第150話 ルシウス=オルグィーユ
リオがパラディア王国の王都にたどり着いた翌日の夕方前。まだ太陽が空に昇っている頃のことだ。王都から見て西部に位置するとある村の広場に、村人達が集められていた。
村人達の顔色は優れない。その原因は彼らを囲む武装した十数名の男達にある。武装した男達はその大半が騎士服を着ており、剣呑な雰囲気を放っていた。
そんな中で――、
「なあ村長、本当にドレスを着た少女に心当たりはないんだな?」
嗜虐的な笑みを浮かべた壮年の男――ルシウスが、中年の男性に漆黒の剣を突きつけて尋ねる。ルシウスはお揃いの騎士服を着た他の男達とは異なり、独自の戦闘服を着ていた。騎士服のように上等な服ではあるが、その装備は軍人というよりどこか冒険者や傭兵に近い。
「は、はい! 知りませぬ。そもそもこの一週間の間に外部から村を訪れた者がおりませんので!」
村長と思しき男性は訴えるように、必死に答えた。
「嘘をつくと村のためにはならないぞ?」
ルシウスは人が悪い笑みを浮かべて、これ見よがしに周囲の村人達を見回す。すると、村長は顔色を真っ青にして――、
「う、嘘をつくなど、とんでもないです! 本当に知らないんです! し、信じてください、何でもしますので、どうか穏便に!」
と、拝むように懇願した。
「……そうか。まあ、知らないのならしょうがない。冴えないおっさんをいじめても面白くはないしな」
ルシウスは小さく息をつくと、やれやれとかぶりを振って剣を引いた。
「おお、それでは……」
村長の顔に希望の光が灯るが――、
「今夜はこの村に滞在させてもらう。ああ、一応、村の捜索をさせてもらうぞ」
ルシウスがそう告げると、村長の顔は微妙に引きつった。心情的には一難去ってまた一難といったところか。だが――、
「は、はい。それで疑いが晴れるのなら、喜んで。お気のすむまでご探索ください」
村長はあくまでも事態を前向きに受け止め、捜索を受け入れる意思を表明した。
「……殿下、どうやらこの村も外れみたいです」
ルシウスは面倒くさそうに溜息をつくと、背後に控えていたパラディア王国の第一王子デュランに語りかける。すると――、
「おい、ルシウス。本当にこんな田舎にいるのであろうな?」
デュランは眉を顰めて問いかけた。
「もちろん。私は殿下との悪巧みで嘘はつかない主義ですよ? 森の近隣で探索していない村がまだいくつかあります。明日には見つかることでしょう」
と、ルシウスは平時よりも慇懃な口調で答える。
「なら、よいがな……」
デュランは憮然と息をついた。
「……やれやれ、気の短い第一王子はご不満だ」
ルシウスは小さく肩をすくめ、ぼそりと呟くと――、
「というわけだ。見張りを何人か残して、お前達は村の中を捜索してこい。……それと、おい、村長。殿下がお泊りになる施設を用意しろ」
周囲に控えていた騎士達に捜索を命じ、村長に滞在用の施設を用意するよう指示を出した。
◇ ◇ ◇
その後、時刻は夕方。すっかり日が暮れてきて、空もだいぶ薄暗くなってきている。そんな中、ルシウスは一人で村を抜けだしていた。村周辺に広がる農地を出て、街道外れの荒野に躍り出る。すると――、
「こんな時間にどこへ行こうというのですか?」
どこからともなく接近してきて、ルシウスに声をかける男――レイスが現れる。
「てめえの気配がしたから、来てやったんだろうが。ルビア王国に用があるんじゃなかったのか? どうしてここにいやがる?」
持って回った会話が面倒くさいのか、ルシウスは単刀直入に用件を訊いた。
「いえね。実はルビア王国でシルヴィ王女と会った後から、ずっとつけられていまして」
