漆黒の英雄譚   作:激辛プリン

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E.T<4.--八欲王--空白の魔術書-->

 リーダーは【エリュエンティウ】にいた。

 

 

 

 

【エリュエンティウ】には大きく分けて三つの階層に分かれている。ゴシック建築様式で出来た建造物が多数並ぶ階層を『上層』、芝生や荒野が広がる地上にある巨大な空間が『地表層』、その地下にある建造物の階層が『下層』だ。その三つの階層の内、【八王】と呼ばれる彼らやこの都市の【都市守護者】たちの居住区は『上層』である。

 

 その『地表層』に二人の者がいた。その場所は芝生が広がっており、そこに置かれた椅子に二人は座って向かいっていた。炎を連想させる赤い髪に軽装で身を包む青年と灰色の全身鎧(フルプレート)に身を纏う青年がいた。リーダーである【赤】とその仲間の【灰】だ。

 

 

 

 

「はい、リーダー。これ」

 

「あぁ。ありがとう。【灰】」

 

 手渡された回復薬(ポーション)の栓を開けて飲み干す。傷だらけだった身体はすぐさま元の姿に戻った。

 

 

「怪我の具合はどうですか?」

 

「あぁ……おかげで問題ない」

 

 そう言って【赤】は空になった器を芝生の上に置いた。

 

 

 

 

「これで終わりましたね。リーダー」

 

「…あぁ。………………………」

 

「【竜帝】のことを気にしてるのですか?それなら必要な犠牲だったと思います」

 

「…本当にそうか?」

 

「えぇ。そうだと思います」

 

「…だがしかし俺は」

 

「……これ以上はやめましょう。終わったことばかりに気を取られるのは精神衛生上よろしくないでしょう?それよりもっと建設的なことを考えましょうよ。どうやってみんなと和解するかそっちを考えましょうよ」

 

「…そうだな」

 

 

 

 

 リーダーのせいで人間になってしまった!どうしてくれるんだ!

 

 それが他の仲間たちの考えである。そのせいで【竜帝】たちとの戦闘が終わった後、リーダーである【赤】、【灰】と他の六人とで揉めてしまったのだ。【赤】は散々殴られており傷だらけだ。結局【灰】が他の【竜王】が来る前に【エリュエンティウ】に戻ろうと提案したことでここまで戻ってくることが出来た。その後はリーダーと【灰】、他の六人で別行動をしている。理由は明白であった。

 

(あいつらが怒るのは当然のことだとして……【灰】には感謝しかないな。こいつがいなければあの場で殺し合いに発展しただろうな……。俺は一応こいつらのリーダーだが上下関係は本来無い。俺が【竜帝】を庇ったことが納得できるはずがない。こいつに助けて貰わなければ本当に危なかったな。でも一つだけ気になることがあるが…)

 

「お前は俺を恨んでないのか?【灰】」

 

 【赤】が質問したのは単純な疑問であった。他の六人と違い【灰】には恨まれているような対応はされていない。先程まで手当だってしてくれていたぐらいだ。

 

「……恨んでないといえば嘘になりますけど、まぁ……人間になれて良かったなと思うことは多いので……まぁ、それと相殺していますね。だから”恨んでいた”という過去形ですね」

 

「成程な……」

 

 予想に反した答えだったが内心では嬉しい気持ちだった。恐らく顔に出ていたであろう。だからか【灰】には見えないように顔を背けた。

 

 

 

 

「これからどうしますか?俺たちの種族は人間になりました。難度は三百ですけど……このままだと多種族の『解放』は厳しいと思います。何か策はありますか?」

 

「【連鎖の指輪】を使うのはどうだ?……あっ、だが……」

 

  あの戦いの後に揉めてしまってたので誰も回収していない可能性があった。そのことに気付きすぐに謝罪しようとした。

 

 

「……一応回収はしておきましたよ。この指輪の力は強大ですし、他の【竜王】に奪われたりなんかしたら大変なことになりますし…」

 

 【灰】は懐を右手で探るとそれを取り出した。手の平の上にあるそれを見て【灰】の言う通りだろうと思った。その中でも真っ先に思い浮かぶのは【竜帝】と同じことをされてしまうことであった。

 

(例えば……<難度三百の今の状態から難度三まで下げろ>とか<全員の消滅>などを願われてしまったら【エリュエンティウ】にいる者は全滅してしまうだろうな)

 

 だがその危険性も目の前にあるおかげで限りなくゼロになった。

 

 

「ありがとう。【灰】。お前のおかげで希望が見えてきたよ」

 

「礼はいいですから、それよりどうしますか?この指輪はそもそも今は力を失って使えませんよ?」

 

「【竜帝】は【始原の魔法】を使ってこの【連鎖の指輪】の効果を戻した。それで俺たちを人間にした。そして今のこの指輪は力を失ってガラクタでしかない。だがこの指輪に頼らないと俺たちは元の姿に戻れそうにもない」

 

 (そうだ。今はこの指輪から魔力の輝きは失われている。仮に元の姿に戻るとしてもその輝きを取り戻さないといけない。だがどうやって?そんな方法あるのか?)

 

 

 

 

「まぁ……そうですよね」

 

 そう言うと【灰】は【赤】の手を取り、その手の平に指輪を乗せた。

 

「これはリーダーに渡しておきます」

 

「いいのか?この指輪は……」

 

「構いませんよ。今リーダーは他のメンバーと顔合わせることすら危険ですし、自分の身を案じて下さい。この指輪はそのお守りになるでしょ?まぁ効果の失った指輪ですから…効果があるかは怪しいですが……」

 

 ちょっとした冗談を言われて俺は思わず笑った。面白かったからではなく冗談を言う事で余計な緊張を解いてくれた【灰】のその気遣いに感謝してだ。

 

「そうだな。ありがとう【灰】……」

 

 心の底から礼を言う。今はこいつだけが俺の味方だ。それに頼るばかりでは駄目だな。

 

(このままじゃリーダー失格だな。やはり何とかしないとな……)

 

 

 

 

「振り出しに戻ったな……。これからどうしようか?」

 

「とりあえず今できる状況を確認しませんか?」

 

「確認?」

 

「えぇ。【竜帝】が死んだ以上、【始原の魔法】を使う【竜王】たちの誰かが報復してきてもおかしくはないでしょう?一応【竜王】たちのトップですし何があっても不思議じゃないですから」

