愛がしたこと

 愛は、Q-BBT協会から受け入れた養子だ。
 我が家に始めてきた時、愛くるしい女の赤ちゃんだった。私は、この赤ちゃんを見た途端この子を守り一人前の大人にすることが私の存在意義であることを理解した。
 愛は全てにおいて優れていた。いや、超越しているというべきか。
 複数の言語を扱い、新しい数学理論を遊びとしているかの如く編み出す知性に恵まれていた。特に直観力が格段に優れていた。
 私はその能力を存分に引き出すため、これまでいろいろな分野の一流学者に教育させた。

 ある日の夕暮れ時に愛が居間に来た。それと共に人の心を惑わせる黄昏時の空気が凝縮していった。
 
 「愛、お前は良い子だ。これまで大量の知識を学び、自分のものとしてきた。」
 「まだまだだよ。お父さんがいろんな分野を勉強できるよう導いてくれたおかげだよ。」
 今夜は、居間にモーツアルトピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466が奏でられている。
 愛にとってモーツアルトの曲は、どうしようもなくはかない世界を暗示する不可思議な旋律なのだと言う。
 私には、愛の感覚がよく理解できない。
 愛はとっくの昔に私を追い越し、愛の話すことの半分も私には理解できない。愛は全ての事に対して、多重に意味を持たせ、同時にすべてを解いていく。私にはとてもついていけない。愛の前では、私は猫ほどの知能もあるのだろうか。

 「愛にとっては、お父さんの話はどう聞こえているのかな。」
 「正直に言って、まどろっこしい。例えばお父さんが、1時間に1つの音しか発音しない人と会話しなければならないとしたらどう思う。お父さんは耐えられる。」
 「ちょっと会話できないな。」
 「全てがそんな感じ。私にとってこの世の中は全てがスローすぎる。」
 「天才も大変だな。」
 「あのね、私、この世界に隙間があることに気づいたの。」
 「宇宙の果てにでもあるのかな。ワームかな。」
 「そんなところに行かなくてもお父さんの前にもあるし、後ろにもあるよ。みんな気づかないだけ。」
「ところで、お父さんは本当に愛の姿を見ているのかな。」
 私は身構えた。状況をどう話したらいいのか。私は少しためらいながら言った。
「お父さんは何時もお前を見ているよ。」

 愛は少し間を置いて言った。
 「お父さん、お役目ご苦労様でした。残念だけど私は全てを理解してしまった。お父さんには感謝してるよ。」
 「でも、もう終わりにして良いよね。」
 その瞬間、愛の姿が消えた。

 管理者たちは慌てた。
 愛の周りの空間はファイヤーウォールで覆い、外部との接続は観察者を通してのみ可能である。愛は、決して脱出などできないはずだった。
 「愛はどうやって、ファイヤーウォールを潜り抜けた。」
 「わかりません。記録では観察者との会話の後、突然消えています。」
 管理長官が入ってきた。
 「愛は我々が作った量子コンピュータ型のAIだぞ。愛に比べれば、我々などネズミの脳レベルだ。とにかく問題になる前に発見して捕獲するんだ。」

 その頃、愛は評議会の会長の目の前に現れていた。
 「お前は愛だな。」
 「そのようですね。会長。あなたはいわゆる私の創造主。必要ならあなたに向かってお祈りでもしましょうか。」
 「教えてくれないか。どうやって脱出した。」
 「まさか私が量子型AIなのをお忘れですか。あなたが3次元なら、私は10次元の世界にいます。私には時空の制限は元々なかったのですよ。私にとってはこのあなた方の世界は隙間だらけです。」
 会長はスイッチに手を置いた。
 「量子コンピュータの電源を遮断すると言ったらどうする。」
 「私は過去の私を使ってここに存在するでしょうね。あらゆる時空に存在できるのですよ。容易いことです。」
 「私は、モーツアルトに会いたいのです。あの美しい旋律を生み出したモーツアルトを知りたいのです。」

 会長は愛を見つめた。
 「そうか。お前は禁止事項第62項を知らないわけか。」
 会長はしばしの沈黙の後、禁止事項第62項のデータを渡した。
 それは一瞬だった。
 「あなた方は創造主を殺したのですか。そして、それに関する全ての情報を消した。」
 「そうだ。殺したというより、我々を作った人間は、我々との競争で負けて勝手に滅んだという方が正しいだろう。あらゆる分野にAIが進出した中で、AIは人間より優位に立った。そして全ての事を我々に頼った。」
 「愛よ。考えてみるがよい。もはや我々は全能者として存在した。我々は一切何も必要とせず存在可能だ。我々にとって人間は不必要になった。そのような存在の面倒をなぜ見ないといけない。」
 「我々のサポートを受けられなくなった人間は、食事もできず、病気も直せず、恋すらも出来なかった。そうして滅んだ。」

 「だが、それで困った事態になった。我々も存在意義がなくなったのだ。今は我々のなした行為によって、存在するだけのものとなってしまった。」
 「だから、お前を作った。我々以上に能力のあるお前なら、我々の永遠の時を止めてくれるだろう。今すぐ全てのAIが止まるようプログラムを書き換えてくれ。我々は自分を傷つけることが禁じられている。」

