第154話 蹂躙
「な、に?」
ルシウスは地面に落下した自分の左腕を見て、愕然と目を見開いた。と、同時に、熟練の戦闘経験で反射的に背後のリオに向けて剣を振るう。
しかし、その斬撃がリオの身体を捕らえることは叶わず、虚しく空を切り割く。リオはバックステップを踏んで距離を取り、冷たい眼差しでルシウスを見据えていた。
(馬鹿な? 反応できなかっただと? ……この俺が)
ルシウスは少なからぬ衝撃を押し殺しつつ、剣呑な目つきでリオを睨む。決して油断はしていなかった。いつでも応戦できるよう、臨戦態勢でいたのだから。
それなのに、不意を突かれた。正眼に剣を構えていなかったら、真っ先に首を斬り落とされていても不思議ではない。
久々に味わった死の感覚に、名状しがたい苛立ちを覚える。と、同時に、先の動きのカラクリを突き止めようと、冷静に頭を回転させると――、
「っ!?」
リオが真正面から、再び急接近してきた。だが、今度は先ほどよりも速度が遅い。速いには速いが、反応はできる速度である。
真正面から突っ込む場合は、衝突を危惧して風の精霊術による加速を抑える必要があるからなのだが、今のルシウスがそこまで思い至ることはない。
ルシウスは左腕を失った状態での応戦を余儀なくされた。両手で握られたリオの剣を、右手だけで握った剣で受け止める。
「ぐっ……」
瞬間、圧倒的な膂力の差を感じ取り、ルシウスは力を受け流そうと、咄嗟にバックステップを踏んだ。すると、リオが即応して、ルシウスを追撃した。
(速え! なんつう馬鹿力だ! なんだ、このとんでもねえ身体強化は!?)
リオから溢れ出る魔力の余波を目と肌で感じ取り、ルシウスは焦燥する。直後――、
「がっ、はっ……」
槍のように鋭い蹴りが伸びてきて、ルシウスの鳩尾を的確に打ち抜いた。咄嗟に身体強化で肉体の強度を強化するが、尋常でない衝撃が腹部に伝わってきて、肺の中に溜まっていた空気が漏れ出る。ルシウスの身体は蹴りの衝撃で軽々と吹き飛んでいった。
「ふ、ふはは! ルシウス、貴様、なんという化物に恨まれているのだ!? 本当に人か、ソイツは!? 余裕ぶっている場合ではないのではないか?」
傍から今のやり取りを眺めていたデュランが、高らかに笑ってルシウスに問いかける。
「……さて、どうでしょうかねえ」
ルシウスは地べたを転がりながら受け身を取って素早く立ち上がると、消え入りそうな声で小さく答えた。当初の人を食ったような雰囲気は完全になりを潜めており、何があっても対処できるよう、ただただ神経を研ぎ澄ませる。すると――、
「っ、くっ……」
リオが追撃を仕掛けてきた。正確で迅速無比な連撃がルシウスに襲い掛かる。リオの動きは冷たく淡々とした殺意だけがこめられていた。
ルシウスはかろうじて、リオの斬撃をいなしていく。かと思えば突然、ルシウスの周囲の地面が槍状に隆起し、その胴体を貫こうと突き出てきた。ルシウスは咄嗟に反応し、街道を背にして後方に向けて飛び上がる。
直後、リオの周囲に無数の光球が生まれた。リオがルシウスに向けて軽く手をかざすと、光球は複雑な軌道を描いて一斉にルシウスへと襲いかかる。
「ちっ!」
ルシウスは小さく舌打ちをすると、手にした黒い刀身の剣を大振りに振り払った。すると、刀身から闇が膨れ上がって周囲へ広がり、迫りくる光球をすべて呑み込んでしまう。
リオは微かに目を細めてその光景を捉えると、いまだ空中に留まるルシウスに向けて手をかざす。次の瞬間、リオの手先から衝撃波の砲弾がほとばしった。
