魔王の残したもの3
元老会が従っている『血繋ぎの儀』の真相
ゼファールのその確認は確信に近かった。
いつもの温和さなど切り捨て、怜悧で険しい表情はますます義父を思い出させる。恐ろしさよりも懐かしさと頼もしさの胸に去来する。
「はい」
「なるほど……ならもう少し教えよう。
あの儀式に使用される媚薬は激しい興奮作用があるっていったよね。
それはとても攻撃的な作用が多くでる傾向がある。普通に性交するんじゃなくて、興奮しすぎて相手に噛みついたり首を絞めたりすることもある。感情も筋力もコントロールできないんだ。場合によっては、相手が死ぬこともある。
そして、薬の後遺症以上に余りの悍ましい行為……自分の意に沿わない性交によって精神を病むものが後を絶たなかった。
男女問わず高確率で自ら命を絶つし、子を成しても心中することが多い。それこそ、体の自由を奪わなければならないほどに薬が抜けた後は激しい躁鬱が起こるという。
恐らく、媚薬により強制的に興奮させられた後にリバウンドのようなことが起こるんだ。
興奮しているときは強い性欲と多幸感を強制的に与えられる。善悪の判断がつかないほどに……だが、それが抜けると真逆に容赦ない罪悪感や絶望が来る。
この儀式は『儀式に使用される人間を確実に潰す』ための物でもある。正気に戻られると色々困るからね。使い潰すために薬漬けにされる……それこそ、死ぬまで種付けか胎盤扱いになる。
そんな人間たちは子育てなんてできないから、取り上げるに丁度いい……その後の子供を、自分の好きなようにするためにね」
怖気のする話だ。人間の悍ましさを幾度となく見てきたことのあるキシュタリアだが、そのキシュタリアでも吐き気を覚える内容だった。
人を人と思わぬ残酷な仕打ちである。
「……そんなものが過去に行われていたんですか?」
「行われていたよ。権力者っていうのは、それらしい大義名分を掲げてどこまでもエゴイストになるからね。
光あるところに影があり。栄華の裏の凄惨な出来事はよくあることだ。
そのあとで特大の蜜が啜れるとなれば、勇んで実行するよ。口では大義だの何かの為だとか、可哀想だと言いながらね」
「アルベルは、元老会に狙われています」
アルベルティーナの血は特殊な魔法と莫大な権力が付随する。
王家の血、莫大な資産、グレイルへの恨み、継嗣問題。
条件が役満クラスに揃い切っていた。
元老会がアルベルティーナを傀儡にしたがっているとは知っていたが、そこまで外道な方法をとろうとしているとは知らなかった。
キシュタリアの中に疑いはなかった。元老会のアルベルティーナを見るときの陰湿で粘着質な視線。恭しく見える表面。そのすぐ下に透けて見える下心と優越。
あれらに渡せば王太女という肩書であろうが玩具か家畜のように扱われる。
「元老会は、薬を秘密裏に手元に残していたか。そうでなければ製法が分からないから裏ルートで入手していたのか……」
「驚かないのですか」
「寧ろ納得したよ―――ごめんね、あまり力になれないかもしれない。昔から元老会と死の商人たちの黒い関係は噂されていたんだ」
申し訳なさそうに首を振るゼファール。
ゼファールの士官時代から元老会の黒い噂は色々あったという。
「でも、捕まらなかったと?」
「必ず、追い詰める直前で彼らは涙ぐましい程の『庇い合いの精神』を発揮してね。
なぜか急に証言者がいなくなったり、証拠品が消えたり、捜査官が暗殺されたり、投獄していた人間が消えたり、アジトから犯人が雲隠れするんだよ」
追い詰めても抜け出す往生際の悪さ。不自然に起こる不祥事。実に美しい友情だ。
恐らく、一人でも捕まればどす黒い連鎖が芋蔓も真っ青な勢いで出てくるのだろう。そして、それを隠すためなら正しさすら歪む。
往生際悪く逃げて、逃げて、生きながらえているのだ。
