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エ・ランテルのアンデッド騒動から1週間後、モモンガは拠点で身支度をしていた。まぁ途中色々とあったが彼女…クレマンティーヌを身内に引き入れてからの戦闘指南とレベリングは概ね成功する事が出来た。
人化状態のモモンガのレベルは現在90。
騎士lv 1から5にアップしていた。
戦士系
(これも全てクレマンティーヌのお陰だな!やはり彼女を引き込んで正解だった)
漆黒の鎧を装着しながら満足げに頷くモモンガの元へ、寝室からクレマンティーヌが歩み出てきた。布団のシーツで体を包み眠そうな目を擦っている。
「んん〜〜〜〜……おはよ〜モモちゃ〜ん……あれぇ?鎧なんて着てどしたのー…?」
「おはよう、クレマンティーヌ。いや、そろそろ冒険者稼業を再開しようかと思ってな。あと服を着なさい。」
「ふーーん、チカラは有るのに真面目なんだねーモモちゃんって」
「そりゃあ元は人間だからな。性根と言うか社畜魂というか……うん、まぁ色々と擦り込まれてるからなぁ」
「…なんかよく分かんないけど、辛いんならまた慰めてあげよっかー♡?」
そう言うと何時もの歪んだニヤけ顔で体を包んでいたシーツを広げてその内側を見せ付けてきた。やってる事は間違いなく露出狂のソレである。
モモンガは慌てて顔を見て横に逸らした。
「ば、バカ!夜までシないと決めてるんだから変に誑かすな!……はぁー…まぁ、冒険者稼業自体は好きでやってるから全然問題はない」
(あ、シてはくれるんだ…)
クレマンティーヌは「はーい♡」と上機嫌にいうもの間延びした声で返事をし、再び体をシーツで包んだ。
「あーあ、私もモモちゃんと行きたかったなー」
「お前は法国に追われてる身なんだろ?だったらここで大人しく待っていた方が安全だ」
「んー心配してくれるのは嬉しいけどー、私だって結構強くなった気するよー?」
気がするではなく、彼女は本当に強くなっている。ここ1週間特訓に特訓を重ねた結果、何となく分かっていたがモモンガだけでなく彼女もレベルアップしていたのだ。
今のクレマンティーヌはレベル50と蛮族シリーズを装備しているグと互角に渡り合える実力を有している。そりゃあレベル80後半と戦えば嫌でもレベルは上がるというもの。それに彼女が強くなる事はとても良い事だ。扱える《武技》も増えており、彼女曰くこの短期間で何個も新しい《武技》を会得出来るのは異常だと話していた。
《武技》は必死に訓練して漸く年に1つ習得出来るものだそうだ。
(やっぱり強い奴と戦えばレベリングは早くなる。更にこれは、この世界の平均レベルが低過ぎるという事が確定になったのではないだろうか?周りが低過ぎると自然とその者のレベルも上がり難くなるし、そもそもレベルという概念自体が認識されていない。)
そんな事を考えながら身支度を進めているとクレマンティーヌが話しかけて来た。下着のみの姿は全く以てけしからんが、ツッコムだけ無駄なので敢えて触れなかった。
「そーいえば、カジッちゃんは元気ー?」
「ん?あぁ、元気だぞ。ネクロマンサーとしての能力を活かして純粋な労働力にアンデッドを召喚し使役しているそうだ。最初は流石に村人から忌避感はあったらしいが、従順で便利な労働力にもなる。今はそこまで酷くは無いし、徐々に受け入れらている。アイツの母親は……確か
「へーそれは良かったねー。んじゃあさ…」
「どうした?」
「エンリって子はどうなの?なんかへんに気にしてたじゃん。私的には別にそこまでー」
その名前が出てきた瞬間、モモンガの手が止まった。エンリとモモンガは相思相愛の関係だ。そこに何の偽りも無い。だが、モモンガはー
「俺は最低野郎だぁぁぁぁぁぁ!!」
大声を上げるとモモンガは横壁を一瞥せずにぶん殴った。その衝撃でクレマンティーヌ含め全ての家具材が一瞬だけフワリと宙に浮いた。
壁には見事な大穴が空いてしまい外の風が入り込んで来る。モモンガは余程のショックを受けているのか酷く項垂れていた。
「これはもう立派な浮気だ……たっちさんが全力でワールドブレイクをかまして来るレベルだよ……」
嘆くモモンガに対しクレマンティーヌは首を傾げた。
「そんなに気にすることー?寧ろモモちゃんなら問題ないと思うけどなー」
「ど、どういう事だ?」
「んー上手く説明は難しいけど、モモちゃんって村じゃ英雄様扱いなんでしょ?」
「あ、あぁ…あまりそういう扱いはして欲しくはないが…」
「じゃあ問題ないんじゃないかなー?なんかこう……暗黙の了解みたいな感じなんだけど、英雄って誰もが求める存在で、英雄も色んな美男美女を求めるものだからさー、多分だけどエンリちゃんも普通に認めてくれるんじゃなーい?」
なるほど…とモモンガも少し納得してしまう。英雄色好むと良く聞くが自分はまさにそれに当て嵌まっているし、村の雰囲気的にもエンリの他の村娘たちが近づいても誰も文句言わなかった。エンリもその事に確実に気付いてるはずなのに何も言ってこない。
思い当たる節はある…結構ある。
「い、いやしかし…しかしだ…やはりそう言うのは不潔と言うか、倫理的に間違ってるというか…」
「アッハハハハ!…ほんとモモちゃんって面白いよねーー、今度その娘に聞いてみたらー?」
「そう、だな…何か依頼を終えたら…そうするよ」
あからさまにショックを受けたモモンガは肩を竦めながら《
(あぁは言ったけど……。モモちゃんと相思相愛…ふーーん)
ゆっくりと頭を上げると窓の外を見た。ここから少し南西へ進むとエンリという娘がいる村がある。
「早めにケリ付けといた方がいいよねー…」
何時もの嘲笑染みた顔では無い、据わった瞳で明らかな敵意に満ちている。その瞳のまま彼女の口元がニタァ…と浮かび上がった。
「絶対に渡さな〜い…♡」
ーーーーーー
エ・ランテルへ着いたモモンガは早速冒険者組合へと向かった。その道中、街中の人々から異様なくらい声を掛けられ、その度に称賛の言葉を受け止め…いや、浴びせられた。
「見ろ!漆黒の英雄だ!!」
「ズーラーノーンの企みを防いだ英雄だ!!」
「カッコイイーー!!」
「あ、握手して下さい!!」
「抱いてぇぇ!!」
「英雄様!!」
「モモンガさん!!」
…なんか途中変な声が聞こえた気がするが気にはしない。こういった遠慮無しの称賛シャワーはカルネ村である程度耐性が付いている。
軽く対応したせいで組合に辿り着くまで時間は掛かってしまった。早速扉を開けるとすれ違い様に誰かの肩がぶつかってしまった。
「ってーな、何すん……なっ!?」
「あぁ、これは失礼……ん?何か?」
ぶつかった男はこっち見て何やら驚いている。そういえばこの男何処かで見たような気がするが何処だろうか…。
「ふ、フンッ!一気に飛び級でミスリルになった気分はどうだ?言っとくが俺はテメェなんざ認めてねぇからな!!」
そう吐き捨てると男は乱暴な足取りで去って行った。一体何だったのかと首を傾げると急に思い出した。
(あーあの時絡んで来た奴か。確か名前は…『クラルグラ』のイグヴァルジだったか?)
