あなたの一部がわたしの全て・改   作:凪K

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17・恋のから騒ぎ 1

 

 

「ンフィー、お婆様。ゴウン様が来てくださいましたよ」

 

 皺くちゃになった手で、エンリが墓前に花束を供える。

 彼女の後ろに立ってその様子を見下ろしているアインズは、今は亡きふたりの開発者に少しだけ思いを馳せた。

 

 彼らに対する感傷めいた思いはないが、時の流れを感じていた。

 

「本当にありがとうございます。きっとふたりも喜んでいると思います」

「礼には及ばない。バレアレ家の功績は大きなものだからな」

 

 この異世界で採れる材料をもとに、ユグドラシル産レベルのポーションを作成する技術を生み出した二人の功績は決して無視できるものではない、と思う。

 

 だからこうして墓参りにつきあっているのだ。

 本当はゆうべ借りた馬車の礼だけ伝えて、すぐに立ち去るつもりだった。

 

「ゴウン様に初めてお会いした時は──」

 

 畑に挟まれた小路を、老いたエンリと並んで歩く。

 最初の角笛で召喚されたゴブリンたちが、まだ青い麦の穂の間に見え隠れしていた。相変わらず村の仕事を担っているようだが、軍団のほうはどうしているのか、アインズは知らない。

 

 まだ少女だった頃のエンリを、アインズは思い返した。

 差し出したポーションをまるで毒をあおるかのような悲壮さで飲みくだし、回復の効果に驚いていた様子がぼんやりと思い出される。

 

(そういえば俺……セバスに治療も命じてやらなかった)

 

 傷だらけの姿に罪悪感が募った。

 せめて具合を確認しようかと思うが、通信を遮断した今の状態をやっぱり解除できない。

 

(俺が無罪だと言ったんだ。まさか放置されることはないだろう)

 

 そう思うことで不安にざわつく気持ちをやり過ごした。

 シモベたちはもう、コマンド入力しなければ動かないNPCではないのだから、と。

 

「…………」

 

 自分の頭で考えろ、主を完璧だと思うな。ことあるごとに彼らの意識を変えようとしてきたのはアインズ自身だ。

 それぞれの意思を持ち、心を持ったシモベたち。ならナザリックやアインズより優先したいものができたとしても仕方がないことだろうと頭では思う。

 

(だけど──)

 

 レイスに向けられた笑顔が浮かんだ。

 もやもやと割り切れない思いを持て余して途方に暮れかけた時──

 

 

 

 ばさっ。

 

 

 

 聴覚が拾った羽音と、足元にさした影の形にぎくりとした。

 見上げれば、蝙蝠の羽を拡げた悪魔の(すがた)が、陽光を背にして降りてくる。

 

「アインズ様……! お探しいたしました」

 

 小路にひざまずき、うやうやしく頭を下げたのはただの影の悪魔(シャドウ・デーモン)だ。

 隣からエンリが「ご苦労様です」と声をかければ、律義に目礼を返している。そんなふるまいを見るまでもなく、誰が召喚したものかはわかりきっていたが……

 

 これを召喚できたなら、回復はしたんだろうとほっとする。

 しかし同時にばつが悪いような気持ちにもとらわれた。

 

「どうした、何かあったのか」

「は……我が主デミウルゴス様より、急ぎ御身をお探しするよう命じられました」

 

 なんで、と思う。

 急ぎだという言葉に、滅茶苦茶に暴れていた牢での様子が浮かんだ。

 

「アインズ様……?」

「あ、ああ。デミウルゴスの用件はなんだ?」

「数ならぬ卑賎の身でありますれば……申し訳ございません」

 

 つまり、この使いは用件を聞かされていないということだった。

 本来であれば無礼な話で、デミウルゴスの手配とも思えないところだが、そんな不自然な配慮をされてしまう理由には心あたりがあるだけに冷や汗がにじむような思いがした。

 

「こちらでよろしければ、我が主が馳せ参じるとのことでしたが──」

「い、いやそれは待て!」

 

 今にもデミウルゴスに連絡を入れそうだったのをおしとどめる。

 アインズは焦る頭を高速で回転させ始め、気を取り直したように目の前のシモベに向き直った。骨の指先を影の悪魔(シャドウ・デーモン)の額にあてて、記憶操作(コントロールアムネジア)の魔法をかける。

 

 魔力の消費が激しい魔法だが、一瞬でばっさりやる程度ならそうでもない。夜が明けてから今までの記憶を切り落とすように消してしまえば、影の悪魔(シャドウ・デーモン)はその場で仰向けに倒れていった。目を回したような倒れかただった。

 

「問題はない。少しすれば目を覚ますだろう」

「はぁ……」

 

 

 エンリは目を白黒させながら、影の悪魔(シャドウ・デーモン)と自分を見比べている。

 彼女の記憶も消すべきかと一瞬思ったが、そこまでするのも気が引けた。

 

