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苦境に立つ40代、暮らし向き改善の30代。格差はなぜ広がったか?

働く40代イメージカット

雇用者1人あたりの実質賃金は4.6%減少している。世帯でみた暮らし向きはどう変化しているかを調査した。

撮影:今村拓馬

2012年12月から2019年9月まで、7年9カ月の長期にわたった第2次安倍政権。その間の家計の暮らし向きについては、良くなった、悪くなったという見方の両方がある。

国全体の給与所得者に支払われた給与総額は、物価上昇分を差し引いた実質で2012年から2019年までの7年間で7.8%増加した。ただし、この間、雇用者数は499万人増加しているため、雇用者1人あたりの実質賃金は4.6%減少している

それでは、世帯でみた暮らし向きはどう変化しているのだろう。大和総研では、①20〜24歳単身男性、②20〜24歳単身女性、③30〜34歳4人世帯、④40〜44歳4人世帯、⑤50〜54歳4人世帯の5つのモデル世帯を設定し、安倍政権の7年間での暮らし向きの変化を推計した(大和総研レポート、2020年10月2日)。

すると、年代によって、暮らし向きの改善には差があることが浮き彫りになった。

子育て支援策の後押しや、正社員が増えて暮らし向きが改善した30代に対し、所得が伸び悩んだのが40代で、これは昨今の新型コロナによる苦境に立たされた世代でもある。

消費増税を実施しながらも家計の暮らし向きは悪化せず

第2次安倍政権発足時点の2012年に家計が使えるお金(実質可処分所得)を100として、その後の推移をみたものが次の図表1だ。

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図表1 「モデル世帯別の実質可処分所得の推移」

全体として、2012年から2014年にかけては世帯年収の増加が消費税率引上げなどによる負担の増加に追いつかず暮らし向きは悪化していった。しかし、2014年から2018年にかけては負担増を上回るペースで世帯年収が増加することにより、暮らし向きは改善していた。

2018年から2019年にかけては、消費税率が8%から10%に引き上げられたこともあり、多くの世帯の暮らし向きは悪化しているが、それでも5つのモデル世帯のうち3つでは、2019年時点の家計が使えるお金の水準が2012年時点を明確に上回り、残る2つのモデル世帯でも2012年比の減少率は1%にも満たなかった。

新型コロナウイルスの感染拡大前の2019年までの話ということにはなるが、第2次安倍政権は家計の暮らし向きを悪化させることなく、2度の消費税率引き上げを実施し、財政再建に配慮した政策運営を行ってきたものといえるだろう。

最も暮らし向きが改善したのは30〜34歳

30代家族4人世代イメージカット

"30〜34歳4人世帯"が5つのモデル世帯の中で最も暮らし向きが改善したといえる。

Getty Images /iStock

5つのモデル世帯の中で比べると、7年間で最も暮らし向きが改善したのは③30〜34歳4人世帯だ。この年代では男性の賃金が伸び、かつ女性の正規雇用での就業率も大きく上昇した。

女性の就業率はどの年代でも軒並み上昇しているが、より若い年代ほど正規雇用での就業率が伸びている。これは、新卒採用で正規雇用の職に就ける女性の割合が上昇してきたことと、一度正規の職に就いた者が結婚・出産を経ても正規雇用のまま継続して就業できるようになってきたことが要因として考えられる。

2014年4月から育児休業給付金の支給率(休業前賃金に対する比率)が、当初180日について50%から67%に引き上げられたことや、2012年度から2019年度にかけて保育所等の定員が約65万人拡大されたことなどが、女性の就業継続に結びついているのだろう。

2019年10月からは、これに加えて幼児教育無償化が実施され、3歳以上の子どもの幼稚園や保育所の保育料が原則無償となった。

現在の30〜34歳は、子どもを持っても女性が継続就業することで所得を拡大させることができ、さらに子育て費用の軽減も受けるという政策の恩恵をこうむりやすかった世代だと言えるだろう。

