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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第七章 それでも続いていく明日へ

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第138話 迂闊な縁?

 二日後の朝、リオ達はリーゼロッテ所有の魔道船でアマンドを発ち、ロダン侯爵領の領都ロダニアへと向かった。

 昼前には目的地であるロダニアに到着し、都市に隣接する湖に着水する。そのまま水上を移動し、都市の港に到着すると、船乗り達が素早く下船の準備を済ませた。

 すると、護衛騎士のヴァネッサがクリスティーナをエスコートしながら、タラップを渡って港に降りる。そこにはレストラシオンに所属する高位の貴族達がずらりと並んでいた。昨日のうちにリーゼロッテが先遣隊を飛ばし、クリスティーナの訪問を伝えていたのだ。

 貴族達はヴァネッサの背後にクリスティーナの姿を確認すると、敬意を示すべく一斉に胸元に手を当て、恭しく頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました。クリスティーナ王女殿下」


 出迎えの貴族集団の中から、ユグノー公爵が一歩前に出て、歓待の挨拶を告げる。


「お出迎え、大義でした。ユグノー公爵」


 と、クリスティーナが涼しげな声でユグノー公爵達を労う。

 髪の色に合わせた薄紫色のドレスを纏った彼女の姿は、なんとも美しく、なんとも清楚で、王族としての華やかな風格さえ感じられる。取り立てて愛想を振りまいているわけではないが、特に若年の男性貴族達は彼女の美貌に視線を奪われていた。

 ただ、それは十メートルほど後方に控えた浩太や怜も同じだ。旅の間にクリスティーナのことはわりかし見慣れていたはずの彼らだが、こうして王女として公の場に出た姿を目の当たりにすると、その存在感は圧倒的で、やはり王女様なんだなと再認識していた。


「もったいないお言葉でございます。我ら一同、殿下がお越しになるのを心よりお待ちしておりましたゆえ。クリスティーナ王女殿下がお越しになったとお聞きになれば、フローラ王女殿下もさぞお喜びなることでしょう」


 と、ユグノー公爵がにこやかに笑みをたたえて言う。


「フローラには既にレディ・リーゼロッテから使者を送っていただきました。早ければ数日中にこちらへ来るのではないかしら」

「それは僥倖でございます。こちらからも迎えの船をお出ししました。……さて、このまま殿下に立ち話を強いるわけにもまいりませんな。一先ず場所を移しましょう。歓待の用意もございます」

「ええ。大まかな事情は先行して送った書簡の通りよ。重客の方々にもお越しいただいているから、手厚くもてなすように。それと、捕虜の軟禁もね」

「御意に」


 ユグノー公爵は短く頷くと、クリスティーナの背後で連行されているアルフレッドとシャルルに視線を向けた。

 二人ともベルトラム王国内では名の知れた大物だ。ましてやアルフレッドは王国最強の騎士であり、そんな存在がいったいどうやって拘束されたのかと、貴族達は強い好奇の視線を向けていた。

 だが、アルフレッドはそれらの視線を受け流し、堂々と佇んでいる。その一方で――、


「くっ……」


 シャルルはバツが悪そうに、貴族達からの視線を逸らした。


「連れていけ」


 ユグノー公爵は微かな嘲笑を口許に刻むと、背後に視線を向けて、控えの騎士達に対し指示を出す。


「はっ!」


 数名の騎士が動きだし、アルフレッドとシャルルのもとへと移動する。そして、護送役のリオとアリアから二人の身柄を預かった。


「世話をかけたな、少年。アリア君」


 身柄を引き渡す直前に、アルフレッドがリオとアリアに向けてぼそりと呟く。


「……いえ」


 リオとアリアは声を揃えてかぶりを振った。すると――、


「……おお、リーゼロッテ君。それに、アマカワ卿も。二人には大きな借りができてしまったな。大したもてなしはできないが、歓待の用意がある。とりあえず今日のところはゆっくりと羽を伸ばしてくれたまえ」


 ユグノー公爵がタイミングを窺っていたように、他国の貴族であるリーゼロッテとリオに声をかけた。最初からさりげなく周囲に視線を走らせて、同行者の顔ぶれを確認していたのだ。


「私は殿下をアマンドからここへお連れし、あとは臨時の渉外役を請け負ったにすぎません。アマンドまでの道程ではアマカワ卿が大層ご活躍なさったとか。ですので、お礼ならばアマカワ卿へ」


