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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第七章 それでも続いていく明日へ

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第139話 出発に向けて

 歓待パーティの後、リオはセリアを連れて――というより、セリアがリオに付いてきて――貸し与えられた自室へと戻った。なにやら話があるとのことだ。まあ、リオからも少し訊きたいことがあったので、ちょうどよかったのだが。

 ちなみに、本当は部屋と一緒に身の回りの世話をしてくれるメイドも貸し与えられたのだが、身の回りのことは自分ですると、退室してもらっている。


「お茶を淹れますね。先生はそこに座ってください」


 リオは部屋の中に入ると、すぐにセリアをもてなす準備を始めた。だが、セリアはソファには座らず、リオと一緒に簡易キッチンに向かうと――、


「ありがとう。ごめんね、リオも疲れているのにおしかけちゃって」


 と、リオに語りかける。


「俺は少し前に参加した夜会でちょっとは耐性がついたので。先生こそああいった催しに参加するのは久々だったでしょうから、疲れたのでは?」


 リオは実際には気疲れしていたものの、強がってみせた。そして、お湯を温めながら尋ねる。


「まあ、確かに疲れたけど、知り合いの人も多かったから。会うのも久しぶりだったし、色々と新鮮だったわよ」


 セリアは柔らかく微笑み、小さく肩をすくめる。


「なら、よかったです。パーティの最中はあまり話せませんでしたから、実は少しだけ心配していました」


 言って、リオが安堵の笑みをたたえた。

 結局、色んな貴族が終始ひっきりなしに話しかけてきたので、リオはあまり自由に動き回ることができなかったのだ。

 まあ、セリアはセリアで色々と大事な話をしていたようだから、傍に居続けるわけにもいかなったのだが。


「……リオ、ずっと女の子達に囲まれていたもんね」


 と、セリアがリオの反応を窺うように話題を振る。セリアはセリアでリオのことをしっかりと見ていたようだ。すると――、


「心配で、先生ばかり見ていましたけどね」


 リオが微苦笑して、間を置かずに返す。


「……え、う、うん。そっか、あはは」


 セリアは面食らい、上ずった声で頷いた。

 縁談でもあったのではないかと訊いて、リオがどんな反応を見せるのか見てみたかったのだが、思いもよらぬ反応を見せてしまったのは自分の方だった。幸いリオはお茶を淹れる作業に集中しているので、赤くなった自分の顔を見られてはいないようだが。

 恥ずかしくて、言葉が出てこない。そうして、セリアが顔を赤くしたまま俯いていると――、


「できました。ソファに移動しましょうか。アイシアは寝ているのかな?」


 と、リオが言った。

 現在、アイシアは霊体化してリオの体内にいるが、起きているのか、眠っているのかは契約者であるリオ自身にもわからない。

 起きていれば声をかけることで反応があるはずなのだが――、


「………………」


 あいにくとアイシアからの応答はなかった。


「寝ているみたいですね。じゃあ、二人で飲みましょうか」

「……うん」


 リオは自然体で微笑むと、ソファに移動して腰を下ろす。セリアはおずおずと頷き、ぎこちない足取りでリオを追いかけて向かいに座ると――、


「えっと、私の仕事が見つかったから、最初に報告しておくね。レストラシオンに所属する貴族の子弟向けにアカデミーが新設されたらしいの。とりあえずは研究者として活動しながら、そこで講師業もやることになったわ。もしかしたらガルアーク王国の王立学院にも出向くことになるかもしれないけど」


 と、自分の仕事が見つかったことをリオに報告する。


「なるほど。まあ、先生なら職に困ることはなさそうだと思っていましたが、胸のつかえがとれました。先生の講義を受けられる生徒達が羨ましいです」


 リオは朗らかに相好を崩した。


「あはは、もう私がリオに教えられることなんてないわよ」


 言って、セリアが哀愁を帯びた笑みを覗かせる。


「そんなことはありません。先生には今も昔も教えてもらってばかりです」

「……私だってそうよ。リオには教えてもらってばかりで、助けてもらってばかり。これまでだって、今度だって……。クリスティーナ王女殿下から聞いたわよ。私のために色々と動いてくれているんでしょう?」


