第142話 アドバイス
フローラが転移魔術でパラディア王国のどこかへ飛ばされる前日の午前中、リオはリーゼロッテ所有の魔道船に乗って、アマンドに向かっていた。道中、リーゼロッテに招かれ、浩太と三人でお茶を飲むことになる。
「ハルト様は今後の予定はお決まりなのでしょうか?」
会話の最中、リーゼロッテが水を向けると――、
「ええ。少し急ぎの用事がありまして、今日か明日にでもアマンドを発つ予定です」
リオはどこか申し訳なさそうに頷き、急いでいることを告げた。
「そうですか……」
と、リーゼロッテは微かに顔を曇らせる。すると――、
「お話があるのでしたら、また後日、腰を据えてゆっくりできれば幸いです。もちろん、すぐに済むお話なら今日明日にでも構いませんが」
リオがリーゼロッテの心情を察して語った。話というのは言うまでもなく、つい先日、リーゼロッテがリオに対して突発的に打ち明けようとした前世に関する話のことだろう。
「……いえ、そうですね。では、またの機会ということで」
リーゼロッテは思案顔を浮かべると、向かいに座るリオに恭しく頭を下げる。すると、浩太は二人の間に漂う微妙な空気を察したのか、窺うように隣に座るリオの顔を見やった。
リオは浩太の視線に気づくと、微苦笑し――、
「浩太さんはこれからどうなさるつもりなんですか? アマンドで活動を?」
と、浩太に話題を振り、お茶の入ったカップを丁寧な手つきで口に運んだ。
「あ……、うん。ハルト君には勧められなかったけど、アマンドで冒険者になってみようかなと思って……。その、ごめん。せっかくアドバイスしてもらったのに」
浩太は微妙にバツが悪そうに答える。
「浩太さんの人生なんですから、浩太さんが自分で決めた道を進んでいくべきです。デメリットを踏まえて、それでも冒険者になると、納得して覚悟を決めたのでしょう? 俺にできるのはアドバイスをして注意を促すことだけです」
リオは浩太の意思を尊重しているのか、他人の人生に過度な干渉をするつもりもないのか、かぶりを振って語った。
「……うん」
と、浩太は神妙に頷く。
「……なら、まずは冒険者ギルドの登録から始めないとですね。他にも最低限の装備と道具を整える必要があります。これは旅慣れしている者のおせっかいですが、よろしければアマンドの到着後に少し助言いたしましょうか?」
リオはそんなことを申し出た。短い間とはいえ、浩太とは一緒に旅をした仲だ。クリスティーナから可能ならばアドバイスをと頼まれてもいるし、これから過酷な道を進もうとしている相手に、せめて最低限の助力くらいはと思ったのかもしれない。すると――、
「あ、ありがとう。心強いよ!」
浩太はパッと顔色を明るくし、嬉しそうに礼を言った。
◇ ◇ ◇
その後、小一時間もしないうちにアマンドに到着すると、リオ達は港の桟橋を渡ったところで立ち止まった。そして――、
「では、この場でお別れということでよろしいのでしょうか?」
と、リーゼロッテがリオと浩太に尋ねる。彼女の周囲にはアリアを筆頭とする侍従数名が同行していた。
「ええ。この後、実際に店を回ってみますので。お送りいただき、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
リオが頷いて礼を言うと、浩太も勢いよく頭を下げる。すると――、
「浩太さん。何か困ったことがあれば屋敷にお越しください。私にできることがあれば、力になりましょう」
リーゼロッテが浩太を見やって、そんなことを言う。
「は、はい。ありがとうございます。リーゼロッテさん」
浩太はやや緊張した様子で、リーゼロッテに頭を下げた。
「それでは、失礼いたします。ハルト様も、またお会いできると幸いです」
「ええ、また伺わせていただきます」
立つ鳥跡を濁さず――、リーゼロッテは貴族服のスカートの裾を掴んで上品にお辞儀すると、優雅な足取りで立ち去っていく。そして――、
「ナタリー、クロエ」
リオ達から距離を置いたところで、侍従の二人に声をかける。
「はい!」
ナタリーとクロエは声を揃えて返事をした。
