◇
「……ッ、セバス‼ すぐにあの方を呼び戻してください‼」
枷が外れたとたん、くずおれるかに見えたデミウルゴスが掴みかかってくる。
まだこれだけの力が残っていたのかとセバスが驚くほどの勢いだった。
「デミウルゴス、様⁉」
敬称をつけて呼ぶナーベラルも戸惑い顔だ。
アインズ直々に無罪だと断じられたのだから、彼女の中でもデミウルゴスの立場は回復している。だが目の前の事態についてこられていない。
セバスはネクタイを引くデミウルゴスの左手を掴んで外した。利き手はさっき肩を脱臼したために、上手く動かせないのだろう。
「落ち着いてください、一体どういうことなのですか」
「君にはあれがわからなかったのか⁉ バ──ッ、呪いだ‼ あのアイテムの‼」
「──⁉」
アインズが持ち去った宝玉。
瘴気の糸が絡みついたようなそれのことが、瞬時にセバスの脳裏をよぎった。
同じ波動を絡みつかせた、低レベルのスケルトンの姿……
「しかし、あの波動はもとのお姿に戻られたときに消えたように思いましたが」
「消えたんじゃない、内側に隠れただけだ‼ レイスの、あのスケルトンのお姿のときでなければ、呪いを私に移すことができない……‼」
「「──⁉」」
セバスと顔を見合わせた次の瞬間、さっとナーベラルが
注視するデミウルゴスとセバスの前で、彼女が顔を曇らせる。
「……繋がりません。これではどちらに行かれたのか──」
「探してください、早く‼ 夜明けまでにお見つけしなければ、御身に呪いが及んでしまう‼」
満身創痍のデミウルゴスに、ナーベラルが息を飲む。
激減しているその魔力を想起して、何が起こるのかを理解したようだった。
「ナーベラル、即刻アルベド様に連絡を。探索に長けた高位のシモベを集めていただくのだ! ナザリック内はもとより魔道国──全世界の草の根を分けてでもお探し申し上げる‼」
「はっ!」
新たな
「私も……行かなくては」
立ち上がろうとしてよろめいたデミウルゴスに、セバスがさっと手を伸ばした。
根本から腕をつかんで引き上げるように立たせながら、蒼白な悪魔の顔を覗き見る。
「まずは回復を。そのありさまでは頭数にもなりますまい」
「時間がないんだ!」
「デミウルゴス様、どうか冷静に。……まだ朝でございます。次の夜明けまでには充分な時間が──」
支えていたデミウルゴスの体が大きく痙攣し、セバスは言葉を途切れさせる。
「デミウルゴス様⁉」
「……かっ……!」
左胸をおさえて悶える様子に驚いて、咄嗟に『気』を叩きこんでいた。
心配停止をおこしかけていたデミウルゴスの体が弛緩し、膝からくずおれて激しく咳込んでいる。
彼がこれほどのショックを受けた様子など、セバスも見たことはなかった。
まだ雑音の混じる呼気を吐き出しながら、デミウルゴスが顔を上げる。
「では……私が捕えられてから、もう、夜は明けている、と──?」
「はい」
耳をつんざくデミウルゴスの絶叫が、辺り一帯に響き渡った。
◇
呪いは、すでに御身に及んでしまった。
ゆうべの戦闘がありありと思い出される。
デミウルゴスともみあいになっていた低レベルのスケルトン──あの姿になるために、アインズは昨日もアイテムを使っていたのだということを、セバスも遅れて理解した。
「何故、アインズ様だとおっしゃらなかったのですか」
「…………」
言えない、ということかとセバスは思う。
デミウルゴスはその役職上、機密事項を扱っていることも多い。今回の一件にもそういった側面があるのかと考えたが、それでも言わずにおれなかった。
「たとえ秘匿しなくてはならなかったのだとしても、時と場合というものがございましょう。そもそもアイテムの危険を承知なさっていながら、何故そのことをお伝えしなかったのですか」
「私が、すべて引き受けるつもりだった。あの方に及ぶ呪いはすべて……」
悄然と言うデミウルゴスに、さすがにセバスの頭にも血がのぼった。
わなわなと拳を震わせながら、「傲慢な」と吐き捨てる。
「考えなしにもほどがありましょう! あなたはご自身の状態をわかっておられたはずだ。そうでなくとも、いずれ破綻することなど火を見るより明らかなこと。それを──……‼」
ナザリックのシモベたち同士が争うことを、アインズは何よりも厭う。
戦場を離脱する直前、アイテムを取り出すスケルトンの動きをセバスの目は捉えていた。
何か仕掛けてくるつもりかとあの時は思ったが、今になってみれば自分たちの交戦を止めようとしてのことだったのだろうとわかる。
「逃げ切れるとでも思っておられたか」
あの状況で、デミウルゴスに勝ち目などなかった。
狂ったように激しい抵抗も、逃がしたアインズのもとへ一刻も早くかけつけて呪いを処理するためだったのかと思えば合点がいくが──あまりにも愚かだとしか言いようがない。あの時御身が何をしようとしたか、この男には見えなかっというのだろうか?
(いかん)
「……っ、あなたを責めている場合ではありませんな」
こうしている間にも、アインズの身に呪いの危険が迫っているのだ。
それにきっと、このような言い争いも主人の望むところではないだろう、と。
「とにかく治療を。急ぎましょう」
「セバス、私のことより君も御身をお探ししに行ってくれ」
「いえ、あなた様の治療が先です。……残念ながら、私にもあの呪いの性質は理解しきれませんでした」
自分にも正しく認識しきれなかったあの呪いを、どうにかできるシモベなどセバスには思い当たらない。仮にいたとしても、その者が本当に役に立つのかさえわからないのだ。
現状、最も確実にアインズから呪いを取り除けるのは──
「あなた様しかおられぬのです」
「──……」
「大変遺憾ではありますが。各地に放ったシモベたちからの情報は、あなた様に集めることになろうかと。御身が見つかり次第、速やかに駆けつけてしかるべき処置を。そのためにも今は回復を急がなくては。──しかし、二度目はありませんぞ」
次にしくじれば殺す、とセバスの目が告げていた。
「……わかっているよ」
デミウルゴスに肩を貸しながら、セバスは現状に思いをはせる。
自分たちがこうしている間にも、御身の捜索網は構築されつつあるだろう。
否、アルベドの手腕であれば任務にあたるシモベたちは既に動きだしているかもしれなかった。だが……
(アインズ様に
ちらりと盗み見れば、デミウルゴスも深刻な表情を垣間見せている。
ここから先のこと──おそらく彼も、同じ想像に不安を募らせているのではないかと感じられた。
「アウラ様にもお戻りいただくべきかもしれませんな」
「ああ……」
しかし、それでも──