 

「そうだな…‥今あるアイテムで何が出来るか確認しておこう」

 

「……お願いします。一応【空白の魔術書】はリーダーが確保しておいて下さい。こっちは他の六人と顔を合わせてきますから」

 

「大丈夫なのか?」

 

「リーダーよりはマシな対応されると思います。和解は無理でもせめて話し合いくらいは出来ないと困るでしょ?これから何があるか分からないんですから」

 

「【灰】、お前には迷惑をかけてばかりだな。すまない」

 

「そんなこと顔しないで下さいよ。もし戦闘になったら宝物庫に逃げ込んでリーダーと合流しますから。後は……そうですね、念のために都市守護者たちに『他の六人が急激に動いたら可能な限り抵抗しろ』とでも命じておいて下さい。自分が宝物庫へ戻る間の時間稼ぎでもしてくれたら助かりますかね。そっち方向は任せましたよ」

 

「分かった。都市守護者たちにはすぐに伝える。その後に宝物庫へ行く。任せとけ」

 

「ではまた後で!」

 

 そう言うと二人はその場を後にした。

 

 

 

 


 

 

 

 

 リーダーは上層にある宝物庫へ来ていた。煌びやかな黄金で出来た棚。宝石が散りばめられたシャンデリアなど。そこには値千金をも軽々と超える絢爛豪華なアイテムや装飾品の数が眠っている。一つ一つ丁寧に置かれたマジックアイテム。それらがずらっと並べられておりどこか気品ある場所の様に思える。だがリーダーが真っ先に見たのはそれではない。それら棚の奥には紋章が掲げられた壁だ。その壁の前でリーダーは立ち止まった。

 

 その壁は合言葉を言わないと絶対に開かないように出来ていた。物理・魔法で破壊できるものではない。ゆえにリーダーは口を開いた。

 

「【雲を泳ぎし者】の権限を行使する!」

 

 そう言うと壁が煙のように消えて奥に通路が現れる。他者が見れば驚く光景だろうが【赤】にとっては当然のことであり、何の関心もなく再び歩み出す。通路の最奥には非常に強く硬い木で出来た台座がありその前で立ち止まるとその上に置かれたものへと目を向ける。

 

 

 

 

 何の変哲もない本。表紙は上質な革で制作されていることを除けば何も特別な点は無い。中身を開くとそこにはどこまでも続く無限の空白が広がっていた。だがそれが表すは無限の可能性。何でも書き込むことが出来るという無限の可能性。だがそれは表向きの性質でしかない。それは本来誰にも知られてはならない程の強大なアイテム。

 

 

 その名を……

 

 

 

 

「【空白の魔術書】」

 

 

 

 

「<目覚めよ>」

 

 

 

 

 【赤】がそう言うと今まで空白だった部分に文字が浮かび上がる。

 

 

 

 

 【空白の魔術書】

 

 これはあらゆる魔法が書き込まれていく書物である。だが真に恐ろしいのはそこではない。新たに作られた魔法でさえ書き込まれるのだ。そしてこの本に書き込まれた魔法はあらゆる者が行使できるという性質を持つ。無論代償は魔法に応じて存在するも使い方次第では強大な効果すら行使できるため、世の中をひっくり返せる可能性すらある。

 

 

 

 

「<【始原の魔法】の項目を開け>」

 

 【赤】がそう言うと本が勝手に中身をパラパラと捲っている。

 

「……やはり【位階魔法】ばかりが載っているな。少しも止まる気配が無い」

 

 この当時、魔法といえば【始原の魔法】のみしか存在しなかったのだ。だが【赤】たちは【竜帝】たちを急襲する前に確認をしていたのだ。ゆえにその内容には驚かない。その一冊に書き込まれた【位階魔法】は膨大な数であり、一つのページを理解するだけで一年は掛かりそうだ。【赤】は捲られていくページを見て文字に酔いそうになる。

 

 

「………俺たちの誰も位階魔法は使えなかったが生き残った。でもそれは前の強い肉体を持っていたからだ。人間になった今の俺たちじゃ何かあった時、簡単に死んでしまう。多種族の『解放』なんて不可能に近いかもな……。そう思うと【六大神】たちはどうして人間種を解放出来たんだろうな……」

 

 やがてページが止まる。そのページが見開いた部分が魔法の光で照らされる。そこに書きこまれた内容は【始原の魔法】ばかりがあった。そこにもやはり膨大な数の魔法の内容が込められていた。だが【位階魔法】に比べるとあまり多くないためすぐに目当ての魔法を見つけ出すこと出来た。

 

「『始原回復(ワイルドヒール)』!やっぱりあった」

 

(もしやと思ったが本当にあった!)

 

 

「早速やってみよう。これを使えば【連鎖の指輪】を元に戻して全員元の姿に戻れるかもしれない。そうすれば和解も出来る………だろうか?」

 

(最悪これで和解できなくてもいい。でも……せめて誰も死なずに済めばいい。もう殺すのは嫌だ。だから……)

 

 

 

 

(俺がやるしかない!)

 

 

 

 

 『始原回復』と書かれた箇所に触れた時だった。一抹の不安がよぎった。

 

 

 

 

(……何だ?俺は何を恐れているんだ……。「殺すこと」か?「殺されること」か?それとも……)

 

 

(この違和感は何故だ?まるで物事が上手く行き過ぎている様な……)

 

 

(何か重要なことを見落としているような?一体何だ?)

 

 

 

 

 首をブンブンと振り雑念を払う。

 

 

 

 

(いや……【灰】も和解のために頑張ってくれてるんだ。俺もやらなきゃな)

 

 【赤】は【空白の魔術書】を台座の上に置くと【連鎖の指輪】を右手で取り出しその横に置いた。左手で始原回復(ワイルドヒール)の単語に指さす。

 

 

「<【空白の魔術書】よ!魔法を発動せよ。『始原回復』を行使する!>」

 

 【赤】の右手に強大…などと形容するには遥かに強大な光が宿る。太陽ですら比べものにならない程に強大な光が自身に纏う。あまりの明るさに目が焼き切れそうになる。

 

 

 

 

 光る右手で指輪に触れる。

 

 

 

 

「<始原回復(ワイルドヒール)>!!!」

 

 

 

 

 右手に宿っていた輝きが指輪に染み込むように入っていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その瞬間であった。急激に全身を脱力感が襲う。

 

 

 「なっ!?」

 

 

 急に全身が重たくなる。着用している鎧が重たくなったようだ……いやそれだけじゃない。まるで肉体が弱くなった様な……重力にすら逆らえない程弱弱しく……。膝が崩れ地面に四つん這いになる。地面に当たった衝撃で骨が軋み筋肉に痛みが走る。更に息が出来ないほど身体が弱くなった。まるでか弱い老人にでもなったかの様だ。一体何が起きたのかが分からなかった。

 

 

(息が出来ない……何で!?……まさか!?……【始原の魔法】の代償に使うのは!?)