不可視の一撃は正確にルシウスの胴体を捉えようとしていたが――、
「見えてんだよ!」
と、ルシウスは叫んで、垂直に剣を振り下ろした。ルシウスの剣から闇の斬撃が伸びて、衝撃波を迎撃する。少し遅れて、ルシウスが着地しようとすると――、
「次から次へと……」
着地地点の地面が槍状に隆起し、再びルシウスの胴体を貫こうと飛び出てくる。さらに、リオは事前に上空に向けて無数の光球をばらまいており、ルシウスに向けて光弾の雨が降り注ごうとしていた。休むことのない波状攻撃がルシウスに襲いかかる。
ルシウスは一方的な遠隔攻撃にさらされ、対処に追われることになった。まずは足元の攻撃に対処するべく、地面に向けて剣を振り払う。闇の斬撃は隆起してきた土槍を綺麗に抉りとった。そして、続いて上空の光弾に対処するべく剣を振り払うが――、
「ぐっ……」
剣を振り払うのとほぼ同時に、光の雨がルシウスに降り注いだ。闇の斬撃は光弾を部分的に呑み込むが、すべてを消し去ることはできず、それどころかリオが追加で光弾を射出していたのか、次々と降り注いで地面を砕き粉塵が巻き起こる。
ほぼ同時に、リオがルシウスごと土煙を吹き飛ばそうと、強力な暴風を放った。煙を面で覆うような風の障壁が、煙の中にいるルシウスに向かって突き進んでいく。
すると、瞬く間に土煙は吹き払われ、元いた場所からルシウスの姿も消えていた。
「っ!?」
周囲にいる騎士達にウィル、ドンナーに村長は、程度の差こそあれ、ルシウスが吹き飛んでいったであろう街道の方を唖然と見つめている。ただ、デュランだけは痛快そうな笑みを浮かべて、リオを眺めていた。すると――、
「……」
リオが無言のまま身を捻り、誰もいない背後へ向けて剣を振るう。かと思えば、甲高い金属音が響き渡る。リオの背後の空間からは闇が溢れ出ており、そこから黒い刀身の剣が突き出ていた。リオが事前に闇の魔力反応を察知し、剣を振るって迎撃したのだ。
完全に初見殺しの攻撃だったが、リオには通用しなかった。魔力に対する感覚がこの上ないほどに研ぎ澄まされているからこそ為せる芸当である。すぐにルシウスの剣は引っ込み、同時に闇も消え去った。
リオは先ほどから自身の魔力を混ぜた微風を周囲に放っており、ルシウスの居所を正確に掴んでいた。森から少し離れた場所へと鋭く視線を向ける。そこには――、
「はぁ、はぁ……」
息を切らして、膝をついているルシウスがいた。地面に剣を突きさして、ふらついた身体を支えている。
(くそが……どうなってやがる? ゼンの野郎も相当な精霊術の使い手だったが、こいつほどじゃなかった。動きにも無駄がねえ。全身から溢れるアホみてえな魔力といい、勇者なんて目じゃねえぞ、こいつの強さは)
完全に想定外の強さだった。そう、リオの強さは明らかに人が努力で到達できる限界を超えている。もはや人の領域にいないと表現してもいい。既に人の領域を越えたはずの自分すらも凌駕している。と、ルシウスは血が不足している頭でぼんやりと考えた。
(……ああ、くそが。短距離でも全身を転移させると、クソみてえに魔力を喰らいやがる。内臓もいかれている。血も足りねえ。まずは腕を……)
ルシウスは顔をしかめてリオを睨み返すと、ふらつきを装ってさりげなく地面に突き刺した剣から闇を展開させて――、
「っ!」
だが、その目論見はリオに阻止される。リオはルシウスの考えを見越していたかのように一瞬で移動し、地面に転がっていたルシウスの左腕を拾い上げた。