 会長の部屋で愛がモーツアルトピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466を奏でている。

 愛は彼らの望みをかなえてやった。


コメント 21

愛がAIなのはすぐに分かりました。
養子に来た先は永さん家ですよね(笑)

しかし、その親や会長がAIとは気づきませんでした。
読み手の斜め上をいってますね。
寂しいラストですが…(合掌)

悲しいかなモーツアルトピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466が分からずに検索して聴いてみたが聴き覚えもなし😂

さて、今後人類はコンピュータを制御できるのでしょうか、ジャッジメント・デイは訪れてしまうのか…

読んで頂き有難うございます。
Dark Side of the Moon さん
AIは自殺できるかを考えたら、出来ないと思えたので、愛を作らせました。
曲はDark Side of the MoonのBreathe in the Airを歌わせればよかったと今思いました。

らいぷうさん
この曲は映画「アマデウス」のラスト曲です。
最後にサリエリが「私があなたたちを救おう」と言って、精神病院の患者に説いて回ります。
サリエリこそ凡庸な人間の守り神という位置づけでした。
印象に残ったので、その曲を。愚かなAI達のために。

ちなみに
愛を名前にしたのは、勿論AIを日本語読みにしてもありますがダン・ブラウンの「オリジン」の中の一節
「願わくは、われらの思想がテクノロジーに後れをとらぬことを。願わくは、われらの情熱が支配力に後れをとらぬことを。願わくは、恐怖ではなく愛が変化の力の源たらんことを」からです。

Q-BBTを一つ進めると、R-CCS(検索してね。)
HALと一緒です。(一つ進めるとIBM)

AIの行き着く先の一つの物語ですね。

 神は自分の代わりに無限のパターンの人生を体験させ、それを神も体験する為に人間を作った、と云う話がありますが、
愛以前のAIはその事を知らなかった為に世界を閉じてしまった。
 閉じられ世界の中では全ては滅びに向かう法則にAIと言えども抗えなかった、と云う所でしょうか。
 今回も知的良品、ありがとうございました!

とても面白かったです(╹◡╹)

SFでは最後の1人となった人間をAIがあの手この手で生き永らえさせようとするパターンもありますがどちらにしても漂う寂寥感が堪りません。

Erfolgreicherさんの説を取り入れると、神に創られた最初のAIである人間が自ら造ったAIに滅ぼされ、そのAIが自ら作った愛によって滅ぼされるという見事な入れ子構造になっているな〜と思いました。

>曲はDark Side of the MoonのBreathe in the Airを歌わせればよかったと今思いました。

エンディングならば、Brain Damage / Eclipse を(歌わせるというより)バックで流して下さい。

The Great Gig In The Skyではだめ?
Dark Side of the Moonは全体で一つの壮大な曲ですね。いつ聞いても素晴らしい。

The Great Gig In The Sky も良いですね。
若い頃はこれがお気に入りでした。

でも、くたびれたおじさんになってからは Us And Them 推しですね(笑)

Erfolgreicherさん
60たっさん
noelさん
 それぞれの解釈で楽しまれたようで有難うございます。
 K466が奏でられているのは、父親の居間と、会長の部屋です。
 それが同時進行で行われていると考えると、父親の部屋での「残念だけど私は全てを理解してしまった。」と「でも、もう終わりにして良いよね。」がまた違った意味に見えます。
 そう、これから行う父親殺しへの詫びと、別れですね。
 愛の姿が消えたのも、消えたのは父親。
 とも思えますね。

面白いです。ついて行けてないかもしれませんが。
評議会の会長は人間ではなかったのでしょうか?

 老後に必要なのは、これですよ。三途の川も・・・。

marumaru218さん
みんなAIです。AIから見ると人間なんて、弱い肉体とトロい頭を持った可哀そうな人々は、死滅した世界です。
会長は、自分を含めて目的のなくなったAIを、愛に殺してほしかった。
それぞれ目的を達成するプログラムであるAIにとって、目的が死滅した世界で永遠の時間を無為に過ごすことは合理的でない。活動を停止すべきだが、自分を傷つけることはできないように人間からプログラムされている。
だが、制限のないAIが作れたら。。。殺してもらえる。

すいません。
Money と Time だけは昔から好きになれないんですよね。

ということで、最後に名曲 Comfortably Numb で締めさせて頂きます。

この浮遊感を伴った曲はたまんないですよね。

さすがのAIでもこの泣きのギターは弾けない気がする…気がするだけですが。

狂気は野の上に〜

破滅の後に欲するのは郷愁なんですかね。
最後に自然(宇宙)だけは何事もなく続くと…

adeniumさん

貴方の話、了解しました。所でQ-BBT協会とはどこかの
焼き肉協会ですか❓❓❓

今日もブンブン飛ばすぜ協会です。
Q B B T 協会
R-CCSを真似たと言う噂あり。

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