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主食はビーフウエリントン

小説の未来 文学の未来

 今、世界情勢が大きな転換点を迎え、政治、経済、社会の仕組みが根本から変わる、というようなことを多くの評論家やジャーナリストが唱えています。

 小説や文学もまた、こうした流れの中で大きく変化すると予想されますが、果たしてどのようになっていくのでしょうか。

 以下、自分なりに小説と文学の未来について予測してみました。



①ベストセラーが少なくなりカルト小説が多数発表される

②出版社は小規模になり、作家兼一人出版社も出てくる

③紙媒体から電子書籍中心に

④アマチュアリズムが台頭し、小説は「読む」消費から「書く」消費へ

⑤著作権問題が整理され、二次小説、三次小説が商業出版として確立

⑥文芸評論家の存在が小さくなる



1.ロングテールの時代――ベストセラーからカルト小説へ


 ロングテールという言葉あります。

 アマゾン・ドットコム社が、ネット通販による本の流通革命を起こしてから注目されるようになったマーケティングの専門用語です。

 これまでの出版業界では、パレートの法則、すなわちベストセラー本上位20%が売上全体の80%を占めるという法則があり、このため販促は20%のベストセラー本のみに注力すべき、という常識がありました。

 ところがアマゾンでは売れないワーストセラー本80%が、全部総計すると全体で無視できない売上になるのです。これがロングテールです。

 これはネット通販の性質にもよりますが、本の消費者のニーズが多種多様に細分化されたと考えることもできます。


 ロングテールを小説に当てはめてみますと、10人読者がいると昔は10人とも(あるいは8人程度が)、同じベストセラー小説を読んでいたのに対し、今は10人とも違う本を読む時代、またはベストセラー本は2人ぐらいしか読まない時代になったということなのでしょうか。


 みんながみんな読むベストセラーが少なくなる一方、一部のマニアだけに人気のある非売れ筋系小説、またはカルト的ジャンル小説が登場してくる――これが私が予測する小説の未来、文学の未来です。ある意味、この傾向はすでに始まっていると言えるでしょう。


 たとえば90年代初めに登場したとされるボーイズラブ(BL)という漫画や小説のジャンルがあります。男性の私からすれば、読むのも書くもの最初から敬遠するジャンルです。また女性でもBLを好むのは一部の少数派でしょう。

 しかしながら、少数派の読者向けの小説であるにもかかわらず、商業的にBLは漫画や小説の一つのジャンルとして成立しています。


 今後はこのように、少数派の読者をターゲットにしたカルト小説が、工業製品で言えば”多品種少量生産的”に登場することが予想されます。



2.文学フリマと商業出版がシームレスに


 以前、新聞でコミケにはアマチュア漫画家のプロがいるという記事を読んだことがあります。

 コミケで販売する漫画の同人誌だけで生活費を稼いでいる人がいるというのです。コミケ終了後もネット通販や同人誌専門書店で同人誌を売ることができ、全部で5万部?くらい売れるとのこと。彼はあくまでアマチュア漫画家で、商業誌に自分の作品が掲載されたり、出版社から作品が書籍化されることはありません。

 ところで文学フリマではどうでしょうか。

 小説は漫画ほど儲からないと思いますが、すでにアマチュア作家のプロはいるのでしょうか。

 いずれにせよ、文学フリマで売り上げが高い団体は、擬似的な文芸出版社のようなものです。


 出版不況と言われて久しいですが、小説にかぎらず、この四半世紀、ソフトウェア全般が無料化、低価格化の流れにあります。

 ソフトウェアの無料化はコンピュータのプログラムから始まりました。20万円で売っていたソフトが10年経つとフリーウェアになっているということが珍しくありません。

 アートの世界でも、音楽、ゲーム、映画、アニメなど、ソフトウェアは、違法アップロード/ダウンロード問題を除外しても無料化、低価格化の流れにあります。

 小説では、「なろう」など無料で読めるWEB小説があり、そもそも有償で小説を売ることが困難な時代に突入したと言えるでしょう。


 これからの時代、無料WEB小説の存在に加え、前述のように小説が多品種少量生産化するとしたら、既存の出版社はダウンザイジングせざるを得ません。つまり大企業から中小企業へ、中小企業から零細企業、個人事業へ会社を縮小しなくては、倒産する出版社も出てくるでしょう。