レイスは嘆かわしそうに答える。すると――、
「……つけさせているの間違いだろう?」
ルシウスはニヤリと笑みを刻んだ。
「ええ、そうとも言います。ですが、相手が問題でして。下手をすると私一人の手には余りそうなので、万全を期して貴方のお力をお借りできないかと」
「お前の手に余る? 俺を探していたとかいう、例の野郎か?」
「いえ、別人です。おそらくは勇者の一人ではないかと。貴方、ちょうど勇者と戦いたがっていたでしょう?」
レイスはそう訊いて、フフッと微笑する。
「……勇者? 面白いな。だが、時間はとれねえぞ? 王子のお守り……案内役があるからな」
ルシウスは好戦的な顔つきを浮かべた。
「構いません。すぐに終わらせましょう。相手は私を視認できる範囲で、付かず離れずの距離を保っています。作戦は……」
レイスが思案顔を浮かべ、作戦を語ろうとすると――、
「その推定勇者はルビア王国の王女が雇ったのか?」
ルシウスが尋ねた。
「いえ、
レイスはかぶりを振って答える。
「はっ、随分と向こう見ずで自信家な奴だな。そういう手合いなら、こちらから堂々と接近してみるか」
ルシウスは愉快そうに笑うと、そう提案した。すると、レイスはフッと口許をほころばせて――、
「仰せのままに」
と、恭しく頷いた。
◇ ◇ ◇
数カ月以上も前。
そして、異世界に召喚されてからほんの短い間、蓮司は森の近くにあった村で暮らすことになる。たまたま森の中で獣に襲われていた村の少女を助けてやったところ、その流れで必要な常識を身に着けるために村に住まわせてもらうことになったのだ。
だが、代わり映えのしない村での生活は蓮司にとって面白いものではなかった。加えて、蓮司の小柄な日本人の体形と髪の色はどうにもトラブルを巻き込みやすく、村の男達からちょっかいを出されることもしばしば。そういった手合いを例外なく黙らせて、平凡な日々を過ごしているうちに、蓮司は冒険者の存在を知る。
力を最も評価され、一獲千金の収入が入り、自由にその日暮らしを享受できる。それは蓮司の性に合っているように思えた。
だが、唯一の心残りは村で一緒に暮らしている少女のことである。少女は村人達から慕われており、村で一番の器量と評判だが、数年前に家族を病気で失い、以降は蓮司が現れるまで一人で暮らしていた孤独な子だった。蓮司はそんな彼女との暮らしだけは、退屈な村の中でも悪くないと心のどこかで思っていたのだ。
そうして、いつまで村にいるのか、冒険者を目指して村を出ていくべきなのか、蓮司は悩むことになる。村にトラブルが舞い込んできたのは、そんな時のことだった。
視察のため村へやってきた代官の目に、日本人である蓮司の姿が止まる。居丈高に語りかけてきた代官に対し、蓮司はへりくだる姿勢も見せずに粗野な言葉遣いで応じた。
すると、案の定、代官は蓮司に嫌悪感を示し、謝罪と態度の改善と要求した。だが、蓮司は取り合うことはせず、歯に衣着せぬ物言いで生まれだけで威張っていると代官を侮辱する。
そうして蓮司と代官一行の間に剣呑な空気が漂ったところで、蓮司と一緒に暮らしていた少女が謝罪をするべく慌てて介入して――。
(俺としたことが、つまらないことを思いだしたな)
現在地はパラディア王国の西部、ルビア王国との国境に近いとある村からほど離れた丘陵地帯である。蓮司は遠くにたたずんで会話をしているレイスをぼんやりと見据えながら、ふと思い出した過去に小さく舌打ちをした。
今の蓮司は冒険者である。束縛を嫌い、力を振るって、収入を得て、自由にその日暮らしを謳歌する無頼。
