第136話 今日より明日へ
現在、リオはクリスティーナとセリアを引きつれ、アマンドにあるリーゼロッテ邸を訪れていた。残りの面々は手配した宿屋に待機させている。
そして、リオが精霊の民に作ってもらった黒亜竜製の装備を身に着ける一方で、クリスティーナとセリアは貴族服を着ていた。
「貴方は……ハルト様ですね。ようこそいらっしゃいました」
軽く面識のある門番の兵士がリオに気づき、笑顔で歓迎の言葉を投げかける。
「お世話になっております。急な訪問で誠に申し訳ないのですが――」
「ハルト様!」
リオがアポなしの訪問を詫びて用件を明らかにしようとすると、敷地内から女性の声が聞こえてきた。
声の主は仕立ての良い侍従服を着用した十代後半の美人で、見苦しくない動作で素早く駆け寄ってきている。
リオは近づいてきた女性がリーゼロッテの侍従の一人、コゼットだと気づくと――、
「こんにちは、コゼットさん」
と、にこやかに挨拶した。
「お久しぶりでございます。ようこそおいでくださいました」
コゼットはロングスカートの布地を両手で軽く摘まみ、淑女然と挨拶を返す。だが、リオの背後にいるクリスティーナとセリアの顔を目視すると――、
(すごっ……。リーゼロッテ様並み。身なりからして、貴族?)
二人の美しさに、小さく目をみはる。容姿には自信のあるコゼットだが、クリスティーナとセリアの二人には敵わぬと即座に直感した。
正直、リオと二人の関係が気になったが、そんな内心はおくびにも出さず――、
「恐れ入りますが、本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか、ハルト様?」
と、用向きを尋ねる。
「ご多用のところ誠に申し訳ございませんが、リーゼロッテ様にお会いしたく参上しました。お時間を頂戴したいのですが、ご都合のよろしい日時にご予約を頂けないでしょうか?」
「なるほど……。今ならすぐにお会いになれるかもしれません。確認しますので、とりあえずどうぞ中へお入りください。ご案内いたします」
「ありがとうございます。今日はこちらの二人をリーゼロッテ様にご紹介したいと考えておりまして、とりあえずは重要人物である……とだけ。お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
と、リオはクリスティーナとセリアを見やり、含みを持たせた言い方で面会の目的を打ち明けた。
「……承知しました。そのように主に伝えさせていただきます。では、こちらへ」
コゼットは恭しく頷くと、リオ達を案内するべく歩き始める。道中、ちらりと背後を振り返ると――、
「ところで、ハルト様。伺いましたわ。名誉騎士になられたとか。おめでとうございます」
と、恭しく祝いの言葉を贈る。
「ありがとうございます」
リオが小さくはにかんで礼を言う。その後、控え室に案内され、リオ達は十分もしないうちにリーゼロッテと面会することになった。
◇ ◇ ◇
リオ達が控え室から応接室に案内されると、そこにはリーゼロッテが待ち構えていた。すぐ傍には侍従長であるアリア=ガヴァネスの姿もある。
「ようこそおいでくださいました、ハルト様……いえ、アマカワ卿」
リーゼロッテは淑女然とした所作でリオにお辞儀をした。アリアもそれに倣う。あえてアマカワ卿と呼び直したのは、見ず知らずの変装したセリアとクリスティーナの存在を意識しているからだろう。
「本日は突然の参上にもかかわらずご対応いただき、誠にありがとうございます。リーゼロッテ様」
リオは恭しく頭を下げて応じた。クリスティーナとセリアもそれに続く。
「アマカワ卿のご来訪とあらば、いつでも大歓迎です。どうぞ、まずはお座りください」
リーゼロッテに促され、リオ達は応接用のソファに腰を下ろした。すると、アリアがスッと動いてお茶を淹れ始める。そして――、
「こうしてアマカワ卿とお会いするのは王都の夜会の時以来ですね」
と、リーゼロッテが穏やかな笑みを浮かべて開口した。
「まだそんなものでしたか……」