 こうした中、文学フリマの大手出版団体と商業出版社の垣根が小さくなっていくことが予想されます。


 出版業界の売り上げは金額ベースでも冊数ベースでも小さくなっていくことが予想されますが、私はこれが必ずしも文学の衰退を意味しないと思うのです。



4.市場規模縮小でも文学の明るい未来


 出版業界人にとって出版社のダウンサイジングは一見暗いニュースに思えるでしょうが、一つだけ大きなメリットがあります。それは独立系小規模出版社の社長になれる人が増えるということです。

 企業の規模が小さくなる分、出版社の数は増えるのではないかと思うのです。また出版社が東京一極集中である必然性もないと思います。地元を舞台にしたローカル小説専門の出版社があっても面白いと思います。

 100人の会社を維持するのに必要な売上高や利益より、10人のそれの方が小さくて済みます。小規模な出版社ほど出版する本の実売部数が小さくても許されます。

 そうなると出版社の社長や編集者は自分の好きな小説をより出版しやすくなるでしょう。これまでのベストセラーを出さなくてはならないというノルマから、ある程度解放されるのです。

 文学フリマの参加者は利益目的というより、自分が面白いと思う小説を販売しています。商業出版もこれと似たような状況になるでしょう。

 そして読者の方でも自分好みのマニアックなカルト小説が、より容易に入手できるようになります。



5.作家=一人出版社が究極の出版社の形態か


 これからの出版は紙媒体から電子書籍に移行するでしょう。ただし紙の本がすぐに絶滅することはないと思います。

 また電子ブックの売り上げが鈍っていることからも、必ずしも小説の電子データ化はスムーズではないようです。コレステリックLCDの単価が下がり、ジェネリック家電系のベンチャー企業が電子ブック市場に参入できるようになれば、電子書籍の普及にはずみがつくでしょう。


 いずれにしても今後、小説を含む出版物は電子書籍の割合が増えていくことは間違いないでしょう。

 kindleダイレクトパブリッシングなどで作家が直接、小説の電子データを販売する方法がありますが、これをさらに進めると作家がサイトを立ち上げ、アマゾンを経由せずに直接、電子データを販売できるのです。


 このように作家=一人出版社で小説を直接販売する人も今後は増えていくかもしれません。実は紙媒体の書籍もデジタル出版技術のおかげで低コストで小ロット生産できます。

 何年か前にユーチューブで見たのですが、PCを業務用コピー機のような機器に接続し、PCで小説を書き、カバーのデザインをすると、印刷から製本まで全自動でペーパーバックを製造する、という動画を観ました。このような機械を購入すれば小ロット専用の一人印刷製本会社まで立ち上げることができます。出版社と合わせると一人出版印刷製本会社です。何が言いたいのかと言うと、印刷所に支払うコストを大幅に低減して作家=一人出版社を作ることが可能な時代になったということです。

 また紙媒体の書籍も取次のコードなしでもアマゾンなどで自由にネット通販できます。


 先に出版社は小規模になると書きましたが、これを突き詰めていくと、作家=一人出版社という形態に行きつきます。



6.小説は「読む」消費から「書く」消費の時代


 これは以前、別のエッセーに書いたのですが、小説は「読む」消費から「書く」

消費の時代に移行し、創作はアマチュアリズムが台頭することが予想されます。

 世の中にはテニスが趣味という人がいますが、おそらくテニスをプレーすることが趣味で、プレーはしないが、テレビでプロのプレーを観戦だけしているという人は少数派でしょう。

 これに対し、野球の場合、自分はプレーしないがテレビでよく観戦するという人が多いのではないでしょうか。

 これまで小説はプロ作家が書いた文庫本を読む趣味でしたが、今後は自分で書く趣味にする人の割合が増えていくと思われます。つまり野球型趣味からテニス型趣味にシフトしていくのです。


 出版業界の売り上げが小さくなっても、アマチュアの作家たちが旺盛に創作活動することで、小説文化自体は発展していっていると考えることもできます。

 また趣味で小説を書く人を対象とした創作セミナーなど、アマチュア作家向けビジネスが盛んになるかもしれません。こうした出版関連市場を書籍や雑誌の売り上げにプラスして、文化としての小説や文学が果たして衰退しているかどうかを評価すべきでしょう。



7.N次文学の復権


 二次小説、三次小説というものがあります。

 漫画やアニメ、ゲームなどの商業創作物を原典に、そのキャラクターや世界観を用いてファンが創作したのもが二次小説です。三次小説は二次小説を原典に、同様に新に創作したものです。

 四次小説、五次小説......という言葉は聞いたことありませんが、ここでは二次、三次、四次、五次......のすべてを”N次小説”という語でまとめて表現したいと思います。