 

 

(先程の違和感の正体はまさか!?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その正体に気付いた瞬間、【赤】の背中にドンと衝撃が走る。

 

「がっ!」

 

「アハハハハ!」

 

 それは不気味な笑い声だった。だが間違いなく聞き覚えがある声だった。

 

 

 

 

「くっ!……」

 

 どうやら背中を踏みつけられたようだ。その際に床に顎を打ったせいで脳が揺れたのだ。視界がグルグルと回る。【赤】は揺れる視界の中で何とか背中に足を乗せた存在に目を向けた。【赤】の瞳がその者を捉えると同時に視界の揺れが収まった。そこにいたのは先程気付いた違和感の正体とも呼べる者であった。

 

 

 

 

「【始原の魔法】は生命…魂を行使する魔法。やっぱりアンタに使わせて良かったよ。リーダー♪」

 

「【灰】お…お前……っ!どうして!?」

 

「アハハハハ!何その間抜け顔!?マジ受けるんですけど!アハハハハ」

 

 宝物庫に嘲笑が鳴り響く。

 

 

 

 

「【灰】!何でお前が!?本当は俺を恨んでいたのか?」

 

「いや恨んでないよ……むしろ感謝しているかな。アンタのおかげであのトカゲ共を殺せたからね♪」

 

「何だと……」

 

「アレは最高の遊びだった。知ってたか?あいつらが痛みに苦しむ顔を見てオレは内心では楽しんでたんだぜ。気付かなかったのか?」

 

(何でこいつの姦計に気付けなかった?……いやそれよりも……)

 

 

 

 

「俺を嵌めたのは何故だ?恨んでないなら何で?」

 

「楽しいからに決まってるじゃん。オレたち【流星の子】だぜ。この世界はオレの遊び場じゃん。だったら権利があるに決まってるじゃん!」

 

「フザけるな!この世界には必死に生きている者たちがいる!そんな彼らの生活の場を『遊び場』なんて言って踏みにじっていい権利がお前にある訳がない!それじゃあ【竜王】たちと何も変わらないだろうが!」

 

「いいに決まってるじゃん。オレたち【流星の子】だぜ。いうなれば『強者』だ。強い奴が弱い奴から奪う、従わせるのはこの世界のルールだぜ?アンタ頭悪いの?オレなら欲しいものは全て手に入れるけどね」

 

「クソ!ふざけるな!これ以上何も奪わせてたまるか!」

 

 【赤】は何とか動こうとするが背中に踏みつけられた足を動かせそうになかった。まるでビクともしない。

 

 

 

 

「難度三十程度って所か?随分と【始原の魔法】に力を吸い取られたみたいだね。そんな今のアンタが難度三百のオレに何が出来んの?」

 

「……何でお前こんなことをしたんだ?」

 

「もっと楽しくしたいからかな……アンタは【連鎖の指輪】を使ってオレたちを元の姿に戻そうとしたみたいだけど……それじゃあ楽しくないじゃん♪」

 

 

 【灰】が台座に置かれた【連鎖の指輪】を掴むとそれを自らの指に嵌めた。

 

「お前!?何を願うつもりだ!?」

 

「知ってるか?リーダー。ゲームっていうのはね圧倒的な力で勝利すると楽しいけど酷く空しくなるんだぜ……。だからゲームっていうのは遊ぶ者が楽しめるようにルールを設けるんだ♪楽しむためにはルールは絶対だ」

 

「…何を言って…」

 

「奴らの【始原の魔法】は今の俺には強力過ぎる。だからそれを歪めてやるのさ!そうすればあいつらはどうするかな?オレには手に取る様に分かるよ。だってオレがルールだから♪」

 

「まさか!?、お前ぇぇぇ!?」

 

 【赤】の背中を踏みつける力が強まる。内臓がねじねるような激痛が走る。

 

 

 

 

「ねぇリーダー。戦争って最高の遊び(ゲーム)だと思わない?」

 

「よせぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 口が裂けそうになる程叫ぶ。だがそれは【灰】を愉しませるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【連鎖の指輪】よ。オレは願う!<この世界を歪め位階魔法を広めろ>!」

 

 

 

 

 その瞬間、世界に一つのものが広がった。

 

 それは青空でもなく、夜空でもなかった。

 

 それは巨大な魔方陣。

 

 強大な九つの魔方陣が世界を覆ったのだ。

 

 そこに込められしものは位階魔法。

 

 陸を歩く者も、空を飛ぶ者も、海を泳ぐ者も………。

 

 人間種、亜人種、異形種、この世界の全ての者が………。

 

 

 

 

 その日、歪んだ欲望が世界を覆った。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

 指輪は既に光を失っていた。それは既に効果を喪失している証拠であった。

 

 

 

「っ!」

 

 【赤】は身体を震わせた。気持ち悪い感覚に襲われる。まるで誰かに自分の内臓の位置を全て変えられてしまったようなそんな奇妙な感覚。そんな感覚に冷や汗と身震いが止まらなかった。事の重大さを身をもって知ってしまったからだ。

 

 

 【赤】とは対照的に【灰】は笑っていた。

 

「……やった。アハハハハはっ!アハハハハハハハハ」

 

 身体に流れるような感覚に気付くと全身を高揚感が襲う。

 

 

「アハハハハハハ!!!ハ?……」

 

 少し興奮が冷めると思考を取り戻す。

 

(試しに何か魔法を唱えてみる。何がいいだろうか?)

