拝啓   松井章圭くん


もう午前8時を過ぎてしまったから長話はできない。徹夜も限界だ。

なんか疲れたんだよな。昨日は講談社に行って立派な会議室に通されて、倅の大志と一緒に打ち合わせをした。キッカリ3時間。悪い話はなかったし、むしろ俺たちの立場や言い分を理解してくれた。

この時期、2冊同時進行は余りにキツイ。大志とはどこまでいっても一蓮托生、結局同じ出版関係をする以上、互いに最大のパートナーだ。

大志は俺が知る限り最高の女性と結婚した。心底そう思う。ただ、悪気はないのだが大志の彼女は正確に言うならばMo.2だ。


じゃあ1番は?

松井、否、文章圭の長女だと断言する。皮肉でもなんでも無い。雑念なしの本音だ。

もちろん、あくまで大志が選んだ奥さん---、何にしても最高の女性だ。でも松井の娘さんには勝てないだろう。

松井に対して「トンビが鷹を生んだ」なんて冗談にもならない。

超美人で超愛嬌があり美しい髪とモデルのようなスタイル。頭がいいのは一見して分かる。彼女はHarvard Un.が希望だといっていたが能力的には問題ないだろう。数カ国語のbilingual。絵画の能力も素晴らしい。ちょっとしたcocktailや軽食を作ってくれたが、不味いはずがない。大会会場に移れば、他人が気がつかないところまで常に掃除している。品のある接客も非の付けどころがない。とにかく過去最高100%の女性だった。

俺は内心、2人の交際を---と松井に言いかけた。間違いなく松井にも似た気持ちがあった。だが、それがいかに困難か、いくつものハードルが立ちはだかっているのか俺たちは知っていた。でも、せめて彼らに俺たち抜きでの自由な付き合いをああせてやりたかった。

残念でならない!というと今の倅の新婚さんに申し訳がない。彼女はNo.2とはいっても世界中で2番目だ。日本で2番目だ。誰が見ても驚くに違いない。


だから俺は精一杯大志夫妻を応援してやりたいのだ。

大志が子供の頃、おもちゃ屋さんに行って「これが欲しい」と言うものは全部買ってやった。俺がガギの頃欲しいものは何ひとつ買ってもらえなかった。少なくともいまの「お袋」がウチにくるまでは。ひたすら我慢した。ロウソク船、アメリカンクラッカー、チョロQ、銀玉鉄砲、竹ひご飛行機、ラジカセ、プラモデル−--。だから、倅には何でも買ってやった。すると、いつしか「欲しいものはない」と言い出した。何故? 

「欲しいものがあれば直ぐ手に入るから、友だちがなに買っても羨ましくない」

そんな時代もあった。

しかし人生山あり谷ありだ。

2000年前後からの10年間、Mugenは10数人規模の会社としては破格に儲かった。スタッフは下戸ばかりなので接待費を使う機会がない。せいぜい社用車としてメルセデスを2台買って凌いだ。メトロポリタンホテルの駐車場を月極で借りた。なのに、2010年を過ぎた頃からMugen は急に赤字の連チャン、俺も貧乏になった。だが贅沢は簡単にはやめられない。

過去20年間、都内の移動はタクシーのみ。電車といえば成田エクスプレスと新幹線のみ。キップの買い方も忘れた。

hawaiiでは最低2カ月、ビザ取りに帰国して半年滞在。少年時代の貧乏の反発から憧れのGibsonを松井と争って買いまくった。工場長手つくりのニックルーカス、ハワイアンウッドのハミングバード、松井と合わせて50本近く買った。


気がついたらもう「米びつの底が見えた」。

あっという間に貧乏になった。Mugen はこの3年前、売上ゼロ。挙げ句にクライアントとの裁判も連敗。800万円と300万円の賠償金。

最良にして最高のパートナー、塚本にゴメン。一生、一緒にMugenをやるはずだったのに、彼女は損失補填の為に500万円の個人定期を解約して会社に入れてくれていた。俺が彼女にしてやれたのは、都内に小さな一軒家を建ててやれたこと。

こんな状況だから、大志夫妻に何もしてやれない。

この1か月、昼飯なし、かつやのトンカツ梅定食、王将で餃子定食、リンガーハットの期間限定定食、吉野家牛丼並。

し、し、し、死にたいくらいなのに、なんでいまだに生き長らえてらいるのか?


それは講談社の芦原英幸、新潮社の梶原一騎に賭けているからだ。

出版の世界は地味なようでまさにギャンブルなのだ。

俺は講談社で芦原英幸の本を出す。印税10%が普通だが下はたくさんある。8%ならはいまの出版不況の状況からギリギリの妥協点だ。なかには6%、5、4、3%もある。元俺の上司・東口敏朗が経営するBAB出版で仕事を依頼されたが、最高クラス待遇で初版2500部、印税5%だという。

倅の大志が「舐めてんのか、てめえ速く会社潰せ」と威嚇して帰った。

新人の場合、印税5%が普通。1冊2000円とする。この本が売れた。現在の景気では5000部が損益分岐の最低ラインだろう。

もっとも俺は常に印税10%だ。私名義の著書(塚本や大志との共著も含む)で過去最低でも25000部は売れてきた。『極真 鎮魂歌』だけ例外的に20000部を切ってしまった。半分は添野さんに持っていかれた。じゃけん貧乏なんよ!

25000×200=500万円、3万部なら600万円。『大山倍達正伝』は定価3000円弱で5万部以上売れているから!メルセデスがフルスペックで即金買いできた。

そして今回は講談社と新潮社から2冊ほぼ同時の発売になる。

梶原一騎正伝は最低5万部が売れるだろう。 

起死回生じゃねえか!

この3、4年、くら寿司行っても皿ばかり数えてた。好きな牛乳も安い低脂肪乳で我慢してきた。スーパーの閉店間際10分の半額弁当ばかり食ってきた。まるで高橋優の名曲「高野豆腐」の生活だ。

今しかねえんだよ!

絶対、芦原英幸も梶原一騎も50000部以上売ってやるよ。芦原英幸についても、梶原一騎についても、もう他のボンクラには絶対書けないような傑作を書くよ。仕事も次は黒澤浩樹、小説.横溝玄象、格闘技総論、中村誠伝説、まだまだある。

今のマンションは広すぎるから大志夫婦にやってHawaiiに帰ろう。


松井章圭と落ち合って過ごしたHawaiiの日々が懐かしい。

互いに歳をとった、またいつか全ての確執・憎しみを棄てて一緒にHawaiiのビーチストリートをアイスクリームをかじりながら歩こうじゃないか!

松井よ!

永遠の悪友よ。

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