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40〜44歳の実質可処分所得は伸び悩む

非正規雇用40代イメージカット

"40歳〜44歳4人世帯"の実質可処分所得は2.0%の微増にとどまった。現に40〜44歳の女性は正規雇用と非正規雇用がほぼ半々である。

Gettyimages

これとは対照的に、④40歳〜44歳4人世帯の実質可処分所得は伸び悩む

2012年から2019年にかけて、20代・30代・50代の男性の平均年収は4.3%〜9.2%増加している一方で、40〜44歳では2.0%の微増にとどまる

女性の就業率の上昇が家計を下支えしているものの、30〜34歳では7年間の就業率の増加分の8割以上が正規雇用であるのに対し、40〜44歳は正規雇用と非正規雇用がほぼ半々だ。

もともと正規雇用で働いている女性が結婚や出産を経ても正規雇用のまま働き続けることは一般的になってきたが、結婚や出産を機に退職した人や一度も正規雇用に就いたことがない人が正規雇用の職を得るのは容易ではない状況が続いているものと考えられる。

加えて、2019年10月から施行された幼児教育の無償化も、この時点ですでに末子が小学校に入学している世帯には恩恵が及ばない。これらの結果として、家計の実質可処分所得は、7年間で③30〜34歳4人世帯では4.7%増加したのに対し、④40〜44歳4人世帯では0.7%の減少と、大きな差が開いてしまった。

コロナ禍の雇用でも40代が苦境に立っている可能性

小学生の子供イメージカット

コロナ禍の中、4〜6月期に離職者が急増。その中で多くの割合を占めたのが小中学生の子を持つ女性(妻)であった。

撮影:今村拓馬

2020年に入ってからはコロナ禍の中4〜6月期に離職者が急増したが、その中で多くの割合を占めたのが小中学生の子を持つ女性(妻)であった。未就学児の子を持つ女性(妻)の離職もいくらかあったが、こちらは際立った水準にはならなかった。

この違いは、より若い世代(子の年齢が低い=親の年齢も若い)ほど女性の正規雇用での就業率が高いため、休校や登園自粛の要請という困難な状況の中でも、有給休暇や在宅勤務などを組み合わせることで雇用を維持することができた人の割合が高かったこととが要因として推察される。

今後、小中学校を含め社会経済活動が再開していく中、一度離職した人も徐々に再就職を希望していくだろう。だが、女性がサービス業に従事する割合が相対的に高いことに鑑みると、労働市場の需給のミスマッチにより、コロナ禍で一度離職した女性の再就職が困難となる可能性が考えられる。

小中学生の子を持つ親は40代が中心だが、これは2019年までの7年間で相対的に実質可処分所得が伸び悩んだ年代と重なる。コロナ禍で離職した女性の再就職が遅れると40代の実質可処分所得が大きく落ち込み、他の年代との差がさらに開く可能性が懸念される。

緊急事態宣言期間中やその直後は、1人あたり10万円(4人世帯なら40万円)の特別定額給付金が家計の実質可処分所得を下支えしてきたが、厳しい財政状況の下、いつまでも一律の家計支援を続けていくことはできない。

菅政権には、労働市場のミスマッチの解消や休業・失業中の家計への給付を通じて、実質可処分所得の落ち込みが厳しい世帯の家計を支援することが求められるだろう。

(文・是枝俊悟


是枝俊悟:大和総研研究員。1985年生まれ、2008年に早稲田大学政治経済学部卒、大和総研入社。証券税制を中心とした金融制度や税財政の調査・分析を担当。Business Insider Japanでは、ミレニアル世代を中心とした男女の働き方や子育てへの関わり方についてレポートする。主な著書に『NISA、DCから一括贈与まで 税制優遇商品の選び方・すすめ方』『「逃げ恥」にみる結婚の経済学』(共著)など。

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