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朝の挨拶、インディアナ

 勘のいい人は、タイトルを見ただけで、「あの話か」と思われたかも知れないが、最後まで、お付き合い願いたい。

 30年くらい前に聞いた、小咄だ。

 細部は忘れており、私の脚色も入れて、現代風にアレンジすると、こんな話になる。

 アメリカ西海岸サンフランシスコに住む高校生のマイケル君は、夏休みの二週間、太平洋を渡って京都でホームステイをすることになった。
 
 なぜ、京都かというと、古都・京都で実際に暮らして日本の伝統文化に触れてみたい、といった殊勝な動機ではない。

 マイケル君にとって、京都は、夢の町だ。二年前にポケモン・ゴーに夢中になり、そのとき、ポケモンを作った「ニンテンドー」という会社が京都にあると聞き、そんな夢の町に行ってみたいと思ったのだ。

 ホームステイが決まってからは、東京で一か月暮らしたことのある姉のスーザンから、日本のことを色々聞いた。

 京都は、1000年の都で神社仏閣が町中にあると聞いて、当初のときめきは少し失せたものの、それでも、ニンテンドーだけでなく、キョーセラ、ロームと言ったIT産業の先進地でもあると聞き、地元のシリコンバレーと少し似ているなと思い、親近感が湧いてきたのだった。

 そんな姉からの注意事項の一つが、朝の挨拶だった。

 外国人がアメリカに来れば英語を話すのは当たり前だけど、日本に来たアメリカ人が日本語を話すなど、日本人は期待していない。

 そんな中で、片言でも日本語を話したら、日本人は、もの凄く喜んでくれる、というのだ。

 そこで、マイケル君、姉から、ありがとう、こんにちは、おはよう、といった単語を教えてもらった。

 「おはよう」は、オハイオ州の「オハイオ」と覚えればいいと教わったマイケル君は、「オハイオだね!」と、すっかり覚えた気になった。

 いよいよ、夏休みになり、無事、ステイ先の有栖川家に着き、自分の部屋に案内され、一人になった。

 時差ぼけに加えて、畳に布団という慣れない環境だったが、旅の疲れで、ぐっすり眠ってしまい、気がついたら日が高く昇っていた。家の人は気を遣って起こしに来なかったのだろう。さあ、起きて、皆さんに挨拶しなければ・・・

 ええと、朝の挨拶は何だったかな・・・ そうだ、五大湖の南の州だ。イリノイ、インディアナ、オハイオ、ええっと、どこだったかな。

 日本人でも、京都の人は群馬と栃木の位置関係は曖昧だろうし、東京の人は、島根と鳥取の位置関係が正確に頭に入っている人は少ないだろう。

 西海岸に住むマイケル君にっては、五大湖周辺の州の名前は、京都人の群馬・栃木程度のものだったのだが、必死に記憶を辿っていった。

 そうだ、これに間違いない。早速、リビングまで行って、みんなから声をかけられる前に、大きな声で言った。

 「インディアナ!」

 有栖川家の人は、機転の利く、茶目っ気のある人々だった。

 一斉に「インディアナ!」と答えてくれたのだった。

 マイケル君が「インディアナ」が"Good morning"ではないことを知ったのは、それから一週間経ってからのことだった。

 こんな話を、早朝の御所の散歩をしながら、思い出すというか、作り出していたら、先方から、やはり散歩の人が近づいてくる。

 昼間の御所では、一々挨拶などしないが、早朝の御所では、すれ違う者同士、健康維持のために早朝から散歩をするという同じ目的を持った者同士の連帯感からか、挨拶を交わすのが恒例となっている。

 マイケル君の世界に浸っている場合ではない、挨拶をしなければ・・・そう思って、声をかけた。

 「インディアナ!」

 と、ここまで、書いたら嘘になる。

 「インディアナ」と喉元まででかかったのは事実だが、私は、ネイティブの日本人である。ちゃんと、「おはようございます」と言えたのだった。

 

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