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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第七章 それでも続いていく明日へ

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第137話 それぞれの今後

 

「……前世、ですか。それはまた、随分と漠然とした問いかけですね。私の思い違いでなければ、前世とは今の自分が誕生する前の世のことを指しているのでしょうか?」


 リオは目を見開いてみせると、窺うように質問を返した。不意打ちの質問に対して、少しでも考える時間を稼ごうとしての対応である。


「はい、仰る通りの意味です」


 リーゼロッテはこくりと首肯した。その瞳はどこか怯えたようにリオの顔色を窺っている。


(この質問……俺が転生した人間だと、確信に近い何かを抱いているのか? もしくはそれとは関係なしに打ち明けようとしているか……。いずれにせよ、その意図は何だ?)


 と、リオは咄嗟に考えたが、冷静に考える時間すらない。ゆえに、答えなど思い浮かぶはずもなく――、


「……形而上けいじじょう的な論題ですが、否定はできないのではないでしょうか? とはいえ、客観的に証明もできませんが」


 と、無難な答えを返すことしかできなかった。流石に「はい、信じます」と二つ返事で答えるのは軽率であろう。

 質問の意図すら読み取れていない現状では警戒してしかるべきだし、もう少し踏み込んで話を聞く必要がありそうだ――と、そう考えて。


「証明……ですか。確かに客観的に証明することはできないかもしれません」

「リーゼロッテ様は信じていらっしゃるのですか?」


 表情を曇らせたリーゼロッテに、リオが尋ね返す。


「……はい。信じます」


 リーゼロッテは静かに、だが力強く頷いた。だが――、


「まるで確信しているかのような仰いようですね」


 と、リオが踏み込むように言うと、リーゼロッテは困ったように笑みを浮かべる。そして――、


「……申し訳ございません。立ち話で繰り広げる談義ではございませんでしたね。私としたことが、少し疲れているようです。困惑させてしまったかもしれませんが、また機会を頂ければ、この件についてお話をしてもよろしいでしょうか?」


 リーゼロッテは目を瞑り、小さくかぶりを振ると、少しばつが悪そうに語った。


「ええ、構いませんが……」


 突然、手のひらを返したように話題を引っ込めたリーゼロッテに、リオが躊躇いがちに頷く。

 今は少し冷静になったのか、先ほどまで感じられた戸惑いや揺らぎのようなものは感じられないが、そもそも普段から冷静なリーゼロッテらしからぬ態度だったことは確かだ。まるで衝動的に訊かずにはいられなかったかのような。

 だが、先の物言いからすると、場を再セッティングして再び切り込んでくる可能性は非常に高いように思えた。おそらくその時はすべてを打ち明けてくるかもしれない。

 だから――、


(……彼女との付き合い方について、次に何があっても動揺しないよう、一度きちんと考えた方がよさそうだな)


 今までリオは自分から積極的に距離を詰めることはしなかったが、リーゼロッテから積極的に距離を詰めてくるというのなら、以降の二人の関係は変わらざるをえず、リオも必然的に対応を迫られることになる。

 ならば、もちろんリーゼロッテの出方次第だが、メリットとデメリットを熟考し、場合によっては互いの秘密を共有することも視野に入れておく必要があるだろう――と、リオは考えた。

