伊藤詩織問題 書類送検の意味が重い特別な理由

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松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵

青山学院大学大学院法務研究科卒業。1985年から2014年まで日刊スポーツ新聞社に勤務。退職後にフリーランスのジャーナリストとして活動を開始。

 伊藤詩織ジャーナリストが虚偽告訴と名誉毀損で9月28日に書類送検されたとする問題で、オンラインメディアのBuzz Feedが「書類送検に意味はそれほどない」という趣旨の記事を掲載した。瀬谷健介弁護士のコメントを中心とした記事だが、メディア出身者から見ると首をひねりたくなる内容であり、しかも本件においては特別に意味を有していることに気付いていないという点で、的外れな記事と言える。

■山口敬之氏の告訴 満たした要素は形式面だけではない

警視庁渋谷署(写真はイメージ)

 問題の記事は「伊藤詩織さんの『書類送検』は単なる手続き。山口敬之さんの投稿を弁護士が解説」で、瀬谷弁護士がコメントをしてそれをまとめる形になっている。簡単に内容を書くと以下のようなもの。

告訴が警察に受理されたという事実は、山口氏の告訴が形式面などの最低限の要素を満たしていると判断した、という以上の意味は持たない

今回の手続きは「送付」(刑事訴訟法242条)で、現時点では単なる手続きの一つに過ぎない

書類送検は、送致における例外をのぞいて、当たり前に行われる

送付を単独で見れば、ニュース性がないとも言え、本来の法的な手続き上の意味としても、それほど意味のあるものではない

伊藤詩織ジャーナリストは「被疑者」「容疑者」なのは間違いない

被疑者(容疑者)や被告人であるからといって、その人が悪い人とはならない

 以上は瀬谷弁護士のコメントによるもので、編集部は以下の内容を加えている。

SNSの発信や情報の拡散には、事実を踏まえた上での慎重さと冷静さが必要

 瀬谷弁護士のコメントで問題となるのは①である。山口氏の告訴が形式面の要素を満たしていたのは当然で、問題は「形式面など」の「など」の部分。つまり、内容としても要素を満たしていたということである。それが受理されたことの意味は決して小さくない。

■告訴が受理されるために…被害届との違い

 告訴の条文を見てみよう。

刑事訴訟法230条【告訴権者】 犯罪により害を被つた者は、告訴をすることができる。

 つまり、告訴は「犯罪」が成立していなければ、少なくとも受理する警察の時点で犯罪が成立すると判断しなければ告訴としての要件を満たさないことになる。犯罪とは「構成要件に該当し、違法で有責な行為」である。一般の人が加害者の行為が犯罪に該当するかどうかを見極めるのは意外と難しい。例えば、A氏が誤ってB氏の2000万円の壺を壊してしまったが、謝罪をしなかったとしよう。B氏がA氏の誠意のない態度に怒り器物損壊罪(刑法261条)で告訴したとしても、受理される可能性はほぼゼロ。A氏には器物損壊罪の構成要件的故意がないからである。過失で他人の物を壊しても器物損壊罪は成立しない。

 そのように犯罪が成立することが難しい場合もあるため、告訴状ではなく「被害届」の形で提出されることは少なくない。「(告訴が)犯人の処罰を求める意思表示である点で、犯罪の被害を申告するにとどまる被害届とは異なる」(刑事訴訟法講義 第3版 安冨潔 p62 慶應義塾大学出版会)と明確に区別されており、検察官への送付の義務があるのは告訴の方だけである。

 警視庁が告訴を受理し、検察官に送付したということは警察レベルで犯罪成立の可能性があるとジャッジしたことにほかならず、そのハードルは決して低くない。その低くないハードルを越えた後の手続きは刑事訴訟法に沿って粛々と行われるのであり、そのことをもってして「ニュース性がない」と言うのは合理性を欠く。粛々と行われるような状況になった点にニュースバリューがあるのは言うまでもない。瀬谷弁護士は法律のプロであろうが、報道、特にニュースバリューの判断については専門家と呼べるレベルではないと思う。

■本件における特殊事情 検察官への告訴が警視庁に回った理由

 上記の事情に加え、本件は書類送検が特別に重い特殊な事情がある。それは告訴の中に虚偽告訴罪(刑法172条)が含まれていること、そして、山口敬之氏サイドが当初、検察庁に告訴したことである。

 虚偽告訴罪は、今回に関して言えば、伊藤詩織ジャーナリストが警視庁に虚偽の訴えをして、それで警視庁が捜査に動いた。仮に虚偽の事実を並べたとしたら、被疑者とされる伊藤詩織ジャーナリストは国家の司法作用を害した、俗っぽく言えば(警視庁を騙した)ことになる。

