預言者戯画事件 分断の罠にはまるな

2020年11月6日 06時45分
 イスラム教の預言者の風刺画がフランスでテロの連鎖を招き、風刺画を容認する同国とイスラム諸国との対立が深まっている。テロ非難は当然だが、対立はイスラム過激派を利する。自制が必要だ。
 フランスでは二〇一五年にイスラム教の預言者ムハンマドの戯画を掲載した風刺週刊紙「シャルリエブド」がイスラム過激派に襲われ、十二人が犠牲になった。
 事件の裁判開始に合わせ、同紙は今年九月、風刺画を再掲載。相次ぐテロ事件の契機になった。
 十月十六日、この風刺画を教材に使った公立中学の教師がチェチェン生まれのイスラム教徒の青年に斬首された。二十九日には南部ニース市の教会で、チュニジアから来た男が礼拝者らを襲い、三人が殺害された。サウジアラビアのジッダでも、フランス総領事館の警備員が襲われている。
 いずれもイスラム過激派の犯行とされる。許されぬ蛮行だ。
 報道によれば、教師は「表現の自由」の授業で風刺画を使い、見たくない生徒には不参加を認めていた。しかし、ある保護者が教師を非難する虚偽動画をネットで拡散。これが犯人を刺激した。保護者の親族は過激派「イスラム国」の関係者で、仲間は反ユダヤ主義の極右勢力とも親しかった。
 ニースでは女性が斬首された。イスラム法の聖戦規定でも女性や老人への攻撃は許されない。いずれも一般教徒とかけ離れている。
 イスラム諸国はテロ事件を非難したが、風刺画を「冒涜(ぼうとく)する自由がある」と容認するフランスのマクロン大統領には反発を深めている。デモやフランス製品の不買運動が広がり、マレーシアのマハティール前首相はフランス人を殺害する権利にまで言及した。
 だが、マクロン氏も国是の「ライシテ(積極的な政教分離)」を盾に引かない。ライシテは教会と一体の王制を倒したフランス革命の精神だ。強硬姿勢で低迷する支持率を上げる意図も透ける。
 問題を表現の自由か、信仰の尊重かに単純化すれば、妥協は難しい。ただ、フランスでは過去の植民地政策に起因するイスラム移民への差別が深刻で、そのことも事件に影を落としている。移民差別解消の取り組みなどを通じて、緊張緩和を図るべきだ。
 国際的にもこうした分断の激化はイスラム過激派の意図するところだ。その罠(わな)にはまらないためにも最低限、互いに理解しようとする姿勢を堅持してほしい。

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