「とりあえず数日。この都市で彼の暮らしが落ち着くまで様子を見守ってくれる? ハルト様が傍にいれば大丈夫でしょうけど、すぐに出発しちゃうでしょうからね。必要ならハルト様にだけはそれとなく事情を説明してもいいわ。後で応援も一人送るから、困っているようならさりげなく接触して支援してあげて」
リーゼロッテはそんな命令を二人に下す。
「承知しました」
ナタリーは恭しく頷いた。
「よろしくね」
「はい。それでは、参りますよ、クロエ」
「はい、先輩!」
リーゼロッテに見送られ、ナタリーが後輩のクロエを引き連れて歩きだす。その頃、既にリオ達も移動を開始していた。
◇ ◇ ◇
約十分後。リオは浩太を連れて、アマンドの冒険者ギルドを訪れていた。まずは身軽なうちに冒険者登録を済ませてしまおうと考えたのだ。まあ、一人では不安なのか、浩太からギルドに同行してほしいと強く頼まれたのがきっかけだが。
「じゃあ、俺はここで待っていますので、どうぞ登録してきてください」
ギルドの建物の中に入ると、リオが浩太に登録を促す。リオ自身は冒険者登録をするつもりがないので、本当にただの随伴である。とはいえ、質の良い装備で武装していることもあり、年齢にそぐわぬ戦士としての風格を放っていて、あたかも若年の腕利き冒険者であるかのように周囲の目には映っていた。
「う、うん。行ってくるよ」
腰に剣を一本だけ携えた浩太が、おずおずと歩きだす。小心者なせいか、本当は窓口まで一緒に同行してもらいたかったが、自分から登録したいと言い出したのだから、あまり甘いことばかりも言っていられないと、男として最低限の意地を見せたのだ。
「あ、あの。冒険者登録をしたいのですが……」
浩太はちょうど空いていた窓口にたどり着くと、ギルドの受付嬢に用向きを打ち明ける。受付嬢の年齢は浩太と同じくらいだろうか。少し目つきはきついが、綺麗な顔だちをしている。
「……畏まりました。最初に個人情報の登録を行います。文字は書けますか?」
受付嬢は浩太の髪や顔を微かに見つめると、事務的に説明を開始した。
「あ、はい。一応は、書けます」
「では、こちらの用紙に必要な情報をお書きください」
「わかりました」
浩太が必要事項を用紙に書き始める。受付嬢はそんな浩太をどこか物珍しそうに見つめていた。すると――、
「あ、お前は!?」
ギルドのホール内に大きな声が響き渡る。すると、浩太の身体がビクリと震えた。浩太が恐る恐る振り返ると――、
「え……、あ、ハルト君?」
そこには、リオを指差して、目を見開いている冒険者がいた。浩太は思わず手の動きを止めて、そちらに意識を奪われてしまう。すると――、
「おい、お前。こないだ魔物の襲撃があった時に逃げ出した野郎じゃないのか?」
リオを指差していた男が、怪訝そうな顔つきでリオに問いかけた。
「……その前に、誰ですか、貴方は?」
リオがどこか面倒くさそうに訊き返す。
「ここの冒険者だよ。お前、こないだアマンドに魔物が襲撃してきた時、冒険者じゃねえとか言って逃げだしただろ? 俺はその場にいたんだ!」
男が憤った様子で説明すると、一緒にいた冒険者達が「あの時の野郎か」と眉をひそめる。
「ああ……」
と、リオは得心した。そういえばそんなこともあったな、と。
「てめえ、やっぱり冒険者だったんじゃねえか!?」
冒険者ギルドに冒険者然とした格好でいる――そのことが何よりの証拠だと、男は語気を荒めた。
「違いますよ。タグはつけていなかったでしょう?」
リオは面倒くさそうに、嘆息してかぶりを振る。すると――、
「あ、あの、いいんですか、あれ?」
浩太が一部始終を見やりながら、恐る恐る目の前にいる受付嬢に訊いていた。
「何がですか?」
受付嬢は淡々とした口調で訊き返す。
「いや、止めなくてもいいのかなって。ケンカ……ですよね?」
「気性の荒い人間が多いですからね。あれくらいのケンカなら日常茶飯事です。というか、あの程度でいちいち仲裁している暇もありませんし、ひどい刃傷沙汰にでもならない限り放置するのが暗黙の決まりです」
と、受付嬢はしれっと答えた。
「え、ええ?」
