ナーベラルがちょっと勇気を出すだけ   作:モモナベ推進委員会

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4話

 夕暮れと呼ぶにはまだ少し早い時間、俺達は野営の準備を始めた。

 今は周辺を正方形になるように配置した棒と紐で鳴子を張っている。

 これが存外に楽しい。リアルで噂に聞く『キャンプ』みたいだ。

 

 

「はい、モモンさん」

 

「ああ、ありがとう。ナーベの方は終わったのか?」

 

「はい。テントの設営は完了しました」

 

 

 3本目に取り掛かっていたところにナーベが枝を運んでくれる。

 随分仕事が早い。流石はプレアデスの一員、その気になれば作業の補助なんかはお手の物ということだろう。

 

 

「モモンさん、設営後は夕食になるようです。いかがいたしましょう」

 

 

「……しまった、考えてなかった」

 

 

 まずいな、ナザリック外の誰かとパーティを組んで活動することはないと思ってたから目撃者対策はしていなかった! 

 どうしたものか……? 

 

 

「一先ず、殺生した日は大人数で食事は控える宗教とでも言っておくか……。向こうでは特に問題はなかったか?」

 

「はい。煩わしい羽音が聞こえましたが、それ以上の問題は発生していません」

 

 

 ……うん、もうこれは治らないな! 

 仕方ない、俺が人間であることを踏まえて過度な暴言は控えてくれているんだ。

 心遣いとしてはそれだけでも十分だ、良しとしようそうしよう。

 

 

「この後は集まるだろうから、適当なところで切り上げる。そしたらまた話そう」

 

「かしこまりました」

 

 

 さて、うまく切り抜けられるだろうか……

 

 

 

 

 

 

「モモンさん、ご苦労様っす」

 

「いえ、いえ」

 

 

 ルクルットは穴を掘りながらこちらに挨拶する。

 今は地面に穴を作り、竈になるものを作っているようだ。

 

 その周囲ではニニャが、周囲を歩きながら<警報>という魔法による探知を行っている。

 タイミングや効果範囲などの兼ね合いから有効に働くことはあまりないらしいが、行うに越したことはないらしい。

 

 

「……見てて面白いですか?」

 

「ニニャさんの魔法には非常に関心があります。大変興味深いです」

 

 

 周辺の警戒をしている姿を見ていたからだろうか、苦笑いを浮かべたニニャがこちらに声を掛ける。

 

 そう、この<警戒>という魔法はユグドラシルには存在しない。

 個人的な知識欲もあるし、是非ともご教授願いたい。

 

 

「いやいや、私ではナーベさんに大きく劣りますよ?」

 

 

「ナーベでは使えない魔法なんですよ。……ナーベ、そんな顔をするな」

 

 

「……すみません」

 

 

 途中まで口にしてナーベがむくれっ面で俺とニニャを見ているのを確認し即座にフォローを入れる。

 かわいい。……じゃない、ユグドラシルとこの世界の魔法体系が若干違うことに興味を抱いただけで他意はない。

 

 

「魔法ってのは昨日今日で使えるもんでもないらしいぜ? 世界の接続とか潜在的な才能とか、なんか小難しいことできねぇといけないらしいし。後は地道に生涯かけて習得するかだっけか」

 

 

 どっちにしろ俺にゃ無理だねー、と地面を掘り終えたルクルットがこちらに歩きながら語る。

 聞く話によれば、帝国では大規模な魔法学院なるものもあるらしい。

 

 

「入学、というのは難しいでしょうか」

 

「帝国の臣民、かつ子供向けですし、コネでもないと厳しいかと」

 

 

 むむむ、未知の魔法習得の為にと思ったが、そう上手くはいかないらしい。

 

 その後帝国や既存の魔法についていくつか質問をしていると、竈の様子を見ていたルクルットがこちらに声を掛ける。

 

 

「盛り上がってるとこ悪いな、そろそろ飯の準備が整うぜ。向こうのやつら呼んできてくれるか?」

 

「ん、了解しました。ナーベ、行こう」

 

「分かりました」

 

 

 気づかないうちに随分話し込んでいたらしい。

 急ぎ呼びに行かねば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の食事の場は恙なく進んでいた。

 食事を取れないと言ったときは少々緊張したが、宗教に理解のある人達でよかった。

 

 今は食事の雑談の最中、『漆黒の剣』の由来を聞いている所だ。

 

 

「───じゃあ、漆黒の剣はもう全員分行きわたらねぇってことだな。……まぁ、しょうがねぇか」

 

「いっそ、俺達が見つけるまで隠れていて欲しいね」

 

「ちゃんと日記に書いとけよニニャ。忘れないようにな」

 

「うむ、形に残るというのは良い事である!」

 

 

 彼らもまた、冒険の内に絆を紡いだパーティなのだろう。

 共に未来を語り、歩んでいく姿は、今の俺には酷く羨ましい。

 ちらりとナーベラルを見ると、心配そうに俺を見ている。

 

