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置換基の意味で radical(ラジカル)を使うのはやめよう

(最終チェック・修正日 2020年10月24日)

新しい研究成果を基にして学術用語の定義が変わることがある。

最近で有名なのは、天文学で惑星(planet)の定義が改訂されたことだろうか。
新定義のために冥王星が太陽系第9惑星の地位から格下げとなり、準惑星(dwarf planet)に再分類された。
冥王星に小惑星番号が付けられたことも含めて、次のリンクから、国立天文台のニュースを参考にしてほしい。
www.nao.ac.jp/nao_topics/data/000241.html

同じつづりの用語のまま、新しい意味に変わることもある。

化学では radical が有名ではないかと思う。
最初は、分子の部分構造、基、置換基 の意味で使っていた。
その後、不対電子を有する化学種(ラジカル)を指すようになった。

観察された最初のラジカルであるトリフェニルメチルラジカルが報告されてから100年以上経過しているが、今でも「基(group)、置換基(substituent)」の意味で radical と書いている英語特許がたくさんある。

そして、化合物の構造から メチル基(methyl group)なのに、原文が methyl radical だと、そのまま和訳して「メチルラジカル」としている特許が多い。

原文英語の methyl radical には、まだ古い意味の methyl group が含まれていると考えることも可能だが、今の日本語の「メチルラジカル」は、「メチル基」ではない。

化学者の私が特許翻訳をするときは、原文に methyl radical と書いてあっても、化合物の構造を確認して、メチル基とメチルラジカルを使い分けている。

そしてチェッカーのときには、メチル基の意味なのにメチルラジカルと書いてあったら、誤訳として扱い、必ず修正することにしている。

最近担当した案件で、CATツールの翻訳メモリにも用語集にも、置換基の意味なのにラジカルとして登録されているものがあった。
私は過去訳に従わずに、正しく「〇〇基」として納品したのだが、クライアントから「〇〇ラジカル」に修正を求められた。

しかし、化学者としては納得できないので、「〇〇ラジカルは間違いだ」という根拠を添えて、「〇〇基」にしたいという意見を送った。

週末の今日までに返答がなかったので、来週に解決することになるだろうか。
クライアントは海外だから、日本時間の土曜早朝に返事が来るかもしれない。

これまでずっと「〇〇ラジカル」と和訳して、日本の特許庁に提出しているので、今さら変えられないのだろうか。

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【追記(10月24日):
結局、「原文が group ならば基、radical ならばラジカルに統一する」そうだ。

radical が置換基の意味だとは理解しているとのことだが、翻訳者の化学専門知識のレベルが一定ではないためか、原文ママでラジカルにして、国内移行のときに補正で対応する方針のようだ。

これは、トラックバックした記事に書いたように、chloride を「塩化物」なのか「塩化物イオン」なのか翻訳者に判断させずに、「クロリド」または「クロライド」と和訳することと類似の対応だろう。】
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まあ、専門家が見れば、「原文の methyl radical をそのまま和訳したのだな。これは化合物の構造からメチル基と読み換えよう」となるだろうから、特許ならば問題ないということかもしれない。

ただ、今の大学院生が、radical には置換基の意味もあったことを知っているだろうか。
同じ化学者でも年齢や出身大学によって、radical に対する理解度は異なるおそれがある。

今回の件でも実感したが、知財立国を目指すのであれば、専門知識を持つ研究者が特許翻訳にもっと参入すべきではないかと思う。

翻訳メモリに誤訳や古い用語が混ざっていても、専門家が修正しない限り、そのままずっと使われてしまう。
そして学術論文では使わない古い意味なのに、特許では延々と残り続けることになるのではないか。

出願人に対して、置換基の意味のときは radical ではなく group にしてほしいと言いたいところだが、現状では、和訳をする特許翻訳者が化学の知識を持つしかないのだろうか。

大学進学を希望する日本の高校生は、2年生になる前に理系・文系を選択することが多い。そして文系クラスの生徒は、センター試験で理科が必要でも、面倒な化学を希望することは少ない。理系の生徒でさえ、化合物名を暗記するのが嫌だし、濃度などの計算問題が面倒だと感じている。そして、外国語系の学科に進学した文系人材が、化学を学ぶ機会は少ない。一般教養として環境問題や食品化学を学ぶときに触れるかもしれないが、化合物...
陰イオンの名称も面倒だ chloride(塩化物イオン)

テーマ : 英語
ジャンル : 学問・文化・芸術

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MarburgChemie

Author:MarburgChemie
製薬メーカー子会社の解散後、民間企業研究所で派遣社員として勤務していましたが、化学と語学の両方の能力を活かすために専業翻訳者となりました。

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