 リオがかぶりを振ると、セリアが申し訳なさそうに話を持ちだした。


「……余計なおせっかいだったかもしれませんが、心配だったもので。なら、俺がレストラシオンから屋敷をもらい受ける話は聞きましたか?」


 と、リオは微妙に気恥ずかしそうに苦笑し尋ねる。


「うん、聞いた。……そこに私が住むことも。明日にでも譲渡予定の屋敷に案内してくれるって。すぐに住めるそうよ」

「それは良かった」


 どこか悩まし気に頷くセリアに、リオが微笑みかけた。


「良くないわよ。またリオに借りができちゃった」

「俺は貸しだなんて思ってません。形式を整える関係で一度俺に所有権を経由する形になりましたが、実質的に屋敷は先生の物なんですから。諸々の手続きを済ませたら書類一式を先生にお渡ししますので――」

「待って、ちょっと待って。名義はリオのままでいいから、書類一式もリオが保管していて。お願いだから!」


 滔々(とうとう)と語るリオに、セリアが慌てて言葉を挟む。


「ですが……」

「屋敷はリオが手柄を立てたからこそ貰える物なんだから、リオの物よ。私が貰うわけにはいかないわ。私は住む場所を用意してくれただけで十分なの。稼いだお金で賃料だって払うから。だから、ね? お願い」


 リオが難色を示そうとするが、セリアが力強く訴えかける。


「別に賃料はいらないんですが」

「ダメよ、ケジメだから。ちゃんと払わせて」


 セリアはきっぱりとかぶりを振った。


「……わかりました。先生がそう仰るのなら」

「うん。一通りの手続が済んだら、きちんと契約を交わしましょ。リオが旅立つ前に」

「……はい、そうですね」


 と、リオは微妙に物憂げな声で頷く。すると――、


「……ねえ、覚えている? 昔、貴方がベルトラム王国を出ていく前に、私の部屋を訪れてくれた時のこと」


 セリアが儚げに微笑み、少し気恥ずかしそうに語りだした。


「ええ、覚えています」


 リオは当時の光景を思い浮かべるように目を瞑ると、ゆっくりと頷く。


「あの時は悲しいお別れだったけど、今度はそうじゃないわ。そうでしょう?」


 尋ねて、セリアはリオの顔を窺うように見つめた。


「はい。今度は正々堂々と、定期的に顔を出します」

「約束よ? 名義上だけとはいえ、この都市にリオの家ができるんだから」


 と、セリアはリオに言い聞かせるように語りかける。だが――、


「少し違います。先生がいるから、会いに来るんです。いなければここに用はありません」


 リオは微笑して、首を横に振った。


「へ……あ、えっと、うん」


 セリアが微かに頬を紅潮させて、恥ずかしそうに頷く。そして――、


「そ、それならいいんだけど、私が言いたいのは、今度は前向きにお別れしましょうってこと! だから、やり直しをしましょう。悲しい思い出にはしたくないし、あの時みたいに……、今度は明るく、前向きに!」


 と、上ずった声で、やや勇み足に言った。


「やり直し、ですか? あの時みたいに?」


 いまいち要領を得ないセリアの物言いに、リオが首を傾げる。


「う、うん。別れ際に、その……抱きしめてくれたでしょ? だから……、ほら、ちょっと立って」


 セリアは恥ずかしそうに語ると、立ちあがってリオに近づいた。


「えっと……、はい」


 リオがやや困惑した様子で立ち上がる。すると――、


「そ、そのままじっと立っていてね」


 セリアはおずおずとリオの胸元に顔をうずめた。そのまま自分の身体をそっとリオに預ける。


(……あの日のやり直し、か。確かに、先生がこうして抱きしめてくれたっけ。あまり明るい思い出ではなかったから、上書き……みたいなものなんだろうか)