まだ夜会の時からおよそ一カ月程度しか経っていない。だが、ずいぶん中身が濃い一カ月だったなと、リオは苦笑する。
「その御様子ですと中身の濃い月日を過ごされたようですね」
リオの顔色を窺い、リーゼロッテが言った。
「ええ、それなりに。実は今もその延長線上におりまして……、コゼットさんから既にお聞き及びのことと存じますが、本日はこちらの二人をリーゼロッテ様にご紹介したく参上しました」
リオが左右に座るクリスティーナとセリアを見やりながら答える。
「……拝見したところ、お二人とも貴族のご令嬢のようですが。込み入ったお話がおありでしたら、アリアは外させた方がよろしいでしょうか?」
リーゼロッテはクリスティーナとセリアの格好や立ち居振舞いからその素性を推測すると、窺うように申し出た。
「いえ、構わないとのことです。それに、二人のうち一人は、アリアさんのご友人ですから」
言って、リオはちらりとセリアを見やる。
「アリアの……ですか?」
リーゼロッテは小さく目をみはり、アリアに視線を向けた。
お茶を淹れ終えて脇に移ったアリアだったが、水を向けられてセリアの顔を見やる。すると、どこか既視感があったのか、微かに目を細めた。
「私よ、アリア。セリア=クレール」
セリアは苦笑すると、装着していた首飾りを外した。瞬間、魔道具によって変化していた髪の色が白銀に戻る。ついでに変装用に結んでいた髪を解いた。
「セリア……ですか。驚きました」
普段は寡黙なアリアだが、目を見開いて呟く。
「ええ。久しぶりね。…………リーゼロッテ様におかれましてはお初にお目にかかります。ベルトラム王国クレール伯爵家長女、セリア=クレールと申します。諸事情がございまして、素性を伏せたまま参上した無礼をお許しくださいませ」
セリアはアリアに微笑みかけると、リーゼロッテに折り目正しく頭を下げた。
「……ガルアーク王国クレティア公爵家長女、リーゼロッテ=クレティアと申します。ベルトラム王国の天才魔導士と名高いセリア様にお目にかかれて光栄ですわ。……以前、風の噂でセリア様が失踪なさったと伺いましたが、それが真実なら、素性を伏せておく必要があったであろうことは重々認識しております。どうかお気になさらず」
リーゼロッテは意表を突かれたものの、流石というべきか取り乱すことなく挨拶を返した。
冷静に考えればリーゼロッテにしても失踪中とされているセリアに堂々とやってこられても困るだけだ。情報というのがどこから漏れるかわからない以上、どこに目撃者がいるかもわからないのだから。変装してやってきたのはリーゼロッテに対する配慮でもある。
髪の色を変えた魔道具の正体についてはかなり気になったが、話の腰を折るわけにもいかないので、現時点では言及せずに頭の隅に留めておくだけにした。
「驚かれたことと存じますが、諸々の事情は追って説明いたします。今はこちらのお方の紹介もさせていただきますよう、お願い申し上げます」
と、リオはリーゼロッテの心情を気遣いながら、クリスティーナの紹介に話の流れを持っていこうとする。
「承知しました。お気遣いいただき、ありがとうございます」
リーゼロッテはにこやかに笑みを浮かべてみせると、リオに礼を言った。すると――、
「お取り次ぎいただき感謝します、アマカワ卿。ここは私から自己紹介させていただいてもよろしいかしら?」
と、クリスティーナが表情を引き締めて申し出る。
「仰せのままに」
リオは恭しく頷いた。
「私はクリスティーナ=ベルトラム。ベルトラム王国の第一王女です。貴方とは外交の場で何度かお会いしたことがありましたね。レディ・リーゼロッテ」
クリスティーナはセリアと同じように首飾りを外すと、束ねていた髪を解いた。すると、彼女の髪が薄紫色に戻って、ふわりとなびく。
「っ……拝謁の栄を賜り、光栄です。クリスティーナ王女殿下」
リーゼロッテは先ほど以上に面食らったものの、なんとか表情を引き締めて敬意を込めた挨拶を返した。
「そう硬くならず、楽にしてください。本日は貴方にお願いがあって参った身です。そのためにアマカワ卿にも並々ならぬご助力を賜わりました」
クリスティーナが笑みを取り繕ってかぶりを振る。