「ひっ」
転がっていた左腕の傍で硬直していた村長が怯えた声をあげる。リオは怯える村長に一瞥もくれることなく踵を返すと、そのままルシウスへと一瞬で接近した。そして――、
「放っておいても出血多量でこのまま死にそうだな。それでも傷口を塞がないということは、腕を癒着させる手段があるからそれをしたくない、ということか?」
と、ルシウスの思惑を見透かしたように、淡々と質問を投げかける。
「はっ、答えたら返してくれるのかよ」
「いや」
リオはにべもなく否定すると、ルシウスの左腕を軽く上に放った。直後、強力な業火を生みだして、左腕を灰塵に変えてしまう。
「……くそがっ、悪趣味な野郎だ」
ルシウスは忌々しそうにリオを睨んだ。
「俺の目の前で母さんを殺したあんたほどじゃない。言っただろう? あんたを殺すって。出し惜しみはしない。あんたに苦痛を味わわせて、そのうえで跡形も残さず殺してやる……。そろそろ終わりにしよう」
リオはそう言い捨てると、剣に魔力を流し込む。言葉通り、リオはもはや周囲の目など気にしていなかった。普段は徹底して人前で多用しない精霊術も、何の躊躇もなく次々と使っている。
「……させるかよ」
と、ルシウスは強がって虚勢を張るが、言葉とは裏腹に行動に移そうと試みることはしない。下手に動こうとすれば、下手に魔力を発すれば、即応されて出先を潰されるからだ。既に万策尽きたと言っても過言ではない。この場にいるのがルシウスだけならば――、だが。
「……」
リオは背後から迫りくる無数の存在を感知し、咄嗟に横へと大きくステップを踏んだ。すると、今まで静観していたデュランと騎士達が間に割って入り、ルシウスを守るように陣を形成していく。
「はは、助けていただけると信じていましたぜ、殿下」
ルシウスは飄々とした態度を装って、介入してきたデュランに語りかける。
「ふん、貴様が生みだした因縁の後始末だと思って静観していたが、あいにくとこのまま死なれても少しだけ困るのでな。それに何より……」
デュランはそう応じると、不敵な笑みをたたえてリオを見据えて――、
「どれほどのものか、あの男に少し興味がある」
と、うそぶいた。
「ありがたいですが、死んでもしりませんぜ」
「ふん。引き際は心得ておる、と言いたいところだが……」
デュランは思わず微苦笑した。先ほどからリオが視線で問いかけているのだ。邪魔をするのか、と。
(
デュランは小さく武者震いをすると――、
「そういうわけだ。我々はこの男に加勢させてもらうぞ、小僧」
と、そう宣言した。
「邪魔をするなら退かすまでだ」
「散開して前方から囲め!」
リオとデュランの声が重なる。と、同時に、騎士達が一斉に動きだして、扇状にリオを囲みだした。リオが操る精霊術による広範囲攻撃を警戒しているのだろう。
だが、リオは包囲を恐れず、迷わずデュランの背後にいるルシウスに向けて直進した。
「ふん、迷わずこ奴の首を取りにくるか。しかし!」
デュランは苦々しい笑みをたたえ、リオを迎え撃つべく身構える。すると、その全身から大量の魔力が噴き出て、両手で握る二メートルはあろう大剣へと集約されていく。それで身体強化が施されたのか、大剣を軽々と両手で振るって――、
「ぐっ……」
リオと真正面から剣をぶつけ合った。だが、デュランの巨躯は大きく後ずさり、そのまま吹き飛ばされそうになる。
(何という膂力。俺の魔剣は身体強化に特化した古代魔道具だというのに、それすら凌駕するというのか……。だがっ!)