勇者としての力を秘めた蓮司は瞬く間に冒険者として頭角を現し、ルビア王国内では良くも悪くも少し名の知れた冒険者となっていた。
今、蓮司がレイスを追っているのは、他ならぬシルヴィ=ルビア第一王女の異変を察知したからだ。世間知らずで怖いもの知らずな蓮司の気質がシルヴィの肌に合ったのか、蓮司はとある依頼がきっかけでシルヴィとちょっとした親しい仲になっていたりする。
そんな蓮司は数日前、依頼で訪れていたとある都市でシルヴィと再会した。人の機微には疎い蓮司だが、その時のシルヴィの顔色はひどく悪く、焦っているように見えた。どうしたのかと尋ねても何もないと答えるだけ。
面倒事に首を突っ込むのは蓮司の性分ではない――と、少なくとも本人はそう思っている――が、蓮司は無性にシルヴィのことが気になり、彼女の動向をこっそり探ることにしてみた。そして、レイスと密会したシルヴィの悩みの一端を知ることになる。
気がつけば密会は終わっていて、蓮司はレイスの後を追いかけていた。驚くことにレイスは空を飛んでいたが、蓮司の肉体と身体能力も並ではない。幸運なことにレイスは小まめに休憩を取っていたので、尾行するのはさほど難しくはなかった。
(もう日も暮れて暗くなるが……何を話しているんだ? 話している相手の男も奴の仲間か? だとしたら、もしかしてこの近くに……)
蓮司は神装の力により身体強化を施し、大幅に底上げされた視力で遠くにたたずむレイスと相手の男――ルシウスを睨む。
(あの二人の他には誰もいない。これは好機と考えるべきか?)
問答無用に奇襲をして制圧し、奴ら自身の身柄を逆に人質としてしまえばいいのではないか?――と、そんな考えが蓮司の頭をもたげる。すると――、
(っ!? 動きだした!)
レイスがルシウスと一緒におもむろに歩きだした。日常会話でも繰り広げるように談笑して、蓮司が潜む位置に近づいてきている。
(……こっちに向かっている。たまたまか?)
互いの距離は目算で数百メートルはある。
(大丈夫。気づかれていないはずだ。むしろ下手に動いて逃げれば気づかれる恐れがある。ならば、こちらから仕掛けて機先を制するべき、か?)
蓮司は無駄に驚いたり怖がったりすることはせず、右手に神装――
すると、レイスとルシウスは数分ほどで蓮司のすぐ傍に近寄ってきた。既に辺りはだいぶ薄暗い。
(本命はシルヴィと話していた相手の男。なら、最初に狙うのはもう一人の男だ!)
岩陰にひっそりと隠れていた蓮司だったが、そう決めると、ルシウスめがけて左手で握ったダガーを勢いよく放った。狙うは胴体。当たり所が悪ければ致命傷になるだろうが、行動不能にするつもりで投げたのだから、最悪死んでも構わない。
ダガーは吸い込まれるように、ルシウスの胴体へと突き進み――、
「何っ!?」
次の瞬間、甲高い金属音が響き渡る。ルシウスが一瞬で抜いた黒い刀身の剣によって弾かれたのだ。蓮司は唖然と目を丸くする。
「ははは、会話すらせず、いきなり不意打ちか。思いきりは随分と良いようだ」
ルシウスは愉快そうに笑った。
「……お前達、何者だ?」
蓮司は平静を装い、質問を投げかける。
「おいおい、相手が誰かわからないのに攻撃したのか? チビのくせに、だいぶ頭のぶっとんだガキだな」
ルシウスは目をみはり、嘲笑った。
次の瞬間、蓮司は眉をひそめ、懐から新たなダガーを取りだし、ルシウスめがけて放り投げる。だが、キンと甲高い金属音が鳴り響き、ダガーは弾かれてしまった。
「はっ、感情で行動する抑えのきかないガキかよ!」
ルシウスは冷ややかに笑うと、蓮司に向かって駆けだす。
