魔王の残したもの4
キシュタリア、真相に一歩近づく
「ダレン宰相ならもう少し知ってるかもね」
「宰相が?」
「お戻りになっているそうだよ、ご子息が。正気ではないし一応、表面上は未だ行方不明という話にはなっている。
だが、あの家が何人も医者や治癒者を呼び寄せて、家が傾かんばかりに多額の医療費を使い込んでいるときく。あと、最近熊くらいなら入る丈夫で大きな『犬小屋』だという檻を購入したそうだよ。
新しい番犬をいれると業者には言っていたそうだけれど……宰相の家に、動物や魔獣を取り扱う商人が出入りした気配もない」
そんな情報、キシュタリアは一切知らない。
キシュタリアもそれなりに社交界で顔が広く、いろいろ情報を持っている方だ。だが、ゼファールはその上を行く。
ずっと、執務に追われているイメージがあったが、ただ追われているだけではない人だったということか。
「……でも接触は難しいでしょう。グレアム・ダレンはレナリアを逃がした幇助犯です。
本来なら謹慎の身でありながら、重罪人を逃がし、薬に溺れて身を滅ぼした。
ですが、対外的には未だ消息不明です。それが知られていると感付かれたら、逆に僕やクロイツ伯爵を消そうとするかもしれません」
彼はまだ宰相だ。グレイルの影に隠れるような形で目立つ存在ではなかった。だが国家の中枢に近く、そして長年に亘り国王に仕え続けた家臣だ。下手に敵に回さない方がいい。
「そうだね。もし薬絶ちをしているなら、既にもうグレアムの正気はではないだろう。
薬を抜いてどうにかなる時期は疾うに過ぎている。今更絶ったとしても、中毒症状でずっと死ぬまで暴れ続けるだけ」
「まるで見たように言うんですね」
「末期中毒者は騎士時代に何度も見たよ。『愛の妙薬』は奴隷によく使われるから。
主人に盲目的な愛を抱かせれば、奴隷の反抗や脱走の心配がなくなるしね。積極的に奉仕するし、従順で扱いやすい手駒となる。奴隷商人御用達の薬の一つだよ」
疑似的な思慕を妄信的に抱かせることができる薬だ。
圧倒的に鋭敏な五感を持った獣人や亜人などを従わせる際にもよく使われる。
ゼファールの記憶の中で、その薬により心身を蝕まれた奴隷たちが思い出される。たとえ、救出されても狂った世界に完全に迷い込んだ精神を救うのは容易ではない。奴隷は、自分の愛する主人を害した相手だと、ゼファールを認識する。
その後に薬の禁断症状に狂って命を絶つ者もいるし、薬が抜けるにつれて本当の現実を知って絶望する者もいる。
あれは悪魔の薬だ。作った人間も、使う人間も、使われた人間も人間の心を失わせる。
「君も見ただろう? この前大きな奴隷密売を摘発したそうじゃないか。
最近は甘めのシーシャ(水煙草)が流行っているようだけど……ゴユランでは相当出回っているそうだよ。帝国あたりでも流行り始めているようだけど」
「我が国では流行らなかったんですね」
「そういうの大嫌いな人がいたからね。砦やアジト単位で潰して、犯人や物資ごと焦土にするような元帥が」
キシュタリアの脳裏に、やりそうな義父の顔が過る。
「兄の宝物は紅茶やハーブを好んでいたし、香油やアロマ製品も良く輸入していたから。
でも、とある大馬鹿がそれに紛れて麻薬を入れ込まれたことがあった。以来その苛烈なほどの厳罰に法改正が行われたし、魔法薬に匹敵するほど厳密に取り扱われることになった。
かなり煩雑な手続きと、厳しい審査があると知っていて態々輸入したがる商人はそうそういない。
国内での栽培許可の厳しさもサンディスは近隣でも有数だから」
それはキシュタリアも知っている。
薬草や香草など、薬や魔法薬の原料になるものの取り扱いは非常に厳しい。
各国もそういった傾向はあるが、サンディスは特に厳しい。守らなかった場合は厳罰が待っている。
グレイルのアルベルティーナ絡みの行動力はよく知るところなので、疑問すら覚えない。
「つまり、父が死んで目を掻い潜ろうとする者たちも増えているのですね?」
「密輸が増えているのは事実だね。輸入緩和や法の緩和を求めている貴族も出始めている」
だが、それは未だ声が出ているだけで実際に変化するまでには至っていない。
しかしその声が増え続ければ、押さえるのは難しいだろう。
キシュタリアはあらゆるところにグレイルの辣腕が見えて感服する。知っていたけれど本当に凄い人だったのだ、あの人は。
(僕にもできるのかな……父様みたいに)
違う、そうならなくてはならない。
揺ぎ無く迷いなく、グレイルはずっと歩き続けていた。
その背中をキシュタリアは見失わないように必死に追っていた。
そして今も追っている。
「キシュタリア君」
名を呼ばれて、嵌りこみかけていた思考から抜け出す。
見上げればゼファールが笑みを浮かべていた。