吐き気がするような涙ぐましさである。キシュタリアが知らずに眉間にしわを寄せる。
「まるで彼女の様ですね」
「「レナリア・ダチェス」」
「……最近、怪しい社交場に彼女らしき人物が目撃されている。だが、彼女が好んでいくのは仮面舞踏会や仮装パーティの類が多くてね。
何度か探りを入れてはいるが……どうも厄介な人物が付いていて、なかなか近づけない。
レナリア・ダ……いえ、もうダチェス男爵令嬢ではないのでレナリアだね。
何度か奴隷オークションでも目撃されてはいるが、余程いい金蔓の宛がいるみたいで羽振りが良さそうだよ」
どうせ碌でもない出所なのは察せられる。
大規模な奴隷密売をこの前摘発したばかりだというのに、さっそく新しい鼠が巣穴を作り出しているようだ。
「捕まえないんですか?」
「根が深いからね。相変わらず『愛の妙薬』で色々引っかけているようだから……
どうしても大取物になるのは避けられない。大規模な摘発には、大規模な兵力が必要になるから。
トカゲの尻尾きりをされて、またどこかに雲隠れされても困るからね」
組んだ指の上に顎を乗せて低く唸るゼファール。
隈が酷く少し落ちくぼんだ目元は炯炯としている。生来の美貌と相まって凄絶な表情を露にしていた。
先ほどは昔話のように言っていたが死の商人たちのことは彼の中で終わっていないのだろう。未だに憎悪を燻らせ滅却すべき巨悪ととらえている。
キシュタリアの知らない悍ましい事件も多く知っているのだろう。
そして、その罪悪を庇い、時に隠滅して温床の一つとなっている元老会を疎んでいる。
「……『血繋ぎの儀』で使われる媚薬は、レナリアが王子殿下らに使用していた愛の妙薬と原料はほぼ一緒なんだ。
配合や処理の仕方が少し違うくらい。元老会に血繋ぎ用の媚薬が渡っている可能性は高い。
アルベルティーナ殿下はラティッチェ邸に連れ出されて激動の最中にいた、もともと体が弱いと噂されているから周りもいつ『隠れても』おかしく思われないだろうね」
病気、死亡などで表舞台から消えても不自然でない土台がある。
それも傀儡にしやすい要素の一つだ。健常者を床に伏せさせるには事故を装うか、少しずつ毒を盛らなくてはならない。
「解毒剤はないのですか?」
「鎮静剤は少し効くけど……明確なものはないね。下手に投与するより軽症なら数度の性行為で落ち着くし、後遺症もない。
使用法を間違えなければ破瓜の痛みや恐怖心も和らいで、幸福感や満足感が得られやすい。
初夜の印象がいいとその後にも楽だからね。性行為の相性が良ければ営みも自然と増えるし、夫婦も自然と愛し合うようになりやすい。
本来、そういう使い方だったんだと思うよ。奥ゆかしすぎる人とか、初夜で緊張しすぎるとできなくなる人いるから。
娼館とかでもそういうのはあるしね。あと、壮年だったけど一晩で複数の女性の閨を訪れないといけない帝とかも使っていたそうだよ。
原料がローレライの鱗粉と五年物以上のマンドレイク、宝石草の精油、カサン・ベラドンナの蜜とか……すべてはまだ解明できていないんだけどね」
「高級素材ばかりですね」
「うん、だから基本余程の資産がない限り購入できない。取り扱うにも技術がいるから、薬師や調合師もそれなりの伝手があるはずだよ
繊細な薬は保存にも冷暗所でないと劣化しやすいからね」
キシュタリアは注意深くゼファールを伺う。
一見するとグレイルのドッペルのような容姿をしたお人好しだが、この人はグレイルの後釜を果たすほど有能だ。
本当は死の商人や元老会にその刃は首に突き立てられる寸前にまで来ているのではないのだろうか。もしくは、かつてはそこまでいったのかもしれない
倫理的にメッチャアウト。
読んでいただきありがとうございましたー。
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