 

 

 

「あっ、そうだいいこと思いついた♪」

 

 【灰】は【赤】の背中から足をどかした。

 

 

「アンタさ、オレに魔法で攻撃してくんね?」

 

「っ…!<火…(ファイア…)>」

 

 【赤】が腕をこちらに向けて魔法の詠唱を開始した。だが【灰】にはそれがとてもゆっくりに思えた。

 

(難度下がったし、その程度の魔法の攻撃しか出来ないか。それに動きも遅い。まぁ…検証には丁度いいけど…)

 

詠唱無効(スペル・コンファイン)

 

 【赤】が放とうとした魔法を【灰】は無効化した。

 

 

 

 

「間違いない。やはり位階魔法は広まってたんだ!」

 

「……お前、自分が何をしたか分かってんのか!?」

 

 

「『楽しいこと』をしただけだよ」

 

「ふざけるな!」

 

 

「うるさいな……。吠えるなよ。アンタは犬か?」

 

 【灰】は【赤】に接近。首を掴んで放り投げた。最奥の位置から宝物庫の棚に吹き飛んだ【赤】は衝突。背中を打ちそのダメージから吐血する。

 

「がっ!」

 

 床で血を吐く【赤】に向かって【灰】は歩み寄っていく。

 

 

「どうでもいいだろ?これから楽しい…愉しい戦争(ゲーム)の始まりだ。オレの活躍を見てなよ♪観客第一号」

 

「ふざけるな!何がゲームだ!これは現実だ!痛みや恐怖も全部本物だ!!生きているのも死んでいくのも全部現実だ!やり直せないんだよ!」

 

 

「アンタ、ウザいよ……観客がいなくなるのは寂しいけど……まぁいいか。退場してよ。偽善者野郎♪」

 

「だったらせめて……お前にだけは殺されてたまるか!」

 

 【赤】は懐から魔封じの水晶を取り出しすとそれを潰した。

 

 

「<上位転…(グレーター・テレポーテー…)>」

 

「<詠唱無効(スペルコンファイン)。もっと早く動きなよ?あっ、出来ないか?」

 

「!!チッ」

 

「アハハハハ!知らなかったの?オレの計画は完璧なんだよ。つまりここではオレが決めたことがルールって訳。だからアンタが逃げられる可能性は無いよ。ぷっ、アハハハハハハハ」

 

「くそ!」

 

 【赤】は空間から【ギルティ武器】を取り出した。斬るのに適していない形状をしているがそれは剣だ。その柄を掴む。この武器の切れ味ならば【灰】にダメージを与える可能性がある。

 

 

「へぇ。それを使うんだ。見ものだね。それでオレに勝てるとでも?」

 

「勝てなくてもいい!他の奴らが来れば真実を話してそれでお前は終わりだ!」

 

「馬鹿か?アンタが都市守護者たちに命じさせたんじゃないか『他の六人が急激に動いたら可能な限り抵抗しろ』って。さっきの【始原の魔法】が原因で奴らは絶対に動いた。そうなるとあっちの方でもゲーム(戦闘)が行われる訳じゃん。そこで問題♪あいつらは誰を疑うでしょーか?」

 

「お前!」

 

 再び斬撃を回避される。

 

 

「だから言ってるだろ?オレの計画は完璧だ。アンタには全ての罪を背負ってもらうよ。リーダーぁ♪」

 

「!っ……クソっ!」

 

 【赤】の攻撃を【灰】は軽々と避ける。

 

 

アハハハハハハハハ

 

 

「どうしたの?リーダー、もっとオレを愉しませてくれよ」

 

「クソが!」

 

 【赤】の攻撃を【灰】は左手一本で止めた。

 

 

「……まぁ、もういいかな。アンタ煽るの飽きたし……じゃあね。【ギルティ武器】は貰っていくよ」

 

 【赤】は【灰】の右腕が振り上げられるのを見た。それは殴りつけようとする姿勢だ。難度三百の人間の攻撃を難度三十以下の人間が回避出来るはずが無かった。それは圧倒的な実力差であった。

 

 

(俺はただ……助けたかっただけだ!多種族のみんなを『解放』したかっただけだ!それがどうしてこうなった?……ちくしょう)

 

 

 

 

 【赤】は自分の頭部が粉砕される音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だがそれは幻聴であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 代わりに聞いたのは力強い戦士の声だった。

 

 

 

 

「<次元断切>!!」

 

 【赤】と【灰】の中間にそれは現れた。純黒のフードと全身鎧(フルプレート)を纏う戦士だ。その両腕には強大な力を持つ【ギルティ武器】らしき大剣が握られていた。その後ろ姿には見覚えがあった。

 

 

「っ……お前は…!?スルシャーナ!!」

 

「…話は後だ。すぐに逃げるぞ!」

 

 【赤】は逃げる為に動こうとした。そして何か生々しいゴトっとした落下音に気付き視線を音源へと向けた。【灰】の両腕から先が切断されて地面に落下していたのだ。先程のスルシャーナの放った<次元断切>をその身に受けたからだろう。

 

 

 

 

「あっ……」

 

 【灰】は最初気付かなった。だが気付いた瞬間、思考や感情はすぐさま激痛に支配された。

 

 

「っっっっぁぃっっ!!?」

 

 激痛のあまり【灰】は言葉を失った。両腕の切断面から噴水の如く鮮血が噴き出す。バランスを保てなくなった【灰】の身体は前面に転倒する。その際の衝撃で肉が圧迫され更に出血量が増す。あっという間に宝物庫の床は鮮血で染まっていった。

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁ!いてぇぇぇぇぇぇっ!!!!!あぁぁぁぁぁ」

 

 宝物庫にある絢爛豪華なアイテムなどが血塗れに染色されていく。そこにあった黄金の輝きがあっという間に失わていく。

 

 

 

 

「さっさと行くぞ!リーダー」

 

 スルシャーナはリーダーの肩を掴んだ。スルシャーナは先程まで持っていた【ギルティ武器】を空間に納めると懐に納めていたアイテムをもう片方の手で握り潰した。それは魔封じの水晶。

 

「<上位転移(グレーターテレポーテーション)>!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人残された【灰】はぶつけようのない感情のやり場に叫ばずにはいられなかった。だが激痛がそれを邪魔しあげく支配してしまっていた。

 

「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

(どうして!?オレがこんな目に!?何でだよ!?)