 

「皆さん、仲がいいのですね。冒険者の皆さんは仲がいいのが普通なのですか?」

 

「多分そうですよ。命を預けているわけですからね。一緒に仕事をしている内に、気づけば仲良くなってるんですよ」

 

 

 暗にこのパーティが特別仲がいいのかを確かめるような俺の質問に、ペテルは明るく、それでいて誇らしげに答える。

 

 

「それに、チームとしての目標がありますからね。それも結束力を高めているんじゃないでしょうか」

 

 

 四人が揃って頷く。

 

 

「……そうですね。皆の意志が一つの方向を向いていると、違いますよね」

 

 

 目標、か。

 アインズ・ウール・ゴウンの目標はなんだったかな。

 

 

 

 立ち上げ当初は確か、PKした奴をPKKする為だったはず。

 異形種だという理由で攻撃されるのに納得がいかないという、カルマ値とは真逆の義憤に駆られた行いが行動指針だった。

 

 その後は何だったかな、大侵攻を経て悪のギルドの名を欲しいがままにして……

 

 

 

 その後からだったかな。

 

 少しずつ、メンバーが離れていったのは。

 

 

「モモンさんも、昔はチームを?」

 

 

 ンフィーレアの問いに、思わず言葉に詰まる。

 そうだな、既に()()()だな……

 

 夜空を見上げ、思いを馳せる。

 

 

「かつて私が弱かった頃、窮地を救ってくれた人がいたんです。剣と盾を持った純白の騎士でしてね、『義を見てせざるは勇無きなり』を体現したような方でしたよ」

 

「『義を見てせざるは勇無きなり』……。素晴らしい言葉ですね」

 

「その後、合わせて9人の同志が集まり、そこからチームが形成されました」

 

 

 隣に座るナーベは目を輝かせて俺の話を聞いてくれる。

 そうか、ギルド結成当時の話なんてNPCにしたことなかったな。

 NPCからすれば、さしずめ建国秘話のようなものだろうか。

 

 

 そう言うことならばやぶさかではない。

 今でも鮮明に思い出せる。

 胸の中で輝く、大切な思い出達。

 

 

「本当に素晴らしい仲間達でした。聖騎士、刀使い、神官、暗さ……盗賊、二刀忍……二刀盗賊、妖術師、料理人、鍛冶師」

 

「最高の友人達でした。数多の冒険を超えたあの日々は、決して忘れられません」

 

 

 俺が『友達』を知ることが出来たゲーム、ユグドラシル。

 そんな世界で生まれた絆の結晶、それこそがアインズ・ウール・ゴウンだ。

 

 

 

 だからこそ、俺は、俺の全てを捨ててでも。

 

 あの場所を護るんだ。

 

 

「いつの日か、またその方々に匹敵する仲間ができますよ」

 

 

 ニニャはきっと、俺に何かがあったのを察し、慰めてくれたのだろう。

 

 けれど、その言葉を受け入れるには、あまりにあの冒険の日々は輝かしすぎた。

 

 

「……そんな日は、来ませんよ」

 

 

 自分でも分かる程に、弱々しい声だった。

 

 ああ、いけないな、こんな調子では。

 場の空気を悪くしてしまった。

 

 

「失礼。……私はあちらの方で食べてきます。ナーベ、来てくれるか」

 

「はっ、はい。ご一緒します」

 

「ありがとう。……今夜の見張りは我々で行います。皆さんはお休みください。それでは」

 

 

 おかしいな、歩いているときや戦っているときは何も思わなかったのに。

 

 

 今は妙に、鎧が重く感じるんだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 モモンガ様は倒れた木の幹に腰かけ、酷く気落ちしている様子だった。

 今すぐにでもあの下等生物(ウジ虫)どもを殴殺してやりたい所ではあったが、今のモモンガ様を放って何処かへ行くということは、私にはできない。

 

 

「ははは……滑稽だよな、俺は。皆にだって、生きるべき人生があって、それを優先していただけなのにな……」

 

 

 『リアル』の話だろうか。

 その世界では、至高の御方々はか弱く、今日を生きるのも精一杯の過酷な環境であったと聞く。

 

 兜をつけたままの為、その表情は窺い知れない。

 私にできることは、傍に控えることだけだ。

 

 

「……なぁ、ナーベ。ちょっとだけ、弱音を吐いてもいいかな……」

 

「もちろんです。……どうか、お聞かせください」

 

 

 私がその苦悩のほんの欠片でも背負うことで、モモンガ様の御心が楽になれるなら。

 従者として、これ以上に誇らしいことがあるだろうか。

 

 

「ありがとう……。なぁ、ナーベ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

寂しいんだ……っ!

