TS悪堕ち魔法少女俺、不労の世界を願う   作:蒼樹物書

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TS悪墜ち魔法少女俺、不労の世界を願う
第一話『悪の魔法少女』


 「どうして……!」

 「ジーニアス! 目を覚まして!!」

 

 ――昼間だというのに、薄暗い闇に包まれた公園。

 地に立ち、困惑する桃と黄の衣装に身に纏った少女達を見下ろしながら。

 

 そこで俺は、二人の魔法少女と敵対していた。

 同じ仲間であったプリナーズの二人と。

 

 「フェイト、フォース。私が、救ってあげる」

 

 俺は彼女達を。全ての人を救う。

 

 青と、黒の衣装に身を包んだ俺。

 フリルとリボンで飾られた衣装……魔法少女と言われれば、誰もが思い浮かべるそれ。

 だがそれは、正義に似つかわない悪の黒に染まっていた。

 

 俺の名はブラックジーニアス。

 正義の魔法少女チーム、プリナーズを裏切り悪に堕ちた魔法少女だ。

 

 

 死んだ。

 死んだ、はずだ。

 

 不況の中で挑んだ就職活動、その最中で勝ち取った内定。喜び勇んで出社した先は、所謂ブラック企業だった。

 

 ――朝五時に起きて家を出る。

 満員電車に揺られながら会社へ。それでも遅いと、無駄に出社の早い上司にいびられながら仕事。

 いつも昼食は、出社の途中で買ったカップラーメンを手早く胃の中に入れながら仕事。昼休憩なにそれ。

 

 ……仕事、仕事、仕事。

 

 陽が落ちて、皆がとっくに帰っても仕事。時計の針、長針と短針が重なってようやく一息つく。

 まだ余裕を持つには足りないが、なんとか今日中に片づけるべき仕事は終わった。あ、もう日付超えてたか。あはは。

 

 「働きたくないよう」

 

 スポットライトのように、照明を最低限を残して俺を照らす職場。

 俺は一人、デスクに突っ伏して呟く。

 

 「もう無理」

 

 こんな生活が、何年も続いた。

 睡眠不足で残ったドス黒い目の下の隈が、ずっと消えない。

 疲労は思考を奪い、転職だの生活保護だの自身の身を守る考えに至らない。

 ひとりぼっちの俺には、頼るべき家族も友人もいない。

 孤独の中で。

 

 俺は、労働に殺された。

 

 沈むように眠り、もう二度と起きるはずがなかったはずだ。

 過労死した俺はようやく、永遠の休息を得たはずだった。

 

 

 

 「目覚めよ……目覚めよ、プリナージーニアス……」

 

 やっと手に入れた安眠。

 それを遮る声。重厚で偉大ぶった声に、瞼を上げる。

 

 「プリナージーニアスよ。貴様は我の尖兵となるのだ……!」

 

 は?

 

 生きている。

 身を起こして、最後の安眠を妨げやがった野郎を見据える。

 

 ――巨大。山の如く、大きい。

 だが陽炎のように不安定な形に、鋭く吊り上がった黄色い目と裂けたように開いた赤い口が浮かんでいる。

 暗闇と荒地の世界。そこにたった一つあった存在。

 

 「我が名はムショック。地球に、不労の安寧をもたらす者だ」

 

 現実から、かけ離れた状況に混乱する。

 信じられないほどの異形を前にして、自身も異常な状況だ。

 

 白と青の衣装に身を包んだ自身。フリルとリボン……日曜朝にやっている、魔法少女アニメに出てきそうな衣装を着ているのは俺だ。

 ぷにぷにしっとりとした肌、睡眠不足で乾いた成人男性の身体とは程遠い。まだ幼い、女の子の身体。

 ロングポニーテールの青髪も、現実を否定するように俺の後頭部から下がっている。

 過労で濁り切った頭も、澄んだ清流のように洗われている。

 現実味のない状況。

 

 「さあ、我と共に働かなくてもよい世界を創り上げようではないか」

 「ムショック様、詳しく」

 

 状況はあまりにも不明だが、睡眠不足から解放されて頭が冴え切った俺はとりあえず説明を求めた。

 

 まず、ムショック様。

 この地球とは違う異世界から来たこのお方は、怠惰を是とする世界からの侵略者だ。

 目的は、地球を怠惰に堕とし誰も働く必要がない世界を創り上げること。

 

 俺……プリナージーニアスはそんな侵略者から、世界を守る為に遣わされたプリナーズの戦士。

 ムショック様と同じく、異世界からやってきた妖精ハロワーに力を与えられた地球人の一人。

 しかし、健闘叶わずムショック様の陣営に囚われてしまった。

 

 「我が力を完全に取り戻せば……誰もが、遊んでいられる。働く必要など、戦う必要などなくなるのだ」

 