「ふっ!」
蓮司は手にしたハルバードを構えると、応戦するべく振り払った。直後、甲高い金属音が響き渡る。
「ほう、身体強化は見事だな。流石は神装を手にした勇者といったところか」
「……っ!?」
ルシウスがハルバードに剣を押し付けながらニヤリと笑うと、蓮司が愕然と目を開く。
「図星か」
「……なんのことだ?」
「下手な演技は止めておけ」
白を切ろうとした蓮司だったが、ルシウスはつまらなさそうに告げて――、
「俺は楽しく戦えればそれでいいんだ。お前の力を見せてみろ。せいぜい楽しませろよ?」
と、嘲笑して、バックステップを踏んだ。
「ふん、ならばお前に力の差というものを教えてやろう」
蓮司は不愉快そうに鼻を鳴らすと、ルシウスに接近しながら豪快にハルバードを振り回し始めた。蓮司の身長を上回る巨大な槍斧が、乱雑無数の軌道を描きルシウスへと襲いかかる。だが――、
「おうおう、教えてくれや」
ルシウスは鮮やかな足さばきで攻撃を躱していく。蓮司のハルバードは地面だけをガリガリと削りとっていた。すると――、
「ちっ!」
と、蓮司は舌打ちをして、ハルバードをさらに高速に回転させて振り回し始める。しかし、それでもルシウスは全ての攻撃を余裕をもって回避していた。
「はっ、宝の持ち腐れだな。体捌きも足運びも強化された身体能力任せ。使い手の技量は随分とお粗末らしい!」
ルシウスは蓮司の攻撃を掻い潜ると、剣を鋭く横に薙いだ。
蓮司は咄嗟に柄で受け止めると――、
「なんだと?」
後退しつつ眉をひそめる。ルシウスの言葉に強くプライドを刺激されたようだ。蓮司はこの世界に来てから一度も戦闘で負けたことはない。我流とはいえ自在にハルバードを振り回せるようになり、舞うような鋭いコンビネーションで数多くの敵を屠ってきたのだ。だが――、
「お前、我流だろ。確かにその膂力で振るわれるハルバードは脅威だが、動きに癖と無駄が多すぎるんだよ。もう慣れたわ」
ルシウスは見飽きたと言わんばかりに語って、蓮司に向かい突っ込んでいく。すると――、
「ほざくなよ、雑魚が!」
蓮司は息一つ乱さず、ハルバードを振るう速度を上げた。
「ほう、まだ上がるのか」
ルシウスは感心して目をみはる。
「今まで相手にした雑魚どもには加減をしていても十分だったんでな」
蓮司はそう言って、嘲笑を刻んだ。だが――、
「そうかそうか。だが、動きが雑なことに違いはないぞ?」
「何、っ!?」
ルシウスは蓮司のわずかな隙を突いて懐に潜り込み、すれ違いざまに足払いをかけた。すると、蓮司は派手にすっころぶ。
「おい、レイス! 勇者ってのはこんなもんなのか?」
ルシウスは拍子抜けした様子で、距離を保って観戦していたレイスに声をかけた。
「いえいえ。そんなことはないはずですよ。彼が持っている神装も何らかの力を操るはずですが、どうも温存しているみたいですねえ」
レイスは小さく肩をすくめて答える。
「あん? おいおい、お前、この期に及んで温存とか。様子を見るのもいいが、実力差を感じ取ったら加減なんかするなよ。俺が殺す気だったらとっくに死んでいるぜ?」
ルシウスは小馬鹿にするように、ちょうど立ち上がった蓮司に語りかけた。
「…………できれば生け捕りにとも思っていたんだが、もういい」
蓮司が真顔でぼそりと呟く。直後、彼を起点に魔力を帯びた強力な冷気が周囲に漂い始めた。
「ほう……」
「どうやら彼の神装は冷気を操るようですね」
などと、ルシウスとレイスは小さく目をみはる。その次の瞬間、蓮司は急激に加速して走りだした。その速度は先ほどまでよりもさらに速い。