 

 脳裏に一つのものが浮かび上がる。

 

 最早それが何だっかは思い出せない。それは激痛からの逃避の為に自ら生み出した幻覚かもしれない。あるいは死の間際の走馬灯かもしれない。何が何やら思い出せない。記憶にもやが掛かっているような……。

 

 

 

 

 【エリュエンティウ】に帰還したオレが【赤】に渡すポーションを取りに行ってる最中だった。

 

 

 

 

-----(駄目だ。もっとだ……もっと支配してやりたい)-----

 

-----(もっと楽しみたい。もっと苦しめたい!もっと痛めつけたい!…)-----

 

-----身体の中を支配するこの感覚に精神が狂いそうになっていたのだ-----

 

-----(人間にされてしまった以上、もう【竜王】たちとはまともには戦えない)-----

 

-----「クソ!」-----

 

-----建物を腕で殴る。痛みが走る。そこから血が出て熱を帯びる-----

 

 

-----「その悩み解決して差し上げましょうか?」-----

 

-----赤い服を着た仮面の悪魔が目の前にいた-----

 

-----「完璧な計画を私が提供しましょう。【灰】」-----

 

 

-----当然オレは警戒した。念のために【ギルティ武器】を取り出した-----

 

-----「【ギルティ武器】まで出すなど…恐ろしいですね」-----

 

-----「お前は誰だ?何故【ギルティ武器】を知ってる?」-----

 

-----「失礼。私の名前はヤルダバオト。貴方の悩みを解決できる唯一の悪魔ですよ」-----

 

-----「…聞くだけ聞いてやる。お前の計画とやらを」-----

 

-----「簡単ですよ。それは………」-----

 

-----そう言われたオレの視界は計画の完璧さのせいか白く塗りつぶされた-----

 

 

 

 

 二人がいなくなった宝物庫に【灰】の断末魔だけが空しく響き渡った。

 

 

 

  


 

 

 

 

 【エリュエンティウ】の外に転移したスルシャーナと【赤】。彼らはそのまま空中へと放り出される。戦士であるスルシャーナや難度三十にも満たない【赤】が<飛行(フライ)>を行使できる訳もなく、重力に逆らうことなど出来ずに落下していく。

 

 

「スルシャーナ、何故俺を助けた?」

 

「質問は後にしてくれ。今はどうやって無事降りるかだけ考えろ」

 

「えっ?……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

 どうやらリーダーはここが外だと気付かなかったらしかった。だがそれに気付くと途端に叫び出す。

 

 

 

 

「ツアーぁぁぁぁ!」

 

 

 

 

 スルシャーナがそう叫ぶと雲の下から白銀の鎧を着た何者かが現れた。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「ここは?」

 

 【赤】が目を覚ますとそこは砂漠だった。他には何もない場所。そこに横たわる自分の傍らで砂上に座るのはスルシャーナ、その背後に白銀の鎧を着た何者かが立っていた。

 

 

「リーダー、目覚めたか?」

 

「あぁ……俺は気絶していたのか?」

 

 スルシャーナの問いかけに【赤】は答えた。どうやら意識を失ってしまったらしい。

 

 

「あぁ。そうだ。一時間程だな」

 

「そんなに……。やはりこの身体は弱いな」

 

 

 

 

「……まずは礼を言ったらどうだい?」

 

 先程まで黙っていた白銀の鎧を着た何者かがそう口を開く。

 

 

 

「お前は?」

 

「僕は……今は『白銀』とでも呼んでくれ」

 

「そうか『白銀』……俺は死んだ方が良かったかもしれないぞ?お前らが危険を冒してまで助けるだけの価値があるとは思えない」

 

「……」

 

「それよりどうやってあそこまで来れた?戦士であるお前には難しいはずだ」

 

 位階魔法である<不可視化>や<不可知化>を行使できる『魔法詠唱者』ならばまだしも、戦士職であるスルシャーナが宝物庫に着くまで誰とも遭遇せずにいれるのはほぼ不可能だ。

 

 

「簡単なことだ。<始原隠密(ワイルドシーク)>と呼ばれる【始原の魔法】がある。それを【竜王】の一体に掛けてもらった。幸運なことに位階魔法が広まっても効果は消えなかった。まぁ…後はお前の知っている通りだ」

 

 成程。確かにそれならば可能だろう。俺と【灰】を除く六人と【都市守護者】たちは交戦していたはず。【都市守護者】の中には監視に特化した者もいたがそんな状況下ならば<始原隠密>を掛けられたスルシャーナが宝物庫まで誰にも気づかれずに侵入できたのだろう。

 

 

 

 

「君が何を考えているかは分からない。だがあまりにも沈黙が長いと敵意ありとみなしてもいいかい?」

 

「よせ。ツアー、こいつには聞きたいことがある」

 

 何やらスルシャーナがあせったように見えた。この白銀の鎧の男は一体?

 

 

 

「お前は何なんだ?」

 

「その前に幾つか聞きたいことがある。構わないね?スルシャーナ」

 

「あぁ……お前の好きにしろ」

 

 

 

 

「スルシャーナから君は【竜帝】の殺害に関与していないと聞いているけれど事実かい?」

 

「確かに俺は殺してはいないが……それでも奴を傷つけはした。関与していないわけじゃない」

 

 僅かに『白銀』から不穏な空気が溢れ出す。だがそれをスルシャーナが手で制した。

 

 

 

「次の質問だ。君は【竜帝】の殺害を止めようとしていたと聞いたけど事実かい?」

 

「……あぁ。でも止めることは出来なかった」

 

 

 

「……君は一部の【竜王】を殺害したけれど、それは自衛のためだね?」

 

「…あぁ。許しは請わないが……その通りだ」

 

 

 

 

「……スルシャーナ。君も聞きたいことがあるけれど、引き続きこの者に質問させてくれ。構わないかい?」

 

 『白銀』がスルシャーナに問いかける。

 

 

「あぁ。構わない」

 

 

 

「君は【始原の魔法(ワイルドマジック)】を歪めたのかい?」

 

「お前の言う【始原の魔法】が【竜王】たちが行使する魔法を指すのであれば、俺ではない」

 

 

「では誰が歪めたんだい?」

 

「俺の仲間……だった【灰】という奴が【始原の魔法】を歪めた」

 

 

「その【灰】は今どこにいるんだい?」

 

「俺たちの拠点【エリュエンティウ】にいる」

 

「あそこか……厄介だね」

 

 

「【始原の魔法】を歪められた時の前後の話が聞きたい。君はその時何をしていたんだい?」

 

「どこから話すべきか……。スルシャーナからある程度の話は聞いているか?」

 

「あぁ聞いたとも。【竜帝】とスルシャーナが殺された所までは聞いたさ。その時の君の様子もね。僕が気になるのはその後の話だ」

 