そう、イグヴァルジだ。一応この都市では最高ランクであるミスリル級冒険者チームの1つ『クラルグラ』のリーダーを務めている男だ。
相変わらずイライラしているのか変に俺に絡んでくる。
(そーいやこの人、あの時も俺にやたらと突っ掛かって来たよなぁ)
モモンガは少し前の出来事…自身がミスリルに昇級するに値するか否かの話し合いが行われた日の事を思い出した。あの場には自分の他に冒険者組合長のプルトン・アインザック、魔術師組合長のテオ・ラケシル、エ・ランテル都市長のパナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア、そしてこの都市最高ランクである3つのミスリル級冒険者チームの代表者3名がいた。その中に『クラルグラ』のリーダー、イグヴァルジはいた。
話し合い自体は簡単な質問があった程度で特に問題は無かったのだが、イグヴァルジがしつこいくらい突っ掛かって来たのだ。陳腐な文句ばかりを垂れる彼に周りは辟易とした不快感を露わにしていたし、モモンガ自身もそう思っていた。
正直、彼の癇癪が無ければもっと早く話し合いは終わっていたと思う。
(やれやれ…困った人だな。まぁ一応先輩なんだし此方も下手に絡む必要はないか)
気にしても仕方ない。モモンガは改めて組合へと入って行った。案の定、組合でも大勢の同業者が駆け寄って来た。正直疲れる。受付まで僅か十数メートルがやけに遠く感じた。
「お、おはようございます、モモンガさん!冒険者組合へようこそいらっしゃいました!」
漸く辿り着いた受付で何時もの
早速、ミスリル級で一番難しい依頼が無いか聞いて確認する。
「申し訳ございません。現在、ミスリル級に相応しい依頼は来ておりません」
「そうですか…じゃあ、ミスリル級より下で難しい依頼はありますか?」
「ッ!は、はい!少々お待ち下さい!」
何か「待ってました!」と言わんばかりの明るい表情になっていたがどうしたのだろうか。まぁとにかくやり甲斐のある依頼があるのなら是非受けたいものだ。
「お待たせしました、此方の依頼になります!」
そう言って持ってきた羊皮紙を彼女は受付カウンターの上に広げてそれを見せてくれた。そこまでならまだ普通なのだが、ここでモモンガに違和感を与える行動を見せてきた。
「此方の依頼内容ですがー」
一瞬胸元を開ける様な仕草をした後、妙に身を乗り出す動きで依頼内容の説明を始めたのだ。そうなると自然と目が行くのが彼女の胸の谷間である。
(何やっとんのこの人?)