 リーゼロッテが愛想笑いを浮かべて謙遜する。すると――、


「そうか。アマカワ卿には先の夜会でフローラ王女殿下を救っていただいたばかりだというのに、クリスティーナ王女殿下まで救っていただくことになるとは……。不思議な縁があるものだな」


 と、ユグノー公爵がやや仰々しく言ってみせた。


「偶然です」


 リオが苦笑して、首を左右に振る。


「……どういうこと? アマカワ卿にフローラを助けていただいたの?」


 クリスティーナは目を丸くしてリオに尋ねた。


「ええ、まあ。夜会でちょっとした騒ぎがございまして」


 そういえばそこら辺の経緯は説明してなかったと、リオがぼかして答える。すると――、


「賊の侵入事件がありましてな。その際にフローラ王女殿下が狙われたのです」


 すかさずユグノー公爵が補足した。

 クリスティーナはハッと目を見開くと、即座に事情を呑み込み――、


「……そう。そうだったの。アマカワ卿、ありがとうございます。何とお礼を言えば……」


 恐れ入った面持ちで、リオに語りかける。


「どうぞお気になさらず。その一件がきっかけで名誉騎士に叙任していただきましたので」

「なるほど……。そういうことだったのね。色々と得心しました」


 クリスティーナは小さく息をつき、腑に落ちた表情を浮かべた。


「ふむ、積もる話はおありでしょうが、そろそろ移動しましょう」


 ユグノー公爵が移動を促す。それで一同はようやく移動を開始した。


 ◇ ◇ ◇


 その後、リオ達はロダン侯爵が自宅の隣に保有する迎賓館の一室で、手厚い歓待を受けることになった。

 旅疲れが溜まっているだろうクリスティーナ達に配慮して堅苦しい会食にはせず、参加メンバーも極力少なめにして、レストラシオンからはユグノー公爵とロダン侯爵を筆頭に、選ばれた一部の貴族とその親類のみが参加することになる。

 また、調理人やらメイドやら楽士やらもいるので、広々とした会場が閑散とするわけではなく、和気あいあいとくつろげるような雰囲気の立食パーティとなっていた。

 とはいえ、一部の面々の間では油断なく情報のやり取りが行われており、会場の一角ではユグノー公爵がクリスティーナとセリアの二人と会話を繰り広げている。


「いやはや、まさかセリア君まで現れるとは思ってもいなかったよ。しかもあのシャルル=アルボーと一緒に現れるとはね。政略結婚を強制されていたと聞いたが……」


 と、ユグノー公爵がセリアに水を向けた。すると――、


「こちらで極秘裏に救出しました。先生はあの程度の男に嫁がせるには惜しい人材ですので」


 と、クリスティーナが率先して答える。だいぶ内容をぼかした回答だが、下手に打ち明けても説明が面倒なので、気を回したのだろう。


「ははは。確かに彼にはもったいない才媛ですな、セリア君は」


 ユグノー公爵は嘲笑しながら同意した。流石のユグノー公爵もクリスティーナに対しては空気を読まざるをえない。


「いまだ本国政府に籍を置いているクレール伯爵にご迷惑をかけるわけにもいきませんので、詳しい事情は伏せ、レストラシオンが先生を拉致する形で召喚したということで対外的にも対内的にも処理します。よろしいですね?」

「御意に」


 などと、クリスティーナ達がやりとりを行う。

 その一方で、リオやリーゼロッテに対しては、ベルトラム王国の貴族達からおもてなしという名目のアプローチが行われていた。

 リオには貴族の令嬢が、リーゼロッテには貴族の嫡男が重点的に群がっている。近隣諸国の令嬢の中でも図抜けて優秀で、見目もたいそう麗しいリーゼロッテはもちろんのこと、先の夜会でフローラを救い、名誉騎士にまで成り上がったリオも、本人の意志とは無関係に名が売れているのだ。

 そんなリオがひょんな縁から今度はクリスティーナの護衛まで立派に務めた――王国最強のアルフレッドを倒した――というのだから、ベルトラム王国の貴族達からの注目度が格段に強まっているのも道理であろう。こうした宴席は貴族にとって出会いの場であるということもあって、各々がしたたかにリオとリーゼロッテにアピールを続けていた。

 なお、もちろん近くには彼らや彼女達の父母もいるのだが、計算高いのか、リオ達からは適度に距離を保っていたりするので、こういった趣向にはすっかり慣れきっているリーゼロッテはともかく、リオとしてはちょっとばかり困った事態となっていた。もちろん表面上は完璧に対応しているが。