 リオは微苦笑すると、そっとセリアの背中に手を回した。すると、セリアがリオを抱きしめる力が少しだけ強まる。

 セリアの温もりはあの日と同じで、相変わらず心地よかった。


「リオはあの時よりだいぶ大きくなっちゃったわね」


 と、セリアがリオを見上げてはにかむ。


「先生はさらに小さくなった気がします」

「もう……貴方が大きくなりすぎたのよ」


 悪戯っぽく笑ったリオに、セリアが呆れがちに返した。そして――、


「他の人がいる前ではこうして別れを済ますことはできないだろうから、まだ少し早いけど言わせてね。……リオ、行ってらっしゃい。気をつけて」


 セリアは安らかに見送りの言葉をリオに贈った。


「はい。行ってきます」


 リオも安らかに微笑んで頷く。

 この日、セリアと済ませた別れの挨拶は、温かな思い出としてリオの脳裏に刻まれることになった。


 ◇ ◇ ◇


 その後、セリアがリオの部屋から退室すると――、


「……春人」


 すぐにアイシアが実体化して現れた。


「アイシア……、起きていたんだ。おはよう」


 リオが小さく目をみはる。起きていたのなら出てくればいいのにとも思ったが、出やすい雰囲気でもなかったかもしれないし、もしかするとリオがセリアと一緒にいられる時間が残り少ないことをおもんばかって、気を遣ってくれたのかもしれない。


「ねえ、春人。セリアのことが心配?」


 アイシアは突然にそんなことを尋ねた。


「……アイシアに隠し事はできないか。心配だよ」


 リオは微苦笑し、観念したように頷く。すると――、


「私、残るよ。春人がセリアのことが心配なら、私がセリアの傍にいるよ?」


 と、アイシアが申し出た。


「……それはアイシアに悪いよ。いつも俺の都合で君を振り回している。本当は里に向かうはずだったのに、今度は北へ向かうことになったし」


 リオは微かに目を丸くしたが、すぐ後ろめたそうにかぶりを振る。


「私が里に行けないのは別に構わない。レイスの情報は漠然としているし、真偽もわからないけど、古くなった情報に価値はないから。だから、たとえ小さな可能性でも、北へ向かうのならなるべく早い方がいい。里に行ったら、戻ってくるのに二週間はかかる。その間にルシウスが北からいなくなる可能性だってある。そうしたらこんな小さな情報だって二度と得られなくなるかもしれない」


 アイシアはいつにも増して言葉多めに語った。相変わらず、抑揚のない声だが。


「……そうだね。でも、それでも俺の感情を優先させていることは確かだ。確定情報に基づいているわけでもなく、君を振り回していることに違いはない」


 と、リオは悩ましそうに言う。


「情報が確定しているかどうかなんてどうでもいい。確定情報を得られる保障もない。問題は春人がどうしたいのか。北へ向かいたいのなら向かえばいい。セリアが心配なら私を使えばいい。春人はどうしたいの?」


 アイシアは淡々と、リオの心を見透かしているように尋ねる。


「ベルトラム王国の貴族は油断ならない。ずっと先生の傍にいることはできなくても、もうしばらくは様子を見た方がいいとは思っているよ。……でも、先生だって立派な貴族だ。王都にいた頃のように立場が弱いのならともかく、今はそうじゃない。先生の扱いに関して誓約書にサインしてもらうよう取り計らった。なら、信じて任せてもいいとも思っている」


 リオが悩ましげに自分の気持ちを語った。


「しばらく様子を見た方がいい思っているのなら、私を使って。春人」


 アイシアは平たい声でそんなことを言う。


「……たまにわからなくなる。どうしてアイシアはそこまで俺のためにしてくれるのか」


 そう言って、リオが窺うような視線を向けると――、


「私は春人のために存在しているから」


 アイシアが端的に答える。


「……今までに聞いた答えと、あまり変わらないね」

「言って、春人がどうしたいのかを」


 苦笑するリオに、アイシアは結論を迫る。


(確かに先生のことだって心配だ。それに、理屈ではわかっているんだ。アイシアの正体を知るためにも、さらにはレイスという得体の知れない存在の正体を探るためにも、早いうちに里へ向かった方がいいって)


 と、リオは思う。だが、それでも――、


「一カ月……、最長で二カ月、セリア先生の傍に居てもらってもいいかな? その間にここへ戻ってくるから」


 と、リオは言った。すると――、


「わかった。セリアのことは私に任せて。今度は何があっても離れない」


 アイシアはただただ綺麗な声で即答したのだった。


 ◇ ◇ ◇


 翌日の昼過ぎ。

 リオとセリアはロダン侯爵に案内されて、領館からほど近い屋敷を訪れていた。周囲には付き添いの警備兵やらメイドやらもおり、さらにはクリスティーナまでもが同行している。

