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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第八章 付き添い、頼りない王女の小さな成長

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第162話 その頃 その五

 場所はパラディア王国の南西に位置する隣国のルビア王国。そこのとある廃村を、ルビア王国の第一王女シルヴィ=ルビアが、侍従の少女を引きつれて歩いていた。

 シルヴィと侍従の少女は冒険者ふうの剣士然とした格好をしており、剣呑な面持ちを浮かべている。二人はかつて村長宅だったと思しき寂れた家の前まで移動すると、扉の先で立ち止まった。そして――、


「シルヴィ王女殿下、ここは私が」


 侍従の少女がそう呟いて、シルヴィを見やる。


「頼む、エレナ」


 シルヴィは小さく頷き、侍従の名を呟いた。侍従の少女――、エレナはそれを確認すると、家の扉を一定の回数、淀みなくノックする。

 すると、ややあって、家の扉がギイッと音を立てて開いた。そこから二十代後半の男性、アレインが顔を出す。

 アレインはまず前に立つエレナの顔を一瞥し、続けて後ろに控えるシルヴィの顔を確認すると――、


「これはようこそ、お待ちしておりました。姫騎士と名高い殿下にお会いできて光栄ですな。どうぞ中へ」


 慇懃無礼な口調と所作で、二人を家の中にいざなった。そのまま踵を返して、さっさと中へと戻ってしまう。


「……ふん」


 エレナはシルヴィの代わりに不機嫌そうに鼻を鳴らすと、ずかずかとアレインの後を追った。シルヴィも嘆息してそれに続く。


「まあどうぞ、適当なところにおかけください」


 アレインはすたすたとリビングまで移動すると、シルヴィとエレナにそう告げた。室内にはどこから持ち運んできたのか、小奇麗な家具が設置されている。

 エレナはやや意表を突かれたのか、物珍しそうに室内を見回した。すると――、


「こいつはどうも」


 奥のソファでくつろいでいた二十代後半の大柄な男性、ルッチの姿を発見する。ルッチは軽薄な笑みをたたえて、エレナとシルヴィを歓迎した。


「ちっ」


 エレナは明らかに不愉快そうに舌打ちする。だが、その一方で――、


「…………あの男はどうした?」


 シルヴィが淡々と室内を観察しており、アレインに問いかけた。


「あの男、ですか?」


 と、アレインはとぼけてみせる。


「レイスのことだ」


 シルヴィは微妙に語気を荒らげた。すると――、


「ああ、レイスの旦那なら火急の用事ができたらしく、ふらりとどこかへ行っちまいました」


 ルッチがしれっと答える。


「何だと? そちらの都合で呼びだしておいて……」


 エレナは思わず怒気を発して抗議した。すると、アレインがやれやれと嘆息し――、


「まあまあ、そうカッカなさらず、指示なら我々が承っておりますので」


 と、小さく肩をすくめて語る。


「ならば、私をこの場へ呼びだした理由をさっさと聞かせてもらおうか」


 シルヴィはスッと目を細めて、アレインに水を向けた。


「あー、一つは抗議するため。もう一つはその代償にこちらの頼みを追加で聞いてもらおうってことでしょうかね」

「……抗議だと?」


 アレインがぽりぽりと頭を掻きながら答えると、シルヴィは訝しそうな顔を浮かべる。


「いえね、実はシルヴィ第一王女殿下の妹君であらせられるエステル第二王女殿下を救出しようと、レイス様に襲い掛かった少年がいましてね」

「なん、だと……?」


 シルヴィは寝耳に水だといわんばかりに、目を見開いて硬直した。


「おい、ルッチ。連れてこい」