 N次小説は無料のWEB小説である間は問題ないのですが、これを商業出版物として販売すると著作権的に問題があるようです。


 ところでPCのソフトウェアにはオープンソースという概念があります。ソースを公開し、ライセンス料無料で利用でき、しかも自由に改良してもいいのです。そのかわり改良した場合、それをまたオープンソースにしなくてはいけません。

 たとえはAさんがプログラムを作り、「GitHub」などのオープンソース用サイトにアップロードします。するとBさんがそれをダウンロードしてAさんに1円も払わず、販売することができます。販売開始からしばらくして、Bさんはバグに気づき、それを修正します。このときBさんは「GitHub」に修正後のプログラムをアップしなければなりません。今度はAさんがその修正後のプログラムをダウンロードしてBさんに1円も払わず、販売することができます。

 このようにAさんは無償でBさんにプログラムを提供したかわりに、Bさんにバグの修正料を払わなくていいのです。これがオープンソースの文化です。


 著作権の問題を解決すれば、小説のオープンソース化も面白いのではないかと思います。

 他人が書いた小説を自分好みに改良してオリジナルの作者にライセンス料を払わずに商業出版できるかわりに、自分の二次創作物を第三者が同様に無償で利用できる。

 こうした新しいタイプの小説が今後、出てくるのではないかと私は予想します。


 そもそも古代社会の神話や民話はN次小説でした。この時代には著作権という概念はありません。

 たとえばギリシア神話の英雄ペルセウスは、翼の生えた天馬ペガサスに乗って空を飛ぶという話と、羽の生えたサンダルを履いて空を飛ぶという話の二つのバージョンがあります。


 現代小説でもN次小説を楽しむという風潮が出てくれば、もしかしたら小説や文学はいい方向に大きく変わるのかもしれません。


 SFのベリーローダンシリーズやラブクラフトのクトゥルフ神話などが、既存の小説ではN次小説に近いかもしれません。



8.文芸評論家は必要?


 さて、世の中には評論家と呼ばれる人たちがいます。特に日本の純文学の世界には文芸評論家という”偉い先生方”がいます。


 ネットの普及で誰もが不特定多数の人に情報発信できるようになった今、評論家の存在を疑問視する書き込みが目立ちます。誰もがネットで評論を発表できるからです。その一方で、不勉強な素人が評論家気取りで知ったようなことを書くとは何事か、という”素人評論家”バッシングもあります。


 文芸評論家はこれからも存続していくと思いますが、その存在意義はやや小さくなっていくような気がします。


 もともと文芸評論家の仕事は、作家が書いた小説を読んで、どこが面白い、どこがつまらない、その理由はかくかくしかじかだ、といった文章を書くことのはずです。ところが小林秀雄ぐらいから、吉本隆明、柄谷行人などが活躍した時代になると、彼らは文学にとどまらず、政治や哲学まで幅広く論じるようになります。”知の総合評論家”がイコール文芸評論家だった時代がありました。


 戦後、フランスでは構造主義など多くの哲学者を輩出しましたが、まさに彼らは”知の総合評論家”であり、その日本版を日本の文芸評論家たちが担った感があります。


 80年代、浅田彰『構造と力』がベストセラーになったころ、アメリカのあるジャーナリストが「20世紀の哲学者がやった全仕事は、単なる言葉遊びだ」とバッサリ切り捨てました。

 ところが某編集者によれば、フランスの哲学者たちは一つだけ生産的な仕事をしているとのことでした。つまり彼らの本がベストセラーになれば出版社が儲かるのです。


 『構造と力』の読者は自分をインテリと信じ、漫画を軽蔑しているかもしれませんが、出版社からすればベストセラーの漫画も『構造と力』と等価のドル箱商品に過ぎないのです。

 多くの文芸評論家はマルクス主義を信奉し、資本主義を批判していますが、皮肉なことに、彼らの本が売れることで、出版社は読者から金を搾取し、出版社の株主である資本家に金を貢いでいたのです。


 これからも売れる哲学書や思想書は出版社から歓迎されるでしょうが、ベストセラー本は出にくくなることが予想されます。

 また”知の総合評論家”の役割を文芸評論家から、社会学者、経営コンサルタント、経済学者が担うようになったと言われます。


 こうしたことからも、未来の小説、未来の文学では、文芸評論家の存在が相対的に小さくなっていくでしょう。これはつまり、小説が面白いかどうかは権威に決めてもらうのでなく、読者個々人が判断すべきものという風潮にシフトしていくということです。




 


                                       (了)

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