 そして、さらに一方、会場の別の場所では、浩太と怜が豪華な料理に手を伸ばしていた。


「うーむ、美味い。だが、ここでも格差があるぞ。浩太」


 と、怜が令嬢達に囲まれるリオを眺めながら言う。


「まあ……ハルト君、実はけっこうすごい貴族みたいですし。同性から見てもかっこいいですし、僕らを気絶させたすごい騎士も倒すくらいに強いみたいですから」


 浩太が苦笑して応じる。


「止めろよ、聞いてて惨めになるだろ」

「いや、だって先輩が話を振るから……」

「それはともかく、ここまで付いてきちゃったけど、どうするんだよ、俺達?」


 怜が綺麗に切り分けられたステーキを頬張りながら尋ねた。

 すると、浩太は微かに顔を曇らせて――、


「……正直、このままここにいても、お城にいた頃から何かが変わるような気はしません。確かに、ハルト君が言ったように、しばらくはここで働かせてもらった方が無難なのかもしれませんけど」


 と、そう答えた。


「……まあ、環境的に城にいた頃を思い出しちゃうのかもしれないが、あの二人はいないわけだし、別に働くくらいはいいんじゃないの? 背に腹はかえられないし」

「それは、まあ、わかってはいるんですけど……」

「ま、もう少し考える時間はあるだろうから、追い出される前に答えを出せばいいさ。それにしても、そろそろお腹も一杯になってきたな」


 怜は小さく肩をすくめると、綺麗に平らげた皿を近くの机の上に置いた。すると――、


「お二方とも、少しよろしいですかな?」


 と、二人に声をかける人物が現れた。人数構成は壮年の貴族の男性が二人と、娘と思しき若年の可愛らしい令嬢が二人である。


「あ、はい。なんでしょうか?」


 怜が反射的に姿勢を正して応じる。


「なに、お二人とお話をしてみたかったものでしてな。私は男爵のディルク=ダンディと申します。そして、彼は男爵のジルベール=ベルモンド。私とは縁戚の関係にあります」

「えっと、私はレイ=サイキと申します。彼は自分の後輩でして、コウタ=ムラクモといいます。どうも初めまして」


 ダンディ男爵がベルモンド男爵を交えて自己紹介を行うと、怜がシュトラール地方流におずおずと挨拶を返した。浩太が後ろで「よろしくお願いします」とやや緊張した面持ちで頭を下げている。


「ははは、そう身構えないでください。そうだ、お二人に我々の娘をご紹介しましょう。ほら、ご挨拶なさい」


 言って、ダンディ男爵は自分達の娘に水を向けた。すると、背後に控えていた可愛らしい少女二人が前に歩み出る。


「ローザ=ダンディと申します」

「ミカエラ=ベルモンドと申します」


 ローザとミカエラがお淑やかに頭を下げた。

 二人とも怜や浩太よりも少し年下といったあたりか。系統こそ異なるものの、その顔立ちは実に整っており、それぞれが清楚で物静かな雰囲気を醸し出している。

 すると――、


「どうも、初めまして。私のことはレイとお呼びください」


 怜は気取った声色で語り、紳士的にお辞儀してみせた。だが、男のさがか、その視線は開放的なドレスの胸元に吸い寄せられている。特に、年齢に反してやや不相応にふくらみのあるローザに対して――。


(おおお、浩太! 俺らの時代が来たぞ!)


 怜が頭を下げたまま歓喜の表情を浮かべ、ちらりと浩太に視線を向ける。


(先輩、恥ずかしいですから。止めてください。ほんとに)


 豹変しかかっている怜を恥ずかしく思ったのか、浩太は顔が引きつりそうになるのを精一杯に堪えて笑みを取り繕った。

 だが、怜の態度を好ましく思ったのか、ローザとミカエラはくすりと笑みをこぼしている。


「それでは、どうぞよろしくお願いいたします、レイ様。我々のこともどうぞファーストネームでお呼びくださいな」

「ええ、喜んで。ローザさん、ミカエラさん」


 ローザがにこやかに申し出ると、怜は鷹揚に頷いた。


「ムラクモ様のこともお名前でお呼びしてもよろしいでしょうか?」


 ミカエラが窺うように浩太に問いかける。


「あ、はい。別に、大丈夫ですけど……」


 浩太は少し緊張した様子で首肯した。


「ありがとうございます。よろしくお願いしますね、コウタ様」

「はい、こちらこそ……」


 ミカエラからにこやかに語りかけられ、浩太がわずかに息を呑む。

 それから、しばらく一同で雑談に花を咲かせる。流石は貴族というべきか、男爵や令嬢達の巧みな話術により、緊張気味な浩太も少しずつ柔らかくなっていき、特にミカエラと親しくなっていった。

