフが住宅街の居住者に向けてスピーカーで何かを呼びかけているのが見えた。
ひかるとドールはまだわからないことも多くあったが、アライグマや奈々の言葉に従い彼女らについていくべく住宅街を離れることに決めたのだった。
だが、彼らは気づかなかった。住宅街の茂みに隠れる中で、いつぞやの赤いグラサンをかけたラッキービーストがその様子を見ていたことに。
の の の の
どこかの薄暗いながらも広大な部屋。多数のモニターやPC、様々な複雑怪奇な機器や品が並ぶその部屋の中にて、デスクに備え付けられたゲーミングチェアに腰掛けながらモニターを見ていた一人の少女がいた。
そこには今まさに、住宅街にて奈々たちと話しているひかるやドールの映像がリアルタイムで映し出されている。
そして、それを見ている一人の少女がいたーー灰色のショートヘアに髪と同じ色合いの毛皮に覆われたイヌ科の耳とカールした尻尾と、青と黄色の虹彩異色の瞳が目を引くアニマルガールの少女。その服も、緑色の首輪に首もとから胴にかけて同じく緑色のハーネスをつけた、灰色と白混じりの巫女服に丈の短いスカートという奇妙な出で立ちだった。
「……ふふっ」
そのイヌ科のフレンズはモニターを見てほくそ笑んだ。だがその笑みは親愛でも歓喜でもなく、まるで獲物を見つけた獣のような、およそフレンズとは思えない異様なアトモスフィアを放っていた。
「随分と楽しそうだな、ハウンド?」
そんなイヌ科のフレンズの背後から、半ば落ち着いた女声が響いた。
「ええ、もちろんですよタイガさん。昨晩のホラーの失態をひっくり返すほどの吉報ですよ? なんたって、「お守り」のうち二つの在処がわかったんですから」
背後から響いた女声に対し、異様なアトモスフィアを漂わせていたイヌ科のフレンズーーハウンドは尻尾を揺らし声を弾ませながら答えた。
「ほう? どこにあるんだ?」
ハウンドの言葉に、タイガと呼ばれた女声の主は暗がりから姿を現しハウンドの見ているモニターを覗きこみながら問う。
姿を現したタイガの身なりは、長く豊かな虎柄の髪と揃いの毛皮で覆われた耳と尻尾、ベストにワイシャツ、黄色のチェックスカートというハイスクールの女子生徒のような風貌をした蠱惑的な雰囲気を漂わせたフレンズだ。
そしてそのバストはハウンドと呼ばれたイヌ科のフレンズよりもさらに豊満であった。
「この久遠ひかるという人間ですよ。そしてもう一人ーー奴等は今、会合しにセントラルへ向かうようですね。 それに、奴等の会話が正しければ前からお守りを持っていたリリア・ロックフィールドも来るみたいですね……うまくいけば、一気に二つのお守りを我々の手中に収めることができます」
ハウンドはキーボードをタイガに対し、デスクのキーボードを慣れた手付きでタイプしながら今度はある人物の情報を表示する。
それはもちろん、ひかるとリリアの生年月日や出身地、顔写真が記された情報だーーリリアは表向きの顔であるパークスタッフとしての履歴書が表示されている。
「では、今から奴等を『訪問』しに行くのか? 私も久々に暴れたいし、最近は『ジャパリまん』も食べてないからな」
タイガはハウンドに対し自身の拳を打ちならしながら、不敵な笑みを見せながら問う。
「いいえ、タイガさんの出番はまだ先です。お守りはそうですね……彼を利用することにしましょうか」
ハウンドはタイガに対しそう言うと、再びキーボードを操作し今度はワカバの顔写真と情報を表示させた。
「なるほど、この魔戒騎士を利用するのかーーとなると『アイツ』に訪問させるのも面白そうだな」
タイガはハウンドの提示した案を聞いて何かを思い付いたのか、ニヤリと悪どい笑みを浮かべた。
「その顔……なにやら素敵なアイデアを思い付いたみたいですね、タイガさん?」
「ふん、なに……お前ほどじゃないさハウンド」
タイガの悪どい笑みを見たハウンドは彼女に合わせるかのように悪意を込めた笑みを浮かべながら返す。まるで気心のしれた仲のように……その瞬間、彼女たちの瞳が赤く妖しい光を放った。
「では後程な、ハウンド。ーーすべては『やさしいせかい』のために」
「了解ですタイガさん。ーーすべては『やさしいせかい』の為に」
タイガとハウンドはなにやら奇妙な合言葉のようなワードを交わすと、ハウンドはそのままPCとにらめっこする作業に取り掛かり始め、タイガは部屋を後にしていった。
部屋を出たタイガは無機質な照明で照らされた廊下をしばらく歩き、その一角にある扉を開き中に入る――見たところ、元は店舗のようなレイアウトの部屋だ。その中には多数の銃火器と弾薬などが置かれており、その中には二人の赤毛の女性が銃の手入れをしていた。
