第165話 セリアの日常
場所はロダニアの領館、その敷地内の離れに存在する施設の一室で、セリアは十代前半から半ばの子供達を相手に講義を行っていた。
今のロダニアはベルトラム王国本国から離反した貴族達の拠点となっている関係上、少し前まで王立学院に通っていた子弟達も数多く滞在している。そんなロダニアでも王立学院並みの教育をという名目で、セリアが講師として抜擢されたわけだが――、
「はい、それでは、今回の講義はこれまで。皆さん、本日もご清聴、ありがとうございました。……あはは」
生徒達からの反響は予想以上だった。セリアがその日の講義の終了を告げると、生徒達が盛大に拍手をし始める。中には立ち上がっている者もいた。
百人は入れる巨大な室内が満員になっているので、その光景はまさに圧巻である。講義を終える度に拍手をされるので、セリアがこそばゆそうにはにかんでいた。
ここまでセリアが人気を博しているのは、セリアが歴代最年少でベルトラム王立学院の講師となったという経歴もさることながら、実際に行われる講義の内容が大変わかりやすいこと、そして何よりもセリアの容姿がとても可愛らしいことが最大の理由であろう。その証拠に、生徒達もセリアが恥ずかしがるのを見たくて拍手をしている節がある。男子生徒達の中には、セリアに熱を帯びた視線を向ける者もいた。
だが、そんな中――、
「相変わらずとんでもない人気だなあ。あの人、本当にすごい人だったんだな……」
つい先日からロダニアに暮らすことになった日本人の少年――、
「当然ですわよ。クレール伯爵家のセリア様といえば、ベルトラム王国有数の天才魔道士ですもの」
怜の隣に座るダンディ家のご令嬢、ローザが怜に語りかけた。
「俺はそんなすごい人と一緒に旅をしていたのか」
怜はしみじみと呟く。
「ふふ、レイ様がどのようにセリア様のことを見ていらしたのか、少し興味がございますわ」
ローザはくすりと笑って言った。
「いや、なんというか、可愛らしい年下の女の子にしか見えなかったかな? いや、俺よりも年上なんだけどね」
「あら、女性に対して年齢のことを言うのはマナー違反ですわよ」
「ははは、これは手厳しい」
などと、怜はマイペースに軽口を叩く。もともとは浩太と一緒にベルトラム王国城を飛び出した怜だったが、今では浩太とは別行動をとり、その代わりというべきなのか、ローザと行動を共にするようになった。
(しかし俺もすっかりロダニアの暮らしに順応しているな。ローザさんと結婚を前提にしたお付き合いまでしちゃって、魔道士になるために勉強までしているとは……)
怜はふと現状に至るまでの経緯を振り返り、なんだか不思議に思う。こうしてロダニアに残るにあたっては浩太と少しもめることになったのだが、後悔はしていない。むしろ今の生活に満足感すら抱いている。
(まあ、この世界で生きていくのなら、何らかの職には就かないといけないわけだし)
ロダニアに残っていなければ、おそらくは冒険者になるのが関の山だっただろう。何のコネもない人間が、見ず知らずの土地で何らかの職にありつけるほど、この世界は優しくはない。現に浩太は冒険者になる道を選んで、ロダニアを去っていった。
(俺はこうして組織に所属する方が食いっぱぐれないと思った。それだけだな、うん。まあ、それぞれの信じた道を進むしかない。浩太もそのうち顔を出すとは言っていたし)
と、生来のドライな思考回路でそう考える怜。元より彼は流されやすい性格をしている。ベルトラム王国城を出たのは浩太に付き添ってのことだし、ロダニアに残ることになったのはローザと
(日本で暮らしていたとしても、冒険者になっていたとしても、こんなに可愛くて献身的な子と付き合えることはなかっただろうしなあ)
だから、まあいいかなと思った、というわけである。怜はうんうんと頷きながら、ローザを見やった。すると――、
「どうかなさいましたか、レイ様?」
隣に座るローザが、不思議そうに怜の顔を覗き返してきた。
「いや、俺は幸せ者だなと思っただけだよ。こうしてローザみたいな可愛い子と、結婚を前提にしたお付き合いができているんだからね」
怜は今の自分の素直な気持ちを吐露する。そう、何よりローザは可愛かった。客観的な美しさで言えば一緒に旅をしてきたセリアやクリスティーナの方が上なのだろうが、ローザだって怜にしてみれば好みド直球に可愛い。そして、胸も大きい。これが大事だった。胸の大きさだけを見れば、セリアやクリスティーナよりもローザが勝っている。それに、セリアやクリスティーナは少し高嶺の花すぎるきらいがあって、そういう相手として現実味がない。
「幸せ者は私の方ですわ。レイ様のように立派な殿方と、こうしてお付き合いできているのですから」
ローザはそう言って、ぴたりと怜に寄り添う。
「どこぞの馬の骨とも知れない凡骨だけれどもね」
怜は自らを卑下するように、小さく肩をすくめた。すると――、