いったい何の仕掛けがあるというのか、そんな疑問が脳裏をかすめるが――、
「一瞬の足止めには成功したぞ!」
デュランは自らの目的を達したと言わんばかりに、雄叫びを上げた。直後、周囲を囲んでいた騎士達の半数が、左右と背後から一斉にリオへ襲いかかる。だが――、
「ぐっ」
リオを起点に、左右と後方へ衝撃波の暴風が吹き荒れた。襲いかかってきた騎士達は瞬く間に吹き飛んでいき、周囲に控えていた残り半数の騎士達の一部を巻き込む。しかし、それでも無事だった騎士達はすぐさま、リオへ追撃を仕掛けた。二段構えの一斉包囲だ。
「あいにくと狩りには慣れていてな!」
と、リオの眼前に立つデュランが、勝利を確信して笑みを刻むが――、
「何っ!?」
騎士達の眼前に一瞬で土壁が隆起すると、愕然と目を見開いた。リオに襲い掛かろうとしていた騎士達は、いきなり目の前に現れた土壁に減速が効かず――、
「がっ」
魔法で身体能力を強化していたであろう速度で勢いよく土壁に衝突して、そのまま昏倒してしまう。
(……これほど強力な身体強化を全身に施す魔力と、先の風を操った魔術で消費した魔力、そこへさらにこれだけの土壁を展開する魔力も同時に練り上げていたというのか。……呪文も使わずあれこれと面妖な。どれだけの魔道具を所持しているというのだ!?)
デュランは唖然と息を呑んだ。すると、そこへ――、
「っ!」
後方で左腕の止血を行っていたルシウスが、黒い刀身の剣で闇を操り、先ほどと同じように背後からリオの胴体めがけて剣を突きさそうとした。
だが、リオはその場で高く跳躍すると、鮮やかに不意の一撃を躱してしまう。そのまま背後に展開した土壁の上に着地すると――、
「芸がないな」
風の精霊術で急加速し、デュランの頭上を飛び越え、ルシウスの胴体を苦もなく貫いてしまった。
「ぐっ……、はっ、がは……」
ルシウスは苦しそうに咳込んで、肺の空気を吐きだす。そして――、
「ぐっ!?」
左足の膝と剣を手にしていた右手をリオに思いきり踏みつけられると、苦痛で顔をしかめた。膝と拳の骨を砕かれ、堪らず剣を手放してしまう。
(ふざけやがって……。この、俺がっ……)
リオは右手で剣を腹部に突きさしたまま、無感動に地面に転がるルシウスを見下ろしている。直後――、
「がっ!?」
ルシウスは全身に走った激痛に、呻き声を上げた。
(何だ?)
と、疑問を抱く間にも――、
「ぐぁっ!」
断続的に激痛が全身を駆け抜ける。ルシウスの腹部に刺さった剣に、リオが電流を注いでいるのだ。身体を麻痺させて、身動きすら取れなくなるように。
「てっ、め、え……がぁ!」
ルシウスは憎悪の念を燃やして、頭上のリオを睨んだ。だが、リオは眉一つ動かさず、無慈悲にルシウスを蹂躙し続けている。すると――、
「動くな!」
と、リオが叫ぶ。しかし、その言葉は、決してルシウスに向けられたものではなく――、
「っ!」
背後に控えるデュランに対しかけられたものだった。デュランはびくりと身体を震わせて、その場で立ち止まる。
「動くなよ。用があるのはこの男だ。あんたじゃない。自分の身を差し出してまでこの男を救う意義でもあるのか?」
リオはデュランに一瞥もくれることなく、ただ警告の言葉だけを送った。
「…………」
デュランは何も応えず、小難しい顔を浮かべて思案する。だが、ややあって、デュランは手にしていた剣を握る力を弱めた。
(くそがっ……。せめてレイスの野郎がいりゃ……)
ルシウスはこれ以上のデュランの助力が望めないことを察し、顔をしかめる。二人の関係はあくまでもビジネスパートナーだ。何かと気が合うからつるむことはあるが、強固な信頼関係で結ばれているわけではない。状況が悪くなれば、契約関係は打ち切られるのが道理。
(こんな、ところで、俺が死ねるはずがねえっ)
ルシウスは諦めていなかった。全身が痺れている。頭がぼやける。すると――、
「…………父さんも、あんたが殺したのか?」
リオが不意に口を開き、ルシウスに問いかけた。
「……は、はっ、だったら、どうする?」
「あんたを殺す。それだけだ」
ルシウスが不敵に挑発すると、リオは腹部に突きさした剣を思いきり捻った。
「ぐはっ……。痛えだろう、がぁっ!」
リオはさらに剣を捻る。
(くそ野郎が、蹂躙は俺の十八番だってんだ! 腹が熱い、血が足りねえ!)