「おう」


 アレインが指示すると、ルッチはおもむろに立ち上がって隣の部屋へと向かう。それから、しばらくすると――、


「……おい、どういうことだ?」


 シルヴィはなんとか困惑を押し殺して、アレインに尋ねた。


「ははは、あくまで白をお切りになりますか。まあ、ご覧いただいた方が、話が早そうですな」


 そう言って、アレインが嘲笑をたたえると――、


「おらよ」


 ルッチが隣の部屋から戻ってきて、手足を枷で拘束された少年――、菊地蓮司きくちれんじを軽々と床に放り投げた。


「ぐっ……」


 蓮司は小さく呻き声を上げて、無様に地面を転がる。


「なっ……レンジ!?」


 シルヴィは連れてこられたのが蓮司だと察すると、愕然と叫んだ。


「っ…………」


 別にさるぐつわを噛ませられているわけではないのだが、蓮司は押し黙ってシルヴィから視線を逸らしてしまう。


「……おい、どういうことだ、これは!?」


 シルヴィは思わずアレインとルッチを見やって説明を求めた。


「先に申し上げた通りですよ。そこの間抜けなガキがエステル第二王女殿下を救おうと、レイス様の後をつけていましてね。まあ、結果は返り討ちに遭って、今に至るわけですが。これ以上の説明がご必要で?」


 アレインはくつくつと笑って、おかしさを堪えるように答える。


「なっ……」


 シルヴィとエレナは堪らず言葉を失ってしまった。蓮司に視線を向けるが、視線を背ける彼に何を言えばいいのかわからないのか、呆然と立ち尽くしている。


「で、その落とし前についてなんですが、具体的にはまだ決めかねていましてね。いくつかお願いを聞いてもらうつもりでいるんですが、とりあえずシルヴィ王女殿下にはしばらくこの家に暮らしていただいて、こちらの監視下に入っていただくことになりました」


 アレインは淡々と語って、話を切り出した。すると――、


「……なっ、ふざけるな! シルヴィ様を監視するため、このような家に住まわせるだと!? 貴様らと一緒にか!?」


 侍従のエレナが我に返って、堪らず抗議する。


「ええ、その通りですが、何か文句でも?」


 アレインは頷き、しれっと訊き返す。


「大ありだ!」


 と、怒鳴るエレナ。すると――、


「おいおい、そっちの指示で俺らを出し抜こうとした、このクソガキの行動を見逃すと言っているんだ。不服ですか?」


 ルッチが蓮司を足蹴にし、顔をしかめて反論した。


「そのような指示など出してはいない!」


 エレナは反射的に否定する。


「ほう、そうなんですかね? だとしたら、どうしてそこのガキはエステル王女殿下を救おうとしたのか……。どこから情報が漏れたんですかねえ?」


 アレインは目をみはって、シルヴィ達に問いかけた。


「レンジ……」


 シルヴィは苦虫を噛み潰したような顔で、蓮司を見やる。


「…………」


 蓮司は名前を呼ばれると小さく身体を震わせたが、相変わらず視線を逸らして沈黙を貫いていた。すると――、


「はっ、無駄ですぜ。このクソガキ、実力はともかく、プライドだけは超一流に高いようでしてね。自分の非を認めようとしねえし、ちっとも素直になりやしねえ。少しはしおらしい姿を見せれば、まだ可愛げがあるってもんなんですがね」


 ルッチがそう言って、蓮司を蹴飛ばす。


「ぐっ……」


 蓮司は身体を震わせて、ルッチを睨みつけた。


「おお、怖え怖え」


 と、ルッチは愉快そうに嘲笑を刻む。


「その辺にしておけ、ルッチ。それで、どうなんですかね? 落とし前の一環として、しばらくこの家で暮らしていいただくという話は。ご了承いただけますか? ああ、下手な真似をしないと誓っていただけるのであれば、家の中での行動の自由は許可いたしますよ」


