カラオケ上手の同僚に差しで挑戦したことがある。「こよいは拓郎縛りで」と。吉田拓郎さんの歌しか歌えないルール。結局、白々と夜が明けてもなお、余裕たっぷりの表情を見せつけられる羽目に▲同僚ほどの声量もなく、うまく歌えない。なのに、ふと〈今はまだ人生を 人生を語らず〉などと口ずさんでいる。わが身を代弁してくれる歌詞とメロディーが心にしみるためか、同じ土地の空気を吸ってきたせいか▲その不世出のシンガー・ソングライターが友人の車に乗って広島から上京し、レコードデビューして今年で半世紀。節目の年に中国文化賞に決まった▲作家の重松清さんが10年前、月刊誌でインタビューした。上京の際、東京中心の音楽文化にあらがうため「オリジナルで勝負する」「新作を作り続ける」と誓ったそうだ。一夜限りの拓郎縛りでは歌い切れない曲の数々は、そうした心意気が生んだ▲半面、フェリーで一人旅といった硬派イメージが独り歩きを始め、「唇をかみしめて」の一節〈ええかげんなやつーじゃけ ほっといてくれんさい〉と言いたくなった時も。大丈夫、今なら私たちも歌える。〈そこにありのままの拓郎がおるんヨネー〉と。
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