漆黒の英雄譚   作:激辛プリン

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第6章【消えた美姫】
たった一人の【漆黒】


「失礼します。皆様、モモン様をお連れしました」

 

(皆様か……ということは冒険者組合長、魔術師組合長、都市長の三人がいるのだろう)

 

 モモンは現在、冒険者組合の二階の応接間の前にいた。冒険者組合長であるアインザックの部下が訪れ要件を聞くと大至急来て欲しいとのことであった。モモンは支度を済ますとシズとハムスケに行ってくることを告げ、案内を受けてここに来た。

 

 

 

 

「入ってくれ」

 

 その言葉を確認した部下がドアを開ける。モモンは中へと入る。そこには四人の人間がソファに座っていた。都市長パナソレイ=グルーゼ=デイ=レッテンマイア。魔術師組合長テオ=ラシケル。冒険者組合長プルトン=アインザック。そして長い金髪の騎士風の女性だ。

 

 

 

 

「モモン君、かけてくれ」

 

 モモンが椅子を座る。それと同時にドアが外側からバタンと音を立てて閉まる。途端にこの空間が外部と遮断されて独特の空気を感じさせた。軽い訳でも重い訳でもなく、ただその空間の空気だけが異質。誰かの緊張が伝わるようなそんな感じであった。ここにいる面々を考えると嫌な予感がした。

 

 

(この感じ…間違いなく厄介事……だな。しかしそれよりも)

 

 

 

 

 

 

「モモン君、こちらの女性が今回の依頼人だ」

 

 アインザックの説明を受けるとモモンは視線をその女性に向けた。その丁寧な言い方からアインザックよりも目上の人間か、他国の人間だろうと考えた。恐らく後者だろう。それが証拠にエ・ランテルの最高幹部とでも呼ぶべき人物はここに揃っているし、彼女の纏っている重装備もその傍らに置かれた槍もエ・ランテルや王都でも見たことの無い装飾がされている。

 

 

 

(この女性は確か……)

 

 女は立ち上がるとこちらに向かって頭を下げる。女は顔をこちらに見せるように真正面を向いた。

 

 

「お久し振りです。モモン様……」

 

「レイナースさん?……」

 

(確か、王都で【八本指】討伐の依頼を受ける前、メイドを募集した時に会った人だよな?何でここに?もしかして彼女が依頼人なのか?彼女がとある呪いをモンスターにかけられていたのを聞いたモモンが渡したポーションで解いた。その時に名前だけは聞いていたが……)

 

 その二人のやり取りを見て他の三人は『知り合いだったのか?』とでも言いたそうな顔をしていた。だがそんなことモモンは気付かなかった。

 

 

 

 

「バハルス帝国の【四騎士】が一人【重爆】レイナース=ロックブルズでございます」

 

 その挨拶の仕方は貴族を連想させた。恐らく彼女の出自が貴族なのだろう。

 

 

 

「まさか帝国の方だとは……それにしても【四騎士】の方だとは……驚きました」

 

「えぇ。モモン様でも驚かれることはあるのですね」

 

 

「えぇ。ありますよ」

 

「フフ……話が逸れましたね。今回こちらには依頼人として参りました」

 

 

「それで内容は?」

 

「実は未知の遺跡について調査をして頂きたいのです」

 

 

「未知の遺跡?……」

 

「えぇ。モモン様は失礼ながらフールーダ=パラダインをご存知ですか?」

 

 

「えぇ。知っています。話だけはよく聞きますので」

 

 フールーダ=パラダインはかなりの有名人だ。第六位階を行使できる程の実力を持つ魔法詠唱者で、かの【十三英雄】に比肩すると呼ばれる程の存在である。リ・エスティーゼ王国は魔法詠唱者を基本的に見下す傾向があるが、フールーダはその数少ない例外だ。モモンは同業者やその他の人々からその話を聞くことが多かった。特にアダマンタイト級に昇格してからはナーベがフールーダと比較されることもしばしばあったからだ。

 

 

 

「我が帝国のフールーダは国境の監視などを魔法で行っています。それは何故かと仰いますと魔法を使って調査して帝国に仇なす者を発見し取り締まるためです。しかしつい最近行った調査で今までとは異なるもの発見したのです」

 

「それが先程仰っていた遺跡のことですか」

 

 

「えぇ。それの調査を【漆黒】に依頼したいのです。如何でしょうか?」

 

「………(【漆黒】にか……今は……)」

 

 

「失礼ながら【漆黒】としてはこの依頼をお断りいたします」

 

「……失礼を承知で申し上げます。ナーベ様もそれに同意しておられるのですか?」

 

 

「!っ」

 

 息が乱れる。肺を締め付けられたかの様に空気が抜けていく。

 

 

 

 

「ロックブルズ殿!それはあまりに失礼ではないか!」

 

「帝国から遠路はるばる来たからこそ応対させて頂いたが、これでは帰ってもらうしかないようですね」

 

「二人とも落ち着きなさい」

 