「あら、レイ様はご聡明ですし、何より素晴らしい魔道の才能をお持ちじゃないですか」
ローザは怜を持ち上げる。
「ははは、魔力の量がこの世界の人よりも多いってだけだけどね。せっかくの膨大な魔力も、魔道の技術を身につけないと宝の持ち腐れだ。だからこそ、こうして勉強に励んでいるわけだけど」
怜は鷹揚に笑いながら語った。実際、今の怜は天才魔道士のセリアよりも豊富な魔力を持っているが、技術面を踏まえれば、総合的な魔道士としての力量はセリアの足元にも及ばないだろう。
「私は信じておりますわ。レイ様がこの国で一番の大魔道士になると」
「なら、俺はその期待に応えないとね」
そうして、怜とローザはしばし二人で見つめ合った。いつの間にか教室内に残っている人間が自分達だけになっていることに気づかずに、と思いきや――、
「っと、そろそろ行こうか」
流石の怜も教室内が静まり返っていることに気づいたのか、微苦笑しながら言う。
「ええ、お供しますわ」
ローザはお淑やかに返事をした。
◇ ◇ ◇
一方、その頃、セリアはその日の講義を終えると、クリスティーナのもとを訪れた。講義を終えてそのまま帰路へ就こうとしていたところを、クリスティーナ付きの侍女に声をかけられたのだ。
「失礼いたします」
セリアは侍女に案内されてクリスティーナの私室に入ると、恭しくお辞儀をする。クリスティーナは上座の席に腰を下ろして、お茶を飲んでいた。向かいの席には誰か女性が座っているが、セリアの位置からだと背中しか見えない。
「急にお呼び立てしてしまい、申し訳ございません。ロアナにも先生と会わせてあげたくて、席を設けさせていただきました」
クリスティーナは静かに立ち上がると、セリアを歓迎した。ほぼ同時に、クリスティーナのお茶の相手、ロアナも立ち上がって、セリアに向き直る。
「あら、ロアナさん。お久しぶりね」
セリアは小さく目をみはって、ロアナに微笑みかけた。
「……お久しぶりです、セリア先生。こうして再びお会いできるとは」
ロアナは感極まった面持ちで、深々と頭を下げる。
「あまりのんびりとお茶もできないのですが、どうぞおかけください」
クリスティーナはそう言って、セリアも座るように席を勧めた。
「……ありがとうございます。お呼びくださり、光栄ですわ。では、失礼いたしまして」
セリアはにこやかに礼を言うと、クリスティーナの顔色を窺いながら、勧められた席に腰を下ろした。クリスティーナの顔つきは一見すると穏やかに見える。
こうしてセリアがクリスティーナと顔を合わせるのは、フローラ失踪の知らせがロダニアに届いてから初めてのことだが――、
(フローラ様が失踪なさってお辛いはずなのに……。ううん、だからこそレストラシオンの代表として、職務を完璧に務めなければいけないのよね。強いお方だわ)
セリアは今のクリスティーナの心情を察し、胸を痛めた。だが、顔を曇らせることはしない。こういったプライベートな時間だけが今のクリスティーナにとって癒しの時間となるのだ。その貴重な時間を使って自分とのお茶会をセッティングしてくれたクリスティーナの気持ちがわからぬセリアではない。
ゆえに、少しでもクリスティーナの気が紛れるようにと、セリアは普段通りに振る舞うことを即座に決めた。
それから、すぐにセリアの分のお茶とお菓子が用意されると――、
「では、始めましょうか」
クリスティーナの音頭により、お茶会が開始された。
「そういえばセリア先生とこうしてお茶を囲むのは、初めてのことですね。なんだか不思議な気持ちですわ」
と、ロアナは嬉しそうに微笑する。
「私も……と思いましたが、旅の間に何度もそういった時間はございましたね。アマカワ卿が淹れてくださったお茶は実にお見事でした」
クリスティーナはどこか懐かしそうに語った。
「そうでございましたね。ハルトは多芸ですから」
セリアはくすりと笑って言う。すると――、
「アマカワ卿、ですか? えっと、あのガルアーク王国の名誉騎士でいらっしゃるアマカワ卿……でございますよね?」
ロアナは不思議そうに小首を傾げた。
「ええ、そうよ。貴方にはそこら辺の過程までは説明が届いていなかったのね。私とセリア先生をロダニアまで送り届けてくれたのが、他ならぬアマカワ卿なの。追手として現れたアルフレッドを退けてくださったのよ?」
クリスティーナはそう言って、少し
「アルフレッド様を? あの、王の剣の、アルフレッド様を……ですか?」
ロアナは大きく目をみはって、二度尋ねた。アルフレッドが追手としてやってきたという事実も驚きだが、そのアルフレッドを退けたという話はさらに驚きだ。
「ええ、あのアルフレッドをよ。私もこの目で戦うところを目にしていなければ、信じられなかったでしょうけれど」
と、クリスティーナは微苦笑する。すると――、
「それにしても、ロアナさんもハルトのことをご存じだったのね?」
セリアが興味深そうに尋ねた。
