OVERLORD -the gold in the darkness-   作:裁縫箱

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文字数及び、投稿時間僅かに回復。
今回は前回ほどの悲劇が起こりませんでした。


5、知性あるが故の憂鬱

「御方は、愚かで矮小なトロールどもの退路を断てと、確かにそういったのですね。八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)。」 

 

 室内で、耳障りの良い声が発せられた。聞いているものの注意を引き付ける、そんな声だ。

 声の主は、長方形のテーブルの上座に座った悪魔。紅いスーツを着込み、眼鏡をかけているため、ビジネスマンのようにも見える。しかし、椅子の陰から覗く銀色の尾が、彼が人ではないことを言葉を使わずに示していた。

 その悪魔の名はデミウルゴス。全部で十階層まで存在するナザリック地下大墳墓の、第七階層を守護する階層守護者だ。現在はその頭脳を買われて、至高の存在の外出に当たっての護衛部隊(?)を指揮していた。

 なお、ここはナザリック地下大墳墓内ではなく、外部の適当な場所に設置された、仮の司令部だ。

 しかし、仮とはいえ曲がりなりにもナザリック勢が用意した建物。当然柔な防御機構の筈はなく、複数の高位しもべが待機して警戒をしている。

 そして、それらしもべ達を率いるのはナザリックの中枢を占める二人の守護者。デミウルゴスと、もう一人だ。

 その事実に威圧されながらも、自信を持って八肢刀の暗殺蟲(エイトエッジ・アサシン)は答えた。彼らの主人から、直々に言い渡された命令なのだ。恐れる必要などどこにもない。

 

「その通りでございます、デミウルゴス様。御方は()()()()()()()()()()おられました。」

 

「フム、成程。分かりました。」

 言葉一つにどれほどの思いを巡らしているのか。そう考えさせずにはいられない、意味深な言葉を、紅い悪魔は吐いた。

 そして、机の上に用意された紙とペンを手に取って、何事かを書きつける。全部で五枚のようだ。

 続けて彼は、一枚ずつ傍にあった便箋に入れ、便箋にも番号らしきものを書き込み、一体のしもべを呼びつける。

影の悪魔(シャドウ・デーモン)。」

 椅子の影が揺らめいたかと思うと、デミウルゴスの背後に、悪魔を黒く塗りつぶしたかのような異形が直立した。

 

「十体で二人一組を作り、この便箋を各自届けてきなさい。宛先は書いておきましたから、決して迷わずに、どちらかが必ず任務を達成するのです。分かりましたか。」

 影の悪魔は、五通の便箋を受け取って深々と頷いた。

「よろしい。では行きなさい。」

 上位者からの指令に従い、影の悪魔は闇に消えていった。

 その姿を見届け、デミウルゴスは視線を正面の八肢刀の暗殺蟲へと戻す。

 

「御方には、御心配なさらずにと伝えてください。これでトロールどもの生死は、余すところなく全て、御方が握っていらっしゃるのですから。」

 絶対の自信に満ちた言葉に、八肢刀の暗殺蟲も同意する。

「承知いたしました。」

 先ほどの影の悪魔たちと同様、彼らもまた瞬きの間に掻き消える。主人の許へと急いでいるのだろう。素早い動きだった。

 

 

 

 しばしの沈黙が続き、そしてここで初めて聞く声がした。

「・・・御方ハ人間ニ関心ヲオ持チナノダロウカ。」

 どこか物憂げな声の主は、デミウルゴスと同じく椅子に座った異形だ。ライトブルーの外骨格に、見るものに恐れを抱かせる顎が特徴的な、直立した蟲。背中から突き出た氷塊から連想されるとおり、周囲に冷気を放っている。

 その異形、コキュートスはデミウルゴスの同僚であり、守護する階層は上から数えて五つ目の氷河。武器戦闘に関しては、同格の守護者たちの中でも二大巨頭の一角であるほどの能力を持つ。

 

