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外側からの視点。
2001/5/12 17:51
by
しんちゃん
この映画を、わけあって結婚できず同棲している人が見たらどう思うだろう。やもうえずシングルを続けている人が見たらどう思うだろう。結婚していても子宝に恵まれない人が見たらどう思うだろう。
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Re: 外側からの視点。
2001/5/12 23:15 by
ぐっぴー
ひょっとして、この作品が家族愛を称えるあまり、世間一般から見た普通の家族のあり方を選ばなかった人々を否定しているかのように受け止められたのでしょうか。
以下、その前提の元に反論させていただきます。
前提が異なったなら申し訳ありません。
私は決してこの作品が「結婚して子どもを作ることだけが人生の幸せだ」と言っているようには思えませんでした。
ネタバレになるので詳しく言えませんが、ケンとひろしのやり取りを思い出してください。
まず、ケンがひろしの人生を否定しているのです。
ひろしとしては自分のアイデンティティである家族を持ち出して戦わざるを得ません。
このシーンから私は他者からつまらない人生に見えても、そこには一人一人の異なる価値観による幸せがあるはずだ、つまり「あらゆる人生に意味がある」というメッセージを感じました。
一つの人生を肯定することと、それとは異なる他者の人生を否定することは決してイコールではないのです。
ラストシーンに流れる吉田拓郎の「今日までそして明日から」の一節は、私には人々の多様な人生のあり方を暗示しているように思え、この後のケンとチャコの姿が重なりました。
私には 私の生き方がある
それは おそらく 自分というものを
知るところから はじまるのでしょう -
Re:
2001/5/13 8:04 by
しんちゃん
必要なのは、心ならずも世間一般から見た普通の家族の有り方を選べなかった、(選ばなかった人では有りません。)への心づかいです。子ども連れで見にくることが多いこの映画でどうして、子供の居ない人たちを引き合いに出して、しかも悪玉として話しを作る必要が有るのでしょうか、そこに製作者の無意識の心づかいの無さを感じます。世の中には何につけ少数派が居ます。人種,国籍、何々病患者、等、少数派を取り上げる時にはそれが大切だと思います。
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Re: 外側からの視点/大切な見方と思います、が
2001/5/13 22:37 by
暗之云
【少々のバレ要素が含まれます・未見の方はご注意ください】
私もまた、「ケンとチャコが未来を拒絶することになった、そもそものきっかけ
は何か?」を考え、劇中では語られなかった物語を想像したときに「子供を持ち
得なかったから」が理由のひとつだという結論に達してました。
……考えてみないと解らなかった、私の鈍さについてはご容赦ください。
あの敵が敵たる理由が「子供が居ない」ことであると直観できた貴方のセンスは
達観と呼べるものだと思います。
しかし、
>子供の居ない人たちを引き合いに出して、しかも悪玉として話しを作る
という見方はいささか早計です。
最後の最後にケンの邪魔をした「家族」とは、本当は何のことであるかを考えて
いただければ、彼らはむしろ……「最終的には」の保留を付しますが……積極的に
肯定されていること、そして悪玉とは唯一「未来を拒絶すること」のみであること
が解るかと思います。
その敵の前には、他のあらゆるもの(「昔は良かった…」と懐かしむことさえ!)
は等しく肯定されているのです。
「死ねないなら未来を拒絶するな!」という二者択一に厳しさはありますけどね。
ただ正直に申しまして、貴方への反論はぐっぴーさんが書かれたものだけで充分
とも感じています。 -
Re: 外側からの視点。
2001/5/14 2:23 by
ガスパビリオン
ネタバレになるかもしれないのでご注意ください
私は現在38歳で家族も同棲相手もいない男です。
家族を選ばなかったのか、選べなかったのかは、自分でも判然とはしませんが。
それでも、あなたのいう「外側の視点」は感じませんでした。
この映画で危機にさらされるのは、個人個人が生きてきた人生そのものであり、人生の延長にある未来です。野原家にとっては、それが家族という形で描かれているだけだと思います。
自分自身の子供がいることが重要なのではなく、自分自身の未来のために、そして次世代のために、大人の責任を取れ、というメッセージを感じました。
ところで、私はケンとチャコって親子ほど年齢が離れているように見えるのですけど。
ひょっとしてチャコ自身はあの時代を現実には知らないで、あこがれているだけなのではないでしょうか。
だからこそ、ケン以上に固執していたのでは。 -
Re
2001/5/14 7:46 by
しんちゃん
この映画、私の知る限り、映画評論家から一般観客まで絶賛の嵐のようですが、私はまったく違った感想を持ちましたので、何処かに同様の感想を持った方がおいでになるかもしれないと思い書き込みました。皆様ご返信有難うございました。
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Re: 外側からの視点。
2001/5/14 8:00 by
mu
今日見てきました。私もエレベーターのシーンでチャコと不妊or中絶の
イメージが重なってドキリとしましたが、最後には彼らにも未来への
道が開かれたことが救いになりました。大人を未来に奪還するのは血の
つながった子どもや家族愛だけではないってことですよね。
>>暗之云さん
>最後の最後にケンの邪魔をした「家族」とは、本当は
>何のことであるかを考えて いただければ、
できればここをご説明いただけませんか。なぜ彼は「また、…」
と言ったのか、もう一度見に行って考えようかと思ってたんですが。 -
muさんへのレス
2001/5/14 21:21 by
暗之云
【モーレツにバレです。未見のみなさん管理人さんごめんなさい】
最初はバレを避けて下書きしていたんですが、私の筆力ではまるで
クイズみたいになってしまって(苦笑)。
未見のみなさんには申し訳ありませんが、以下ラスト辺りに関して
大バレです(問題であるようなら発言削除も甘受いたします)
>>最後の最後にケンの邪魔をした「家族」とは、本当は
>>何のことであるかを考えていただければ、
>できればここをご説明いただけませんか。なぜ彼は「また、…」
>と言ったのか、もう一度見に行って考えようかと思ってたんですが。
まずはハトについてですが、あれは「家族だからケンの邪魔をした」
わけではありません。
怪しい人間が近づいてきたから、家族を守るために威嚇した?
だとしたら、ケンたちを追い払ったわけでないのに巣に戻るのは変
でしょう。しんちゃんの声に驚いて飛んだか、ただの偶然と考える
べきです。
では野原家か? というと、しんちゃんの台詞はヒジョーにキビシー
ものでしたが「家族」の台詞とは捉えられない。
また、しんちゃんもハトも、邪魔とはいっても単にあの場の一歩を
踏み止まらせただけです。あれしか無かったなら、時と場を改めて
自決することもできた。
これから先も自決の邪魔となりうる者‥‥。
そう、ケンの邪魔をした「家族」とは「死にたくない!」と泣き崩れた
チャコのことなんですね。
チャコが死にたくないというから、ケンも死ねない。それが「家族」
として未来に向かう出発点になったのです。
そういう意味でも、ガスパビリオンさんの
>ケンとチャコって親子ほど年齢が離れているように見えるのですけど
という指摘はありがたいです。
子供はなくとも、結婚はしていなくとも、ふたりの絆は「家族」に
等しい、と肯定することで彼らにも未来を目指す資格を与えた。
それは同時に「どんなにイヤな匂いで満ちていても、どんなに薄汚く
見えても、未来を拒絶するな!」という罰でもあるわけです。
あ、サクサクと断言してきてますが、これはあくまで私の解釈に
過ぎません(それなりに自信はあるけど)、念のため。
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