蓮司は一瞬でルシウスに接近すると、物凄い勢いでハルバードを振り下ろした。
「少しはマシになったな」
ルシウスは剣を構え、真っ向から蓮司の斬撃を受け止める。
「黙れ」
蓮司は不愉快そうにそう言って、とんでもない膂力でルシウスを押し飛ばす。
「ははは! まだまだこんなもんか、おい!?」
ルシウスは興が乗ってきたのか、愉快そうに蓮司を煽る。すると、蓮司はいっそう顔をしかめて、ルシウスに襲い掛かった。
小柄な蓮司が振るう巨大なハルバードには、少しでも受け方を間違えればルシウスの身体が吹き飛ぶほどの力が込められている。《
だが、ルシウスの剣にも古代魔道具級の身体強化魔術が込められているのか、蓮司の動きに対応し、攻撃を捌いている。
「はっ、スピードとパワーは認めてやるよ。その馬鹿みたいな魔力量もな、勇者君」
「…………」
ルシウスが挑発するが、蓮司は黙ってハルバードを振り回し続けている。その視線は油断なくルシウスの剣を見つめていた。
「……ふん」
ルシウスはスッと目を細めると、冷ややかに鼻を鳴らして蓮司の攻撃を受け流し続ける。それでも蓮司はハルバードをとんでもない速度で振り回し、攻撃を加えていく。
すると、ややあって、蓮司はいったん攻撃を止めると――、
「そろそろか」
ぼそりと呟いた。
「あん?」
と、ルシウスが首を傾げると――、
「その剣をよく見てみるんだな」
蓮司は鷹揚に告げた。ルシウスが嘆息して剣を見下ろすと、刀身がいつのまにか凍りつき始めていて――、
「グローブをしていて剣を握る感覚の変化に気づかなかったのか? これ以上、俺のコキュートスと打ち合えば、剣を握るその手が凍傷で使い物にならなくなるかもな。いや、その前にいつ刀身が折れてもおかしくないはずだ」
蓮司は勝ち誇ったように語りかけた。
「……コキュートス? お前のハルバードの名前か?」
ルシウスは訝しそうに尋ねる。
「そうだ」
「はーん、なるほどな。そいつは高く売れそうだ」
「無理だな。これは俺以外の誰も使うことはできない。俺専用の武器だ」
蓮司はにべもなくかぶりを振った。
「そうか、そいつは残念だ。まあ、無駄話は終わりにして、さっさと再開といくか」
ルシウスはおざなりに残念がると、刀身が凍りつきだしている剣を握り直す。
「……話を理解できなかったのか?」
蓮司は目を丸くして問いかけた。
「あ?」
「お前に勝ち目はもうないと言っているんだ。投降して情報を吐け。もっとも、用があるのはそっちにいる男だがな」
そう言って、蓮司がレイスを見やると――、
「おいおい、そいつは気が早すぎるだろ。こっちはまだ戦えるぜ?」
何を言っているんだと、ルシウスは呆れたように蓮司を見据えた。
「……何?」
「まあ、やってみりゃわかる。くだらねえ解説でいちいち腰を折りやがって、興がさめる野郎だな。行くぞ」
ルシウスは嘆息すると、急加速して蓮司に襲いかかる。
「ちっ、実力差も見抜けないバトルマニアめが!」
蓮司はくるくるとハルバードを振るって、ルシウスの剣撃を受け止めた。
「はいはい。頭の固いお子様だなと!」
と、ルシウスは面倒くさそうに軽口を叩きながら、蓮司と武器をぶつけ合う。そうしている間に、ルシウスの剣はどんどん凍りついていって――、
「終わりだ」
蓮司はわずかに距離を取ると、今度は急加速して、ルシウスの剣を折るべく最速の一撃を放った。一閃。蓮司はすれ違いざまに目にも止まらぬ力の斬撃をルシウスの剣にぶつけようとする。
直後――、
「ふっ」
蓮司は勝ち誇ったような笑みをたたえて――、
(少し力を込めすぎたか?)