「……と仰いますと?」
「そうですね。まずはどうして私が今ここにいるのか、そこから話させていただいてもよろしいでしょうか。少し長くなりますが……」
「もちろん構いません」
と、リーゼロッテは何の迷いも覗かせず首肯してみせる。もちろん内心では色々と考えていることはあるが、今は何よりもクリスティーナの話を聞いて情報を収集するべきだと判断したからだ。
それから、クリスティーナの口から諸々の事情がざっくりと語られることになる。その目的を含め、ベルトラム王国城を発ち、クレール伯爵領にたどり着き、そこからリオの助けを借りてここアマンドにやってきたことを。
ちなみに、同行者の面々に関する事情についてあれこれ説明すると話がややこしくなるので、現時点では存在も含めて伏せることにした。
「……なるほど。ご事情は把握いたしました。それで、お願いというのは何でしょうか?」
リーゼロッテは話を聞き終えると、脱力するように息をついてクリスティーナに水を向ける。
「私をレストラシオンの面々にお取次ぎいただけないでしょうか? フランソワ国王陛下へご挨拶に伺いたいとも思っておりますが、できれば貴方からそのための根回しも。もちろん体制が整い次第、正式に使者をお送りしますが、何しろ今の私はまったくの無力な存在です。ゆえに、今の段階からガルアーク王国の才女と名高い貴方にご助力いただきたいと考えました。お願いできるでしょうか?」
クリスティーナは自身が置かれた現状を踏まえ、リーゼロッテに依頼内容を打ち明けた。
「光栄です。そういうことでしたら、私を頼ってくださった殿下のためにも、喜んで尽力させていただきます」
リーゼロッテは快くクリスティーナの申し入れを受け入れる。
「ありがとうございます。レディ・リーゼロッテ」
「いえ、こちらとしても殿下と繋がりを得られるという益のあるお話ですので、お気になさらず。……それはそうと、レストラシオンの方々の消息ですが、フローラ王女殿下はおそらく王都で勇者ヒロアキ=サカタ様と行動を共にしているのではないかと。最近は勇者様が色々なお相手とお見合いをなさっているとかで」
クリスティーナに礼を言われると、リーゼロッテはかぶりを振って話題を変えた。
「……となると、フローラもその候補に挙がっているということかしら? いえ、むしろもう婚約しているのかしらね」
クリスティーナはフローラも勇者『坂田弘明』の婚約者候補になっているのではないかと即座に思い当たった。
というより、既に婚約していてもおかしくはない。その背後にユグノー公爵の影がちらついているのはあまり面白くはないが、有効な手であることは間違いないから。
「まだ公にはなっておりませんが、仰る通りかと」
「……そう。貴方から見て、勇者ヒロアキ=サカタはどのような人物かしら? よろしければお聞かせ願いたいのだけれど。もちろん決して他言はしません」
クリスティーナは弘明の人物像をリーゼロッテに尋ねた。姉としてはやはり気になるのだろう。
「……精彩を放つと申しますか、堂々としていらっしゃって、何事にも物怖じしないお方ですね。知識の引き出しも多く、論理的に物事を考えるのがお好きなようで、しっかりとご自分の意見をお持ちです」
リーゼロッテは言葉を選ぶように坂田弘明という人間を言い表した。
(言い得て妙だな)
リオは以前に接した弘明のイメージを思い返しながら、上手い表現だなと密かに感心する。
「……貴重なご意見をありがとう。おおよその人物像はいくつか思い浮かびました。後は実際に自分で会って判断するとします」
クリスティーナは必要以上に先入観を持つ気はなかったのか、簡単な印象を聞いただけで存外あっさりと引き下がった。
「お礼の言葉を頂くようなことは何も。それはそうと、直近のご予定はどのようにお考えでしょうか? ユグノー公爵なら現在はロダン侯爵領にいらっしゃるかと存じますが」
現状、レストラシオンの代表はフローラだが、所詮はお飾りにすぎない。実質的な代表者はユグノー公爵が務めているので、色々と話を通すのならばフローラよりも先にユグノー公爵と会っておくのが合理的である。