 アレインはルッチをたしなめると、改めてシルヴィに水を向けた。


「……私には王女としての立場がある。私の一存で決められることではない」


 シルヴィは苦々しい顔で難色を示すが――、


「ははは、そうですか。なら、エステル王女殿下にそのツケを払ってもらってもらうとしますかね」


 アレインはあざわらうように、シルヴィを挑発した。すると――


「何だと!? 下種がっ、エステルに指一本でも触れてみろ!」


 流石のシルヴィも激情する。


「はっ、何をご想像になっているのかは存じませんが、約束通り、エステル第二王女殿には何の危害も加えておりませんよ。少なくとも現時点では、ね」


 アレインは含みを持たせた言い方をして、シルヴィを見据えた。暗に自分達の要求を呑まねば約束を反故にするぞと、脅迫しているようなものである。


「くっ……」


 シルヴィは押し黙り、忸怩たる想いで拳を握り締めたが――、


「……わかった」


 最後は首を縦に振った。


「よ、よろしいのですか、シルヴィ様?」


 エレナが泡を食ってシルヴィに確認するが――、


「仕方がない」


 シルヴィは言葉少なに、そう答えるだけだった。


(これ以上はもう、本当に駄目なのかもしれない。だが……)


 と、蓮司を見やりながら、そう思って。


「くっ……」


 エレナは堪らず憤り、非難するような眼差しで蓮司を睨みつける。蓮司は蓮司で現状に憤りを覚えているのか、複雑な面持ちで、小刻みに身体を震わせていた。

 アレインはそんなシルヴィ達の反応を愉快そうに眺めると――、


「ご納得いただけたようで、何よりですよ。こちらとしても不幸な犠牲を出さずに済みますからね。まあ、ご安心ください。このまま大人しくこちらの指示に従っていただければ、エステル第二王女殿下をお返しする日も近いとのことですので」


 と、鷹揚に語った。


「……ふん。だといいがな」


 シルヴィはさほど期待はしていないのか、不機嫌そうに鼻を鳴らす。すると――、


「おい、よかったな。お前の不始末のツケを、そこの第一王女様が肩代わりしてくれるってよ。その足りないおつむで現状と向き合った上で、よく感謝するといい」


 ルッチがせせら笑いながら、眼下の蓮司に語りかける。


「……黙れ」


 蓮司はぼそりと口を動かした。

 すると、アレインが嘆息し、つかつかと歩きだして、蓮司に近づいていく。そのまま荒々しく蓮司の頭を掴むと――、


「で、お前さんはどうすんだ? シルヴィ王女殿下との話もまとまったことだ。人質としての役目は終わったんだが……、このまま逃げたいか?」


 と、焚きつけるように尋ねた。


「……なんだと?」


 蓮司はジロリとアレインを睨み返し、訝しそうに訊き返す。


「なに、シルヴィ王女殿下に迷惑をかけたうえに、ここまで恥をかいたんだ。合わせる顔がないんじゃないかと思ってな」


 アレインはどこか愉快そうに語った。


「っ……」


 蓮司は激昂し、ギリッと歯を噛みしめる。


「ははは、いかにも怒っていますって、面をしてやがるな。だが、この世界、結果がすべてだ。だから、悪いのはお前さん。とはいえ、俺らも似たような経験をしたことはある。まあ、屈辱だろうよ。心中、察するぜ。悔しいよなあ?」


 アレインは蓮司の顔を見つめ返し、口許に嘲笑を刻む。


「……何が言いたい?」


 尋ねて、蓮司はじっとアレインの顔色を窺った。


「別に、俺はお前さんを労ってやっているだけだぜ?」


 アレインはそう言って、蓮司の肩をぽんぽんと叩き、意味深長な笑みを覗かせる。そして――、


「そうさな。まあ、こんだけの面倒事を起こしちまったんだ。もうこの姫様方がいるこの国には居づらいだろうし……、いっそのこと、遠くの国に行ってみたらどうだ? 団長に負けたそうだが、そこそこの実力はあるようだしな。お前ならどこでだってそれなりに自由にやっていけるだろうよ。そう思っているからこそ、冒険者になったんだろ?」


 と、語りかける。周囲の人間に対して多大な迷惑をかけた人間に対して、逃亡を勧めること、それは悪魔の囁きだった。

 自由と言えば聞こえはいいが、好き放題に振る舞って、自分から他人の問題に首まで突っ込んで、手に負えなくなったら逃げ出すということは、責任感の欠如に他ならないのだから。すると――、