浩太が困惑した声を出す。周囲の受付の人間を見回してみるが、またかと嘆息している者が何人かいるくらいで、それぞれが特に気にした様子もなく作業している。すると――、
「止めたいのなら、貴方が介入しても構いませんよ。お知り合いなんですか?」
受付嬢が浩太にそんなことを言った。
「え……あ、いや……その」
浩太は思わず顔を引きつらせて、言葉に詰まってしまう。
「まあ、罰則があるので、酔っ払いでもなければ最後の一線を越える人は滅多に現れません。決闘という制度もありますが、ここアマンドでは利用条件が厳しいですし」
受付嬢は小さく嘆息すると、やや呆れがちに説明する。そうしている間にも、冒険者達の怒りの矛先は鋭くリオに向けられていた。
「あの時、大怪我した奴が何人もいたんだ! それでも逃げ出す真似はしなかった。他の冒険者を背中に自分だけ逃げ出せば、同業者から最低な臆病者だと蔑まれるからな」
と、リオを蔑む男は声高に主張する。もしかすると実際に怪我をした仲間でもいて、不公平に思っているのかもしれない。とはいえ、男には大きく勘違いしている点が一つある。
「ですから、俺は冒険者ではないんですがね」
そう、リオが本当に冒険者ではないということだ。それどころか、身分的には貴族にあたる。だが、一度決めつけた以上、そうに違いないと思い込んでいる者の勘違いを正すことは難しい。
「けっ、タグを外して隠し持ってたんだろ? 拠点として登録している都市以外でなら、知り合いにでも会わねえ限りそうそうバレねえもんな。本当に潔白なら、持ち物検査でもさせろよ。後ろめたいことがないならできるだろ?」
男はリオの主張を無視して、一方的に自分の主張だけを押し付けて話を進めようとした。後ろめたくないなら調べさせろ、調べさせないということは後ろめたいのだろう、と。自分が糾弾する立場になっていることから、気が大きくなっているのかもしれない。
ちなみに、冒険者ギルドに登録した冒険者は、拠点として活動する都市に登録情報を記した書類を提出し、それとは別に自らの冒険者情報を刻んだタグを装着して携帯しなければならない。
故意にタグを外したり、他人のタグを着用したりして、必要な時に冒険者の身分を偽ることは罰則の対象とされているが、それでもバレるリスクが低いと考え、タグを取り外したり、他人のタグを使って身分を偽ったりする者は後を絶たない。
「縁もゆかりもない赤の他人を相手に、いちいち義務のない行為をするほど暇でもないので。信じていただけないのならそれで構いません。どうぞお帰りください」
リオは男の主張をまともに取り合わず、飄々とかぶりを振った。そして、面倒くさそうに嘆息して、男達から視線を外す。
「……何だと?」
まったく自分のことを相手にしようとしないリオに、糾弾していた男が剣呑な声を出す。さらには――、
「何様だ、こいつ?」
「開き直りやがった……」
「クソガキが。立場をわかっているのか」
などと、周囲の冒険者達も不機嫌そうに顔をしかめ始めた。すると――、
「お、お待ちください!」
と、微妙に慌てたトーンの声が響いた。リオが声を発した人物へと視線を向ける。そこには、クロエを引きつれたナタリーが立っていた。
「……どうしたんですか? こんなところで」
リオは微かに目を見開いたが、薄々とナタリー達がこの場にいる理由を察したのか、微苦笑して尋ねる。
「す、すみません。その、コウタ様の生活が安定するまで、主から密かに見守るよう仰せつけられておりまして……。最初は建物の外にいたのですが、途中でクロエに様子を見に行かせたら、ハルト様が冒険者達に難癖をつけられていると聞きまして」
ナタリーはひそひそと小声で、ややバツが悪そうに事情を説明した。遅れて登場したのは、侍従服を着て二人でギルドの中に入れば目立つと嫌ったからだろう。
「いえ、別に謝っていただくことは何も。そのまま見守っていただいてもよかったんですが……」
「そ、そういうわけにはまいりません」
リオが困り顔で言うと、ナタリーが慌ててかぶりを振る。そうして、二人が親しげに話をしていると――、
「おい。クロエちゃんだぞ。レベッカさんの娘の」