 自分とは正反対の属性を行使する友人の言葉に、デミウルゴスは返答した。

「おそらくは、そうなのだろうね。トロールを殺し、人間を生かしているという単純な比較だけでも、人間には少なくともトロール以上の価値を見出しているということになるはずなのだから。しかしこれは未だ人間以外の比較対象が少ないということだから、あまり気にしないほうがいいと私は思うよ。」

 

 そう言いながらも、デミウルゴスとて内心穏やかではなかった。懸念の対象は、彼が自らの全てを捧げて仕えている至高の存在だ。

 彼が自らの主人に何を不安がっているのか。それはかの存在が、一年以上自室に閉じこもっていたという変事に起因する。

 デミウルゴスは今でも鮮明に思い出せる。

 あの日、彼の居住区である赤熱神殿にやってきたアルベドが語った内容を。

 

 

 

『・・・デミウルゴス。大変なことが、起こったわ。■■■■様が、■■■■様が・・・自室に籠って、出てこられないの。』

 

 

 驚愕のあまり体が変身しそうになりながら、第九階層の部屋に行ってみるものの、確かに部屋は中から厳重に封鎖されていて、中からは至高の存在の気配が感じられる。

 最悪な未来を想像しながら室内へ声をかけてはみるものの、返事はない。予感が半ば確信に変わったが、まだ決まったわけではないと一旦引き下がった。

 

 しかし、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、次の日も、

 

 

 返事はなかった。

 

 ここに至ってデミウルゴスは、とある最悪を受け入れる覚悟を決めた。

『ああ、ついに最後の御方までも、我々を見捨てられたのか』と。

 

 その後、全守護者を集めた会議で方針を話し合ったものの、結論は出ず、半ば思考を放棄して現状維持に努めることになった。

 当然、外に出ることを許可されていなかったので、ナザリックの維持費を稼ぐことはできず、徐々に減っていく資金に不安を覚えながらも、どうしようもできない日々が続いた。

 あるいは、いっそのこと自然にナザリックが崩壊していくのを待っていたのかもしれない。命令はなかったが、外に出ようと思えば出ることはできたのだから。しかしそうしなかったのは、自らの存在理由の消滅に、生きていく希望を失い、緩やかな終わりを待ち望んでいたのだろうか。

 

 答えは出なかった。

 

 いや、出そうとはしなかった。

 

 もう全てがどうでもよかったのだから。

 

 もう何も、考えたくなかったのだから。

 

 そうやって自分を騙しながら一日一日を生き、狂いそうになりながら必死に自我を保ち、やがてその日を迎えた。

 至高の存在が、ついに自室から外へ出てきたのだ。

 

 彼は歓喜した。いや、彼だけでなく、ナザリック内の全ての存在が、生涯最高の喜びを覚えた。

 そしてその後の月日も、まさしく夢見た通り、心が溶けるような喜びに満ちていた。

 御方に追従し、各階層の状況を調査する日々。

 御方の御下命に沿って行動する、しもべの本懐を体現した日々だ。

 

 だが、その日々は、御方がナザリックの外に行くと言った時、簡単に壊れた。

 

『御方の興味が、我々ではなく、外の世界に向いている?』

 

 不安だった。また見捨てられるような不安を覚えたくなかった。

 

 しかし、至高の存在の決定に異を唱えることなど、出来るはずがない。

 

 結局、揺れ動く心を無視するように護衛の準備をすることで、その場は凌いだ。

 

 だが、一度思い浮かべてしまった想像を、かき消すことは叶わなかった。

 

(私は、御方のためを思って行動しているのだろうか。それとも、御方が我々の上に存在するということを望んで・・・・。いや、よせ。それは今考えることではない。今、何よりも優先されるのは、御方の安全。下らない思考でその任に当たれないというのであれば、私に存在価値はない。)

 

 今回の外出には、万全の準備がなされている。事前に外出予定地を偵察したりする事前準備もそうだが、外の世界の技術を警戒しての工夫も、考えられるだけ行った。

 例えば、情報の伝達には魔法などを使わず、隠密能力に優れたしもべ達を伝令として用意するなどだ。

 本来ならば、連絡には〈伝言〉などの魔法や、アイテムを使えばそれで済む。しかし、それらの内容を盗聴できる技術が現地にないとは限らない。最高の守りである世界級アイテムですら、突破されるような事態だ。もう何が起こってもおかしくはない。