「お前ら、仕事だ。ハウンドがお守りの在処を特定した――それも二つだ。気を見計らってこの魔戒騎士からお守りを奪うのがお前たちの任務だ。トゥモエもそれを望んでいる」
タイガは銃を手入れしていた二人の赤毛の女性に対し、ワカバの顔写真を空間に表示させながらそう言う。
「やれやれ…ずいぶんと人使いが荒いホラーさんだニャ」
「その魔戒騎士を? ならば私に任せてもらおうか。姉さん、いけるよね?」
そんなタイガに対して、女の身に似つかわない重厚なマシンガンを手入れしていた赤毛の女性の片割れ――赤い猫耳を生やした垂れ目に黒い巫女服を着た、蠱惑的な雰囲気を放つ妙齢の女性が呆れたように言い放つ。だが、この女性はフレンズではないようだ――そして、この猫耳の女性はタイガに対して明確にホラーといった。
すでにお分かりかと思うが、ここにいるタイガや先ほどのハウンドはフレンズではなくホラーなのである。
だがもう一方の赤毛の女性は――黒と白のライダージャケットのような装束を纏った、やや釣り気味の瞳に上下が逆になったポニーテールが印象的な、やや厳しそうな雰囲気を放つ女性は乗り気であった。
「おやおや、凛は珍しくやる気みたいじゃないかニャ?」
猫耳の女性はそのライダージャケット姿の女性――凛に対してからかうよう問う。
「っ……いいや、私は守りし者の使命を果たしているだけだよ姉さん。――フレンズたちを悲しませ、不要な対立を生ませる元凶たる魔戒騎士や魔戒法師どもの手からジャパリパークを守るためのね」
猫耳の女性の言葉に、凛は少し赤面するもすぐに元の落ち着いた表情を見せながらもそう答える。そして、タイガが再び口を開いた。
「そんなくだらん御託はいい。凛、葎……いや、レンジャーとコロッサスと呼んだ方がよかったかな? お前たちはすぐにお守りの確保に向かえ。フレンズとジャパリパークの『救済』のためにはアレらが必要なのだ……あの忌々しい魔戒騎士が6つに分けたあのお守りがな」
タイガはそんな凛の態度が気に入らないかったのか、若干ながらもしかし明確に侮蔑を隠さずに何らかの製品名かコードネームのような名前で凛と猫耳の女性ーー葎に対してそう言い放った。
「はーい、了解ニャ~」
「……了解した」
葎は笑みを浮かべたままタイガにそう返し、凜はタイガの態度に何か思うところがあったのか若干渋い表情をしながらもそう答え、凜は近くのテーブルに置かれていたアサルトライフルを担ぎ、葎は先程まで手入れしていたマシンガンを担ぎそのまま部屋から立ち去っていった。
救済を騙る悪意が、ついに動き出そうとしていた。
の の の の
ドールに言うだけ言った後、さっさと立ち去ったネブラスカオオカミはそのままあてもなく歩いていた。
理由はもちろん魔戒法師の本分だが、アライグマとフェネックと一緒にいたくなかったというのが本音だが、あの場に留まりたくなかったのはもう一つ別の理由があったのだ。
「違う、違う、違うのに……あいつはあの男じゃないのに、なんであいつからあの時と同じニオイが……!」
ネブラスカオオカミは嫌悪感を露わに、いやむしろ自分にとって忌まわしい過去を思い返しそうになりながらもそれを振り払うかのように頭を左右に振りながら冷や汗をたらしながら。
その理由はひとつ、彼女がセルリアンの匂いと同時に感じた「嘘つきの詐欺師のニオイ」――それがあの槍使いの魔戒騎士の男、ワカバから漂っていたのだ。
彼女自身、思い返してみてもワカバは何の接点もないのはずだが、とにかく彼からはその忌まわしいニオイがしていた――それから逃げたかったという気持ちもあった。
その匂いから逃げたい一心で足早に歩き続けるネブラスカオオカミ。だがその途中で、地面に落ちていた何かが太陽光が反射し光る何かが落ちているのが見えた。
ネブラスカオオカミは地面に落ちていた何かに気づき、それを拾い上げてみる。それは、赤い植物の葉脈のような刻印が走った小さな黒曜石のようなクリスタルだ――それが4個ほど落ちていたのだ。
「なんなの、これ……っ!?」
だが、直後にネブラスカオオカミは全身の毛が逆立つような悪寒に襲われそれを地面に落としてしまう。彼女はその正体にすぐに気づいたからだ――この奇妙な黒曜石のクリスタルはセルリウムの結晶、すなわちセルリアンを構成する物質の結晶だったからだ。
しかし、セルリウムのクリスタルは落としても何も反応することはなかった――不活性化しているのか休眠状態なのかはわからなかったが、とにかくネブラスカオオカミは少しだけ安堵した。
「――まあいいわ、あとで「はかせ」達に送っておくか……」
ネブラスカオオカミはそうつぶやくとともにその4つのセルリウムのクリスタルすべてを護符で包んだうえにさらに魔導筆を走らせ封印を施してから回収すると、小さく息を吐きだしつつその場から立ち去って行った。