 風来坊だった以前ならばともかく、今のリオはリーゼロッテとそれなりの信頼関係を形成しているのだから。


「それでは、どうぞよろしくお願いいたします。アマカワ卿。あまり遅くなっても殿下達にご心配をおかけしますね。必要ならばお供をお付けしますが……」

「いえ、お気持ちだけ頂戴します。それでは……」


 リオは社交的な笑みを浮かべて頷いてみせると、踵を返して歩きだした。すると、近くにいた侍従が近寄って来て、屋敷の外まで案内される。

 その後は特に問題もなく、ヴァネッサ達をリーゼロッテの屋敷へと誘導することになった。


 ◇ ◇ ◇


 その日の晩、リーゼロッテから夕食を振る舞われると、リオはクリスティーナの部屋に呼び出されていた。

 なお、別の部屋ではリオの紹介でリーゼロッテが浩太と怜に会っていたりするのだが、それはまた別の話。


「お越しいただきありがとうございます、アマカワ卿」


 ソファに対面して座ると、クリスティーナがリオに頭を下げる。すぐ傍にはヴァネッサが立ったまま控えていた。


「いえ。どうぞお気になさらず」


 リオは落ち着いた所作でかぶりを振る。


「こうしてお呼びしたのは、アマカワ卿に正式にお礼を言いたかったのと、いくつか今後に関するお話があったからです。まずは、おかげ様で無事にロダン侯爵領へ向かう算段がつきました。クレティア公爵令嬢が魔道船で送迎してくださるとのことです」


 夕食時、クリスティーナはリーゼロッテと二人きりで個人的に食事をしていた。その時に色々と話をしたのだろう。


「それは重畳ちょうじょうです。その気になれば明日にでもロダン侯爵領へ着くことができるのではないでしょうか」

「ええ。出発は明後日になりましたが、当初の予定よりだいぶ早く到着できそうです。これもアマカワ卿にお取次ぎいただいたおかげです。ありがとうございました」

「重要な役割はリーゼロッテ様が担っておりますから」


 と、リオは謙遜する。


「いえ、伝手がなければ彼女に会うことすら難しかったでしょう。そもそも会うことを選択肢に入れていたかもわかりません」

「……なるほど。では、恐れながら、ありがたくお言葉を頂戴します」

「はい。ですが、お礼の言葉だけではなく、貴方には相応の報酬を支払わなければなりません。何度も言いましたが、貴方という存在なくして私が今この場所にいることは決してなかったでしょうから」

「以前にも申しましたが、お礼ならばセリアへ」


 褒賞の話題を切り出したクリスティーナに、きっぱりと予防線を張るリオだが――、


「そういうわけにも参りません。絶望的な状況だったクレイアからの脱出を成功させてくれただけでなく、アルフレッドを退けてもくださいました。他にも色々と助力していただきましたが、二度も窮地きゅうちから救っていただいたのです。お礼の押し売りになってしまいますが、それほどの恩人に何も謝礼を支払わないとなれば王族の沽券にかかわります」


 クリスティーナとしても簡単に引き下がるわけにはいかない。


「無論、殿下のご事情は理解しておりますが……。では、具体的にどのような報酬を賜わることになるのでしょうか?」


 と、リオが尋ねると――、


「それをご相談させていただきたかったのです。あいにくと今は持ち合わせがなく、私個人でも与えられるものといえば勲章か下位の爵位しかないのですが、ロダン侯爵領に着けば事情も変わってきます。ですので、何か欲しいものがあれば仰っていただけると幸いです」


 クリスティーナがどこか申し訳なさそうに表情を曇らせながら尋ねた。

 第一王女である彼女には一定の制約はあるものの叙任や叙勲の権限が与えられているが、リオがそれらを望まないであろうことはこれまでの旅の付き合いで薄々と察しているのだろう。


「……では、つかぬことを伺いますが、殿下は今後の本拠地をどちらに構えるおつもりでしょうか?」


 と、リオがおもむろに尋ねる。


「定期的にガルアーク王国の王都を訪れることになるはずですが、本拠地はロダン侯爵領になるはずです」

「それでは、セリアも今後はそちらに?」

「……ええ。そうしていただくつもりです」


 話の流れをいまいち掴みかねているのか、クリスティーナが窺うように頷く。すると――、


「でしたら、褒賞に見合う範囲で、本拠地に彼女が住める邸宅を下賜していただくことはできないでしょうか?」


 リオはそんな願いを申し出た。


「……それでは彼女に対する褒賞になってしまうではありませんか。それに、元より彼女には今後の活動にあたって褒賞とは別に相応の支援を行うつもりです。私がスカウトしたのですから」