 

 ・・・実際には、自分たちの努力を見てもらい、関心を失って欲しくなかったが故の悪あがきだが、とにかくも表向きは真面目な理由をつけて、デミウルゴスは頑張っていた。

 

 

 

「・・・まあ、コキュートス。御方が何をお考えになっていらしても、我々はその意思に殉じるのみだ。そのことを忘れなければ、我々はあの御方の傍にいられる。そう、私は考えているよ。」

 自分とコキュートス。二人の憂鬱な空気に中てられて少し、意識が過去へと飛んでいたが、己の本分を思い出して、彼は言葉を紡いだ。

 その言葉は、友人に言っているように見せかけて、自分の不安をなだめているものでもあった。

 

「・・・ソウダナ。」

 凍河の支配者が呟いた言葉を最後に、室内は沈黙した。

 

 

:::::

 

「フム。何かものすごく重苦しい思念が僕に向かって飛んできたような気が・・・。いや、この感じは、もっと複雑な感情がごちゃ混ぜになった結果?う~ん、この姿だと第六感も働くようになるってことなのかな?確かにそうであってもおかしくはないけど、魔法という奇跡が存在する以上、そういったものも何らかの体系をもって解明することができるかもしれない。となると・・・・。」

 

 ブツブツと語る人間(のようなもの)を前にして、トロールは、恐怖のあまり逃げ出したくなった。

 新しく洞窟に入ってきた人間に処置を施して、半日ほど。トロールにとっては、いつも通りの時間が過ぎていた筈だ。なのに何故こんなことになっている。

 突然の襲撃。

 謎の爆発音。

 悲鳴。

 目の前で、何が起きたのか分からないまま次々と同胞たちが死んでいく。

 おまけにそんな無慈悲な殺戮を行っているのは、目の前にいるちっぽけな人間二人。後、何なのかは分からないが、彼らの頭上には緑色の光球が浮いている。それがフードに影を作っていて、得体が知れない。

 

 一体どうなっている。もう沢山だ、とトロールは口の中で言った。

 逃げよう。こんな訳の分からない、自分が襲われる理由すら分からないまま、死ぬのは御免だ。

 そう考え、恐る恐る足を後ろへと伸ばし、・・・ジャリッと音がした。

 まずい。そう思ったのと、目の前で黒いローブを来た人間が此方を見たのは同時だった。

 

「ああ。そういえば君の問題がまだ片付いていなかったね。」

 実に気安く話しかけてくる人間に、普段ならば苛立つところだが、今まで見てきた光景を見てそのような暴言を吐けるほど、トロールの肝は座ってはいない。こうしている間にも、いつ自分が殺されるか気が気ではないのだ。

 

 黒フードの視線が周りに向く。洞窟内でも比較的大きな空間で、ここで迎え撃つべく、トロールは大勢の同胞と共に配置されていた。しかし、生き残っているのは自分のみ。空間一杯に同胞たちの躯が散らばっている。トロールの再生能力であれば生き残れそうな損傷だが、同胞たちが起き上がってくる気配はなかった。その不気味さも、トロールの恐怖を強く煽る。

 

「いや、勘違いしてもらっては困るんだけどね。僕は君たちを殺したくて殺したいわけじゃないんだよ。ただ僕はとある約束を果たすために、この洞窟の奥に行きたいだけで、だから君たちと絶対に戦わなくちゃならない、ということでもないんだ。そこを大人しく退いてくれれば、別に命までは取らないよ。後で適当に記憶を弄っとけば済む問題だしね。それに僕としても、生きているものを殺すのはいい気分でもないしさ。お互いのためにも、ここは平和的な解決で終わらせておこうじゃないか。」

 彼は恐怖と敵意を放つトロールに向けて、長々とそう警告した。先ほどの遭遇戦では、警告を出す暇もなく攻撃してきたので出来なかったから、せめて最後に残ったものには機会を与えてあげようという考えだ。

