クロユリハゼ
このような南の海から来る魚はほとんどが稚魚・幼魚で、黒潮によって南から運ばれてきた魚たちです。多くは夏から秋に姿を現します。夏の駿河湾の浅い海は南の沖縄のように水温が高いので、南からやって来た熱帯性海水魚の子供たちも、生活することができるのです。
当館では、そんな子供たちを採集して飼育することがあります。中には、ヒメテングハギ(写真A~C)のように採集時は全長5cm足らずだったのが、15年間も飼育され、全長60cmにも成長するものもいます。このヒメテングハギは写真のように成長するにつれてひたいの「つの」が伸びてゆくことが確認されました。
A~C:成長とともに伸びるヒメテングハギの「つの」
また、シテンヤッコ(写真D、E)のように、成長につれて斑紋が変わっていく様子が観察された種類もいます。
このシテンヤッコもそうなのですが、わたしたちが採集して飼育した魚の中には、駿河湾では初めて見つかったという種類(ネジリンボウ、ヤセアマダイなど)も少なくありません。
D,E:成長に伴うシテンヤッコの斑紋の変化
夏から秋にかけて高かった水温も、冬に近づくにつれてだんだんと下がり、それに伴って熱帯性海水魚の子供たちも動きが不活発になってゆきます。真冬には水温は12℃前後まで下がり、多くの熱帯性海水魚の子供たちはこの寒さに耐えることができずに死んでしまいます。
ところが、冬の水温があまり低くならなかった年には、ごく稀にですが冬を越すことができた魚たちもいます。
わたしたちの調査地点でも、サンゴイソギンチャクの群落に住み着いたクマノミの幼魚が2度冬を越して完全な成魚にまで成長しました。でも残念ながら、3度目の冬を越すことはできなかったようで、その後姿を見ることはなくなりました。また、成魚まで成長できたクマノミは1尾だけだったので繁殖することもできませんでした。しかし、駿河湾で2度も冬を越すことができたのですから、このクマノミは駿河湾からあまり遠くない海が生まれ故郷だったのかも知れません。
南の海からのお客さんたちは、稚魚・幼魚が多いので、カラフルな体色をしているとは言っても体は小さく、注意深く観察していなければ見つけることができません。体色の地味な魚ではなおさらのことです。今年も注意深く観察しているといままで見逃していた新しい魚たちを見つけることができるかも知れません。
『海のはくぶつかん』Vol.23, No.5, p.2~3 (所属・肩書は発行当時のもの)