 

 

 

 俺は【エリュエンティウ】に戻った後のことを話した。

 

 

 

 

「成程。つまり君は【竜帝】殺害、さらに【始原の魔法】を歪めたことに直接は関与していないんだね?」

 

「あぁ」

 

 何となくだが分かってしまった。ここまで【始原の魔法】について聞いてくるということはこの者の正体は【竜王】に近しい者だろう。恐らくこの話を聞いた後に何かしらの判断が言い渡されるかもしれない。俺が大罪を犯した者かどうか……。スルシャーナは【竜帝】たちと何かしらの関係があるのは分かっていた……あの時一緒にいたくらいだ……偶然というのはまずあり得ないだろう。この二人のどちらか…いや両方か。俺を【竜王】に引き渡すことが目的なのかもしれない。そうなるのも仕方あるまい。【竜王】たちの長である【竜帝】を殺害したのだ。許されるはずがない。

 

(だが……それでもスルシャーナに助けられたことには感謝しかない。だから俺の命こいつになら奪われても構わない)

 

 【灰】の様な者に殺されるはずだった俺を助けてくれたんだ。

 

(もう十分だ。好きにしてくれ)

 

 

 

 

「どうするつもりだ?ツアー」

 

「……最後に一つだけ聞かせてくれないかい?」

 

「何だ?」

 

「君は何のために戦ったんだい?」

 

 

 

 

 それを言われて顔を歪めた。

 

 

 

 

(今の俺がこれを語る資格はあるのか……いや今は正直に話そう)

 

 

 

 

「……亜人種や異形種……それら多種族の…【竜王】たちからの『解放』。そのために戦いを始めた。俺は『世界の可能性は小さくない』と……信じてきた。結果はこのザマだが…」

 

 

 

 

 それを聞いたスルシャーナは思わず顔を下へ向けた。

 

(……『世界の可能性は小さくない』……か。かつて【竜帝】から聞いた伝説【アインズ・ウール・ゴウン】を思い出す言葉だ)

 

 

 

 

「……分かった。君のこと許しはしないけど……憎みもしないさ。君のこと、一先ずは放置だ」

 

「【竜王】たちに俺の身柄を引き渡さないのか?」

 

「どうしてそんな面倒なことをしないといけないんだい?あぁ…そうか君も勘違いしているのか」

 

 

(何が何やら分からない。どういうことだ?)

 

 

「リーダー……こいつの名前はツァインドルクス=ヴァイシオン。私がツアーと呼んでいるこいつの正体は【竜帝】の息子だ」

 

 

 

「!っ【竜帝】の!?」

 

「驚くのも無理はない。その姿からじゃドラゴンだと気付けるはずがないだろう?」

 

「君も最初は気付けなかったからね」

 

 

 

 

「俺を殺さないのか?」

 

「一先ずはね。君の本質は悪ではないだろうしね。それ以上の追求は今はいい。時間が惜しいからね」

 

 

 

 

「時間が惜しい……だと?どういうことだ?」

 

「【竜帝】が殺された今、【竜王】たちを統べる者はいない。【竜王】というのは誰もが我が強く、間違えても誰かの言う通りになんかしない。さらにドラゴンという種族は身内に対する情は人間の様なそれを持っていない。彼らの目的は間違えても【竜帝】の敵討ちなどではないだろうね」

 

「……まさか!?」

 

「あぁ。そのまさかさ【竜王】たちは君の元仲間【八王】と戦うことになるだろう。戦争が起きるさ。それもかつてない程大規模な戦いがね……」

 

 

 

 

(俺のせいで……戦争が……たくさんの者が死ぬのか…)

 

 

 

 

「ツアー、お前は参加する気なのか?」

 

「……いや、しない。した所で今の僕じゃ無駄死にだろうね。それよりも安全な場所に避難して力を蓄えるさ」

 

 

「それがいいだろうな」

 

「スルシャーナ、リーダー。君たちも来るかい?」

 

 

 

 

「私は遠慮しておこう。自分の身は自分で守る」

 

「リーダー、君は……」

 

「……」

 

「必要なさそうだね。分かった。君たちの意思を尊重しよう」

 

 そう言うと白銀の鎧はどこかへ去っていった。

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

戦争は開始された。

 

七人の王と【竜王】との間に戦争が開始された。

 

王を一人倒すのに【竜王】は十体程死んでいった。

 

だがその度に王たちは位階魔法で蘇生され弱体化していった。

 

それに対して魂を行使する【始原の魔法】の蘇生では弱体化することは無い。

 

 

 

 

 

 

「よせ!リーダー!死ぬ気か!いいからスレイン法国に戻ってろ!」

 

「目の前で死にかけている奴、放っておけるか!」

 

 

「お父さん……」

 

「もう少しで助かるからな!しっかりしろ!」

 

「リーダー……」

 

 

「止めるな。スルシャーナ!早くこの子を安全な場所に運ばないと!もう俺もお前もポーションは持って無いだろ!そこをどけ!」

 

「違う。もうその子は……」

 

「……」

 

 

「おい、嘘だろ!?何で……息してくれよ、おい!」

 

「リーダー!戻れ!」

 

「何でだよ!ちくしょう!離せ!助けなくちゃならないんだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて争いは大陸中を巻き込むことになった。

 

人間種も亜人種も異形種も例外なくその命を散らした。

 

一方は【始原の魔法】の燃料として……

 

もう一方は自らの【難度】を上げる為に……

 

世界は戦禍に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー!【八王】の一人が!うわぁ!」

 

「恨みは無いが……!」

 

 そう言って亜人種たちを槍で刺し殺す存在がいた。【青】だ。

 

 

 

「【青】!お前!」

 

「リーダー!お前生きてたのか?やはり【灰】は嘘を……」

 

 

 

「そんなのはどうでもいい!何で罪の無い者を殺すんだ!こんなこと許される訳がない!」

 

「許す、許されるは関係無い!生きる為に戦う、それだけだ」

 

 

 

 どこからか声が聞こえた。

 

 

 

「<始原爆破(ワイルドブラスト)>」

 

 目の前が真っ白になった。世界が燃えた。リーダーの視界が真っ白い光に包まれた。

 

 

「フン、スルシャーナと一緒にいる人間か?さっさと失せろ!邪魔だ!」

 

 そう言うとその【竜王】は去っていった。

 