「それは、もちろんですよ。アマカワ卿は平民の身で異例の名誉騎士に大抜擢されただけでなく、クレティア公爵家のリーゼロッテ様と個人的な交流があり、勇者サツキ様とも親しいということで、ガルアーク王国でも注目の人物でいらっしゃいますから……。しかし、いったいどういった経緯でアマカワ卿がお二人をロダニアまで護送されたのですか?」
ロアナはいまだに驚きの余韻を残しながらハルト=アマカワという人物がどれだけ有名なのかを語ると、頭の中に思い浮かんだ疑問を口にした。
「……もともとアマカワ卿はクレール伯爵家と個人的な交流があったのよ。その関係でセリア先生とも交流があった。私が王都からロダニアへ逃亡するにあたってクレール伯爵の助けを借りたから、その縁でアマカワ卿を頼らせてもらうことになったの」
クリスティーナはセリアと相談して対外的に用意していたシナリオを
「然様でございましたか……」
ロアナはすっかり信じきった様子で目を丸くした。元より彼女には王族であるクリスティーナの発言を疑う理由がない。すると――、
「というわけで、アマカワ卿はここロダニアでも注目の人物よ。一応、謝礼の名目でロダニアの邸宅を賞与したけれど、夜会での一件も踏まえて、我々は彼に大きな借りを作ってしまっている。その恩返しの一環として、彼と婚姻関係を結ぶべきと主張する声も上がってきているわ」
クリスティーナはやや辟易とした面持ちで言う。恩返しといえば聞こえがいいが、その実質がハルトという戦力を体よくレストラシオンに組み込んでしまうための足掛かりであることは目に見えているからだ。
とはいえ、そういった貴族達の声が大きくなるのも無理はない。何しろハルトは王の剣であるアルフレッドをも退けたほどの人物なのだ。その戦闘能力には戦術的な価値があるといえよう。
「あはは」
セリアはレストラシオンに所属する貴族達の思惑を見透かし、思わず苦笑してしまった。リオがレストラシオンの令嬢達と結婚することだけは、ありえないと思ったから。
「確かにアマカワ卿ほどの人物とは密接な縁を作っておきたいところですが……、爵位を下賜する、という選択肢はないのでしょうか?」
ロアナは思案顔を浮かべて問いかける。
「無理でしょうね。彼は一度、ガルアーク王国で騎士爵の下賜を断ったのでしょう? もっとも、その結果として名誉騎士に叙勲されてしまったわけだけど……」
クリスティーナは初めから無理だと悟っているように、訊き返した。
「……では、クリスティーナ様の権限で、アマカワ卿を名誉騎士に叙任することはできないのでしょうか?」
ロアナは一つの選択肢として、別の可能性を尋ねる。爵位には義務が伴う以上、双方の合意がなければ下賜できないが、義務を伴わない名誉騎士であれば一方的に叙任することも可能だ。だが――、
「……できないことはないけれど、彼がそれを望むとも思えない。ですよね?」
クリスティーナは難色を示し、セリアに訊いた。
「ええ、仰せの通りかと」
セリアはややバツが悪そうに頷く。
「私としては彼が望まないことを無理強いしたくはないの。借りを返すつもりで却って迷惑をかけては、本末転倒でしょう?」
クリスティーナはまっとうな正論を語って、ロアナを見やった。
「……ええ。そこで婚姻関係を、という話になるのですね」
地位や金銭が駄目ならば、女で。いかにも貴族らしい交渉のやり口だ。流石のクリスティーナもそこまでは貴族達の動きを制限することはできないようである。ただ、ロアナは首肯しつつも、少し意外そうにクリスティーナの顔を窺った。
王族としてのクリスティーナならば、それでも合理的にハルトを名誉騎士に叙任する選択肢を選ぶように思えたからだ。
実際、第一王女の地位を持つクリスティーナならば、多少強引でもその地位を押し付けることができなくはない。とはいえ、それだけ筋を通して付き合いたい相手なのだろうと、すぐに思い直す。
「そうなるわね。正直、ぜひ我が家の娘をと主張する貴族も少なくないわ。その気になっている子も多いようだし」
クリスティーナは頷き、やれやれと嘆息した。
「……アマカワ卿は容姿端麗でいらっしゃいますからね。夜会に出席した令嬢達の間でも、浮かれている子が何人かおりましたわ」
ロアナも釣られて、やれやれと嘆息する。
(あはは、まさかリオがこの二人にここまで評価されるなんてね)
セリアはなんだか妙にこそばゆかった。だが、それでいて微笑ましそうに、クリスティーナとロアナの会話を眺めている。すると――、
「正直なところ、先生はアマカワ卿のことをどのようにお思いなのですか? 仮にレストラシオンに所属する貴族の令嬢からそういった候補を見繕うとした場合、第一に選ばれるべきはセリア先生が相応しいと私は考えているのですが……」
クリスティーナがそんなことを言った。
「えっ!?」
セリアは思わず面食らってしまう。そして――、
(私がリオと……、結婚?)