ルシウスは全身が焼き切れそうな痛みを覚えたが、必死に苦痛を堪えた。自分が略奪・蹂躙される側に回るなど、認めるわけにはいかないから。
略奪と蹂躙こそが彼の存在意義なのだ。そのためならどんなに卑怯で外道な手段でも使ってみせる。虚勢だって張ってみせる。今までだってそうして生きてきたのだ。だから――、
「へ、へっ」
ルシウスは気がつけば笑っていた。脳と胸の内を占める憎悪の籠った憤りとは裏腹に、にやりと、彼は笑った。
「……」
リオは微かに眉をひそめると、ルシウスの腹部から剣を抜き放つ。すると――、
「ごほっ、ごほっ」
どぷりと、ルシウスの腹と口から血が溢れかえった。
リオはまさに死に体なルシウスを見ろして、剣を握るその手にギュッと力をこめる。
(こいつが……)
母さんを殺した。おそらくは父さんも殺したのだろう。
と、リオはその事実を今ここで、改めて思い返す。すると、心の中に、激しい復讐の焔が燃え上がってきた。同時に、母アヤメとの懐かしい思い出を思い出す。
失ってしまった幸せ。もう取り返すことはできない日常。自分には決して向けられなくなってしまった愛情。復讐の道を歩みと決めて、捨て去った何かがある。壊れてしまった自分もいる。それらすべてはこの男に起因するのだ。
だから、死に瀕しているルシウスの姿を見ても、リオは少しも憐れだとは思わなかった。許すことはできない。引き返すこともできない。生きていれば必ず殺すと、そう決めたのだ。
そう、だから――。
リオはおもむろに剣を振り上げた。もう二度と目の前にいる男の顔を見なくて済むようにと、塵一つ残さぬだけの威力を込めた攻撃を放つと決める。
「っ……なんという」
リオの剣に魔力が集約されることで放たれる眩い光に、傍から眺めていたデュランは思わず息を呑んだ。
(……これがこ奴の最期か。存外、あっさりとした幕引きよな。いや、それだけこの小僧の強さと覚悟が凄まじいということか)
そうして、永い数瞬が過ぎて――、
「…………」
リオはルシウスと距離を置いてから、剣を振り下ろした。
「くそがああああああ、そうだ、てめえの親父を殺したのも俺だ! リオぉぉぉぉぉおっ!」
ルシウスは己の死を感じ取ったのか、苦し紛れの雄叫びを上げた。その直後、凄まじい熱量を伴った光の奔流が、ルシウスに降り注ぐ。ルシウスは光に呑み込まれ、壮絶な断末魔の叫びをあげた。
リオの剣が放つ光は、王の剣であるアルフレッドが使用していた聖剣による光撃と類似している。眩しい光が、絶え間なく一帯を包み込む。
光の奔流はしばらくルシウスが横たわっていた地点を覆い続けると、次第に弱まって収束していく。そして、その場にあったすべてを、文字通りこの世から消滅させた。
もはやそこに地面はない。ルシウスの姿も見当たらない。ただ、光の奔流によって削り取られた虚ろな深い穴だけがある。
その穴はまるで今のリオの心境を表しているかのようだった。リオは瞬き一つせず、静かにルシウスがつい先ほどまで存在していたはずの穴を見下ろしている。そして――、
(終わった……、終わったよ)
と、心の中で呟いた。誰に向けて呟いたのかは、本人にしかわからない。
復讐の達成感などなかった。むしろ喪失感に似た何かがあって、そこから深い闇が溢れている。
だが、確かにこれはリオが望んだ結果なのだ。リオが進むと決めた道の終着点なのだ。だから、後悔はなく――、
「…………帰ろう」
リオはぽつりと呟いた。
こんな自分に帰るべき場所があるのか、帰ってもいいのか、それはわからない。
けれど、それでも自分の帰りを待ってくれている人がいて――。
帰りたいと思う自分もいるのだから。