 そして、ある時――、


「それにしても俺らなんかとばかりこんなに話していていいんですか? 正直、重要人物でもありませんよ」


 ふと、気づいたように、怜が問いかけた。


「ははは。お二人が重要人物ではないなどと、そのようなことはございませんよ。最初の方は随分と熱心にお食事を楽しまれていたようですからな。声をかけにくかったのでしょう。実際、我々はずっと話しかける機会を窺っておりましたぞ?」


 と、ダンディ男爵が物柔らかに笑って語る。


「な、なるほど……。これはお恥ずかしい」


 怜は気恥ずかしそうな面持ちで納得した。貴族達から声をかけられらなかったのは、自分達の行動にも問題があったと自覚したからだ。浩太も顔を赤くして頷いている。


「ただ、同行していらっしゃった方々がいささか豪華すぎるのも事実ですな。クリスティーナ王女殿下やクレール伯爵家のセリア嬢はもちろん、ガルアーク王国の大貴族であるクレティア公爵家のリーゼロッテ殿や、名誉騎士のアマカワ卿までいらっしゃる。いずれも名の知れた御仁ばかりだ」


 と、ダンディ男爵が語ると――、


「男爵達は王女殿下達にご挨拶に伺わなくともよろしいのですか?」


 浩太がクリスティーナやリオ達を見やりながら尋ねた。


「我々は貴族といっても吹けば飛ぶような末端です。同じ貴族でも、自分よりも位の高い方々にはそう気軽に声はかけられませんよ。傍から見ると和気あいあいと歓談しているように見えるかもしれませんが、こういった催しには会話の順番や作法など、細かいマナーがあるのです」


 ベルモンド男爵が苦笑しながら答える。謙遜して言ってはいるが、本当にただの末端貴族がこの場に来られるはずもない。ダンディ男爵もベルモンド男爵も下位貴族でありながら一定の役職に上りつめている傑物であり、この場への参加が認められた極少数の存在である。


「……なるほど。大変なんですね」

「その点、俺らは貴族ではありませんからね。どうぞ息抜きがてらお相手してください」


 浩太が粛々と納得すると、怜が冗談めかして言った。


「おかしなレイ様」


 ローザがくすりと笑う。すると、そこへ――、


「どうやらお二方にもお楽しみいただけているようだな」


 一人の男性貴族がやってきた。声をかけられた日本人二人組はともかく、男爵達は素早く畏まってみせる。


「ええと、どちら様でしょう?」


 見知らぬ人物の登場に、怜が首を傾げると――、


「レイ殿。こちらにおわす方はこの地の領主でいらっしゃるロダン侯爵です」


 ダンディ男爵がやや焦燥した声でロダン侯爵を紹介した。参加するパーティの会場提供者であり、ましてや大物貴族の顔を知らないなど、本来ならばかなりの粗相であるからだ。

 だが、ロダン侯爵は特に気にした様子もなく――、


「ああ、皆、楽にしてくれて構わんよ。そういう席でもないからな。お二人には申し遅れましたが、私はジョージ=ロダンと申します。どうぞ以後、お見知りおきを」


 気さくに笑って、浩太と怜に自己紹介をした。


「ああ、これはとんだご無礼を。失礼いたしました。私はレイ=サイキと申します」


 怜がすかさず謝罪し、自己紹介をした。


「コウタ=ムラクモです。よろしくお願いします」


 浩太も慌てて名乗る。


「勇者様と一緒に召喚されたというお二人にお会いできて光栄ですな」

「いやいや、私らはただの出がらしのお茶というか、勇者のおまけみたいなものなので」


 ロダン侯爵が二人を持ち上げると、怜がへりくだってかぶりを振った。


「ははは、そう謙遜なさいますな。聞きましたぞ、お二人とも元の世界では教育を受けていたとか。それに、魔力が潤沢で魔道士として恵まれた才能もあると」

「いやあ、まあ、それほどでも……」


 怜と浩太が困り顔で苦笑する。日本では普通の高校生にすぎなかった自分達の能力は、本人達が一番よく理解しているのだ。この世界に来てからは色々と持ち上げられることも多かったが、それは周囲の平均的なレベルが下がっただけで、自分達のレベルが上がったわけではないだろう、と。