 言って、クリスティーナは悩まし気に表情を曇らせる。


「なるほど。つまり彼女が衣食住に困ることはないと?」

「ええ。貴族として体裁がとれる程度の生活は保障します」


 リオの質問に、クリスティーナは断言して首肯した。


「でしたら、彼女の生活がより盤石になるよう、私が提示する条件をいくつか呑んでいただけませんか? どうしても私に褒賞を与えたという形が必要になるのなら、彼女に下賜する家の名義を私のものにしていただければと」

「……確かに、そういった形をとるのなら、体裁的に問題はありませんが」


 クリスティーナは何か言いたげに言葉を詰まらせる。


「どうしてそこまで、とお考えですか?」


 と、リオは自ら踏み込んで尋ねた。


「……ええ、まあ。本当にそれでよろしいのですか?」


 クリスティーナは言葉を濁すように頷き、おずおずと尋ね返す。


「構いません。幼少期、私はあまり恵まれた環境で育ってきませんでした。いえ、彼女と出会って色々と気にかけてもらえた分だけ、恵まれていたのかもしれません。そう思えるくらいには、良くしていただきました。だからです。彼女にはそれだけの恩があります。……それに、本当にそれでいいのか判断するのは、私が提示する条件をお聞きになった後でも遅くはありませんよ?」


 リオはクリスティーナを見据え、不敵に微笑みながら告げた。


「…………承知しました。では、その条件とやらを伺ってもよろしいでしょうか?」


 クリスティーナが嘆息がちに頷き、窺うように尋ねる。


「詳しい内容は後ほど文章に起こして提示いたしますが、大まかに申しますと、彼女の意志を尊重する、身体の自由を拘束したり、行動を無理強いをしない、日常的な生活における身の安全を保障する、私に彼女と自由に面会する権限を頂戴したい、といったところです」


 具体的には、本人の同意なしに政略結婚をはじめとする政治の道具として利用するな、身の回りの世話は本当に信用できる人間に行わせろ、などといった内容をリオは要求するつもりである。

 言葉にすれば当たり前で簡単なことに思えるが、セリアほど魔道士として有用な存在を魑魅魍魎が跋扈する貴族社会で政治的な道具として利用させるな、という条件はなかなかに難易度が高い。


「随分と慎重……いえ、過保護なんですね」

「そうでもありません。私はずっと傍にいることはできませんから」

「……やはりセリア先生を残して行かれるのですか?」

「はい。定期的に顔は出すつもりですが」


 リオが微妙に憂いを帯びた声で首肯する。

 一応、クリスティーナの庇護下に置いておくことは確約させるし、他にも可能な範囲で手は打つつもりだが、別行動中は目が届かなくなることに違いはない。

 とはいえ、心配なあまり、セリアを俗世から隔離して閉じ込めるわけにはいかないし、本当に安全だと判断できるまでずっと四六時中セリアの傍に居続けるわけにもいかないだろう。

 いや、下手をすれば絶対に安全と断言できることなんてないかもしれない。

 だが、そこまで考えていたら現実的に何もできなくなるし、精神衛生的に健全でもない。結局はどこかで割り切るしかないのだ。


「なるほど。では、ロダン侯爵領までは一緒にお越しいただくということでよろしいですか?」

「はい。よろしくお願いいたします。明日中に条件をまとめた文章をお渡ししますので」


 リオは小さくお辞儀する。


「承知しました。ロダン侯爵領に到着後、正式に誓約書を作成しますので、そこまでお待ちいただけると幸いです。私個人だけでなく、レストラシオンという組織にも同様の誓約書にサインするように取り計らいますので」