「…………」


 蓮司の瞳が微かに揺らぐ。

 アレインはそれを見逃さなかった。フッとほくそ笑むと――、


「どうだ? この件から一切の手を引くって約束できるんなら、見逃してやってもいいぜ。もちろん約束を反故にするようなら、そこにいる姫様方や別にいる第二王女殿下にさらに迷惑がかかるわけだが、お前さんもそこまで馬鹿じゃないだろ」


 と、蓮司に問いかける。だが――、


「おい、待て。何が狙いだ? レンジ、そんな男の言うことに耳を傾けるな」


 シルヴィが見かねて、二人の会話に割って入った。


「これはこれは、姫殿下もご無体ですな。現実を知って傷心中の少年に、鞭を打つとは」


 アレインは少し芝居がかった口調で、異を訴える。だが――、


「黙れ! 貴様が勧めている生き方は無法者のそれだ。冒険者のそれではない。そこいらにいる野盗と何も変わらん。レンジ、逃げるな! お前はそんな男ではないはずだろう? 初めて私と会った時に口にした台詞を忘れたとは言わせないぞ!?」


 シルヴィはアレインの言を一蹴して、蓮司に力強く呼びかけた。すると、蓮司はビクリと身体を震わせて、ハッと顔色を変える。そして、ややあって――、


「……この俺をこんな目に遭わせているんだ。お前らは絶対に楽には死ねない。今更後悔しても、もう遅い。覚悟だけはしておけよ? 俺は貴様らのような人間のクズを殺傷することを躊躇しない」


 蓮司は冷えた眼差しでアレインを睨み返し、啖呵を切った。


「はっ、思った通り、大概、自分本位なガキだな」


 同じ穴の狢のくせにと、ルッチは面白がってぼそりと呟く。

 アレインもフッと笑って――、


「そうかい、そいつは残念だね」


 ひょいと肩をすくめてみせる。だが、そう呟く彼の口許は、やはりほくそ笑んでいた。


 ◇ ◇ ◇


 一方、場所は変わってベルトラム王国、レストラシオンの本拠地が構えられているロダン侯爵領の領都ロダニア。クリスティーナの下にフローラ失踪の知らせが届いてから、約二週間が経過したある日のことだ。ロダニアの領館を、勇者、坂田弘明が訪れていた。

 弘明は正式な面会の手順を踏まず、お供のロアナを引きつれ、ずかずかと執政室に向かうと――


「おい、ユグノー公爵、どういうことだ!? フローラが失踪しただと!? 護送体制に問題があったんじゃないのか!?」


 ノックもせずに荒々しく扉を開けて入室するなり、大声で叫んだ。だが、そこには名指ししたユグノー公爵だけでなく、ロダン侯爵を始めとするレストラシオン所属の高位貴族達が立ち並び、さらには最奥の執務椅子の横に立つクリスティーナが待ち構えていて――、


「……初めまして、勇者様。ようこそいらっしゃいました」


 クリスティーナは弘明の乱暴な闖入ちんにゅうに微かに目を丸くしたものの、にこりと笑みをたたえて弘明を迎え入れた。

 弘明は勢ぞろいで待ち構えていたクリスティーナ達を目にすると――、


「……ん、あ、ああ。お前は? もしかして……」


 流石に気勢をそがれたのか、臆したように立ち止まる。そして、最も位が高い人間がいるべき場所に、ユグノー公爵ではなく見慣れぬ顔のクリスティーナがいることに気づき、意表を突かれた。

 とはいえ、クリスティーナの存在は事前に伝え聞いていたし、その容貌がフローラと似ていることから、すぐにその素性に察しがついたようだ。

 一方、弘明の背後にいるロアナは、ややバツが悪そうに、所在なさげに立ちくしている。


「フローラの姉、クリスティーナ=ベルトラムと申します。本来ならこのまま歓談といきたいところですが、あいにくと事態が切迫しております。そのご様子だと、現状をおおよそご存じのようですね?」


