Access Accepted第665回:ゲーム配信者はパブリッシャに著作権使用料を払うべきなのか
音楽や映像の二次利用では通常,著作権使用料(印税)が発生するが,ゲームのライブストリーミングや動画制作になると,使用に寛容なパブリッシャが多い。2015年に月間で1億ビューだったTwitchは,今や1日あたり1500万ビューを記録し,平均視聴者数は140万人に達するという。トップレベルのコンテンツクリエイターは広告収入も膨大なものになるが,果たして収益はパブリッシャにも還元されるべきなのだろうか? 今回は,開発者のツイートから始まった著作権使用料に関する議論を紹介してみたい。
コンテンツクリエイターは
著作権使用料を支払うべきか?
筆者の妻は医療従事者で,昨今の情勢下の職場内政治や人間関係ではやはり鬱憤が溜まるらしく,最近は,帰ってくるなりリビングルームのテレビにネット配信されたフィットネス映像を流し,それに合わせてドスンドスンと運動を始めることが多くなった。一昔前の「エアロビ」とはイメージの異なる非常にハードなルーティンをこなしているが,さすがに同じ内容では飽きてくるのか,YouTubeで新たなトレーナーを見つけては,しばらくの間,贔屓にしている。
ここ数か月,新型コロナウイルス(COVID-19)感染拡大の影響で,ジムでクラスを開けないフィットネストレーナー達がYouTubeに集まり,自分のルーティンを披露しているのだが,その中の少なくない人達はネット事情に詳しくないようで,流行りのダンスミュージックをBGMに使っては,しばらくすると強制ミュートされたり,警告を受けて映像を削除したりしている。
日本では,JASRAC(日本音楽著作権協会)が放送やイベントなどの大規模な商業利用だけでなく,喫茶店や美容院,ジム,さらにはピアノ教室で使われる音楽にまで著作権使用料を要求し,「行きすぎではないのか」と議論になっているが,ネットでは,音楽や映像を無許可で使用しているコンテンツを自動検索するAIプログラムをYouTubeやTwitchが導入しているという。
つまり,音楽や映像分野では二次使用に対して著作権使用料を支払うのはごく当然と見なされているわけだ。
さて,北米時間の2020年10月22日,Googleのクラウドゲーミングサービス「Stadia」のゲーム&エンターテイメント部門でクリエイティブディレクターを務めるアレックス・ハッチンソン(Alex Hutchinson)氏が,ゲームの著作権についての意見をツイートし,その内容が議論を呼んでいる。ハッチンソン氏はTwitchが音楽の無断使用を最近,厳しく取り締まっていることを述べたうえで,「ストリーマーはゲームに対し二次使用料を支払っておらず,ほかのコンテンツクリエイター達が(著作権チェックの強化で)不安になっている以上に心配してしかるべきだ。ゲームパブリッシャが使用規制を決断した瞬間,彼らのビジネスモデルは崩壊してしまうだろう」と自身のTwitterに書き込み,ストリーマーやゲーマー達から大きな反発を受けたのだ(関連記事)。
ハッチンソン氏はさらに,「本来なら,ストリーマーは配信するゲームのデベロッパやパブリッシャにお金を払うべきだ。彼らはほかの本物のビジネスと同じように,“お金を出して”ライセンスを購入すべき」「彼らは,使用料を支払っていないコンテンツを中心にしたショーを制作して,利益を得ている」などと続けている。
パブリッシャが新作の販売促進にゲームを無料配布するケースが多いことを同業者から指摘された際には,「それはマーケティングの一部だ。正直にビジネスの話をすれば,把握もできない誰かに自分のコンテンツを無断使用させないほうが,利益は上がるはず」と語っている。彼の発言は,本稿執筆時点で2万5000以上リツイートされており,寄せられている数千件のコメントは批判的なものばかりというわけでもなく,「いいね」も少なくない。
ゲーム配信に見える市場特有の共生関係
アメリカは,1998年に「デジタルミレニアム著作権法」(Digital Millennium Copyright Act/DMCA)を制定・施行し,他国に先駆けてデジタルコンテンツの著作権に関する法律を整備した。ただし,欧米の著作権には「フェアユース」(公正利用)という考え方もあり,「営利目的ではない活用」「学術的な活用」「リミックスによって新たな価値を生み出すような利用」「パロディやニュース報道としての利用」「ごく一部分の使用」では著作権使用料が不要になるなど,細かく,割と抽象的でもある条項が存在する。