「恐れ入ります」


 ◇ ◇ ◇


 その後、リオが退室すると――、


「……よろしかったのですか? 彼ほどの人物をこのまま見逃して。セリア君をだしに使えば、彼を我々の同士に引き込むこともできたのでは?」


 背後に控えていたヴァネッサが、クリスティーナに問いかけた。


「それでも彼は動かないわよ。セリア先生に協力する理由はあっても、私達に……ベルトラム王国に協力する理由はないもの」


 と、クリスティーナはわずかに歯噛みして言う。


「……私にはわかりません。その二つに差があるのか」


 ヴァネッサは思案顔でかぶりを振る。ベルトラム王国に協力することが、そのままセリアのためになると考えているのだろう。


「少なくとも今できる最良の選択肢は、彼からの信頼を勝ち取ることよ。今後の行動でね」


 そう言うクリスティーナの横顔には、微妙に後ろ暗そうなかげりが差していた。


 ◇ ◇ ◇


 一方、リオがクリスティーナの部屋から退室して、廊下を歩いていると――、


「あ、ハルト君」


 浩太と怜の二人とすれ違った。


「そちらも今お帰りですか?」


 リオが二人に声をかける。


「……うん。リーゼロッテさんと話をしてきて」

「そうですか」


 リオは短く頷くだけで、話の内容に触れようとはしなかった。だが、浩太と怜は互いに顔を見合わせると――、


「実は色々と話をしたんだけど……、ハルト君にも相談できないかなと思って。僕達だけじゃ少し先行きが見えないというか、どうすればいいかわからなくて」


 浩太がそんなことを言い出した。


「……俺にですか? 構いませんが、少し場所を移しましょうか」

「じゃあ、僕たちの部屋に」

「ええ」


 そうして、リオは浩太達の部屋に向かうことになった。


 ◇ ◇ ◇


 さらに一方、リーゼロッテは応接室にアリアを呼び寄せ、お茶を飲んで一息ついていた。


「流石、素晴らしいチョイスね。心が落ち着くわ」


 淹れてもらったお茶を口に含むと、リーゼロッテが満足そうに感想を呟く。


「本日はそういった気分かと存じましたので。そちらの茶葉を選びました」

「本当に流石ね」

「主の心と身体を万全の状態に整えるのが私の仕事ですので」


 アリアが淡々と告げる。すると――、


「……今日の私、変だったかな?」


 リーゼロッテがおずおずと訊いた。


「普段よりも少しばかり精彩を欠いていたように思えますが、取り立てて問題視するほどではなかったかと。あくまでも私がお見受けした範囲では、ですが。本日は私がお傍に居ない時間もございましたので……」


 アリアが傍に居なかった時間は、リーゼロッテがリオと二人きりで話をしていた時と、浩太と怜を呼び出して三人だけで話をしていた時のことだ。

 その間に何かあったのではないかと勘ぐっているアリアだが、リーゼロッテの様子がおかしくなったタイミング的に、何かあったとすればリオと話をしていた時のことだろう予想している。

 とはいえ、それについてあれこれ詮索するのは侍従の領分を越えているので、求められてもいないのに言及することはしないが。すると――、


「…………もしかしてさっきの二人と何かあったと思っている? 別に、何かあったわけじゃないわよ? ほら、私達が知らない世界から勇者と一緒に召喚された二人なわけじゃない。だから、ちょっと話をしてみたかったというか。まあ、今後の身の振り方についても訊いてみたりはしたけど……」


 リーゼロッテは己の内を必要以上に見透かされた気がしたのか、いつにも増して饒舌に語った。


(私が気にしているのは、そちらの方々との会話ではないのですが。まあ、触れずにおくとしましょうか)


