「鬼滅」大ヒット 新たな文化体験の好機

2020年11月3日 07時24分
 アニメ映画「鬼滅(きめつ)の刃(やいば)」が大ヒットし、新型コロナ禍のため元気のなかった映画館に活気が戻っている。これを好機として、映画をはじめ音楽や演劇など文化や芸術の体験の新たな方途を探りたい。
 「鬼滅の刃」は、吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)さんの漫画が原作。大正時代の日本で人を食う化け物「鬼」に家族を殺された竈門炭治郎(かまどたんじろう)が、妹たちとともに戦う物語だ。原作はすでに完結したが、単行本は先月発売の二十二巻で累計一億部を突破している。
 また、映画の「劇場版『鬼滅の刃』無限列車編」は外崎春雄監督が手がけ、先月十六日から各地で公開。興行収入は過去最短で百億円を超えた。
 あの「京アニ放火事件」でうちひしがれたアニメ関係者やファンはもとより、映画界全体にとって大きな朗報となっただろう。
 作品の魅力の一端は、主役にある。炭治郎少年は鬼と戦う強さに加え、殺した相手をも思いやる心の優しさを持つ。敵を倒すためならどんな手段でも用いるという風潮のまかり通る今の世界に、強く問いかけている点ではないか。
 皮肉なのはこの大ヒットが、コロナ禍にも起因する点だ。米ハリウッド作品の公開延期が続き、大入りが望める競合の大作はほとんどない。一方で、外出の自粛に飽きた人たちが「そろそろ外で何か楽しみたい」と思った時、演劇や音楽など生身の人間が登場する公演よりも、映画なら飛沫(ひまつ)感染などの危険性が低いとみられる点も、追い風になっているようだ。
 そうした需要に応えるため、映画館も間隔を空けて指定席を売るなどして対処している。観客には上映中もマスクを着けてもらい、一部の施設は食べ物の持ち込みも禁じる。映画館を感染源としないための措置で、理解できる。
 「映画を見るのにポップコーンもポテトチップスもだめ?」と嘆く声もある。その半面、上映中の飲食には「音やにおいが邪魔」という批判もかねてあった。その点では今回の対応を、映画の鑑賞の仕方やマナーを考えるきっかけにしてもよいだろう。
 また、映画にかぎらず、感染の収束が不透明な状況でも、私たちができるだけ以前に近い形で文化や芸術を楽しめるよう、興行や公演の望ましいあり方とそれに伴うルールを探り、確立していきたい。
 感染を防ぎつつ、文化の営みを続けるための知恵を出し合おう。コロナ禍の中、これだけ人を集められることを示した「鬼滅の刃」のヒットを、その一助としたい。

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