 今にも掴みかかりそうになるアインザックとラシケルをパナソレイが宥める。その様子を見てモモンは冷静さを取り戻した。息を整えることに専念する。

 

 

 

(落ち着け……大丈夫だ……落ち着け……大丈夫だ)

 

 そう自分に言い聞かせる。兜の中で錯乱した呼吸を何とか整えた。

 

 

 

「……失礼しました。この場をお借りし謝罪致します。モモン様、ご不快にさせてしまい申し訳ありません」

 

 そう言うとレイナースは頭を下げた。

 

 

 

「私は大丈夫です。……レイナース殿、悪いですが今回の依頼は……お断りします」

 

 モモンは再度断ることを告げた。それを聞いたレイナースは「そうですか」と一言を述べるとソファから立ち上がる。

 

 

 

 

そのまま振り向くとドアの前まで歩く。

 

 

 

 

「それでは失礼します。」

 

 

 

 

 レイナースがその場を後にしようとした瞬間であった。こちらを振り向いたのだ。

 

 

 

 

「最後に一つお伝えするのを忘れていました。皇帝からの伝言です」

 

 

 

 

 レイナースはそこで言葉を一旦区切った。その場の誰もが次の言葉を待つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「『モモン殿。私はナーベ嬢の居場所を知っている』」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉を聞いたモモンは誰よりも早く口を開いた。

 

 

「その話本当ですか!?」

 

 思わず声を荒げてしまう。そんなモモンを見て三人の長は驚愕していたようだがそんなことモモンには知る由も無かった。気に掛ける余裕すら無かった。

 

 

 

 

「えぇ。事実です。フールーダが発見した未知の遺跡に入っていくのを魔法で見たと報告を受けています」

 

「!っ……それはどこにあるのですか?」

 

 思わずレイナースに詰め寄る。その時のモモンに気迫に押されたレイナースは後ずさった。

 

 

 

 

「っ!」

 

 

 しかしそこにはドアが閉まったまま存在し、レイナースはドアに背中をぶつけてしまった。そんなレイナースの様子に気付けずモモンは右手で壁に大きな音を立てて問い詰める。

 

 

 

 

「それはどこにあるのですか!?教えて下さい!レイナースさん!!」

 

 

 

 

 レイナースはモモンを見上げる形で壁際に追い詰められてしまった。思わず目を背けてしまう。

 

 

 

 

「申し訳ありません………今ここで私の口から言う事は出来ません。お許しを」

 

 

 

 

 『お許しを』。その言葉を聞いてモモンはハッとする。周囲から見たら怒っているように見えたことだろう、あるいは尋問しているようだろう。それを許してくれと言われていたのだ。

 

 

 

 

(くそ!駄目だ。落ち着け。焦り過ぎだ)

 

 

 

 

 内心では自分自身に悪態を突きながら、身体はすぐにレイナースから離れた。

 

 

 

 

(こんなこと、下手したら外交問題だ。落ち着け、俺……)

 

 

 

 

 兜の中で聞こえないであろう程度に深呼吸する。ほんの少しだけ落ち着いてきた気がする。気休めかもしれないが何もしないよりはマシだろう。

 

 

 

 

「失礼しました」

 

 モモンはソファに再び座った。立っている状態のままだと何かある度に先程同様に動いてしまいそうな気がしたからだ。

 

(『私の口から』か……だとしたら彼女は知らない?知っているのは調査をしたフールーダ。それと最初に報告を受けた皇帝?そうなると真の依頼人は……やはり…。厄介な依頼だな。だが……)

 

 

 

 

 モモンは首からぶら下げている二つのプレートを強く握りしめた。

 

(可能性が少しでもあるなら……行くしかない。ナーベが何か困っているなら俺が助ける!これは相棒として俺がしないといけないことだ!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……分かりました。その依頼を受けます」

 

 

 

 

「えっ……」

 

 レイナースの顔は先程の行動に怒っているのか赤くなっているように思える。余程怒らせてしまったようだ。

 

 

 

 

「レイナース殿。その依頼を私は受けたい。私はどうすればいいですか?」

 

「……私と共に帝国へ来てください。一時間後馬車で帝国へ向かう予定です。同乗して頂きます。詳細は道中お話します」

 

 

 

 

「モモン君!」

 

「何でしょうか?」

 

「必ずエ・ランテルに帰ってきてくれ。君はこの街にいなくてはならない『英雄』なんだ!王国に必要な人材なんだ。だから頼む!」

 

 

 

 

 

「………失礼します」

 

 モモンは都市長の問いにそう言って頷くことしか出来なかった。

 

(『英雄』か……。『英雄』なら自分の相棒が去ることなんて無かったはずだ。陛下の言った通り、俺は【誰かが困ってたら助けるのが当たり前】という言葉に縛られていたのかもしれない。今の俺は……ナーベが困ってたにも関わらず助けることが出来なかった。もし帝国の皇帝がナーベの身柄を拘束などしていればどういう行動に出るかは自分でも分からない。自身だけで解決できるのなら皇帝を殺すかもしれないし、それが出来ないのであれば喜んで帝国に降る……かもしれない)

 

 モモンは自身の思考が過激になっていることに気が付き深呼吸を二回ほどした。

 

(落ち着け。どちらも最悪な場合だ。それこそ外交問題に発展してしまう!仮にナーベを助けられても王国やエ・ランテルに迷惑をかけてしまう。それじゃ駄目だ!)