白銀の花嫁姿になってリオと一緒にいる自分を想像し、堪らず頬を紅潮させてしまった。
「そのご様子だと、やはりアマカワ卿のことを憎からず思っていらっしゃるようですね」
クリスティーナはくすりと笑う。
「まあ、そうなのですか!?」
ロアナは興味津々といった面持ちで食いついた。普段は貴族の女性然としていても、こういった席ではやはり一人の乙女なのだろう。尊敬する恩師の恋愛事情は気になるようだ。
「う、ううん、ハルトとは、そういう関係では……」
セリアは気恥ずかしそうにかぶりを振る。
「まあ今の先生のお立場でご自由に婚姻も結べないのかもしれませんが、その気があるのでしたら、私から他の貴族達にそれとなく言い含めておきますので」
いつでも言ってくれと、クリスティーナは言外に語った。
「クリスティーナ様がこう仰っているのです。お慕いしているのでしたら、好機ですわよ、先生!」
と、ロアナはセリアに発破をかける。
「だ、だから、ハルトとはそういった関係じゃ……、そもそも一箇所に留まらない子ですし」
セリアはたじろいで弁明した。だが――、
「貴族ならば一箇所にとどまらず、あちこちに顔を出すのは当然のことではないですか。それに、お名前で呼ぶほどの仲なのにですか?」
ロアナはぐいぐいと問いかける。
「それはまあ、それなりの付き合いだから……」
と、セリアが答えると――、
「それなりの仲、というのが問題でもあるんです。今、先生はアマカワ卿の邸宅にお住まいになっておりますから、レストラシオンの貴族達も二人の仲を測りかねていまして」
クリスティーナがどこか悩ましそうな面持ちで言う。
「まあ、アマカワ卿の邸宅に、まあまあ」
ロアナは上品に口許を手で覆いながら、強く関心を示した。
「…………」
セリアはいたたまれずに言葉に詰まる。
「今はそれが牽制となっていますが、本当にお二人の仲が何もないと思われるようであれば、痺れを切らして動きだす貴族も現れるはずです。そのことはご承知おきください」
クリスティーナはフッと笑みを浮かべると、やや困った面持ちで語った。
「……はい」
セリアは恥じらうように首肯する。それから、しばしハルトに関する話題が続き、瞬く間に時間が過ぎていく。
すると、ある時、室内にノックが響き、侍女がそそくさと入室してきた。
「姫様、勇者様がお越しです。ロアナ様が姫様とお茶をしているはずだからと」
侍女は粛々と用向きを語る。お呼ばれもせずに淑女達のお茶会に立ち入るなど、無粋の極みだが――、
「……そう、通していただいて構わないわよ」
クリスティーナは整然と告げた。
「えっと、でしたら、私はお邪魔になりそうなので、そろそろ失礼いたしますね」
セリアは空気を読んで、そう提案する。
「ええ、そうされた方がよろしいでしょうね。本日は素晴らしいひと時をありがとうございました、先生」
クリスティーナは申し訳なさそうに嘆息すると、セリアに小さく会釈した。
「こちらこそ、素敵な時間を過ごさせていただきました。ありがとうございます、クリスティーナ様、ロアナさん」
セリアは折り目正しく、お辞儀し返す。
「本当に楽しかったですわ。よろしければぜひ、またお付きあいくださいな、セリア先生」
ロアナも口許をほころばせて、セリアに語りかけた。
「ええ、喜んで。それでは、ごきげんよう」
「はい、ごきげんよう」
そうしてお淑やかに別れを済ますと、セリアは侍女に案内されて退室することになった。侍女が扉を開けると、入れ違いに弘明が入室してくる。セリアはすれ違いざまに弘明にお辞儀をすると、そのまますたすたと歩いて立ち去ってしまった。
弘明は呆けた顔で立ち去るセリアの背中を見つめていたが、しばらくすると、クリスティーナ達のもとへと近づいてきて――、