心の中で思わず冷静に突っ込んでしまった。
さりげなく見せるでは無い、明らかに見せつけている。しかも説明中チラチラと此方の様子を窺うあたり確信犯決定である。
(うわぁ…これは)
普通なら呆れるのだが悲しいかな『淫夢魔の呪印』は冷静に機能してやがるぜコンチクショウ。メーターがじわじわと溜まっているのが見て分かった。これはもう気にしたらアカンと瞬時に集中を説明に向けた。
一通り説明を終えると手応えが無かったのかションボリしてしまった。妙な罪悪感を覚えるが流石にこれ以上見境無しに女性を貪るのは良くない。俺はこれから一途…いや、二途でいくのだがグの奴が「無理w」とか抜かして来たので後で二段蹴りをお見舞いする事にした。
「では、この依頼を受けてみようかと思います」
「はい、分かりました。この依頼は別の冒険者チームと合同になります」
了承の意を伝え早速手続きを進めて貰った。
合同で組む他チームとの打ち合わせは明日の夜を予定している。それまではエ・ランテルで暇を潰すことにした。
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組合を後にするモモンガを2階の窓から覗く2人…冒険者組合長のアインザックと魔術師組合長のラケシルが居た。
「さて……彼が現れるまで少し時間は掛かったが、狙い通り例の依頼を受けてくれたな」
「あぁ、そうだな。しかしラケシル…まさかとは思ったが…お前の予想は意外と当たりかも知れないな」
「自分で言っといて何だが、私も少し驚いているよ。フフフフフ…いやぉ実に素晴らしいなぁ」
モモンガの昇級に関する話し合いをする最中、ラケシルはある仮説を思い浮かんでいた。
ーー彼は高位の魔法も扱えるのではないか?ーー
共同墓地での事件以降、2人は都市長の協力の元、黒幕達が怪しい儀式を行なっていた霊廟付近を調べた。その時、
スケリトル・ジャイアントは斬撃と打撃に対し高い耐久性を有したスケルトン系アンデッドでは珍しい特性を持っている。1体だけならミスリル級以上で何とか対処可能だが、2体同時となれば流石に厳しい。それも数千体のアンデッドの大群と怪しい儀式を行う黒幕達を相手となれば純戦士系のモモンガ1人で相手取るなど無謀とも言える。
故にラケシルは彼が実は魔法も扱える、または希少なマジックアイテムを持っていると言う可能性を立てた。
その上であの場でも彼に問いかけた。
アッサリと彼は認めた。
「自分は一応魔法も扱える」と。
流石に皆の反応は眉唾だったが実際に彼は第3位階の《火球》を空に向けて撃ち放った。これにはラケシル含めその場に居た全員が驚きを隠せなかった。
彼は戦士職だけでなく魔法詠唱者をも修めていたのだ。
それも天才しか辿り着けない第3位階。確かに第3位階まで修めておるのであれば他のアンデッドに対しても有効的な手段を取ることが出来るだろう。
だがやはり、スケリトル・ジャイアント2体ともなれば決定打に欠ける。
戦士としても魔法詠唱者としてもその実力は確かなのは間違い無いが詳細が分からない。
戦士の技量はともかくとしてラケシルは「モモンガ殿は恐らく第4位階以上も扱える可能性がある」と踏んでいた。流石にそれは考え過ぎだと聡明な都市長やアインザックも思ったが可能性はゼロではない。
もし本当に彼が第4位階以上の魔法まで扱えるとなれば未だ曽て無い最高位の魔法戦士と呼べるだろう。こと噂によればとある闇組織にアダマンタイト級に匹敵する実力を持つ〝幻魔〟と言う『軽戦士』と『幻術師』を修める凄腕がいると聞くが、モモンガはソイツに匹敵もしくは超える存在かも分からない。
「実力を確かめる為、我々の息のかかった冒険者チームと合同に当たる依頼を受けて貰う、か。今ある中でそれに当て嵌まる依頼は銀級〜プラチナ級のものしか無いが…」
「構わんともさ。合同だから仮に鉄級が受けても問題無い様にしてくれれば有難い。実力が乏しい仲間内に対する対応も確かめたい」
「……それは構わんが、合同と言えど自らの階級以上の依頼は危険だ。合同で当たれる依頼は『死を撒く剣団』なる傭兵団の調査と討伐だが、そういったチームには比較的危険の少ない調査のみを受けてもらうぞ」
「あぁ。すまんな、アインザック」
しかし…とラケシルを腕を組んで考え込むと嬉しそうにニヤニヤと笑った。
「エ・ランテルまでの道中、彼は突然現れたとの報告があった。あれほど目立つ装備をした者を彼らが見逃すとは思えん。いきなり正門付近に現れた……つまり!!」
ラケシルは椅子から立ち上がると興奮した様子でアインザックの肩を掴んだ。彼が魔法に関して少々盲目的になるのは昔からの付き合いで知ってはいるが此処まで興奮する姿はあまり見たことがない。
「彼は戦士でありながら噂に聞く第五位階魔法《
「お、落ち着けラケシル…!ほ、本当にそうだと決まったわけではないぞ。もしかすれば《
「だとしてもだ!!あんな逸材は中々見つかるものではないぞ!!…ゴホン…な、なぁ、ラケシル。彼を冒険者組合からウチの魔術師組合へ」
「それは出来ん相談だ。彼だって既にウチの看板になってる。まだ実力は不明だが、今回の依頼である程度ー」
「そこを頼むゥゥゥゥ!!!」
「や、やめんかぁぁぁ!!!」
2人のイザコザは一階のロビーにまで響いたと言う。その様子から「もしかして2人は出来てるのでは…?」というあらぬ噂が流れる事になるが当の2人は知る由も無かった。
ーーーーーー
エ・ランテルの露店通りを歩くモモンガは今回受ける依頼内容を考えていた。今回の依頼はワンランク下のミスリル級だがやり甲斐は十分にありそうな内容だった。
(野盗の討伐か…フフフ、腕が鳴るな)
ちょっぴり不安だが此方には
クレマンティーヌ曰く俺の上達具合は恐ろしいくらい速いらしく、単純な戦士の技術や練度だけならオリハルコン級は超えているらしい。
その経過を再確認する良い機会だ。
「さて、共同であたる冒険者チームは鉄級と、同じミスリル級と言っていたが……」
果たしてどんな人たちなのだろうか。
なんだがドキドキしてしまう。
冒険者稼業はその仕事柄他のチームと組むことも珍しくは無い。しかし、初対面の相手と依頼をこなすにあたって慣れないメンバーとの連携によりかえって危険となる可能性も十分にある。その為、少しでもそうならないよう最低限の打ち合わせなどの確認を任務前に行う必要がある。
受付嬢の説明では、鉄級チームが偵察して野盗の戦力を分析。その後、問題が無ければモモンガともう1つのミスリル級チームで殲滅、無理ならば情報だけ持ち帰り、後ほど増援を組んで再度討伐に向かう。