 一行いっこうが敷地の入り口となる門の前で馬車から降りると――、


「ここがすぐに入居できる屋敷の中で最も条件の良い物件でございます。ここからは歩きながら案内いたしますので、ご足労を願います。さあ、どうぞこちらへ」


 と、ロダン侯爵が言って、先導して門をくぐる。敷地の入り口から丘の上の屋敷へと伸びる道の先には、貴族が一人で暮らすにはいささか以上に大きな豪邸がそびえていた。周囲には手入れが行き届いた美しい自然庭園までもが広がっている。


(屋敷があるのは丘の上。敷地に入るための門は一つ。一応、簡単に侵入しづらいようには作られているな。敷地内の見晴らしもそこそこ良いし、魔術結界を張れば夜間の侵入者探知もできる)


 リオは油断なく立地条件を観察しながら、ロダン侯爵の後を付いていく。


「なにぶん今はレストラシオンに所属する貴族の大半がこのロダニアに屋敷を構えておりますのでな。新規に屋敷も建築しているおかげで、土地不足が問題となっております。なので、あいにくとここも敷地面積が少々手狭となっているのですが、その他の条件は領内でも有数と言っていいほどに恵まれております」


 一行を引き連れて屋敷へと続く道を歩きながら、ロダン侯爵がロダニアの物件事情とここの物件の価値を語る。


(警備の観点からすると、これでも広すぎるくらいだけど……立地的には許容できる範囲か。貴族的な世間体もあるし、あとは先生が気に入ってくれればいいかな)


 と、リオが考えているうちに、屋敷の玄関にたどり着いた。その後も、ロダン侯爵の案内で屋敷の中を見て回る。

 屋敷の中は使用人が住まうことを前提に、家族で住んでも余裕があるほどに部屋が余っており、内装もしっかりとお金をかけられていることが窺える作りとなっていた。

 物件の譲渡にクリスティーナが関与している以上、ロダン侯爵の面子的にも下手な屋敷は提供できないのだろう。領内でも有数の好条件という言葉に嘘はないようだ。


「ハルト、どうかな?」


 一通り屋敷の中を歩き回ると、セリアがリオに訊いた。


「いいと思います。ただ、住むのはセリアですから、貴方の意見を優先してください」


 リオが肯定的な意見を述べる。紹介された物件が好条件であることに間違いはないし、無料で物件を貰う以上、あまり我儘も言えない。


「ハルトがいいなら、私もいいと思う。というより、本当に立派な屋敷よ、ここ。領主以外に領都でこんな立派な屋敷を持てる貴族なんてそうそういないわ」


 と、セリアが感心した様子で言うと――、


「ははは、セリア君にそう仰っていただけるのなら幸いですな。クリスティーナ王女殿下はいかがでしょうか?」


 ロダン侯爵が鷹揚に語って、クリスティーナに水を向ける。


「……お二人とも問題がないのでしたら、私からは特に」


 クリスティーナはリオとセリアを見やりながらかぶりを振った。本当に褒賞はこれでいいのかという気持ちはまだあるが、当の本人達が構わないと言っているのなら、無理に押し付けるわけにもいかないだろうと思って。


「なるほど。では、こちらの物件をアマカワ卿に譲渡するということでよろしいですかな?」

「はい。恐れ入りますが、よろしくお願いいたします」


 ロダン侯爵が尋ねると、リオが二つ返事で頷いた。

 その後、速やかに契約が結ばれ、その日のうちに諸々の手続も済まされ、契約書や権利証が作成されることになる。また、事前にリオがクリスティーナとレストラシオンに突き出した要求書――主にセリアの身柄に関する取扱いを内容とする――も受諾され、誓約書を作成してサインされることになった。これで少なくともレストラシオンの人間が表立ってセリアの身柄に害意を及ぼすことはできなくなったことになる。

 屋敷には必要な家具が最低限揃っているので、早速、明日からセリアが屋敷で暮らすことが決まり、この日はとりあえず解散となった。

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登場人物紹介(第115話終了時点)
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