 

 

 

 煙が晴れる。そこには全身が焼けただれた【青】がいた。

 

「スルシャーナ……か。成程な」

 

 何かを察したようでその表情は微笑んでいるように見えた。

 

 

「【青】、お前まだ戦う気か?」

 

「あぁ」

 

「このままじゃお前は死ぬぞ」

 

「俺の手はもう血にまみれ過ぎた。もう後戻りは出来ない」

 

「!だけど」

 

「お前は俺たちとは違う。お前はそのままでいろ。絶対に戦争に参加するな!」

 

 そう言うと【青】の肉体は燃え尽きた。

 

 

 

 

(リーダー以外の【八王】でもあんな奴がいたのか……だがこの戦争が和解の機会を永遠に奪った…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて雌雄は決した。

 

勝ったのは【八王】と呼ばれた者たちであった。【竜王】たちが敗れたのだ。

 

この時【始原の魔法】を使える【真なる竜王】の大半は狩り尽くされた。

 

生き残ったのは戦争に参加しなかった【竜王】たちだった。

 

 

 

だが既にリーダー去りし【八王】たちは弱体化した結果、

 

【連鎖の指輪】と【空白の魔術書】、七つの【ギルティ武器】、スルシャーナから奪った使い方次第で大災厄すら引き起こす【神の力】などを巡り殺しあうことになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 

「【エリュエンティウ】の様子がおかしい。リーダー、見てきてくれないか?」

 

 

 

 

「……分かった」

 

「俺も同行しよう」

 

 

「スルシャーナ、君もかい?」

 

「あぁ。今のあいつを一人にはさせられない。ツアー、念のために<始原隠密>を頼む」

 

「分かった。こっちへ来てくれ」

 

 

 

 

 リーダーとスルシャーナが【エリュエンティウ】に侵入した時には【都市守護者】は全滅。七人いたリーダーの仲間たちも一人を除き全滅していた。

 

 そして今、リーダーとスルシャーナはその最後の一人を看取っていた。

 

 

 

 

 【エリュエンティウ】の下層。最下層にある地下室の床は全て特殊な魔法が込められたガラスが張られており、その下には雲が見えた。

 

 

 

 

 だがその一部では赤く染まっており雲を見ることは叶わなかった。

 

 

 

 

「……リーダー」

 

「もう喋るな。【青】、傷に触るぞ」

 

 

「フッ……自分のことは自分がよく分かる。それよりもリーダー、最後に頼みがある」

 

「…何だ?」

 

 

「俺たち七人のギルティ武器を全て破壊しろ。あれは災いの種になる。それと【都市守護者】を蘇生してくれ……あいつらに罪は無い。そして【エリュエンティウ】をどうするかはお前に任せる」

 

「……【青】…お前まで死ぬなよ。俺を一人にしないでくれよ!」

 

 

「……リーダー…いや【赤】…最後に会えたのがお前で良かった………」

 

 そう言って【青】は事切れた。その手には壊れかけの槍…【ギルティ武器】が握られていた。

 

 

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

◇◇◇◇

 

 

 

 七つ目の【ギルティ武器】を壊した後、リーダーは何も語らなかった。

 

 

 

 

「これでようやく【都市守護者】たちを問題なく蘇生できるな。あの者も喜ぶだろう」

 

「…………」

 

 

 

 

 【赤】は【都市守護者】を三十人全員を蘇生すると最後の仲間が死んでから初めて口を開いた。【都市守護者】たちに【連鎖の指輪】と【空白の魔術書】を守る様に厳命した。それと一体のみ外に出るように命令を下した。「そして最後に…」と付け加えた。

 

 

 

 

「お前たち、今から俺がこいつに頼むことを止めることは禁ずる」

 

 

 

 

(もしやと思ったが……やはりこいつは)

 

 

 

 

 その瞳は何かを決心したようであった。そして何を決心したかをスルシャーナは気付いてしまった。自責の念に駆られたこいつが私に願うことなど一つしかない。

 

 

 

 

「スルシャーナ。俺を殺してくれ」

 

「………」

 

 

「【赤】様!いけません!貴方様は!」

 

 

 

「黙れぇ!!俺だけ生きていていい訳がない!!」

 

 

 

「……嫌です。その命令は聞けません!撤回して下さい!貴方も何か言って下さい!スルシャーナ!」

 

 都市守護者の長たる者がそう懇願するもスルシャーナの中では既に結論は出ていた。

 

 

 

 

(こいつに何を言っても無駄だ。正義感、責任感の強いこいつが生きることを許せるはずがないだろう)

 

 

 

 

「頼む。お前にしか頼めないんだ。スルシャーナ」

 

 こんなことをさせて申し訳ないといった気持ちが溢れていた。

 

 

 

 

「すまない……」

 

「………」

 

 

 

 

「すまない……」

 

「私が助けた命を私に奪えと?」

 

 

 

 

「すまない……」

 

「……っ!だったら一つだけ約束しろ!」

 

 

 

 壊れた人形の様に謝罪を繰り返すリーダーを見てあきらめたスルシャーナは背中に収めた大剣を掴む。

 

 

 

 

「……」

 

「死ぬことは罪滅ぼしにはならない!だからいつか来る蘇生を拒否するな!」

 

「……」

 

 その表情からは何を考えているかは分からない。だが了承したのだろう。僅かに頷く。

 

 

 

 

(私が助けた命を……私が奪うのか……皮肉でしかないではないか)

 

「リーダー。こんな形でお前を殺すことになるとはな……」

 

 

 

 

「すまない……スルシャーナ」

 

 

 

 

 涙を流し懺悔するリーダーに向かって剣を振り上げるスルシャーナ。

 

 リーダーは瞳を閉じた。

 

 

 

 

(お前はもう疲れたろ……)

 

 

 

 

 そのせめてもの慈悲が振り下ろされて……

 

 

 

 

(………『リーダー』。もう楽になれ)

 

 

 

 


 

 

 

 

 ケイテニアス山。その上空にて一人と一体はいた。

 

 

 

 

 巨大な灰色の竜王と仮面を被る白い貴人服を着た悪魔だ。

 

 

 

 

「ようやく支配できましたか。思った以上に掛かりましたね。流石は【竜王】の一体といったところですか」

 

「……」

 

 

「貴方の名前を教えて頂けませんか」

 

「私は…キュアイーリム」

 

 