「隣にいるのはナタリーさんだろ? あの時、その場にいたはずだぞ。どうして親しげに話してやがる」
「あん? メイド服を着ている二人か? 誰なんだよ?」
「馬鹿野郎。二人ともリーゼロッテ様の屋敷に仕える人間だよ」
周囲にいる冒険者達が、リオ達を見やりながらひそひそと小声で話し始める。すると、ナタリーはリオに因縁をつけていた冒険者達を鋭く見据えて――、
「こちらにおわす方は我が国の国王陛下から直々に叙勲された貴族であり、我が主の大切な客人でもあります。ゆえに、相応の理由もなく、その名誉を故意に貶める発言は重罰の対象にもなりえます。以降の発言にはくれぐれもお気をつけください」
と、そう語った。
直後、リオに因縁をつけていた男達の顔色が途端に青ざめる。中でも率先してリオを罵っていた男は目に見えて狼狽していた。
「う……、あ、いや」
「それで、何を言い争っていたのですか?」
視線を泳がせる男達に、ナタリーが冷たく問いかける。すると――、
「別に、大したことではありませんよ。先日、アマンドに魔物が襲来した際に、私が冒険者でないことを理由に徴兵を断ったことを非難されまして。どうも私が本当は冒険者なのではないかと疑っているようです」
リオが肩をすくめ、男達の代わりに答えた。さして気にしてはいないと笑みを取り繕う。
「……なるほど。そうなんですか?」
ナタリーは微妙に決まりが悪そうに得心すると、男達に質問した。当時の自分も少なからずリオの行動に思うところがあって誤解していたせいか、すぐに事情を呑み込めたようだ。
「う…………」
男達は押し黙って視線を逸らす。
「この方は逃げ出したわけではありませんし、冒険者でもありません。あの時は然るべき所用があって行動していたとのことです。それに、あの後、都市の市民を救出し、一人で正体不明の強力な魔物を何体も撃破しています。我が主のリーゼロッテ様もこの方に助けられました。立てた武功の程度で言えば、間違いなく先の一件で一、二を争うでしょう」
ナタリーは今後も似たような事態が起きぬよう、周囲の者達にも聞こえるように説明した。
「くっ」
糾弾する側からされる側に回り、男達は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
「ハルト様、この方達の処遇はいかがなさいますか? 処罰をお望みなら、ギルドに呼びかけて身柄を押さえさせますが」
と、ナタリーがリオを見やって尋ねる。すると――、
「ま、待ってくれ! あの時、もっと罵っていた奴はたくさんいた!」
リオを糾弾していた男が泡を食って叫んだ。
「……だから?」
ナタリーが溜息をついて訊く。
「どうして俺達だけ!? それに、そもそもはっ……!」
リオを糾弾していた男は、被害者意識を滲ませて訴える。途中、リオを見やって何か言おうとしたが、それを言ったらさらに自分の首を絞めることになりかねないと思ったのか、グッと言葉を呑んだ。おそらくリオの方にも問題があったはずだと言いたいのだろう。
「少し早とちりしているようですが、私は貴方達をどうこうしようとは思っていません。わざわざ大事にして、時間を割いている暇もありませんので。なので、以降、私に関わらないというのなら、この一件は捨ておいて構いません」
リオは男達を見やりながら嘆息すると、最後はナタリーに向けてきっぱりと言った。
「……承知しました。だそうですが、貴方達はどうするのですか?」
ナタリーはリオに向けて深く頭を下げると、男達を見やって問いかける。
「す、すみません……でした。仲間があの件で大怪我をしたもので、つい、カッとして」
リオに因縁をつけた男は目を落として謝罪した。すると、一緒に行動していた者達も呼応して謝り始める。
「謝罪の意思を受け取りました。それでは、さっさと立ち去ってください……ああ、いえ。私が立ち去るとしましょうか。外で待っていますので、用が済んだら出てきてください」
リオはさりげなく浩太を見やりながら、大きめの声でそう言い残すと、建物の外へと歩きだした。ナタリーとクロエが慌ててその後を追いかける。すると――、