 

 

「寂しいんだよ……!!ナザリックがあって、皆が作ったものがあって、皆の子供達がいて……!!」

 

「全てが終わる前、他のギルドには、本当に全部消えて無くなってしまったところだってあった……」

 

「俺は恵まれているはずなんだっ! 彼らに比べれば、ずっとずっと!」

 

「なのにっ、なのに……! 胸の中が冷たくてっ、どうしようもなく悲しいんだ……」

 

「彼らが羨ましかった……っ!」

 

「友達が傍にいて、一緒に冒険しているのがどうしようもなく羨ましかったよ……っ!」

 

「ごめんなぁ、ナーベラル……! 俺は本当に最低だ……!」

 

「みんなと一緒に終わりを迎えたかった.......!!」

 

 

 

 

 慟哭するモモンガ様に、私の感情が大きく揺れる。

 

 脚に力が入らず、膝をついてしまう。

 

 

 

 ───悔しい。

 

 私では、この寂寥を癒すことはできない。

 

 

「……なんだよ、ナーベラル」

 

 

 ───悲しい。

 

 モモンガ様を置いて行かれてしまった、至高の御方々はもう戻らない。

 

 

「なんでだよ、なんでお前が泣くんだよ……」

 

 

 ───苦しい。

 

 今のモモンガ様の心境、私が察するというには余りある。

 

 

 

 とめどなく溢れる涙を、止める術が分からない。

 必死に眼を覆っても、擦っても止まりはしない。

 

 

 ……もし、もしも。

 プレアデスの皆が、ナザリックの皆様が何も言わず私を置いていってしまったら。

 家とも呼べるナザリックだけを残し、一人ぼっちになってしまったら。

 

 それは『孤高』などではなく、『孤独』だ。

 

 私の恐怖や悲哀とはきっと、比較にならない程の悲しさを、モモンガ様は背負っている。

 

 

「泣けないっ、モモンガ様に代わって、泣いているのです……ッ」

 

「……ッ。ああ、ありがとう……! ありがとうな、ナーベラル……!」

 

 

 モモンガ様は震える声で私に感謝を告げる。

 

 私には、何もできない。

 

 否、私だけではない。

 きっとナザリックにいる者は誰であっても。

 その寂しさを埋めることはおろか、誤魔化すことすらできはしない。

 

 無力だ。

 私達はどうしようもなく、無力だ。

 

 

「ナーベ、ありがとう。……俺の為に泣いてくれて、ありがとう。お陰でまだ頑張れそうだ」

 

「ぐすっ、苦しい時、寂しいと思ったときはいつでも仰ってください。私は、私は……」

 

「ごめんな、皆がいなくて寂しいのはお前達も同じだっていうのに……」

 

 

 そう言うと何かを閃いたのか、モモンガ様は私に隣に座るように促す。

 あまりに恐れ多い為辞退しようとしたのだが……

 

 

「まぁ、そう言わないでくれ。一人で座るには、些か広い」

 

 

 至高の御方の願いを叶える、それこそが我々の至上命題。

 

 

(かつての私なら、そこで考えをやめていたでしょうね)

 

 

 ───モモンガ様が寂しそうだったから。

 

 言葉にこそしないが、私が行動するのは畏れだけではないという自覚はある。

 

 

 

 そっと、隣に腰かける。

 

 こうして見ると、モモンガ様の背丈はとても高い。

 思わず見上げてしまう程に高い。

 

 

「……うん、そうだな、折角の機会だ。二式炎雷さんの話でもしようか」

 

「ほっ、本当ですかっ!! 是非っ! 何卒お聞かせください!」

 

「ああいいぞ! ……よし、実はナザリック大墳墓の第一発見者が二式炎雷さんだって知ってたか?」

 

「いっ、いいえ!」

 

「そうだろうそうだろう。ある時、二式炎雷さんが未探索のダンジョンを発見したという報告があってだな……」

 

 

 

 

 

 

 

「えっ、世界征服が目的じゃないのですか!?」

 

「いやいやいや!! ギルドの名前を広めるという目的であって……」

 

 

 

 

 

 

「伝言の魔法が切れる程興奮されるのはちょっと、えぇ……」

 

「アルベド……お前……。定時連絡、大丈夫そうか?」

 

「……正直な所ですが、隠しきれるかどうかは……」

 

 

 

 

 

「……ブループラネットさんはさ、この星空を再現しようとしたんだってさ」

 

「そうだったのですね。……それほどまでにリアルというのは……」

 

「星空どころか、まともな自然すら残っていなかった。だからこそ、この世界に来た時はビックリしたさ」

 

 

 モモンガ様とのお話は、朝日が昇るまで続いた。

 

 それは何事にも代え難い至福の時間であり、きっとナザリックの誰も賜れない栄誉なのだろう。

 

 

 

 しかし、何より。

 

 誰よりもモモンガ様の御心に寄り添える私は、幸福だ。

 

 


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