 クリスティーナは弘明がペースを取り戻す前に、さっさと話を進めてしまうことにした。


「あ、ああ。フローラが乗った魔道船が襲われ、そのままフローラが行方不明になったと聞いた」


 弘明はクリスティーナの顔をまじまじと見つめながら、ややぶっきらぼうな声で答える。勇者になってから数多くの美少女達を目にしてきたが、クリスティーナはその中でもトップクラスに美しいと思ったのだ。


「でしたら、残念ながら現時点で取り立てて目新しいご報告はございません。墜落ついらくした魔道船の所在地は既に突き止めたのですが、フローラの遺体が見つかっていないのです。周辺に人員を配置して、目下捜索中ですが……」


 クリスティーナは努めて事務的な口調で事情を説明すると、最後に微かに顔を曇らせる。


「……そうか」


 弘明は気丈に語るクリスティーナの容貌に儚げなかげりを垣間見ると、思わず目をみはり頷いてしまう。本当は責任の追及を兼ねて文句の一つでも言ってやるつもりで、息巻いて乗り込んだのだが、流石にそんな雰囲気ではなさそうだと空気を読んだのだ。すると――、


「無論、生存している可能性もございますが、事が事ゆえに、勇者様には最悪の事態をお覚悟いただく必要もございます」


 クリスティーナが淡々と語りだす。


「う、む。まあ、な……」


 弘明は苦々しい顔で首肯した。


「私としても今の状況でこのようなことを申し上げたくはないのですが、レストラシオンの代表としての責務もございます。今後の処理に支障が生じる恐れがございますので、フローラとの婚約はいったん白紙とさせていただいてもよろしいでしょうか?」


 クリスティーナはいたたまれない面持ちで、さらりとフローラとの婚約解消を求めた。すると――、


「っ……」


 ユグノー公爵を初め、その場にいた貴族達の顔つきが微かに強張る。だが、弘明に気づかれない程度にしか変化を見せなかったのは流石というべきか。


「は……? いや、まあ、そうだな。仕方がない……のか?」


 弘明は急な話に咄嗟には判断しかねたのか、曖昧に返事をしながら、意見を求めるように背後に控えていたロアナを見やった。


「そ、その……」


 ロアナがその場での返答に窮すると――、


「挨拶が遅れたけど、貴方も久しぶりね、ロアナ」


 クリスティーナがロアナに話しかける。


「は、はい。お久しぶりでございます、クリスティーナ様。再び御身にお目にかかることができ、恐悦至極に存じます」


 ロアナはひどく恐縮した様子で、クリスティーナに頭を下げた。


「勇者様とフローラの補佐、大義でした。積もる話もありますから、貴方とはまた後ほどゆっくりと話すとしましょうか」

「は、はい」


 クリスティーナに語りかけられると、ロアナは恐々とした様子で頷く。弘明はそんな二人のやりとりを眺めながら――、


(へえ、ロアナがここまで恐縮するってことは、けっこう怖い性格をしているのか? まあ、かなりの美人だが、確かに顔の系統はフローラより鋭い感じだしな。フローラよりよっぽど王族らしいっちゃ、らしい雰囲気もある)


 と、そんなことを思う。


「っと、話が逸れてしまいましたね。無論、勇者様にもお考えがおありでしょうから、今すぐにご返答いただきたいというわけでもございませんが、フローラとの婚約の件、お考えいただけると幸いです」


 クリスティーナは早々に話を戻すと、深々と弘明に対して頭を下げた。弘明はそんなクリスティーナの丁寧な振る舞いに目をみはると――、


「ん? あー、まあ……、そう、だな。仕方がないか。フローラのことは残念だが、政治的な処理が色々とあるんだろ?」


 嘆息しながら、理解を示すように頷いてみせた。


(確かにフローラが無事でいる保証はない。というより竜に襲われたんだ。死んだようなもの……か。生きているかどうかわからない相手と婚約した状態を継続しても、他の相手との婚約に支障が出るだけだろうしな)


 と、そう考えて。


「…………恐れ入ります」


 クリスティーナは刹那、冷めた眼差しで弘明を見据えると、再度、深々と頭を下げた。


(王族らしい王族に、ここまで丁寧に頭を下げられたのは初めてかもしれないな)