 実際、これまで自分達よりも地頭の良さそうな存在とはいくらでも出会ってきたし、身近で一緒に行動もしてきた。それに、魔道士として恵まれた才能があると言われても、目の前でセリアが使っていたようなとんでもない魔法はまだ使えないし、アルフレッドには一瞬で気絶させられたし、ましてやリオと正面から戦ったところで絶対に勝てるとも思えない。


「どうもお二人は謙遜がすぎますなあ。優秀なお二人の今後には大きく期待しているのですが、あまりプレッシャーを与えるのも考え物ですか。本日のところはどうぞパーティを楽しんでいってください。素敵な出会いもあるかもしれませんぞ?」

「ははは、素敵な出会いなら既にありました」


 ロダン侯爵が冗談っぽく笑って言うと、怜がローザをちらりと見やって調子よく返した。


(先輩は可愛い子に良くされると、すぐに調子に乗る)


 また悪い癖が出たと、浩太が小さく嘆息する。いつものことなのだが、今回ばかりは軽率だったかもしれない。

 ロダン侯爵は笑顔をたたえながら、鋭い輝きを一瞬だけ目に灯すと――、


「ほう、それは僥倖ですな。まあ、今後、お二人が我々に協力していただけるのなら、相応のポストが用意されることでしょうから、早いうちに身を固めていただくのもよいかもしれません。気にいった令嬢がおりましたら、果敢に攻めてみるのも手ですぞ? まあ、競争相手がいたり、婚約者がいたりする場合もありますがな」


 と、そう語った。


「確かに、お綺麗な方だと競争が激しそうですね。ローザさんやミカエラさんも」


 怜がロダン侯爵の話題に食いつきつつ、ローザやミカエラに水を向ける。すると――、


「親馬鹿と思われるかもしれませんが、器量は良いですから、縁談も多いです。ただ、理想の条件に合致するお相手は見つかっておりませんな。可愛い愛娘ですから、やはり理想的な結婚相手を見つけてやりたいのが親心なのですが……」


 当のローザではなく、父親のダンディ男爵がどこか物憂げに語った。

 男爵令嬢が高位の貴族と結婚しようとする場合、たとえ見た目が良くとも傍妻そばめや老いぼれた貴族の後妻として迎え入れられることが大半である。上昇思考の強い貴族にとって、本妻との結婚は付加価値目当てでするのが一般的だからだ。現当主が一定の役職に就いてはいるダンディ男爵家やベルモンド男爵家であっても、このことに変わりはない。


「うーむ。でしょうね。これほど可愛らしいのですから。となると、例えば俺がローザさんのお相手として名乗りを上げたところで論外というわけですね。いやはや残念だ」


 怜がうんうんと深く頷き、大仰に残念がってみせる。

 実際、ローザの容姿がもろに好みであり、「残念」と口にした怜だが、内心ではそれほど未練を感じていなかった。何しろ今まで女性から好意を抱かれた経験などないので、最初から自分がローザのような育ちの良い美少女に好かれると考えていないからだ。こうして楽しくお喋りができ、面識を持てただけで、調子に乗るほど大満足しているというわけである。


「ははは、それは少し早計かもしれませんな。どうだ、ローザ。レイ殿はこう仰っているが?」


 ダンディ男爵は愉快そうに笑うと、ローザに水を向けた。


「嬉しいですわ。レイ様は面白い殿方ですから」


 ローザが満更でもなさそうに答える。


「ほう……。でしたら、どうでしょう。レイ殿。後日、我が娘と個人的に会ってやってくれませんか? まずはもう少し互いのことを知る必要があるでしょうからな」

「……え? あ、はい。……いや、え?」


 ダンディ男爵に訊かれると、怜は呆然と頷いた。そして――、


(え? あれ、これ……デートの約束をしたのか? もしかしてワンチャンある?)


 と、遅れて状況を理解すると――、


「よろしくお願いいたします、レイ様」


 ローザが嬉しそうに、そして、可愛らしく頭を下げた。


「あ、いや……こ、こちらこそよろしくお願いします。ローザさん」


 怜が上ずった声で挨拶を返す。


(え、えらいことになった……)


 と、そんなことを思いながら。

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2015年10月1日 HJ文庫様より書籍化しました(2020年4月1日に『精霊幻想記 16.騎士の休日』が発売)
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