「あー、今のは誰なんだ?」
と、開口一番にセリアの素性を尋ねる。
「セリア=クレール様ですわ。魔道の名門として広く知られたクレール伯爵家のご令嬢にして、ベルトラム王国が誇る天才魔道士。クリスティーナ様や私の恩師でもあるお方です」
ロアナはやや困り顔で、セリアのことを教えてやった。
「恩師? ロアナ達のか? 歳はいくつなんだ?」
弘明は大きく目をみはり、質問する。
「ヒロアキ様よりも二つ上、二十一歳です」
と、ロアナが答えると――、
「ははあ、合法ロリってやつか。で、天才魔道士と。いいな。どうせなら呼び戻して一緒にお茶しようぜ」
どうやら弘明のお眼鏡に叶ったようだが――、
「申し訳ございません。先生はお忙しいので、ご容赦ください。この後もアマカワ卿の邸宅へお帰りになって魔道の研究がございますので」
クリスティーナが事情を説明して、ご遠慮願う。
「アマカワ卿の邸宅?」
弘明は怪訝そうに首を傾げた。すると――、
「ハルト様のことです。ガルアーク王国の夜会でお会いになったでしょう?」
ロアナがすかさず説明してやる。
「ああ……、アイツか。なんでアイツの家がここロダニアにあって、セリアがそこへ帰るんだ?」
弘明はすぐに合点がいったようだが、再び疑問を抱いた。すると、今度は――、
「実は私やセリア先生がロダニアへ来るにあたって、ハルト様が護衛役を買って出てくださいまして、その謝礼としてロダニアの邸宅をプレゼントしたのです。セリア先生はアマカワ卿と親しい間柄ですので、アマカワ卿の邸宅に住まわせてもらっているというわけです」
クリスティーナが事情を説明してやる。
「あー、そういうことね、わかった。つまり、あの女はアイツのことを好いていると。なるほど、なるほど。じゃあ、いいや」
弘明は一気に興味を失ったのか、どこか不機嫌そうに言う。
(あーあ、せっかく目にかけてやろうと思ったのに、こぶつきとはね。他の男のことを思っているとか、そういう過去があるだけでも一気に萎えるんだよなあ。いらない情報だわ、がっかりだわ)
と、ひどく失望して、そんなことを考えながら。だが――、
「あら、もしかして私達がお茶のお相手ではご不満ですか?」
と、クリスティーナが微笑して言うと――、
「あー、いや、そんなことはないぜ。クリスティーナとはじっくり話をしたかったしな」
弘明は満更でもなさそうに、肩をすくめてみせる。クリスティーナだってセリアに負けず劣らずの上玉なのだから――。弘明はすぐに気持ちを入れ替えた。
◇ ◇ ◇
一方、その頃、セリアは帰路へ就いていた。一人で廊下を歩いていると――、
(セリア、春人と結婚したいの?)
突然、脳内にアイシアの声が響く。
「っ……」
セリアはびくりと身体を震わせた。そして――、
(ちょ、何を言っているのよ!?)
心の中で、慌ててアイシアに抗議する。今のセリアには常に霊体化したアイシアが護衛として付いているのだ。いきなり頭の中で声が響くことにも少しずつ慣れてきたが、今の発言は完全に不意打ちだった。
(さっきのお茶会でそんな雰囲気だったから)
(そ、そんなことないし!)
セリアは周囲に人がいないか、そわそわと確認しながら否定した。すると――、
(そうなの?)
アイシアのどこか訝しそうな声が脳内に響く。
(そうなの! リ……、ハルトに言っちゃ駄目だからね!)
セリアは顔を真っ赤にして訴えた。
(わかった)
アイシアは意外とすんなり了承する。
(…………)
セリアは少し予想外というか、拍子抜けしたが、もともとアイシアは淡泊な性格をしている。案外こんなものなのかもしれない。そう思って、小さく胸を撫で下ろした。