週のはじめに考える 暮らしの循環変わる時
2020年11月1日 07時22分
先日、定期として使っているICカード乗車券を落としました。駅員の方が拾って届けてくれたので事なきを得ました。
停車中の電車を目がけて走り、ワイシャツの胸ポケットに入れたカードがこぼれ落ちたらしい。今振り返ると「なぜあの時走ったのか」という疑問が湧きます。
コロナ禍以降、多くの企業が打ち合わせにリモートを活用しています。弊紙も同様です。周囲に配慮すればどこにいても会議に参加できる機能です。だからあの時急ぐ必要はなかった。長年の習慣で走っただけなのです。
◆自由になる勤務地
リモートの発達は仕事における「時間」と「場所」の考え方を劇的に変えています。息子の友人の一人がIT企業に勤務しています。その友人は今年の夏、北海道にいました。
息子は「彼が札幌支社に異動したと思い込んでいたが違った」と言います。実は夏の間だけ避暑のため北海道に住みながら働き、その後東京に戻ったというのです。そのIT企業では事実上住む場所に制限がないのです。こうした勤務地の自由化が今後国内企業でも進むと予想します。
コロナ禍の影響で広まったリモートなど新たな技術は、通勤圏に居住し時間に合わせて働くという仕事の循環を根底から変えています。遅刻しそうになって電車に無理に飛び乗るといったケースも激減していくはずです。
コロナ禍の収束後、出勤時間という概念がなくなるかもしれません。営業担当者でも、子どもを保育園などに送ってから家に戻りリモートで顧客と接触できます。エンジニアは端末で仕事をしながら打ち合わせをリモートで済ませることが可能です。
確実に言えることは、使える時間が増えるということです。家族と触れ合う、趣味や資格取得の準備など自分のために使う、だらだらと何もせずゆっくり休む…。過ごし方はさまざまですが、自らの意思で使える時間が多くなることは間違いありません。
この中で注目すべきは家族との時間です。家で仕事する場合、一段落すればすぐ近くに夫や妻、子どもがいます。独身者でも一定期間だけ実家に帰って暮らしたり、親の体が弱っていれば介護の手助けをすることも可能です。
「三密」を避けるため、大都市から出て地方に住むことを希望する人も増えています。リモートがさらに進化すれば都市部から出ても職を失う不安はなくなります。
◆「グリスロ」のすすめ
仕事の心配なく若い世代が故郷に帰れば、その地域は活気を取り戻すはずです。コロナ禍がもたらした変化により「地方創生」が図られるという皮肉な構図です。
これから日本人の生活は一段ギアを落とし、ゆっくりしたペースになるとみています。移動に際し無理に急ぐ必要は減ると思われるからです。
今、グリーンスローモビリティ(グリスロ)という取り組みが実証実験段階まで進んでいます。電動で時速二十キロ未満で走る小さな車のことです。
遠方への走行には不向きですが、地域住民が買い物など近隣に出掛ける際や観光地の周遊用としての活用が期待されています。電動で温室効果ガスは出ず、低速なので高齢者にも安全な車両です。
地域交通・車両工学の専門家である鎌田実氏(日本自動車研究所所長、元東大大学院教授)は「ゴルフカートを公道で走れるようにしたもので、ゆっくりした生活での足として最適。沿道の人と乗っている人との会話も可能で交流の道具としても使えます」と推奨します。さらに「ドアのない形状で三密も避けられる。外出自粛を迫られている高齢層でもグリスロで積極的に外に出ることにより、体力や認知機能の低下防止にもなる」とも。
自動車は素早い輸送の手段として発達する一方、ステータスシンボルや趣味の一環としても活用されてきました。今後はこれに鉄道やバスなどがない地域でのスローな移動手段としての役割が加わるかもしれません。昔懐かしいボンネットバスの小型版が、排ガスを出さずに窓を開けゆったり田舎道を走るイメージです。
◆二極化を止めながら
コロナ禍の収束後、生活は元の姿には戻らないでしょう。人々は家族との向き合い方を考慮に入れながら、どんなペースで仕事をするのか考え直すはずです。
自動車産業などのものづくりも、さまざまなサービス産業も人々の変化を読み取る必要がある。
ただコロナ禍はあまりにも厳しい試練です。変化に対応できる人々と、それが不可能な人々がいることも忘れてはなりません。二極化に歯止めをかけつつ、試練をチャンスに変える知恵を絞るべき時だと考えています。
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