(『死を撒く剣団』…なんか痛いんだよな。一応傭兵団と言うことらしいが、戦時以外は野盗をしているただの犯罪者集団だ、うん慈悲はない)
などと考えている内に最初の目的地に辿り着いた。そこはエ・ランテル一の薬品店『バレアレ薬品店』である。
2週間近く前、モモンガはここの店主リィジー・バレアレの孫息子であるンフィーレアを、彼が持つ超レアな
早速扉を開けると薬草独特のツーンとした臭いが鼻を付くが今ではもう慣れたものだ。
「こんにちは、バレアレさん」
「ん?おぉ、よく来てくれたねモモンガさん」
モモンガはすっかりここの常連の1人になっていた。客としてというより一個人として。
「モモンガさんがンフィーに渡してくれたポーションの完成形。アレのお陰でポーションにはまだ改良の余地がある事を知ることが出来た。本当に感謝してるよ。何より、孫のンフィーを助けてくれた恩人じゃ」
「大袈裟ですよ。私はただ、困っている人を助けたかっただけでしたから」
「ハハハ!流石はエ・ランテルの英雄じゃ。皆から英雄と呼ばれるだけの事はあるのぅ」
カラカラと笑うリィジーだが、モモンガは店内を見渡しある人物を探していた。
「すみません、リィジーさん。ンフィーレアさんは?」
「ンフィーかい?あちゃ〜、あの子に用があったんなら行き違いだったねぇ。モモンガさんが店に来るほんの少し前にいきなり『用事を思い出した!』なんて言って、大慌てで出て行ったのさ。」
「え?そうだったんですか…」
「薬師組合の会合もなければ特に材料が減ってるわけでもないのに……どうしたんだろうねぇ」
リィジーは心底申し訳なさそうにしていた。彼に会えなかったのは残念だが忙しいのなら仕方がない。自分が渡したユグドラシル産ポーションの進展具合を彼から聞きたかったのだが、居ないのであればリィジーに聞くしかない。
彼から直接聞きたかったの理由に深い意味ない。ただ会話を通して彼と仲良くなりたかっただけなのだが、こうもすれ違いが多いと「避けられてる?」と思ってしまう。
(んー考え過ぎか?)
取り敢えずモモンガはポーション作成の進展具合と幾つか希少な薬草を苗ごと購入し店を後した。
「さて!次は…商店街で買い物だ!!」
一番の楽しみはやはり買い物だ。
アイテムコレクターとしての血が騒ぐ。
モモンガは軽くスキップしながら都市で一番大きな商店街へと向かって行った。その様子を少し離れた所から半身を出して覗く人影があった。
「行った…よね?」
オドオドしながら出てきたのはンフィーレアだった。彼は偶々窓からモモンガが此方に向かってくる姿を見て大慌てで適当な理由を述べて店から出ていたのだ。
彼がンフィーレアに薬師として大きな目標を与え、自身の命を救ってくれた大恩人である事はンフィーレア自身が良く理解している。こんなコソコソと怯えて逃げる様な態度は間違いなく失礼だ。
しかし、彼はモモンガと面と向かう事が出来なくなっていた。『嫌い』ではなく『苦手』…出来る事なら『関わりたくない』。その原因はやはりトラウマになっているあの光景だ。片思いでしかないにせよ、昔からずっと大好きだった幼馴染みを先に越された…取られたとどうしても思ってしまい、そんな人物と面と向かい合う度胸は無かった。
(いろんな事に自信が持てなくなってる。うぅ…どうすれば…)
今お店に戻っても祖母からモモンガさんの話を聞かされるだけ。それだけでも辛い。
ンフィーレアは少し時間が経ってから店に戻る事にした。
ーーーーーーー
早速都市で1番の賑わいと規模を持つ商店街通りへとやって来た。テントを張った露店から御立派な建物まで様々な店が建ち並び、そこには言わずもがな物流のみならず多くの人々が行き交っている。それはもう人の海と言っても過言ではない。
そんな人で溢れる場所でモモンガが何時もの漆黒の全身鎧姿では目立って仕方がない。その為、今のモモンガは普通に人化の姿で軽戦士風の装備で歩いていた。
「さて、先ず見るのは……アレだな」
モモンガが辺りを見渡して見つけた店は一つの露店だった。そこで扱ってる品物は『武器・防具』を取り扱う店で当然そこには戦士然とした者や冒険者などが多くいた。
「いらっしゃい!…お?ニィちゃん二枚目だね!」
「え?あ、ど、どうも…ハハハ」
店に立ち寄るたびに良くこの外見を褒められる。確かに整った顔立ちであるだろうがそんなに称賛する程だろうか。モモンガとしては「ただのリップサービス」みたいなものと真に受けてはいなかった。
「何にする?最近新調した防具や鍛えたばかりの新品の剣なんかもあるぜ!」
「えーっと、ちょっと待って下さいね」
モモンガはシレッと全品に《
「そうですね…じゃあ先ずはコレとコレ。あとソレも…あ、アレも良いですか?それからー」
「お、おぉ?おぉおぉ!?そ、そんなに買う気かいニィちゃん!?ハハハ!今日はもう店仕舞いだな!」
そのあまりの買いっぷりに周りの人達も唖然としていた。ただ悪戯に買うだけならいい嘲笑の的だが、モモンガは質の良いモノばかりを的確に迷いなく選んでいる為それも出来ない。
「毎度ぉー♡」
その店はその日だけで半年分の売り上げを得ることが出来たそうな。
「うんうん、これだけアレば十分か」
モモンガは買った武器防具を
彼が武器防具を買った目的は訓練に使う為である。クレマンティーヌという英雄級の実力を持つ戦士と訓練した際、何の効果も持たない物を使った為に多くの武器や防具が壊れてしまった(緊張感を出すため上位物理無効化Ⅲを切っていた)。その為、これからの事を考え万が一壊れても問題のないモノを備える必要があった。
それからコレクター魂として多少品質も見ている。戦士職を修めてから戦士系の武器防具にそれなりの興味が出て来たのも理由の一つだ。
「さてと…後は〜」
もうすっかりコレクターモードになったモモンガは次の店を探し始めた。
「お、あったあった」
途中幾つかの店に立ち寄りながら見つけた店はそれなりに立派な一軒家だった。
店の出入り口には強面の男が此方を睨みつける様に立っている。彼はこの店の警備員の様なものなのだろう。モモンガは一瞥もせず店の中へと入った。
「いらっしゃいませ」
店に入ると丁寧で落ち着いた出立の店主が軽く頭を下げて迎えてくれた。自分以外にも何人か客はいたが明らかに外の露店などにいる人より多少身なりの良い人ばかりだ。店の中にも警備員らしき人物がいた。
ここはエ・ランテルで数少ないマジックアイテム専門のお店だ。生粋のアイテムコレクターであるモモンガがこの様な店を無視するわけにはいかない。
(おー、思ったより品数が多いぞ!)
