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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第八章 付き添い、頼りない王女の小さな成長

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第166話 忍び寄る者達

 現在地はルビア王国の南西部。あいにくと昨日は雨で移動ができなかったが、リオとフローラは順調にロダニアへの道程を消化していた。

 時刻はまだ日が落ちる少し前で、まだまだ明るい時間帯である。とはいえ、野営をするにしても、都市に泊まるにしても、人工的な光源が都市の外にないこの世界においては、日が暮れる前に旅の移動を終えるのが鉄則だ。リオは渓谷の出口に存在する小さな宿場町をその日の滞在先として選ぶことにした。


「都市まであと少しです。大丈夫ですか、フローラ様? 昨日は雨だったので、場所によっては少し地面も湿っていますが」


 と、リオは手を握って支えながら隣を歩くフローラに尋ねる。今は目と鼻の位置にある宿場町までのわずかな距離を歩かせることで、フローラに病後のリハビリをさせているところだ。


「はい。もっと歩けるくらいです!」


 フローラは嬉しそうに微笑むと、元気に返事をする。


「それはよかった。ならそろそろ私の補助はご不要かもしれませんね」


 リオはそう提案して、フローラの手を握った自分の手をわずかに掲げた。リハビリを開始した当初こそまだ歩くのがたどたどしかったが、今ではもうしっかりと歩いている。惰性で補助を続けていたが、こうなるともはや手を繋いでいる意味はないように思えた。だが――、


「……え?」


 フローラはこの世の終わりのような顔を浮かべると、少し遅れて、縋るようにリオの手を握る力を強める。


「えっと、まだ早いでしょうか?」


 リオはやや面食らいながらも、フローラに確認した。


「あ、いや、その……は、はい」


 フローラは慌てて俯き、気恥ずかしそうに頷く。


「……わかりました。では、まだこのままお供させていただきますね。まあ、今日はもうそろそろリハビリも終わりですが」


 リオはそう言うと、微苦笑して前を見やる。もう数百メートル先には、宿場町の入り口となる門が控えているのだ。


「はい……」


 フローラは少し残念そうに首肯する。それから、数分もしないうちに、リオ達は宿場町の入り口となる門にたどり着いた。


(……ん?)


 リオは門の影に潜んでいた数人の女性騎士を発見する。全員が同じデザインの騎士服を着ていたので、すぐにわかった。すると――、


「おい」


 女性騎士の一人が近づいて、リオ達に声をかける。


「……何か?」


 リオは警戒したものの、表向きは普通に応じた。


「若いな。歳はいくつだ?」


 女性騎士は武人然とした口調でリオに問いかける。


「私は十六ですが」

「ほう。そちらは? 女か?」


 リオが答えると、女性騎士は小さく目をみはった。そして、ローブを着て、フードを被ったフローラを見やる。


「あ、えっと……」


 フローラは物怖じしたのか、いきなり水を向けられて小さくみじろぎした。


「彼女は十五ですが、それが何か?」


 リオはフローラの前に立って代わりに答えてやると、流石に警戒心をにじませる。


「ああ、いや、すまない。警戒させてしまったか。我々は国に仕える騎士でな。私はエレナという。今はとある任についているんだが、それで、少し話を聞きたくてな」


 エレナと名乗った女性剣士は自らの素性を明かすと、用向きを告げた。


「然様でございましたか。とはいえ、疲れているので早く宿へ向かいたいのですが」


 リオはそれとなく協力に難色を示すが――、


「まあ、そう時間は取らせん。我々は討伐任務に就いていてな。この近隣に質の悪い追剥ぎが現れるという報告があったんだ。ここに来るまでの間に、そういった輩と遭遇したり、誰か不審な人物を見かけたりはしなかったか?」


 エレナは一方的に説明すると、続けて質問を投げかける。


「いえ、見かけませんでしたが」


 リオはエレナ達がこの場にいる理由に納得して、手短に答えた。この程度の質問なら答えた方が手っ取り早い。というより、権力者を相手に協力を拒否すれば、嫌がらせで難癖をつけられる恐れもある。