の の の の
同じころ、夕暮れに染まりつつアンインチホーのジャングルにて。
「――ぶぇっくし!!」
「あら、どうしたのユウキ? 風邪でも引いたのかしら? きひひっ」
不意に、バイクに腰掛け休憩している中でユウキが盛大にくしゃみをかます。そんな折、隣に立っていた一人のフレンズがいたずらっぽく笑いながらユウキに問いかけた。
顎のあたりで切りそろえた黒いボブカットに奇妙な赤いサークレットをつけ、頭部の白みがかった毛皮でおおわれた耳と腰から生えた二つの蝙蝠の翼が目を引く、白いセーラー服を着た妖し気なアトモスフィアを漂わせたその少女はナミチスイコウモリ――通称ナミチーといった。
また、意外にもそのバストは豊かであった。
「あー…わっかんねえや。誰かがオレの噂してんのか、虫の知らせか……君みたいな可愛い子に襲われるとかな!」
「きひひ♪ ならその予感はあたったことになるんじゃないかしら?」
ユウキの言葉に、ナミチーは相変わらずからかうように笑いながらそう答えた。
ここまでで察しの言い方はお気づきかもしれないが、ユウキがなぜナミチーを行動を共にしているのか――それは無論、彼の情報収集と言う名のナンパで引っかけたからだ。
「その予感が的中したってんなら俺も万々歳だぜナミチーちゃん。君になら俺の血を全部吸われて死んでも本望ってもんよ」
「いや、さすがに血を全部は飲めないわユウキ。飲みすぎたり食べすぎちゃうと、ちょっと飛ぶのに難儀してしまうのよ――それに今の体は、前みたいに血だけじゃなくて色んなものを食べられるようになってるから尚更ね。でも今日の夜は、動かなくてもいいのだけど。きひひっ」
血を全部吸われてもいいというユウキの言葉に、ナミチーは若干困ったような表情を見せながらもすぐにいたずらっぽく笑いながらユウキを見て舌なめずりした。
「ナミチーちゃんのそういうところもきっとカワイイと思うけどなあオレは。 そういえばさあ……最近ナミチーちゃんはこのあたりで何か噂とか聞いたかな?」
ユウキは終始笑みを浮かべながら手に持った缶ジュースを一口飲んでからナミチーに口説き文句を垂れつつ、一方で魔戒騎士としての本分を忘れることなく彼女にそれとなく尋ねる。
「うーん、そうね……最近はパーク全体が物騒になってきてると聞いてるし、ここアンインチホーも結構物騒になってきてると思うわ。セルリアンが前よりも活性化してたり、あとは密猟者がどうとかって噂も聞いたわね」
「密猟者? 密猟者がいるってのか」
ナミチーは顎に手を置きながら少し考えこむようなしぐさを取りつつユウキの問いに答え、ユウキはその密猟者というワードが気がかりだったのか怪訝そうにナミチーに問い返した。
「ええ、密猟者……他の子から聞いた噂でしかないのだけど、よそのチホーでは実際にパークスタッフが密猟者と遭遇して彼らを捕まえたって噂も聞くし。あとは――最近ここらをうろついてるって噂の大きな鉄の狼とかね」
「鉄の狼……? なんだいそりゃ」
ナミチーが密猟者の噂について語る中で飛び出した「鉄の狼」というワードに、ユウキは微かに眉をひそめながら問う。
「私も詳しくはわからないのだけど、最近このチホーで密猟者と一緒に出てるって噂なのよ。血のように赤い目で体は黒い鉄でできてる大きな狼がいるって――それに、実際見た子もいるようなの」
先程までの人を食ったような語り口が嘘のように、ナミチーは落ち着いた口調でユウキに言う。
「ふぅん、鉄の狼なぁ……なるほどな、ありがとよナミチーちゃん。分かってるとは思うけど夜はあんまり出歩くんじゃないぞ? まあーー今日はく違うけどな」
「きひひ、そうねーーそれじゃ行きましょうかユウキ? 素敵なパーティーしましょ?」
「フフン、おうとも!」
ユウキはナミチーが口にした「鉄の狼」というワードに思いを馳せながらも相槌を打つように呟いたのち、釘を刺すように言いつつも不適な笑みはを見せながらナミチーに返す。
一方のナミチーも再び元のからかうような笑い声を上げながら笑みを浮かべながらユウキに飛び付き、ユウキはそんな彼女をお姫様抱っこの形で抱き抱えるとともにバイクのサドルに座ると、フューエルタンクのスロットにザルバを挿し込みエンジンを起動。
そのままスロットルを全開にし盛大なバーンナウトを行わせるとともに加速し、その場から走り去っていった。
了
次回「銀牙-ZERO-」
???「牙を研ぎ澄ます悪意、露になった秘密。月夜が照らす大地の上で銀狼と荒鷲が吼える。その者の名は……ゼロ~♪」
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