 

 モモンは自分の思考を振り払うようにその部屋を後にした。

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 モモンが去って少し時間が経った。応接間に残された三人が話し出す。最初に口を開いたのは冒険者組合長アインザックだ。

 

 

 

「都市長、本当にこのままでよいのでしょうか?」

 

「そうですよ。都市長、彼はエ・ランテルにいなければならない『英雄』ですよ」

 

 

「落ち着くんだ。レイナース殿は帝国からの依頼としてここに来た。となると使者として来た訳ではない。表向きはだが……」

 

「しかし帝国の皇帝はあの【鮮血帝】ですよ。過去には【王国戦士長】だって戦場で勧誘した人物です。必ずモモン殿も勧誘するに決まっているではありませんか!」

 

 

「信じるんだ。彼が必ず帰ってくると。私たちが信じないとどうなる?この街の住民に不安が広がる。彼が帰ってきた時のために信じて待つんだ。住民を不安にさせてみたらどうなる!それこそ彼が帰らない理由を作ってしまうぞ?」

 

 その言葉を聞いてアインザックは理解した。だが正直納得は出来ない。モモンは【漆黒の英雄】と呼ばれる程の人物であるが、それと同時に一人の人間だ。そんな彼に対して『エ・ランテルを守って欲しい』と思うと同時に『今の立場に縛られているのでは?』という考えもあった。現に今の彼は外交問題に発展しないように振舞おうと必死であった。

 

 

「こんな時、ナーベ殿が居てくれたらな……」

 

 ラシケルのその一言に二人は同意する。

 

 

 

「やはりモモン君にとってナーベ君は特別なのだろう。ナーベ君の所在が分かった途端にあの行動だぞ?今まで彼があんな行動をしたことなどあったか?いやないだろう」

 

 

「えぇ都市長の言う通りです。男女の関係などというよりは……身内のそれに思えますが……やはり特別であることに変わりない様に思えます。さっきの様子からもそれは明らかでしょう。一体彼女はどこにいったのだ?ラシケル、何か分かったことはあるか?」

 

「すまないが何も分からないアインザック。魔術師組合の者たちを全員動員しているが何一つ掴めない。少なくともエ・ランテルとその周辺にいないのは確かだが……」

 

 

「そうか。既に調査して二週間になる。そこまでしても分からないとなると他国へ行った可能性が高いな。他国に誘拐されたか何か弱みでも握られたのか?」

 

「スレイン法国ならやりそうだが……。しかしモモン君が前に見せてくれた手紙通りなら彼女は自らの意思でどこかへ行ったことになるのだが、何かアテはあるのか?」

 

 

「【ヤルダバオト】の襲撃があった王都に行くとは思えないから、可能性は近隣諸国か。帝国、法国、竜王国、評議国、都市国家連合……一体どこだ?」

 

「法国と竜王国、評議国や都市国家連合はありえないだろう。ナーベ君が法国の様な閉鎖的な国家に行くとは思えない。竜王国は少し前までビーストマンの襲撃があったから治安もあまりよろしくはないだろう。都市国家連合や評議国は我々が知る限りの情報ではどういった状況かすら分からない、冒険者組合はあるようだが……そんな情報が少ない状況で行くのは危険過ぎる。彼女がアダマンタイト級以上の実力を持つ冒険者いえ、そんなリスクのある場所へ向かうとは思えない」

 

「だとしたら帝国が妥当か?」

 

 

 そこで都市長が一言ゴホンと咳をする。アインザックとラシケルはパナソレイが何を発言するかを待った。

 

「その可能性もあるが、二人とももう一つの国家を忘れていないか?」

 

「魔導国ですね……」

 

 

「都市長。あの国は衛兵の代わりにデスナイトが警備、馬車の代わりにソウルイ―タ―を走らせているいるとのことですよ」

 

「それは確かなのかね?前回の調査でも同じであったが…」

 

 

「ロフーレ商会の商人も見てきたと聞きました。私の部下も同行させましたが間違いなかったとのことです」

 

 ロフーレ商会。バルド=ロフーレが率いる巨大な商会である。そんな商会の名前をラシケルが出したのはこの名前を出す方が話が早いからである。

 

 

 

「はぁ……魔導国、【ヤルダバオト】、ナーベ君の行方不明……これらにどう対処したらいいんだ?一体この街はどうなるんだ?」

 

 

 

 

 アインズ・ウール・ゴウン魔導国。かの領土は王からカルネ村、竜王国から感謝の証として得た一部の領土のみであった。

 

 この時公式にはまだ魔導国はまだ小さな国家でしかなく首都と呼べる場所も存在しなかった。

 

 まだエ・ランテルが王国領であった時のことであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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