YouTubeにはこの「フェアユース」についての特設ページがコンテンツ制作者向けに設けられており,例えば上記のフィットネストレーナーの場合であれば,BGMをそのまま利用して視聴者を引き付けるという目的が「フェアユース」には適合していないと判断されたのだと思われる。
ハッチンソン氏も,こうした「デジタルミレニアム著作権法」と「フェアユース」を念頭に置きながら,自分の意見を発信したのだが,ゲームという特殊なメディアに音楽や映画の考え方をそのまま適応するのは難しいという意見もある。
2016年のデータにはなるが,Twitchのデータサイエンティストであるダニー・ヘルナンデス(Danny Hernandez)氏の寄稿した分析記事によれば,タイトルによっては,配信映像に触発された視聴者が購入したぶんが,セールス全体の8%から25%を占めるという。
ハッチンソン氏の意見である「広報戦略のために選ばれたストリーマー以外からは,著作権使用料を徴収すべき」も,ヘルナンデス氏の調査結果とは異なる。調査は「売上全体の46%が,トップクラスのインフルエンサーではなくミドルクラスのストリーマーの影響によるもの」と分析しており,有名ではない普通のストリーマー達の配信は,人気の高いインフルエンサーより13倍も効率的に,購買につながっているとしているのだ。
Game Creator Success on Twitch: Hard Numbers
プレイしてこそ真価を発揮できるのがゲームメディアの特徴であるため,ハッチンソン氏が言う「ゲームを見るだけでなく,買ってもらって収益につなげるべきだ」という意見も理解できるが,実際にTwitchでライブストリーミングを行い,その様子を後日YouTubeにアップするという安価な広報に頼る中小のデベロッパは少なくないし,最近では大手パブリッシャもストリーマーの影響を高く評価していることは,筆者が参加した多くのイベントからも実感できる。
Amazon傘下のTwitchと比較して,Stadiaと同じGoogle傘下のYouTubeは,ゲーム配信のライブプラットフォームとしては必ずしも大成功していない。穿った見方をすれば,Stadiaのクリエイティブディレクターを務めるハッチンソン氏の一連のコメントは,Googleがストリーミング配信からプレイヤーを引き戻そうとする気持ちの表れなのかもしれない。
Amazonがクラウドゲームサービス「Luna」を発表し,Facebookがタイトルの一部をクラウド化させる動きを見せるなど,ライバルが次々に登場する中,ローンチから1年を経ても大きな話題を作れていないStadiaが軌道修正を求められていることも間違いない。
ハッチンソン氏のコメントに対しては,YouTubeでゲーム部門担当役員を務めるライアン・ワイアット(Ryan Wyatt)氏がTwitterで意見を述べている。ワット氏は「我々は,パブリッシャとコンテンツクリエイターが良好な関係を築ける,すばらしいプラットフォームの構築を模索しています」とし,ハッチンソン氏が主張する,コンテンツクリエイターから著作権使用料を徴収する予定はまったくないことを書き込むなど,一定の距離を置く姿勢を見せている。
というわけで,今のところゲーム産業がストリーマーから著作権使用料を集めるといったことは,起きそうもなく,これまで同様,クリエイターが自由にコンテンツを制作し,それを多くのゲーマーが楽しむという共生関係には変化はなさそうだ。とはいえ,今後も注目し続ける必要があるだろう。
著者紹介:奥谷海人
4Gamer海外特派員。サンフランシスコ在住のゲームジャーナリストで,本連載「奥谷海人のAccess Accepted」は,2004年の開始以来,4Gamerで最も長く続く連載記事。欧米ゲーム業界に知り合いも多く,またゲームイベントの取材などを通じて,欧米ゲーム業界の“今”をウォッチし続けている。
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