「グゥオオオオオオオオオオ。」

 しかし、彼の善意は余り届かなかったらしい。

 あまりにも馬鹿にした発言に、トロールのプライドが恐怖を上回る。

 

 目の前で、怒号と共に巨大な棍棒が振り上げられるのを、彼は被っている黒いフードの下からつまらなそうに眺めた。心境は、ワンパターンだなー、である。

 トロールは、ほんの一瞬躊躇するように視線を彷徨わせてから、一気に手に持つ鈍器を振り下ろす。

 だが、彼に恐れはない。何回か実験したことにより、その手の攻撃が通じないことは確信しているからだ。

 物理攻撃を無効化していたのは、彼の種族が保有する力のうち一つ。【神威のオーラ】。レベル上同格である100レベルか、または彼の種族に特攻効果のある種族・職業についているものでなければ、あらゆる攻撃が彼には届かない。一部のプレイヤーから彼が「半公式のラスボス」と呼ばれていた理由でもある。

 この場において、哀れにも彼と敵対してしまったトロールにそんな条件を求めるのは酷だろう。

 

 しかし、結果的にその力が発動することはなかった。

 

「ガアアアア。」 

 黒フードの目の前で、トロールの体が縦に割れる。気道を僅かに逸れていたのか、苦痛の叫びを上げることは出来たようだが、そこまでだ。

 成すすべなく地面に倒れ伏すトロール。本来ならすぐに再生が始まるはずだが、相手がそれを見越して何らかのスキルを使ったようで、そのままこと切れる。

 

 その相手、トロールを殺害した黒鎧に、彼は困ったような、そんな視線を送る。黒鎧は今さっきまで背後に控えていたはずだが、今この瞬間は、彼の目の前でバルディッシュを構えていた。

「アルベド。別に君は手を出さなくていいって、最初に言っておいたはずだけど。」

 彼の声に、黒鎧はバルディッシュを下げて振り向き、一礼した。

「ですが■■■■様。今の棒切れといい、先の矢といい、全て低能な下等生物がその卑しい手で作った玩具に過ぎません。そのような汚らしいものを、例え届かないと分かっていても御方の身に触れさせるようなことは、盾として創造された私には耐えがたいことでございます。」

 要するに我慢の限界が来たということらしい。ここ数カ月の観察結果から、彼女たちが自分に向けている感情の巨大さはよく理解していた彼に、そこまでの驚きはなかったが、ここは釘を刺しておくべきだろうと考え、口を開く。

「分かったよ。ただ、僕の能力の実験もしなきゃならないから、ほどほどにね。」

「承知しております。」

 キビキビと返事をする黒鎧。それを見て彼も鷹揚に頷いておく。

「なら、いいよ。じゃあここはクリアしたし、次へ進もうか。」

 トロールたちが出てきたと思しき、複数の通路へ目を向ける。粗悪な造りで、支柱なども立てていないため、いつ崩れるか分からないような、凄味があった。

 彼は別に例え洞窟が崩落したとしても、何のダメージもないので問題はないが、ここにいると思われる人間たちには致命傷だ。

 あまり大技を使わなくてよかったーと、安心。

 そして記憶の中から該当の通路を探し出し、指で示す。

「人間の妊婦たちがいるのはこの通路の奥かな。他のところには大したものはなかったから、さっさと進もうか。」

「御方の仰せの通りに。」

 何の異論も唱えてこない配下の従順さに、少しばかりの不安を覚えながらも、彼は確かな足取りで、通路へ足を踏みいれた。

 




現在のナザリックが抱えている問題に関して、少し焦点を当ててみました。
なんか自分が思っている以上に重くなってしまって・・・。主人公の感想は僕の感想でもあります。
いや、デミえもん・・・。強く生きて。

あと最近色々と原作を読み返しているんですけど、アルベドの武装の表記が、バルディッシュとハルバードに揺れていることを発見してしまいました。
ただ、本作ではバルディッシュに統一することにしましたので、そのつもりで読んでください。一応、オーバーロードwiki準拠です。


あと、主人公の見た目とかの詳しい描写は、活動報告の方に載せておきました。

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