「私はいったんロダン侯爵領へ向かおうと思います。ただ、ガルアーク王国の王都からフローラだけでもこちらへ来るように、使者を出していただけないかしら?」
「承知しました。では、王都へ向けて使者を出しましょう。フローラ様宛に書簡をおしたためになりますか? ご要望とあらば場所と道具一式をご用意いたしますが」
と、リーゼロッテは申し出た。
「そうですね。では、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「お任せください。それと、本日は我が家にお泊まりくださいませ。長旅の疲れがとれるよう、精一杯おもてなしいたしますので」
「……ありがたいお話ですが、実は都市の宿屋に他にも連れが五人ほど滞在しておりまして」
「でしたら是非ともお連れの方々もお呼びくださいな。八人程度ならまったく問題ございませんので」
「少し訳ありな者達ばかりで、さらにご迷惑をおかけするかもしれません」
クリスティーナが思案顔で遠慮がちに言う。
「でしたら尚更です。まだまだ色々とお話を伺う必要がありそうですから」
「……感謝します。レディ・リーゼロッテ」
気前よくかぶりを振ったリーゼロッテに、クリスティーナは礼を言って感謝の意を示した。すると――、
「私が宿屋に向かって皆さんをお連れしましょう。その間に殿下は書簡をお書きになってはいかがでしょうか? セリア様もアリアさんと積もるお話があるでしょうし。同行者の事情もこちらで簡単に説明しておきます」
と、リオが気分転換ついでにといった
「……そうですね。お願いしてもよろしいでしょうか?」
クリスティーナは微かに迷ったようだが、提案を受け入れた。
「お任せください」
リオが恭しく頷く。
「ならアリア、殿下が落ち着いて書簡をおしたためになれるよう、そちらの書斎にご案内してさしあげなさい。道具の準備もね。その後、セリア様をおもてなしするとよいでしょう」
リーゼロッテは応接室にある扉を見やって指示を出した。その扉はゲスト用の書斎へと繋がっており、廊下からではなく今いる応接室を経由しなければ入ることができないように作られている。手紙を書くにはうってつけの環境だろう。
「畏まりました。クリスティーナ王女殿下、どうぞこちらへ」
アリアが迅速に行動を開始し、書斎へとつながる扉を開ける。
「別にこの場で書いても構わないのですけれど……、確かにそちらの方が環境は整っていそうですね。お言葉に甘えさせていただきます」
クリスティーナは開放された扉から覗ける書斎を見やると、相好を崩して立ち上がった。書斎の中に入っていき、応接室のソファからも見える執務椅子に腰を下ろす。その一方で――、
「リーゼロッテ様、少しよろしいでしょうか?」
リオがソファから立ち上がって、リーゼロッテに語りかけた。
「ええ、構いませんが……」
リーゼロッテが頷き、立ち上がる。そして――、
「セリア様。リーゼロッテ様と個人的なお話もありますので、私の口から同行者の事情を簡単にご説明した後、宿屋へ向かいます。その間はどうぞごゆっくりお待ちください」
リオが立ち去り際に、畏まった口調でセリアに声をかけた。リーゼロッテがいる前なので、慇懃な言葉遣いを心掛けているのだ。
「……はい。承知しました」
個人的なお話とやらは少し気になったが、セリアはちょっとだけむず痒そうに首肯した。
◇ ◇ ◇
「……アマカワ卿。お話というのは?」
部屋を出て二人きりになったタイミングで、リーゼロッテがリオに尋ねた。
「今からこちらにお連れする殿下の同行者の方々についてです。まず、五名中三名はいずれもベルトラム王国の貴族の方々です」
と、リオが同行者に関する話をし始める。
「なるほど。となると、私も存じている方々かもしれませんね」
「ええ。大物ばかりですので。一人はシャルル=アルボー、アルボー公爵家の人間です。もう一人がアルフレッド=エマール、ベルトラム王国の『王の剣』と呼ばれる人物です。そして、三人目がヴァネッサ=エマール、アルフレッド卿の妹です」