「確かクロエさんのご実家は宿屋でしたよね?」
建物の外に出たタイミングで、リオが不意にクロエに尋ねた。
「あ、はい」
クロエがおずおずと頷く。
「問題がなければ、コウタさんをそちらの宿屋に泊まらせても構いませんか? クロエさんのご実家に宿泊するのなら、お二人も任務を遂行しやすいでしょう?」
「なるほど、確かに……」
リオが提案すると、ナタリーが目をみはる。
「あの、うちは構わないというか、むしろ助かると思います」
と、クロエも前向きに頷いた。
「では、そういうことにしましょう。俺の方で話を誘導しますので」
そうして、本人の知らぬ間に、浩太がアマンドで滞在する宿屋が決められることになる。
◇ ◇ ◇
そして、数分後、浩太がギルドの建物から出てきた。近くにいたリオを見つけると、慌てて駆け寄ってくる。
「あの、ハルト君!」
「冒険者登録はできましたか?」
意気込んで語りかけてきた浩太に、リオが尋ねた。
「あ、うん。できたけど……」
機先を制され、浩太は勢いを失って首肯する。
「それはよかった」
「うん。よかった……んだけど、そうじゃなくて。その、さっきはごめん! 僕、見ていただけで……」
浩太は忸怩たる面持ちで、リオに謝罪した。
「……いえ、あそこで浩太さんに介入されても余計に面倒なことになっていたといいますか、そもそも浩太さんが責任を感じるべき案件でもなかったじゃないですか」
リオはぱちりと目を丸くすると、申し訳なさそうに笑ってかぶりを振る。
「いや、でも……」
浩太は複雑な面持ちを浮かべ、申し訳なさそうにしていた。
「……浩太さん。冒険者として活動していくのなら、自分で解決できない問題にやたらと首を突っ込むべきではありません。非情に思えるかもしれませんが、それも処世術といいますか、長生きするコツです。冒険者として生きていくのなら、時には自分の力で解決できない依頼だってあるかもしれませんよ?」
リオは困ったように息をつくと、言い聞かせるように語る。
「……うん」
「冒険者の仕事をしていけば、ああやって人から恨みを買うこともあるかもしれませんし、ある程度、図太くなった方が色々と気疲れしないで済みます。まあ、浩太さんが俺を助けようと思ってくれた気持ちは素直に嬉しいんですが……、すみません。説教臭くなってしまいましたね」
項垂れるように頷いた浩太に、リオは笑みを取り繕って謝罪した。
「……いや、そんなことはないよ。すごく勉強になる。色々と思うところがあるというか……、反省点を突き付けられたみたいで、身に染みた」
浩太は自虐的に苦笑すると、ため息混じりにかぶりを振る。
「なら、よかったです。それはそうと、こちらにいる二人はリーゼロッテ様に仕える侍従の方達でして」
リオは場の雰囲気を変えるように、傍に控えていたナタリーとクロエの紹介を試みた。
「あ、うん。見かけたことはあるから」
「ナタリーと申します。どうぞお見知りおきを」
「クロエと申します。よろしくお願いいたします」
浩太が頷くと、ナタリーとクロエが恭しく自己紹介する。
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
「実はクロエさんのご実家が宿屋を経営されているそうで、浩太さんがこれから泊まる宿屋にどうかなと思ったんですが、どうでしょう?」
可愛らしい女性二人に挨拶されて、緊張気味に応じる浩太に、リオがすかさず水を向ける。
「あ、うん。どうしようかと思っていたから……ありがたいかも」
浩太はおずおずと頷いた。
「なら決まりですね。遅くなって宿が埋まってしまってもいけませんし、買い物の前に手配してしまいましょうか。クロエさん、案内をお願いしてもよろしいですか?」
「はい、お任せください!」
リオに話を向けられると、クロエが力強く首肯する。そうして、リオ達はクロエの母が経営する宿屋へと向かった。
その後、買い物を済ますと、リオもクロエの母が営む宿屋で一泊することになる。そして、翌日の午前中、リオは浩太に見送られてアマンドを発ち、北方に存在するプロキシア帝国に向けて出発した。