第156話 第二王女様の看病
リオはデュラン達と別れると、街道を通らずに南西へ向かった。
フローラの容態がかなりよろしくない以上、今は緊急事態だ。
近くの都市や村を探して移動している余裕があるかはわからないし、仮に連れて行ったところで、見るからに重病なフローラを受け入れてくれるかどうかもわからない。かといって、デュラン達がいる村に戻るのは、話がさらにややこしくなりそうなので論外である。
なので、余計なことを考えるよりも先に、手早く休める場所で治療を行うことにした。しばらくして、人気のない岩場まで移動すると――、
(この辺りでいいか)
リオは立ち止まる。そして、足から地面に魔力を流し込み、精霊術で地盤を整えると――、
「《
左腕に装着した時空の蔵を使用し、岩の家を出した。
「よいしょ、っと」
リオはフローラを抱えたまま器用に扉を開けると、家の中に入る。
「はぁ、はぁ……」
フローラは今もなお、苦しそうに息をついていた。
「まずは薬か。あとは身体を綺麗にして、寝る場所を用意して、温かくしないと……」
と、リオは呟き、すべきことを列挙していくが――、
(エルフ製の秘薬なら回復するはずだ。問題はどうやって綺麗にするかだけど……)
緊急事態とはいえ、意識のない王族の少女を裸にして洗うのは気が引ける。かといって、野ざらしのまま寝転がっていたからか、何日も同じ格好をしていたのか、今の格好はあまり衛生的ではない。
リオは悩ましそうに顔を曇らせると――、
「とりあえず薬を飲ませよう」
まずは薬を飲ませることにした。考えがあるのか、そのままお風呂場へ移動すると、洗い場のタイルの上にタオルを敷いて、いったんフローラをその上に寝かせてやる。そして――、
「《
時空の蔵から水が入った小瓶とエルフ製の秘薬が入った小瓶を取り出すと、少し強めに声をかけて、上半身を起こしてやった。
「うっ……」
と、微かに反応があったところで――、
「フローラ王女、水と薬です。口に入れます」
リオは気道を確保してやり、まずは水が入った小瓶をフローラの口にあてがった。すると――、
「……っ」
フローラは少量だが、なんとか水を
「お見事。今のは水です。次は薬を飲ませますから、少しずつで構わないので、頑張って飲んでください」
リオは続けて、秘薬が入った小瓶を口許にあてがってやった。
「っ……」
フローラは少しだけ秘薬を嚥下する。
「はい、少し休みます…………。はい、飲みますよ」
リオはそうやって、時間をかけて薬を飲ませ続けた。数分ほどで必要な量を飲み終えると――、
「次は服と身体を洗います。このままお湯を流して石鹸で洗いますけど、驚かないでくださいね」
次はフローラの服と身体を洗うことにした。秘薬に即効性はないが、これから時間をかけて確実に体内の毒素が中和されていくはずだ。あとは様子を見るしかない。これで駄目なら霊薬を飲ませることになる。
「あ……」
フローラは目を瞑ったまま、首肯するように項垂れた。
「じゃあ、お湯をかけます」
リオはそう言うと、精霊術でお湯を作り出し、フローラの身体を包み込んでやる。お湯を操作し、まずは身体を温めながら、服と全身を
(精霊術の使用に気づかれない分、意識がない方がありがたいか)
リオはそんなことを考えて――、
「そのまま楽にしていて構いませんよ」
と、そう告げた。フローラはすっぽりと顔だけ出して、されるがままお湯に包み込まれている。
一分後、リオはいったんお湯をどかすと、新しくお湯を作り直して、そこに石鹸を混ぜ込んで泡立てた。お湯を操作し、優しく、丁寧に服ごと身体を洗っていく。
最後に髪を洗い、顔も拭いてやると、洗浄は完了した。そして――、
「次は乾燥か……」
今度は身体を冷やさないよう、すぐに乾燥を開始する。
具体的には、衣類に手を触れ、そこから精霊術で水分を吸い取っていく。本当は衣類が傷みやすいので繊細な服には好ましくないが、今着ている服は村人の服なので、そこは気にしなくても構わない。
そして、濡れた髪には精霊術で温風を当ててやり、時間をかけて乾かしてやると――、
「……終わった」
繊細な作業に神経を使ったのか、リオは疲れを吐き出すように息をついた。薬を飲んで、身体を綺麗にしたおかげか、先ほどまでよりもフローラの顔色は少しだけ良くなった気がする。
「後は寝かすだけ……。余っている部屋を使えばいいか」
どれくらい眠るかはわからないが、最低でも数日は安静にしてもらう必要があるだろう。目を覚ます前に容態が落ち着くようなら、途中で都市に移送してもいいかもしれない。
(俺の名前を聞いていたのか、戦闘を目撃していたのか、目を覚ました時にそれとなく確認しないとな……)
リオはそんなことを考えながら、寝室へと移動する。それから、ベッドの上で横にしてやると、フローラはそのままぐったりと体重を預けてしまった。どうやらもう眠っているらしい。
リオは布団をかけつつ、そんなフローラの顔を見下ろすと、首筋に視線を向けて――、
「……首筋に痕が残らなければいいけど」
ぼそりと、そう呟いた。