ガラスのショーケースに入れられているアイテムを眺めながら《上位道具鑑定》を発動させた。問題なく発動出来たという事はこのガラス製ショーケースや店自体は何の対策も施していない事になる。不用心極まり無い。
(正直どれも初心者向けにも劣るモノばかりだし、この店のオススメっぽいコーナーでも微妙過ぎる。でもー)
ユグドラシルには無いアイテムばかりだ。
コレクターとして十分に集める価値はある。
流石に此処でも買い漁る様なマネは出来ない為、この中でも比較的まともそうなアイテムを厳選して購入しようと思う。
アクセサリータイプが大半だが武器鎧タイプも少なからず存在するが総じて値段が結構高い。
(こんなゴミアイテムでこの値段……うーん、多少余裕があるとは言え不満はあるな)
これも貧乏性故の悲しき性である。良いアイテムが多過ぎて迷う経験はあれど、ゴミアイテムが多過ぎて迷う経験はこれが初めてだ。ちょっと考え過ぎたのかいつまでも決めない自分に店主がチラチラ此方を伺うような素振りを見せてきた。それに反応してか強面の警備員も此方にロックオンしている。
(はいはい、冷やかしじゃないから安心して)
取り敢えずこの店でそれなりに値段の張るアイテムを幾つか購入した。買ってしまえば店主もニコニコ、「ありがとうございました」と頭を下げて見送ってくれた。この後もマジックアイテムを扱う店を幾つか周るつもりだ。
すっかりスイッチの入ったモモンガを止められる者はいない。彼は意気揚々と人混み商店街の更に奥へ奥へと進んでいった。
ーーーーーーー
気が付けばすっかり夜更になっていた。
それでもエ・ランテルの大通りや大広場、飲食店が立ち並ぶ通りには仕事を終えた人たちでそれなりに賑わっていた。
その中にモモンガの姿もあった。
夜の世界に変わってもモモンガは周りからの視線を一点に集めさせる程目立っているが当の本人は沢山買い物が出来てかなり上機嫌だ。
「いや〜買った買った!満足満足!」
それなりに散財したが欲しい物が手に入ればどうという事は無い。
さて次は何をしようかと考えると今朝方クレマンティーヌに言われた事を思い出した。
「……エンリに正直に話すべきか」
一気にブルーな気持ちになる。明らかに悪いのは此方なわけで遅かれ早かれ伝えなければならない事は間違いない。
(何かプレゼントを渡して気を逸らししつつ…いやいや!物で宥められたとかダメだろ!…ここは正直に話そう、うん)
さっきまでの上機嫌が嘘のように彼の上にだけどんよりとした雨雲が出て来ている。周りの人々もちょっと心配になるレベルだ。
さっそく人気の無い場所で《転移門》を開こうと歩き出した。その時、ふと誰かにぶつかった。
なんか今日はよく人にぶつかるな…
「っと、すみません、ボーッとして…ん?」
「あー、こっちもゴメンなさい。急いで…え?」
そこに居たのは何時ぞやの鉄級冒険者だった。赤毛をした女冒険者で名前は知らない。間接的…と言っていいのか不明だが彼女が苦労して買ったポーションを割ってしまい弁償した為結構印象に残っている。
「これは…あの時は貴重なポーションを割ってしまい申し訳なかった」
モモンガは軽く頭を下げ謝罪すると彼女は「いえいえそんな!」と慌てて顔の前で両手を振る。
「あの時は私も、そのぉー…気が動転してて……あ、あははは…ご、ごめんなさい」
当時の事の自分はどうかしてたと彼女は小恥ずかし気に謝った。確かにそういった気持ちもあるがそれと同じくらい、この都市の英雄である彼にあんな態度をとってしまった事を恐れ多い気持ちもあった。
「あ、あの!…あの時の謝罪として一杯奢らせてくれないかしら?」
「え?あー、すみません。自分この後用事があるんで…」
「そ、そうですか……」
肩を落とし落胆する彼女を見たモモンガは浅はかな返事をした事に少しだけ後悔した。しかし、用事があることは事実である為、「一杯だけなら」なんて事は言うつもりはない。
「また今度、時間がある時に…その時はお願いします」
「は、はい!」
そう言い残しモモンガはその場を去った。
その背中を彼女……ブリタは黙って見送る。
「うぅ…お詫び出来なかった。でも、気にしてる様子じゃなかったし…ホッとはした、かな?」
あの出来事が心残りだったブリタだがさっきの会話で少し肩の荷が降りた気がした。器の広い彼に心の中で感謝しながら、再び目指していた酒場へと向かった。
ーーーーーー
目的の酒場は冒険者御用達の安宿の一階とは違う、一般市民が良く集まる普通の酒場だった。
そこへ辿り着いたブリタは早速中へ入る。
酒場の中は夜という事もありそれなりに賑わっていた。
「まだ仲間は集まってないわね……私が一番乗りか」
ブリタは数人掛けのテーブルを探すが今はどれも埋まっている状態だ。その中の一角には冒険者組合の受付嬢達が仕事帰りの飲み会を始めていたのが目に入った。何やらそこそこ荒れており皆が「次こそは…」「絶対に…」とか口ずさんでいた為、目を合わせないようにした。
結局空いてるテーブルは無かったので仕方なくカウンター席に座る事にした。取り敢えず店主に適当な飲み物を頼み、軽く一人飲みを始める。
(やっと決まった大きな依頼……複数合同チームでの依頼だから鉄級より難易度は高いけど出来ない事はない…必ず成功させなきゃ)