 ムショック様がハロワー達に追い詰められ、失った力を取り戻せば地球の支配者となる。

 そうすれば全ての人間は勤労意欲を失って働かなくなり、それの怠惰によって得られるエネルギーだけで生きていける。

 遊んで、暮らせる。

 

 「働かなくて、いいのか……?」

 「そうだ」

 

 マジかよ……そんな、夢のような世界があるというのか。

 もう、会社に言われるがままに働かなくてもいい。

 働かなくても食べていけるし、遊んでいるだけ生きていける。

 

 「……俺は、もう働きたくない」

 

 俺は、労働に殺された。

 生まれ変わって、また殺されるなんて冗談じゃない。

 

 「ムショック様、万歳」

 「……よかろう。我に忠誠を誓う新たな戦士、ブラックジーニアスよ」

 

 片膝を突き、頭を垂れる。

 このお方に付き従えば、労働のない世界に連れて行ってくれる。

 

 「――さあ、地球を怠惰に染め上げるのだ!!」

 

 白と青の衣装が、黒と青に染まっていく。

 プリナージーニアス、改めブラックジーニアス。

 

 悪に堕ちた魔法少女が、ここに誕生した。

 

 

 「ブラック・ブリザード!!」

 

 俺が手にする魔法のペンから、極寒の吹雪が放たれる。

 蝙蝠の羽が飾られたそれから撃ち放った、氷の奔流。

 それから互いを庇うように身を守る、プリナーフェイトとプリナーフォース。

 

 「やめて、プリナージーニアス! 私達は!!」

 「ひうっ……つめたっ……!!」

 

 ピンクとイエローの衣装を纏った魔法少女達。

 二人は豹変した仲間……俺、プリナージーニアスに戸惑っている。

 

 俺と同じく、中学一年生の少女。

 過労死に終わった前世を思い出して、悪に堕ちても……彼女達との絆は覚えている。

 

 異世界からの侵略者、ムショック様を追ってきたハロワーに力を与えられたプリナーズ。

 

 ――プリナーフェイト、桃空 心愛(ももぞら ここあ)

 ピンクの衣装に身を包んだ彼女……幸運だけが取り柄の、どこにでもいる女子中学生。

 

 両親の教育に縛られた少女を、救ってくれた彼女。

 最初の魔法少女だった彼女はその名の通り、運命というべき他ない戦いに身を落としていった。

 それなのに、いつも朗らかで。

 

 『私』の孤独を癒してくれた。

 

 ――プリナーフォース、黄山 円力華(きやま えりか)

 イエローの衣装に身を包んだ彼女は、埒外の力を生まれ持った女子中学生。

 その破天荒で、理屈に囚われた少女を救ってくれた彼女。

 プリナーズの後輩として、弱気ながらも私達を支えてくれた。

 

 『私』の道を開いてくれた。

 

 「凍り付きなさい……っ」

 

 なのに『私』はその仲間を傷つけている。

 凍れ、凍れ、凍れ――止まってしまえ。お願い、止まって――ッ!

 

 俺はもうプリナーズではない。

 『私』はもうプリナージーニアスではない。

 

 ――俺は、ブラックジーニアスだ。

 

 「止まれ! もうッ! 働かなくていい世界に!!」

 

 吹雪の出力を上げていく。

 俺から放たれる魔法で、二人が氷漬けにされていく。足元からじわじわと、二人の身体を冷たい塊に変えていく。

 

 もういい。もういいんだ。

 異世界からやってきた、化け物に唆されて戦う必要なんてない。

 ただの中学生の女の子が地球の、人類の命運を背負って戦う必要なんてないんだ。

 

 「――駄目」

 

 なのに。

 プリナーフェイトが、誓うように否定する。

 

 「そう。私はもう、逃げない」

 

 プリナーフォースが、絞り出すように否定する。

 

 「「私達は、止まらない。戦うことから、逃げない――ッ!!」」

 

 爆ぜる。

 俺の作った氷の牢獄が、砕け散る。

 

 「「プリナー・ツイン・ストラーイクッ!!」」

 

 フェイトとフォースが、拘束から解き放たれた勢いのままに魔法のペンを掲げて振り下ろす。

 桃色と黄色が混ざり合うように絡み合い、一筋の光となって俺に襲い掛かった。

 

 「おのれ、プリナーズ……ッ!!」

 

 光の奔流に包まれながら、叫ぶ。

 ムショック様の撤退用転移魔法で致命だけは避けながら、逆襲を誓う。

 

 

 

 俺はブラックジーニアス。

 魔法少女、プリナーズに在って悪堕ちした蒼河 氷乃(あおかわ ひの)は。

 

 正義たる労働に囚われた世界を侵略する、悪の魔法少女だ。


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