やれやれと、軽く脱力する。武器同士が接触する直前の光景は確かに目撃した。だが、普段以上に力を解放して斬撃を放ったせいか、叩き切った感触がまったくしなかったのだ。
いや、叩き割るというよりは、文字通り切り裂いた。それほどに鋭い一撃だったのだろうと、蓮司が満足げに得心していると――、
「……?」
ドスリと、背中から腹部にかけて、何かが突き刺さったような感覚を覚えた。違和感を抱き、おもむろに腹部を見下ろすと――、
「……何、だと?」
自分の腹からルシウスの黒い剣が飛び出ているのが見えた。次の瞬間、背後から力強く剣が抜き放たれると、少し遅れて蓮司の服が血の色で染まっていく。
蓮司はハッとして背後を振り返った。すると、少し離れたところで、ルシウスが小馬鹿にしたような笑みを浮かべて立っていて――、
「馬鹿な?」
蓮司は愕然と目を見開いた。ルシウスの剣は折れるどころか、先ほどまでこびり付いていた氷までなくなっているのだ。
「ははは、少しはマシな面になった」
ルシウスが愉快そうに笑うと――、
「油断しないでください。勇者はその程度では戦闘不能になりませんよ。下手に覚醒されても面倒ですから、早く気絶させてください。おそらく傷も回復してしまうはずです」
レイスがすかさず注意を促す。
「わかっているよ」
ルシウスは頷くと、蓮司に急接近して――、
「がっ!?」
剣の柄頭で思いきり蓮司のあごを下から打ち払った。すると、蓮司の身体は軽々と浮かび上がり、少し遅れて地面に落下する。だが――、
「ぐっ……」
蓮司は意識を失わず、起き上がろうと地面を這いつくばった。
「呆れるほど丈夫な野郎だな。顎を砕くつもりでぶっ放したんだが、手足の一、二本、斬り飛ばしておくか?」
というルシウスの質問に――、
「いえ、運ぶのが面倒ですし、胴体にいくつか穴をあけておく程度で十分でしょう。失血過多になれば流石に気を失うかもしれません」
レイスはかぶりを振って、指示を出した。
「なるほどな」
ルシウスは何の躊躇もなく、蓮司の背中に剣を突きさす。突きさす。すると――、
「がっ!? あっ、がっ、や、めろ!」
蓮司は血反吐を吐きながら訴えた。
「安心しろ。勇者ってのはそう簡単には死なないらしいからな」
ルシウスはそう言いながら、もう一度、蓮司の背中に剣を突きさす。そして、止めと言わんばかりに、力強く頭を踏みつけた。
「がっ、あ!」
蓮司はそのままがくりと力を失い、うつ伏せのまま倒れてしまう。
「お見事。ようやく気絶したようですね」
レイスはぱちぱちと虚しく拍手をして、ルシウスに歩み寄った。
「……はっ、お粗末な茶番だったな。素人に毛が生えた程度のガキが不相応な力を扱っていただけじゃねえか。これならお前一人でも十分にあしらえただろう?」
ルシウスは拍子抜けしているのか、若干不機嫌そうに問いかける。
「勇者を侮ってはいけませんよ。彼はまだ神装の力を使いこなせていないだけでしょうから。追い詰めすぎれば、覚醒や暴走をされた危険もありました」
「はっ、ならいっそのこと、覚醒なり暴走させた方が面白かったかもな」
レイスが淡々と説明すると、ルシウスが興味深そうにうそぶく。
「そうなっていたら本気で洒落になりませんよ。我々二人でも手に余っていたかもしれませんし、少なくとも貴方がいた村にまで被害が出ていたことでしょう」
「はーん、こんな小僧がなあ」
ルシウスは疑わしそうに、ボロボロになった蓮司を見下ろした。
「ま、何にせよ助かりました。後はこちらで処理しますので、貴方はどうぞお戻りください。第一王子を待たせているのでしょう?」
レイスはそう言いながら、蓮司を抱きかかえる。
「うっ……」
普通ならば既に死んでいるはずのダメージを負っているはずだが、気絶しているだけなのか、蓮司は小さく呻き声を漏らした。
「おうおう、輸送中に暴れられて噛みつかれないよう、気をつけてな」
ルシウスはひらひらと手を振って見送る。
「ええ、ご心配には及びません。それでは」
レイスはそう言い残すと、ふわりと跳躍して空へと飛び発った。