…と1人でクピクピ飲みながら考えていると自分の隣に誰かが座った。
「お?コイツは珍しいお客さんだ!ウチに来るのは初めてだよな?さて、なんにする?」
「えっと…あ、あまり強くない人でも飲めるモノをお願いします。すみません……普段は飲めないのに…な、なんか今日は…飲みたくなって…」
「ハッハッハッ!そりゃあ人間誰しも飲みたくなる時ぐらいあるさ!」
妙にオドオドした口調の男だった。そんな彼に店主はお酒を準備する。何となく気になったブリタはチラリと横へ目を向けた。
「んぇ?」
「え?…な、何ですか?」
驚きのあまり思わず変な声が出てしまった。
「ば、バレアレ…さん?」
「あ、は、はい…そうです…けど…あれ?ぶ、ブリタさん…?」
頭にフードを被っていた為パッと見は気付かないが、金色の髪が顔の半分近くを隠すほど伸びた姿は都市広しと言えど彼ぐらいなものだ。
そもそも何度か店で会ってるし、ンフィーレアは客として来ている彼女の名前を覚えていた。
「め、珍しいですね、ンフィーレアさんがこんな所に来るなんて。あ、私は今度の依頼で仲間達と打ち合わせに来てたんです。まだ…来てないみたいですけど」
「おーそうだ、ブリタさん。そのお仲間さんですが、打ち合わせは明日の朝にって伝言を預かってますよ」
思わぬ店主の言葉にブリタはお酒を吹き出した。
「げほ!げほ!は、はぁー!?」
「な、何でも必要なアイテムが既に売り切れたらしくてねぇ。それを集める為に今片っ端から探し回ってるんだとさ」
「嘘でしょ〜……」
なら此処に居る理由はない。本来なら酒代払って安宿に戻りたい所だが…どうしてもンフィーレアが此処に来た理由が知りたかった。
普段酒を飲まなそうな彼が来るのだから何かあったに違いない。
「えっと…バレアレさんは、何で飲みに?」
「ンフィーレアで…良いですよ。えぇ…まぁ、ちょっと嫌な事が…て言うよりも、自分の勝手な…思い込み何ですけど…ははは」
笑ってはいるがどう見ても無理をしている。俯く彼の頬から涙の粒が流れ落ち、その手は跡が残るのではないかと思うくらい強く握られていた。
どうやら彼自身にとってとても辛い事がここ最近あったのだ。もしかしたら拐われた時のショックだろうか?
これはバレアレ薬品店の常連(自称)である私が相談に乗るしかない。
「何か辛いことがあった時は…話した方が楽になりますよ?私も仕事柄辛い事だらけで良く仲間に愚痴ってましたから」
すると彼は顔を上げて此方を振り向いた。
涙で濡れた頬は赤く染まり、前髪の隙間から見える目は潤んでいた。
「ぶ、ブリダざ〜〜ん……!」
そんな姿を見てブリタは「ドキッ」と胸が高まった。元々整った顔立ちをした彼があんな風に泣きじゃくる顔を向けてくる。
その姿にブリタは保護欲を掻き立てられた。
丁度彼の分のお酒も来た為、彼と飲み交わし始めた。酒の力を借りて彼は心の叫びを思う存分吐露した。時々訳の分からない点もあったが、要するに想いを寄せていた幼馴染みが気が付いたら別の異性と付き合っていたという…よくある失恋話だった。余程その幼馴染みが好きだったのか、今も諦めきれないでいるらしい。
何か色々と必死な彼を見ているとちょっと胸がキュンとしてしまう。更に酒が入っている事もあり、「これイケるか?」と考えるようになる。
そして思い切って聞いてみた。
「ならさ…わ、私が忘れさせてあげよっか?」
「へ……?」
酔って顔が真っ赤になっているンフィーレアは間の抜けた声を出した。まだ一杯しか飲んでないにも関わらず、少し身体もフラついている。
「そういうのはさ…ほら、やっぱり忘れるのが一番だよ。ほら…ど、どうする?」
正直スタイルに自信は無いが贅肉は無いため悪くは無いはずだ。これでも故郷を出る13歳まではそれなりにモテた方だ。
ンフィーレアの反応は…
「ふぇぇ…!?で、でも…そのぉ…」
絵に描いたよな狼狽ぶりを見たブリダは「あれ?イケそう?」と少し脈ありを感じた。正直、そんなに諦めきれないほど好きな幼馴染みがいるならもっと固い意志で断るのかと思ったが、意外とこういった事には弱いのかもしれない。
その整った顔立ちにオドオドしたあまり男らしく無い態度が返ってブリタの気持ちを助長させる。
「そういう辛い事は…楽しい事して忘れた方が良いと思うな〜…ね?どう思う?」
「う、うぅ………うん…」
欲に勝てなかったンフィーレアはゆっくりと首を縦に振った。脚もモジモジと動かすあたり体の方は期待していたらしい。
ブリタ自身経験が豊富というわけではないが、無い訳では無い。それに以前からンフィーレアの事も少し気になっていたのも誘った理由の1つでもある。
「じ、じゃあ……行く?」
「お、お願い…します」
2人は店を出ると近くにあった宿屋の一室を借りた。そして、ンフィーレアにとって非常に心地の良い一夜となった。
ーーーーーーー
その後、カルネ村へと戻ったモモンガは村人達に気付かれないようコッソリとエンリの部屋に来ていた。
流石に《転移門》でいきなりではエンリも驚いてしまう為、《
これでも頻回に遭ってはいるのだがゆっくり過ごすのは薬草採取の依頼以降殆どなかった。
2人は出逢って直ぐに熱い抱擁と熱烈な口づけを交わした。勿論、モモンガは既に全身鎧から平凡な服装へと替えている。
「んん…モモンガさん♡」
「エンリ…」