「…………何と申しますか、それはまた、本当に大物ばかりですね」
やや困惑気味に笑みを取り繕うリーゼロッテ。どうしてクリスティーナに同行してこんな場所までやってきたのか、見当もつかない面々だ。特にシャルルなどは立場的にクリスティーナと実質的な対立関係にあるといってもいいくらいである。
「事情が込み入っているのはここからです。ヴァネッサ卿は殿下の護衛役として同行しているのですが、他の二人は捕虜として同行させています」
「捕虜……ですか?」
「ええ。道中で殿下を捕縛しようと襲撃してきましたので、撃退しました」
「…………なるほど」
あまりにもあっさりと事実を告げるリオに、リーゼロッテはなんとか頷き、話を呑み込んでみせた。
(……戦力状況的にアマカワ卿が撃退したのよね? あの王の剣を)
王の剣であるアルフレッド=エマールの存在はもちろん彼女もよく知っている。ガルアーク王国を含め、近隣諸国で最強の人物を決めるとなれば確実に名前が挙がるほどの人物だ。
だが、衝撃は大きいが、信じがたいというわけではなかった。リーゼロッテは実際にリオが戦うところを目の前で目撃したことがあったから。
むしろそれほどの実力を持った相手を撃退するほどの力量を秘めたハルト=アマカワという人物にこそ、リーゼロッテは強く興味を引かれてならない。いったい何者なのか、リーゼロッテ自身もまだまだ知らないことばかりである。
いや、一つだけ知っている、というか、気になっていることはある。
(アマカワ卿。ハルト。ハルト=アマカワ。天川春人……。
リーゼロッテは窺うようにリオの顔を見つめた。だが――、
「アルフレッド卿に関しては協力的な態度をとっていますが、シャルル卿はあからさまに不服そうにしております。現状はまだ様子見ですので、軟禁するような形で話を進めていただけると助かります。よろしいでしょうか?」
リオは
「……ええ、お任せください。屋敷の中にはおあつらえ向きの部屋もございますから」
リーゼロッテはゆっくりと頷き、気持ちを入れ替えようとした。すると――、
「よろしくお願いいたします。それと、残りの二名について、僭越ながらお知らせした方がよいと判断した情報がございます」
リオが話題を変えた。
「と、仰いますと?」
「その二人は十代後半の少年なのですが、二人とも勇者様と同じ世界から召喚された方々だそうです。それとなく情報交換をしましたが、前に私が保護した方々と同じ国の出身なはずです」
リオは浩太と怜の存在をリーゼロッテに打ち明ける。
「……なるほど。事前にお知らせいただき、ありがとうございます」
リーゼロッテは少なからず意表を突かれたが、同時にリオが自分を部屋から連れ出した意図もようやく得心した。自分に配慮してくれたのだろう、と。確かにセリア達の前ではしてほしくはない話だ。
「いえ、互いに困惑してしまってもご面倒かと存じましたので」
何にどうして困惑するのかは、浩太達が日本人であることと、リッカ商会が生産している商品の秘密とが関係しているが、リオはあえて言葉を濁した。
「ご配慮感謝します」
リーゼロッテが微かな逡巡を覗かせながら、改めて礼を言う。その瞳はやはり窺うようにリオの顔色を捉えていた。
だが、リオはリーゼロッテの視線に気づきながらも、意図的にそ知らぬふりを決め通し――、
「そちらの二人と面会を望まれるようでしたら、私に仰せつけください。殿下達に事情は伏せたまま、お取次ぎいたしますので」
しれっと、そんなことを言った。
「では、後ほど……お言葉に甘えさせていただくかもしれません」
「畏まりました。それでは、私はお迎えに参りますので……」
思案顔のリーゼロッテを残し、リオはその場から立ち去ろうとする。だが――、
「……あの、お待ちください」
リーゼロッテがかすれた声でリオを咄嗟に呼び止めた。
「どうかなさいましたか?」
リオが立ち止まって振り返る。
リーゼロッテは躊躇いがちに何か言いたそうな顔をしていたが、ややあって思いきったのか――、
「つかぬことを伺いますが、アマカワ卿は、ハルト様は、前世というものを信じますか?」
リオに向けてそんな質問を口にした。