 アリアはそう考えて、口許に微かな笑みを刻んだ。


「然様でございますか」

「……むう。なんか笑ってない? そういうアリアこそどうだったのよ、久しぶりの旧友との再会は?」

「おかげ様で久しぶりにプライベートな時間を満喫できました。お気遣いいただきまして、ありがとうございます」


 そうして、リーゼロッテはしばしリラックスしたままアリアと会話を繰り広げた。


 ◇ ◇ ◇


 そして、時は少しだけ進む。リオは浩太達の部屋で二人から相談を受けていた。その内容はずばり彼ら二人の今後について――。

 ひょっとするとリーゼロッテの秘密について打ち明けられるのではないかと少なからず身構えていたリオだが、とりあえずの予想が外れてホッと安堵する。


「なるほど。つまり、今後お二人がどうするべきか悩んでいると。俺はてっきりクリスティーナ王女殿下と行動を共にしていくものだと考えていましたが……」


 話を聞き終えると、リオが二人の反応を窺うように言った。


「いや、僕達がそもそもお姫様達と行動を共にしていたのは成り行きというか、単にあれ以上お城に居たくなかったからで……」

「城に居たくなかった、ですか」

「う、うん。まあ、その……」


 リオに突っ込まれると、浩太はバツが悪そうに視線を逸らす。


「えーと、まあ、浩太は色々あったんです。今はあまり思い出したくもないだろうから、落ち着くまでは深く聞かないでやってくださいな」


 怜は肩をすくめて、浩太を気遣うようにそんなことを言った。すると、浩太が「別に僕は気にしてなんか……」と言うが――、


「わかりました。……しかし、浩太さんはともかく、怜さんはどうしてお城を抜け出したんですか?」


 聞かれたくないことは誰にだってある――そう考えて、リオは素直に頷いた。そして、話題をさっさと怜に関する話に移してしまう。


「うーん。俺は浩太の付き添いというか、便乗しただけなんだけど。まあ、お城の中は居心地が悪かったというか、退屈だったというか……」


 言って、怜はぽりぽりと頭を掻いた。


「……お二人が今後についてノープランなのはよくわかりました。そこのところをリーゼロッテ様に突っ込まれて困ってしまったと」

「まあ、平たく言うと、そうなるかな。城を抜け出して、ここまで旅するので精一杯だったし」


 リオが苦笑して言うと、怜がのびのびと頷いた。


(なんというか、怜さんはマイペースな人だな。主体性があるんだか、ないんだかよくわからない)


 それがリオの怜に対する人物評価だった。のほほんとしているとでも言えばいいのだろうか。まるで高校生の進路相談でも聞いているかのようだ。実際、二人とも高校生だったからあながち間違いでもないのだが。


「とはいっても、お二人に与えられた選択肢はそう多くはないのでは? クリスティーナ王女殿下から何か言われていたりは……?」

「付いてくるなら仕事をくれるとは言っていたかな。幸い僕らは人よりも魔力は多いみたいだし、一応、向こうの世界で教育を受けていたからね。特に計算分野に関してはこっちの世界の貴族以上に優れた能力があるみたいだから、待遇は良くしてくれるらしい」


 リオが質問すると、調子を取り戻した浩太が答える。


「なるほど。今は人手不足でしょうから、事務処理能力に長けた優秀な人材は確かに重宝されるでしょうね」


 リオが自身の考えを伝える。


「まあ、俺達も今までの付き合いから姫様が嘘を言っていないというのはわかります。けど、このままなし崩し的に付いていってもいいものかなと思いましてね」


 と、怜は思案顔で言った。


「……仕事の当てはあるんですか? コネでもない限り、残された選択肢は冒険者くらいですよ?」


 リオがそう言うと――、


「冒険者って、やっぱり冒険するのかな?」


 浩太が訊いて、好奇の視線をリオに向ける。怜も同じだ。


「どのようなイメージをお持ちなのかはわかりませんが、楽な仕事ではありませんよ? 収入は安定しませんし、身体が資本ですから、体調を崩せば収入が途絶えます。仕事の内容は街中の肉体労働もあれば、都市の外に出て薬草の採取があったり、魔物の討伐があったり、時には傭兵として戦うこともあるとか」

「……でも、やりがいはある仕事なんだね? 中にはかなり稼ぐ人もいるって」

「いることはいるでしょうが、ほんの一握りです。時には命の危険すらある仕事ですよ?」

「う、うん。それはもちろんわかっているけど……」


 そういう年頃なのか、浩太は冒険者という職業に興味を持っているようだ。リオはそれを察し――、


「……もしかして冒険者になることも視野に入れているんですか?」


 と、そう尋ねた。


「いや、まあ、うん。一つの選択肢として……。この先、レストラシオンって組織に所属したとして、その組織がどうなるのかも先行きは見えないわけだし……。仮に所属しても、自由に活動することだってできなくなるかもしれないから」