 弘明はクリスティーナから誠意に似た何かを感じとったのか、内心で感心して――、


「まあ、そこまで気にする必要はないさ。辛いのは姉のお前も一緒だろうしな。他の連中相手に弱いところは見せられないだろうし、俺でよければいくらでも話を聞いてやるぜ?」


 小さく肩をすくめて、フッと笑って言った。


「……光栄なお誘いです。お時間がある時にでも、ぜひお食事を」


 クリスティーナは愛想笑いをたたえて応じる


「ああ、そうだな。まあ、フローラのことが落ち着くまで、当分はロダニアに滞在することになりそうだしな」


 弘明は満足そうに頷いた。だが――、


「ええ、お願いいたします。墜落事件以降、魔道船を襲った竜らしき生物の姿は目撃されておりませんが、まだこの辺りの国では魔道船の運航が自粛されておりますので。フローラに加えて、勇者様にまで何かが起きては、本当に取り返しのつかないことになってしまいます。……こちらへいらっしゃるために、かなりの無茶をなさったのでは?」


 クリスティーナはスッと目を細めて、弘明に問いかける。


「ん? あー、まあ、その竜とやらの目撃談はずっとなかったようだしな。大丈夫だろうと、俺が魔道船の船長にゴーサインを出したんだ。それに、勇者の俺が乗っているんだ。いざって時は、空を飛ぶトカゲ如き、訳ないぜ?」


 弘明はバツが悪そうに視線を逸らすと、調子のいいことを言う。クリスティーナは小さく嘆息すると――、


「こちらで安全の確認が取れるまで、以降は独断での外出をくれぐれもお控えください。理由は先に申し上げた通り、勇者様に何かがあってからでは遅いのです。それに、勇者様がこちらへいらっしゃるために、ガルアーク王国側にも少なからず配慮と負担を強いてしまいました」


 念を押すように、弘明を注意した。


「あー、わかった、わかった。フローラが乗った魔道船が墜落したと聞いて、居ても立ってもいられなかったんだ。まあ、無理に魔道船を運航させたことは、悪かったと思っている」


 弘明は億劫そうに弁明する。すると――、


「何卒、よろしくお願いいたします。……では、部屋を用意させますので、一先ずは休まれてはいかがでしょうか? お疲れでしょう」


 クリスティーナは弘明に退室を促した。


「ああ、そうだな。そうさせてもらおうか」


 弘明はこれ幸いにと、話に乗っかる。


「それと、ロアナを少しお借りしてもよろしいでしょうか? 久しぶりに会うものですから」

「ああ、構わないぞ」

「ありがとうございます。では、ご案内を」


 クリスティーナは礼を言うと、室内に控えていたメイドの女性を見やった。

 メイドの女性はその視線に応じて、速やかに動きだす。弘明はそのままメイドと一緒に部屋の外へ出ていってしまった。すると――、


「別にそう委縮する必要はないわよ、ロアナ」


 クリスティーナがロアナに声をかける。ロアナは恐縮そうに立ちつくしていた。その顔色はかなり悪い。


「い、いえ。その……」

「フローラの一件について、貴方が自分にも責任があると思っているのならただの己惚れよ。竜にしろ、大型の亜竜にしろ、天災のようなものなのだから、貴方が同乗していたところで何かが変わっていたわけではないわ。まあ、伝承通りの力を持つ勇者の彼が乗っていたのならば、話も違ったのかもしれないけれど」

「は、はい……」


 ロアナは相も変わらず委縮した様子で頷く。すると、そんな彼女の様子に、クリスティーナは小さく溜息をついて――、


「いくつか訊きたいことがあるの。素直に答えて頂戴」


 と、そう言ってから、ロアナに質問を開始した。

 今回は6章の中盤から終盤にかけて登場したアレインとルッチという男キャラが再登場しました(130話~132話でリオと戦って敗北したルシウスの部下達です(他にヴェンという男もいました))。

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