「僕はね、君に期待しているんだよ」
そういって一通の封筒を差し出した。受け取れば視線のみで開くように促された。
恐ろしい予感を感じながらも、キシュタリアは中身を確認する。
ぱら、ぱらとキシュタリアの手が紙をめくる音だけが静かに響く。
「……ありがとうございます」
「使いどころは間違えないようにね」
頷いて書類を受け取るキシュタリア。
震えそうになる指や体を制し、封筒をもって一礼をして退室をする。ゼファールはずっと平素の柔和な笑みでそれを見送っていた。
キシュタリアが帰った後、隣で侍従に徹していたジョセフィーヌ♂が撫でつけていた髪を崩す。きっちりと纏っていた袖口をさっそく寛がせる。
話がこじれるからとゼファールがずっと制していたのだ。ジョゼフィーヌはいつもの騎士服ではないのは、別件で仕事をしていたからだ。報告がてらだべっていたらそこにキシュタリアが訪ねてきたのだ。
「アーン、もぅ疲れたわぁ。貴族らしい服って本当に肩が凝るわぁ。カッチリし過ぎよぉ、騎士も結構窮屈だけど……
でも、あれって随分頑張って集めたのにあげちゃってよかったの?」
「いいんだよ。最近、探られていたからね。後ろ暗い連中が随分熱心に僕の家にまで来ていた。
僕は今、この場所から動けない。目敏い連中に監視もされているだろうからね。
彼は注目を集めているけど、随分動きやすくあるようだから適任なんだよ。
まだ若いし見縊られている。傍から見れば分家と争って奔走しているように見えるはずだからね」
サンディスの中枢から噂を操作していた犯人。それが仏のような人柄と評判のゼファールだと、何人が気づいていることか。
その噂を知りつつも巧く立ち回ってくれたのはキシュタリアでもある。
「動きやすく、ね。まあ王太女殿下の溺愛目出度いラティッチェの義弟を潰そうなんて、まともな人間は考えないでしょうね。
お上品な可愛いお顔して立派に魔王ジュニアだもの」
「そのよっぽども馬鹿は、僕の読みが間違っていなければそうっっっとうなやらかしをしているんだよね……」
「相当?」
「馬鹿の仕出かしがバレれば即斬首しても、処刑した人が褒めたたえられるレベル」
「予想がついていたのなら、ゼフちゃんが手取足取り教えてあげればよかったじゃない」
「僕の手柄にしちゃだめだよ。彼も結構真相に迫っているようだし、なおさらだよ。
僕を担ぎたい人や、キシュタリア君に大きな顔されたくない人間が『とりあえず』でも結託されたら厄介なんだよ。
それに、僕にはまだ役目がたんまりあるからね。ここにいるのも仕事の一つだよ」
そういって、ゼファールは視線を横へと流す。
堆く積まれ、今か今かと出番を待つ未決済の仕事野山を。
まるで「早くやれ~」「決裁まちだぞ~」と恨み節が聞こえそうな威圧感を放っている。
「あと僕には時間がないの! 家族に会いたい!!!!」
「もういっそリリーシャちゃんを呼ぶ? あの子なら喜んでくるわよ?」
ゼファール・フォン・クロイツ伯爵。御年二十六歳は生来のお人好しの性格と、その年齢もあって舐められており、範疇外の仕事までドサクサに紛れて押し付けられている。
なまじ出来過ぎるというのも、問題だった。
「んー、四時間ってところかしら?」
「二時間半。今日こそルーカス殿下とアルマンダイン公爵令嬢のジェミニの離宮の四阿のあれこれを聞き出してやる……」
王子殿下の恋愛ネタを癒しにするとか、ゼファールも相当追い詰められている。
真っ赤になりながら、毎度毎度ちまちまと話をするルーカスには同情する。レナリアに荒らされる前の恋愛未満の微笑ましいエピソードをほじくり返して堪能するのが最近のゼファールの趣味だ。
先日、レオルド王子とフリングス公爵令嬢のエピソードはあまり癒しではなかったのか、しょぼんとしていた。
なんでも、男性同士の恋愛で自分がモデルのネタにされているもの挿絵を描かされているそうだ。両殿下は王族として芸術研鑽の一環として美術関係も嗜んでいるから引っ張りだされたそうだ。そんなことに活用されたレオルドが哀れだ。
学園でのやらかしでしっかり首根っこを掴まれており、NOとはいえず婚約者の隠れたとんでもねぇ趣味に付き合わされているそうだ。
ようこそ、薔薇の世界へ強制入場。知らない人はそのままでいて欲しい。拒絶しても引きずり込まれたレオルドは可哀想としか言いようがない。
ときめきも甘さもロマンスも欠片どころか粒子すらない。
「そんなにコイバナ聞きたいなら、キシュ君たちにも聞けばよかったじゃない」
「そうなると自動で姫殿下の話題になるし、兄様絡みだと背筋が凍る修羅場が平然とあるから嫌だ」
読んでいただきありがとうございましたー。
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