 

「しばらくひとりになりたいのだ。ナザリックの者と顔を合わせたくなくてな」

「どなたかと、喧嘩でもなさったんですか?」

「……もう行く。ではな」

 

 

 エンリの見送りを背に受けながら、喧嘩なんてできるわけがないじゃないかとアインズは思った。顔を合わせたくないのは一方的なわがままだ。デミウルゴスの謝罪など聞きたくもなかったし、かといって自分の行動を詫びることにも抵抗があった。

 

 

 主とシモベじゃない関係が欲しかった。

 

 

 これだけはどうしても、口に出せないと感じている。

 言えばデミウルゴスは上手く立ち回ってくれたかもしれない。自分の望み通りに。だけどそれでは意味がなかった。だからこそ自分はあんな方法を取ったのに、と沈み込む。

 

 

(最悪だ)

 

 

 デミウルゴスが何も知らないからこそ、信じることができた。

 自分が『支配者』だから愛されているんじゃない──と。

 

 しかしデミウルゴスが知ってしまった以上、どうあがいても甘い夢は終わりだ。

 いや、そもそも最初から無理だったのかもしれない。

 まさか自分自身に嫉妬することになろうなんて考えてもみなかった……。

 

 

 

 結局のところ、自分はまた『ナザリックの主』に戻るしかないのだ。

 それはわかっている。わかっているけれど、まだ、もう少し時間が欲しかった。

 

(せめて言い訳くらいは用意しておかないとな……)

 

 自分がどうして、レイスとしてデミウルゴスのところに通っていたのか。

 ナザリック屈指の知恵者を相手に、絶対の支配者としてボロを出さない理由を、何か。

 

 

 

 

 

 

(やはりもう、この周辺にはいらっしゃらないか)

 

 フラットフット通りをたどりながら周辺地区を見て回ったデミウルゴスは、まだ回復中だった時に送り出していたシモベのことをふと思い出した。

 

 アインズが現れるかもしれないと考えたのはカルネ村だ。

 ナザリックとバレアレ家との関わりはほとんど途絶えているものの、アインズは転移直後からずっとあの村に好意的だった。

 

 村のほうでも卑賎の分をよくわきまえているという印象がある。

 魔道国に組み込まれるより前からアンデッドに対しても忌避感が薄く、だからこそレイスを逃がす先としても選んだのだった。

 ──昨日の今日だから気が向きやすいかもしれない、と。

 

 そう考えて、カルネ村近辺を周回し定期的に報告を入れるように、と命じていた。

 そのシモベから、連絡がない。

 

 

「……何をしている」

(え? は、デミウルゴス様……?)

 

 伝言(メッセージ)で繋がった影の悪魔(シャドウ・デーモン)は、命令を受けたことすら忘れ去っていた。

 

 

(──記憶操作(コントロール・アムネジア)か‼)

 

 カルネ村に降り立ったデミウルゴスは、ゴブリンの案内で村長のもとへ向かう。

 村で一番大きな屋敷の中、老女と呑気にお茶を飲んでいた影の悪魔(シャドウ・デーモン)を殴り飛ばしたくなったが、そんなことをしている時間すら惜しい。既に時刻は昼を回ろうとしていた。

 

「それで、アインズ様はどちらへ向かわれると……?」

 

 屋敷の主人である老女は、ゴブリンたちに「シモベがここにいる」との伝言を託していた。

 ナザリックから誰かが来たら教えてあげて、と。

 だからこそデミウルゴスは最短でこの屋敷に来ることができたのだ。その細やかさに期待しての質問だったが、エンリは申し訳なさそうに首を横に振るだけだった。

 

「すみません、お役に立てなくて」

「……」

 

 エンリの屋敷を後にしたデミウルゴスは、己を落ち着かせるように眼鏡のブリッジを押し上げる。老女から聞かされた情報に、心がかき乱されていた。

 

 

 

 ナザリックの者と顔を合わせたくなくてな

 

 

 

 ナーベラルが伝言(メッセージ)が繋がらないと言った瞬間から予測していたものの、なるべく考えないようにしていたのだ。だがこれで目のそらしようもなくなってしまった。

 

 アインズは明らかに、ナザリックのシモベを避けている。

 伝言(メッセージ)によってその所在を掴めるかもしれないという希望は完全に絶たれた。

 

(私にもっと力があれば……!)

 

 湧きあがりかけたいら立ちを、デミウルゴスは意識して散らした。

 己の能力が至高の存在にはるかに及ばないことなど、はじめから理解している。しかしどうあっても、夜明けまでにアインズを探し出さなければいけないのだ。

 

 心を鎮め、デミウルゴスは伝言(メッセージ)を発した。

 

 

 

「アルベド、非常事態だ」

 

 

 

 


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