 浩太はおずおずと頷く。


「それはそうですが……、まさか怜さんも?」


 リオが怜を見やって訊いた。


「いや、なんというか……興味がなくはないかな。……その、男なら憧れるというか。まあ、それでも俺は堅実に生きたい派だけど」


 怜はバツが悪そうに肯定してから、自身の考えを述べた。


「……個人的には堅実に生きることをお勧めしますが、いずれ冒険者になるにしても当面の間の生活費は蓄えておくべきです」

「それは……うん。わかっている」


 リオが正論を述べると、浩太が自分に言い聞かせるように頷く。


「ですから、その意味でも当面の間はクリスティーナ王女殿下のお世話になってみてはどうでしょうか? もちろん雇用条件を確認する必要はありますが」


 結局、リオとしては無責任なことは言えず、無難なプランを提示することしかできなかった。


「……そうか、そうだね。すごく参考になった。もう少し先輩と話し合って考えてみるよ。ありがとう、ハルト君」


 浩太がお辞儀してリオに礼を言う。

 とりあえず、こうしてこの場は収まったが、二人がこの先どんな選択をするのか、ちょっぴり危なっかしく思ったリオだった。


 ◇ ◇ ◇


 リオは浩太達との話を終えると、今度こそ自分に貸し与えられた部屋へと戻ってきた。そうして、部屋の前まで歩いてくると――、


「あ、ハルト。お帰り!」


 部屋の前でセリアが立っていた。リオを見つけると、パッと表情を明るくして駆け寄ってくる。


「……ええ。どうしたんですか、こんなところで? もしかしてずっと待っていたとか?」


 リオは目を丸くして質問した。


「ううん。今来たところ。アイシアがそろそろリオが戻ってくるって教えてくれたからさ」


 きょろきょろと周囲を見回して誰もいないことを確認すると、セリアが「えへへ」と笑みをたたえて言う。


「なるほど。立ち話もなんですから、とりあえず部屋の中へどうぞ。お茶を用意しますから」

「うん。でも、ハルト……、ちょっと疲れている?」


 セリアがリオの顔色を下から覗き込んで問いかける。リオは内心で流石、良く見ているなとセリアに感心すると――、


「大丈夫です。先生の顔を見たら元気が出ましたから」


 そう言って、元気であることをアピールしてみせた。実際、色々な人物と話をして気疲れしていたが、セリアの顔を見てホッと心が安らいだのは事実だ。


「な、何を言うかな。この子は……」


 セリアは顔を赤くして俯いてしまう。


「入りましょう。どうぞ」


 リオは扉を開けると、入り口の横に待機してセリアの入室を促した。

 セリアが先に入室し、リオも遅れて入ると、部屋の扉を閉める。そうして、室内に二人きりになった――と、思いきや、アイシアがおもむろに実体化して現れた。


「アイシア、先生の護衛役。ありがとう」


 リオが現れたアイシアに礼を言う。


「セリアの言う通り。春人、顔色が少し良くない」


 アイシアはそう言うと、リオの頬をそっと撫でた。至近距離からじっとリオの顔を覗きこむ。


「……大丈夫だよ。長旅だったし、今日は色々とあって、少し疲れただけだから。二人の顔を見て、元気が出てきた」

「そう……」


 アイシアは頷いたものの、やはりどこか憂いを帯びた視線でリオの顔を見据えている。その手はリオの頬に触れたままだ。


「ちょ、ちょっと! じゃあ、お茶、お茶を飲みましょう! 疲れた時こそお茶を飲んでリラックスしないと!」


 セリアがあたふたと言って、リオの腕を引っ張る。


「……ええ。色々と良い茶葉が揃っているので、何個か試してみましょう。美味しいのを淹れますね」


 旅立つまでにあと何回、セリアにお茶を淹れられるだろうか――そんなことを考えながら、リオが頷いて歩きだす。

 アイシアはそんなリオの横顔をじっと見つめていた。

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