「いいえ違うでしょ?貴方は【竜帝】を超えた存在となったのですから。貴方は今から【神竜】と名乗りなさい」

 

「…ありがたき幸せ。【色欲(ラスト)】様……万歳。【竜帝】の老いぼれ……を超えた我は…」

 

 

 

 

「相変わらず凄い能力ですね。【色欲】」

 

 そこに現れたは【色欲】の主と呼ぶ存在。ヤルダバオトだ。

 

 

「……【絶対魅了】。【竜王】すら魅了するこの能力は便利ですね」

 

「えぇ。とても……。所でヤルダバオト様。お聞きしたいのですが【雲を泳ぎし者】はどうするのですか?このまま放っておくのですか?」

 

「放っておきます……今あの者を捕えても意味はありません。それよりも他のことを優先させましょう」

 

 

 

「……」

 

「不満ですか?」

 

「失礼を承知で言わせて頂きます、本来であればこんな手段を使わずとも【八王】も【竜王】も葬れたはずでは?」

 

 

 

「……あの者さえ目覚めていればそれも可能だったでしょうね」

 

「やはり……あの者さえ目覚めていれば」

 

「えぇ。あの者がその気にさえなれば人間になる前の【八王】、【竜帝】を始めとした【竜王】の軍勢も単騎で全滅させることが可能でしょうね」

 

 

 

「【真なる世界の敵】と呼ばれたあの者さえいれば」

 

「仕方ありませんよ。【傲慢】が目覚めるのはもう少し先でしょう」

 

 

 

 

「その時が来たらようやく次の段階に移れますね」

 

「えぇ。その時は確実に近づいています」

 

 

 

 

(そしてそれは……私の終わりが近づいていることも意味する)

 

 

 

 

(……この方に救われた以上、この身がどうなっても構わない。でも……せめてこの方だけは)

 

 

 

 

(いや……私情は捨てるべきだ。我々の使命はこの方が望むことをするだけだ。それ以外のことに価値は無い)

 

 

 

 

 【色欲】は【神竜】に命令を下す。

 

 

 

 

「【神竜】、命令を下します。貴方は【始原の魔法】を使いアンデッドになりなさい。そして、この世界の者たちの魂を回収しなさい」

 

「……かしこまりました」

 

 

 

 

「我は一体……あの赤いドラゴンに吹き飛ばされて……それから先が何故思い出せぬ?」

 

 キュアイーリム、彼は何故か自分の身に何が起きたか思い出せなかった。

 

 

 

 


 

 

 

 

 スレイン法国には【最奥の聖域】と呼ぶ場所が存在する。しかしその先に幾つかの部屋が存在する。その中の一つにその部屋があった。そう安置室だ。そこには六つの棺がある。【竜帝】と取引を行い作成してもらったものだ。【六大神】と呼ばれた者たちの為の墓だ。その効果は『一切の腐敗が起きない』というもの。遺体保管の為だけの場所であった。

 

 

 

 

「まさかこれを使うことになるとはな………」

 

 その内五つは既に埋まっていた。他の五人が既に眠っていた。少しだけ中を覗いてみたがその者たちは最後に見た時と変わらぬ姿で眠っている。天寿を全うし微笑みながら去っていった者たちだ。残るは最後の一つ。スルシャーナのための棺だ。

 

 

 

 

「……こいつをこの中に入れておく」

 

「スル……聞かせて下さい。何故この者を?貴方が急にこちらへ帰られた時には驚きましたよ」

 

 

 

 

「すまないな。ヨミ……俺はこいつに頼まれてこいつを殺した。だけど…」

 

「……続けて下さい」

 

 

 

「似ていたんだよ。人間を捨てる前の私にな。それにこいつはそこまで悪人ではない。こいつは私と同じ……良いように利用されただけだ。こいつの前では絶対に言わないがこいつも被害者だ」

 

「流石に慈悲が過ぎるのでは?」

 

「…お前の言う通りかもな。だけど……こいつはこのまま死なせていい奴じゃない。こいつはこの世界でまだやり直せるはずだ」

 

 

 

「だからこの場所でこいつを安置する」

 

 

 

「理由は分かりました。しかし【竜王】たちが黙っていないのでは?」

 

「その辺りは大丈夫だ。既に【竜帝】の息子であるツアー……ツァインドルクスとは話をつけてきた。今回の争いの原因となった【連鎖の指輪】【空白の魔術書】の二つはリーダーの命令でエリュエンティウで【都市守護者】に守らせている。その代わり、彼らが今後エリュエンティウから出ないことを条件に生き残った【竜王】がエリュエンティウを襲わないように頼んできた」

 

 

 

 

「ツアー……彼は信頼できるのですか?」

 

「出来るさ。ただしリーダーの遺体の件だけは他の【竜王】たちには伝えないらしいがな。戦争に参加していないからといって【八王】のリーダーだ。こいつの遺体がこの国にあると分かればまた戦争になるだろうな」

 

 

 

 

「最後にお聞かせ下さい」

 

「何だ?」

 

 

 

「いつかこの者を蘇生させることはあるのでしょうか?」

 

「あぁ。いつか……数十年後か、あるいは数百年後かは知らないが……いつかこいつの知恵に頼る必要が来るだろう。こいつは【流星の子】であり【雲を泳ぎし者】だ。必ず機会は訪れる」

 

 

 

 

「それは……【破滅の竜王(カタストロフ・ドラゴンロード)】の時みたいにでしょうか?」

 

「あぁ。だからその時が来たらこいつを……『リーダー』を蘇生してやるさ。その時はまた私が戻って来る」

 

 

 

 

「スル、今後はどうするおつもりですか?」

 

「そうだな。旅にでも出ようと思う。昔お前が言ってくれたように……」

 

 

 

 

「……覚えてくれてたんだね。スル」

 

「あぁ。それと今後はスルシャーナの名前は捨てるつもりだ」

 

 

 

 

「それではこれからは何とお呼びすればよろしいですか?」

 

「あぁ。そうだな。お前にだけ教えておこう。今後俺のことはそうだな……」

 

 

 

 

 思いついたのは一つの名称……

 

 

 

 神ではなく悪魔

 

 

 

 信仰される存在の神でなく信仰する存在である騎士

 

 

 

 自らの正体を暗黒に隠すための偽りの身分

 

 

 

 

暗黒騎士とでも呼んでくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 そこで世界は消失した。

 


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