軽く30分程経ってからモモンガは意を決した。
「エンリ…本当にすまない!」
「ど、どうしたんですか?」
深々と頭を下げるや否や突然の謝罪に困惑するエンリに、モモンガは全てを打ち明けた。
ここ最近エンリ以外にも関係を持ってる女性が居ること、彼女は今拠点に居ること、でもエンリへの想いは微塵も変わっていないこと……あと、
「本当に…本当に申し訳ない」
頭を下げ続けるモモンガ、エンリからの返事は無い。恐る恐る頭を上げて彼女の様子を伺った。
エンリは目をパチクリして佇んでいた。そして、ゆっくりと口を開いた。
「そ、それが、ど、どうしたんでしょうか?」
「………え?」
「え?」
思わぬ返答に驚くモモンガ。対してエンリも不思議そうに首を傾げている。まるでどこに問題があるのか分かっていない…いや、問題とすら思っていない…そんな様子だった。
「えっと…問題は別にないかと」
「だ、だが俺は、お前という女性がいながら…」
「私もよく分からないんですが…モモンガさんみたいな人ならそういうのが普通だと思います。それに『英雄色好む』って聞くじゃないですか」
「い、いや…そのぉ…」
なんかクレマンティーヌと同じような事を言われている。てっきり彼女の中の話だけだと思っていたがどうやら本当にそうみたいだ。種の保存と言うべきか…生物はより強い子孫を残す為、強い異性と子を成すことを本能的に望む。
てっきりただの空想の理論かと思っていた。
なら平凡な男性ならどうなのかと聞けば「それは…大変な事になるかと」と苦笑いでエンリは答えた。どうやらエンリの父親は昔、街で若い女と密かに付き合っていた事があったらしい。浮気がバレた時のエモット家は修羅場と化したそうだ。エンリの父親はズタボロにされて漸く赦して貰えたらしい。
「私は貴方が何人の女性と関係を持っていても気にしませんよ」
「む、むぅ…」
エンリは変わらない魅力的な笑顔で答える。ただモモンガとしては納得出来ない。『強い』異性が複数も関係を持っても許される世界だとしても、モモンガの気持ちはまだ晴れない。
その事を察したのかエンリは「じゃあ…」と口を開いた。
「納得が出来ない、と言うのなら……」
「え?」
するとエンリはモモンガの胸へその身を寄せた。抱き締めるとは違う、優しくも心地良さそうにモモンガの胸にその身体に寄り添いながらエンリは瞳を静かに閉じる。
「貴方の1番の愛情を…私だけに向けて下さい」
愛おし気に口にしたその言葉をモモンガは真摯に受け止め、そして彼女を優しくも力強く抱き締めた。
「あぁ…約束する」
「ふふふ♡」
とても幸せそうに笑う彼女。
モモンガに色々と限界が近付いていた。
「え、エンー」
「それから……もし、もしですけど」
「ん?」
エンリの耳が赤くなっている。何をそこまで恥ずかしがるのだろうと疑問に思っていると、恥ずかしさなのかモモンガの胸に顔を埋めながら細々とその言葉が聞こえた。
「もし…モモンガさんが良いのであれば…そ、そのぉ…貴方の…愛の結晶を…さ、授からせてください…♡」
「ん?…んん?…んんんんん!?」
「だ、ダメで…しょうか…?」
下から覗き込む様にエンリの顔が近付いてくる。正直言って指輪を着けていようがなかろうが関係無い状態だ。それにモモンガとてその気持ちが無いワケでは無い。彼女が望むのであれば自身も覚悟を決める肚積りだ。
「え、エンリ……お、俺もー」
「妬いちゃうなー……」
「「ッ!?!?」」
突然聞こえた第三者の声に驚く2人。
声は丁度影が出来ている所から聞こえた。
モモンガは瞬時に警戒を最高レベルにまで引き上げてエンリを庇うように身構える。
そして、その声の主が姿を現した。
「やっほーー…待ち切れなくて来ちゃったー」
「え?く、クレマンティーヌ?」
何とそこにいたのはクレマンティーヌだった。何故彼女がここに居るのか、何故周囲を警戒していたデスシーフ達は気付かなかったのか、色々と疑問は出て来るが先ず気になる点が1つー
「お前…な、何でスティレットなんて持ってるんだ?」
「んーー?……ヒヒ…ひはは…!キャハハハハ!…ねー…気になるよねー…何でだと思うーー?」
あれ?なんか普通じゃない。いや、確かに彼女は人格破綻者なんて呼ばれてるけどなんかより一層磨き掛かってると言うか、ニタリとした歪んだ笑みに三日月目に何時には無かった影が掛かっていた。いやそもそも目に光が消えてる。え何アレめっちゃコワイ。
もう色々ぶっ壊れてて色々ヤバくて色々怖い。
とにかくこのままでは不味いと察したモモンガは、ちょっと本気モードで行動を開始した。
「《転移門》」
先ずクレマンティーヌの背後に《転移門》を開き、その膂力を活かし彼女を抱き上げてその奥…モモンガの拠点へと連れて行く。
作戦は見事に自身含めクレマンティーヌを拠点まで連れて行く事には成功した。
「さて…何があったのかー」
モモンガは抱き上げていたクレマンティーヌを降ろす…が彼女はモモンガの腕にしがみ付き離れない。何があったのかと思い再度声を掛けようとした時ー
「あ、あのぉ…モモンガさん?」
「え?…あ」
エンリの声が聞こえた。まさかと思い振り返ると居ましたよエンリさんが。どうやら背中にしがみ付いていた彼女もそのまま連れて来てしまった。
とんでもない失態だ。
(ヤッベェェェェーーーー!!!!)