 この件で山口氏の関係者は「当初は検察庁に告訴状を提出しようとしたが、検察から『警視庁に出してくれ』と依頼された」という事実を明かした。告訴は検察官又は司法警察員にすると定められており(刑事訴訟法241条1項)、基本的に検察官も断ることはできない。

 それをわざわざ検察官が警視庁に出すように言ったのはなぜか。考えられる理由は1つしかない。告訴の中に虚偽告訴罪が含まれていたからである今回の件で虚偽告訴罪が成立するならば、伊藤詩織ジャーナリストが警視庁に虚偽の告訴をした、即ち警視庁を騙したことになる。警視庁にすれば、騙されたことを認めるのは権威失墜に繋がりかねない。検察庁が告訴を受理して捜査を開始となれば、警察の面目丸潰れである。そこで検察官は「自分たちで伊藤詩織ジャーナリストの告訴が虚偽だったかどうか判断しなさい。その上で処分を決めなさい」と筋を通したのであろう。悪い言い方をすれば「尻拭いは自分でやれ」ということである。

 関係者によると山口敬之氏は、伊藤詩織ジャーナリストの告訴を受理した警視庁(高輪署)に対する不信感が強く、自分が告訴しても公正な捜査がなされない可能性があると考えていたようである。東京地検に告訴したのはそれが理由とされる。その後、上記のような過程で警視庁に告訴となったが、警視庁が出した結論は「我々は騙された」「起訴するかどうか、検察で調べて決めてくれ」というものであった。

■重い書類送検の意味 メディアが心がけるべきこと

 以上のような経緯を考えると、今回の書類送検は極めて重いものと言えよう。もちろん、不起訴となる可能性はあり、現時点で被疑者とされる伊藤詩織ジャーナリストを犯罪者呼ばわりすることは適切ではない。

 その意味でBuzzFeedが言う⑦「SNSの発信や情報の拡散には、事実を踏まえた上での慎重さと冷静さが必要」というのはもっともな意見。ただし、それは山口敬之氏に対しても同様であることを忘れるべきではない。山口氏は刑事は不起訴となり、検察審査会は不起訴相当と判断しており、民事訴訟の一審で被告として一部認容判決を受けただけで犯罪者呼ばわりされる謂れはない。報道する者はその点をよく考えてから、ペンを走らせるべきである。

※伊藤詩織氏の呼称:通常、書類送検された時点で被疑者であり呼称を「容疑者」とすべきと考えますが、東京地検が書類送検の事実を明らかにせず、確認ができないことから「伊藤詩織ジャーナリスト」とし、適宜、「被疑者とされる」を冒頭に付しました。書類送検の事実が確認できた時点で当サイトでは「容疑者」の呼称に切り替えます。

2 thoughts on “伊藤詩織問題 書類送検の意味が重い特別な理由

  1. アバター 名無しの子 より:

    松田様
    今回も納得のいく記事を、ありがとうございます。
    日頃から、メディアは、芸能人のスキャンダルなど、毒にも薬にもならないようなことを連日連夜垂れ流しています。それらが、関係者達を、どれほど苦しめるのか考えもせず。
    山口氏への対応も、まさにそうでした。はすみ氏や杉田議員に対しても、酷いものでした。それなのになぜ、伊藤詩織氏に対してだけ、所謂依怙贔屓をするのか、薄気味悪い感じがしておりました。
    ただ、一点だけ、不安があります。山口氏が心配されたように、警察が自分の恥を隠蔽するため、いい加減な捜査をしないかということです。伊藤の著書を読むと、捜査員A氏の伊藤氏への入れ込みぶりは尋常ではなく、高輪署もそれに引っ張られた感じです。A氏は移動されたそうですが、身内の恥を晒すのが苦痛であるのは、警察も同じだと思います。
    起訴するかは検察で決めてくれといわれた検察は、警察に忖度することなく、徹底的にやってもらいたいものです。
    伊藤氏をまだ曖昧な状況にもかかわらず犯罪者扱いするなという声に対して「はっきりと不起訴が確定した状況であるにもかかわらず、山口氏を犯罪者扱いするな」と、ブーメランしたい気分です!
    また、スッキリとした気分にさせられました、事実と真実を見据えた記事を、ありがとうございました。

    1. 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 松田 隆🇯🇵 @東京 Tokyo🇯🇵 より:

      >>名無しの子様

       コメントをありがとうございます。
       検察は山口敬之氏を不起訴処分にしていますから、最初から、この事件が伝えられるような構図とは見ていないのではないでしょうか。年内には結論を出すと思いますが、山口氏が受けている被害の甚大さを考えれば、お咎めなしで終わることはないように感じますが…。

       我々は冷静に、公平公正に報じ続けていきたいと思っています。他のメディアにも望みたいのですが、なかなかそうはいかない現状なのがもどかしいです。

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