不味い…非常に不味い。明らかに人格破綻が更に破綻したクレマンティーヌもいる空間に、村娘に過ぎないエンリもいるのは非常に危険極まりない。
何とかしようにもエンリもクレマンティーヌも離れない。
冷汗かきまくりのモモンガ。
そこに腕にしがみ付いていたクレマンティーヌが小刻みに震えだした。
「モモちゃんも……私を捨てるの?」
「はい?」
「私のこと…必要だって言ってくれたのに……捨てるの?」
言葉の意図がよく分からないが、とにかく今の彼女は酷く不安に…と言うより怯えている様に見えた。何やら察した様子のエンリはモモンガから一歩離れて事の様子を見守っている。この状況では有難い行動だ。
何やら
泣いてる……多分泣かせてしまった。
いつしか彼女に対する恐怖心もスッカリ消え、モモンガは震えて泣く彼女を優しく抱き締めた。
「よくは分からないが…俺はお前を不安にさせてしまったみたいだ。お前は『捨てるのか?』と聞いてきたが……安心しろ、俺はお前を捨てたりしない」
彼女はモモンガの胸に顔を埋め力一杯抱き締め返してきた。絶対に離さないと言わんばかりの力強さで凡人なら圧死するのではないだろうか。
暫く抱き締め合っていると彼女の震えも止まっていた。もういいかな?と思い抱擁を解こうとした時だった。
彼女から声が聞こえた。
「モモちゃんは……」
「ん?」
「モモちゃんは……私のこと…好き?」
突然の質問だった。
分からないがコレ返答間違えたらBAD ENDに逝きそうな気がする。イエスかノーの選択だ。
まぁ彼女の事は好きか嫌いかで言われれば好きである。人格破綻者と呼ばれているが結構常識的な所があるし、戦闘訓練でも色々と世話になってる。他者から見れば不気味と呼ばれるあの歪んだ笑みもモモンガ的にはそれも彼女の魅力でもあると思っている。猫みたいに無邪気で甘えん坊な所もある。
瞬時に再認識し…改めて思う。
クレマンティーヌも好きだ
「あぁ…好きだ」
「……大好き?」
「ん?…あぁ、大好きだ」
「死んでも愛してくれる?…ずっと一緒?」
「あぁ……ん?…んん?」
何か最後だけ少し違和感を感じたがそのままの流れで答えてしまった。まぁ嘘ではないし問題はないだろう。
漸く彼女は頭を上げてくれた。
そこには何時ものニヘラァとした彼女の歪んだ笑みがあった。ウンウン目の光も戻ってる。全く何だったんだアレは結構なトラウマものだったぞ。
彼女はモモンガの首の後ろに腕を回して抱き付いて来た。
「キャハハ…!私もモモちゃんがだ〜い好き♡」
「お、おう」
「ねぇ、モモちゃん…モモちゃんが良かったら…」
「ん?」
何かデジャヴを感じるがクレマンティーヌは顔を近づけて耳元で囁いた。
「モモちゃんの愛情を…私に植え付けて…♡」
あ、ヤバいキタわコレ。
クレマンティーヌはモモンガの手を取りそれを自身の下腹部へと押し当てた。
「ココに…宿して欲しいなぁ〜♡」
彼女もエンリと同じ事を求めてきたのだ。
しかし、嫌悪感は微塵も湧かない。それどころか嬉しさが込み上がってくる。
再認識したつもりだったが、やはり自分は彼女…クレマンティーヌの事も好きなんだと改めて強く確信した。
そこへ背後からエンリが擦り寄って来た。
「も、モモンガさん…!わ、私も!」
「え、エンリ!?」
「ふーーーーーん………ま、その度胸は認めてもいいよー……でもぉ…モモちゃんのを授かるのは私だからねぇーー?」
「く、クレマンティーヌ!?」
「の、望む所です!!」
「キャハハハ……上等だよ」
「あれ!?何か無視して話が進んでる!?」
すると2人は協力してモモンガを寝室まで引っ張った。彼の制止も無視し、そのまま彼をベッドの上へ無理やり倒すと、2人は徐に服を脱ぎ始めた。
「モ〜モちゃ〜ん…♡♡♡」
「も、モモンガさん…♡♡♡」
この上無いくらい魅力的な2人の女性が迫って来る。もう逃げ道は無いし、そもそもモモンガは逃げるつもりは無い。
色んな意味を含め…既に覚悟を決めていた。
ーーーーーーー
翌日の夜。
今回受ける依頼の詳細な打ち合わせと合同となるチームの顔合わせの為、モモンガは組合の会議室にいた。少し早めに来ていた為、部屋にいるのはモモンガだけだが、そろそろ残り2チームも来る予定だ。
(昨晩は驚いたな。まさか2人が…おっと)
丁度部屋をノックする音が聞こえた。
初めての共同作業(笑)はどんな人達かな。
モモンガは内心ワクワクとドキドキで一杯だった。
「失礼します。今回はよろし…あ」
「お、丁度良かったな。邪魔す…あ」
「此方こそ、どうぞよろし…あ」
入って来た2つチームは鉄級のブリタ、クラルグラのイグヴァルジのチームだった。
そして、組合の息の掛かったチームと言うのが…
(テメェの化けの皮…剥がしてやるぜ…!)
クラルグラのイグヴァルジである。
何はともあれ今回は協力して依頼にあたる仲間になる。3チーム(モモンガは個人だが)はある程度打ち合わせをした後、例の傭兵団…『死を撒く剣団』が根城にしている洞窟へと向かった。
前回アンケートは本日で終了
ご協力ありがとうございました
…皆様方の意思を尊重します