 フローラはそっとリオの後ろにたたずみ、大人しくしていた。すると――、


「そうか……。ところで、探索と討伐に人員が必要でな。冒険者を雇うことが決まったのだが、君らの力も借りたい」


 エレナはそんなことを言いだす。


「……申し訳ございません。我々は冒険者ではないので、ご協力はいたしかねます」


 リオは自分達が冒険者ではないことをあかして、毅然とかぶりを振った。

 簡単な質疑応答くらいなら協力するが、流石に野盗の探索と討伐にまでは協力してやる必要性はない。仮にリオが冒険者であるのなら正当な理由なしに公の依頼を断ることはできないが、冒険者でないのなら断っても特に問題はないはずだ。


「なに? そんななりをしてか?」


 エレナはリオのことを冒険者だと思っていたのか、意表を突かれたように訊いた。


「ええ。ただの旅人です」


 リオは深々と頷く。


「旅人? ……だが、たった二人で旅をしているのだ。多少は腕に覚えがあるのではないか?」


 エレナは食い下がるようにリオに問いかける。


「まあ、自衛をできる程度には」


 リオは頷きつつ、何となく面倒くさそうな匂いを感じた。


「実は冒険者の数が足りていないんだ。この際、冒険者でなくとも構わん」


 エレナは案の定、少し強引に要望する。だが――、


「申し訳ございませんが」


 リオは慇懃な態度をとりつつも、きっぱりとかぶりを振った。すると――、


「……本当に冒険者でないのだろうな?」


 エレナがリオ達の素性を疑りだした。もしかすると、依頼を断りたくてリオ達が素性を偽っていると考えたのかもしれない。


「ええ」


 リオはきっぱりと頷く。


「では、タグを身に着けていないか、確認させてもらおうか」


 エレナはリオ達の身体検査をすると言いだす。いつの間にかリオ達に対する職務質問のような形になっていた。


「まあ、構いませんが。早くしてください」


 リオは露骨に嫌な顔をしながらも、仕方なく要望を受け入れてやる。ここで断ればさらに話がこじれるからだ。背負っていたバックパックを地面に降ろすと、外套を脱いでエレナの前に立つ。すると――、


「う……」


 そうしてリオがあまりにも堂々と対応するものだから、エレナはバツが悪そうに言葉に詰まる。流石にここまでしておいて嘘をついているとは思えなかったのかもしれない。あるいは、これでは自分達が一方的に難癖をつけているようなものではないかと気づいてしまったか。


「どうしたのですか? 調べるのなら、荷も確認するつもりなのでしょう? 最初に申し上げた通り、疲れているので早く宿に向かいたいんです。早く済ませていただけませんか?」


 リオは慇懃な言葉遣いをしつつも、態度でしっかりと不満を訴える。


「っ、もういい。わかった。行け」


 エレナはきまりが悪そうに、リオ達に立ち去る許可を与えた。すると、ずっと黙ったまま立ち尽くしていた他の女性騎士達が、どこか焦燥したような顔を浮かべる。


(……ん?)


 リオは女性騎士達の表情の変化に気づいたが、それ以上はもう長居したくなかったので――、


「行きましょうか」

「は、はい」


 荷を背負うと、はらはらと様子を見守っていたフローラを促し、さっさとその場から立ち去ってしまうことにした。


 ◇ ◇ ◇


 それから、リオ達はその日の宿を探し始める。ただ、宿場町の中でランクの高い宿は先の騎士達に貸し切られているとのことで、適当な宿で角部屋を二つ借りて、別々の部屋を使うことにした。

 もっとも、眠る以外の時間はリオがフローラの世話をしてやる必要がある。というわけで、二人は一先ずリオの部屋でお茶を飲んで休むことにした。すると――、


「あの、ハルト様」


 フローラがカップを手にしながら、おずおずと開口する。


「はい、何でしょう?」

「先ほどの女性騎士の方々のことなのですが……」


 リオが小首を傾げると、フローラは恐る恐る先の一件について触れた。


「何かご懸念がおありですか?」

「えっと、あれで大丈夫だったのかなと思いまして……」

「彼女達の討伐任務を手伝う必要があったのかといえば、冒険者でない我々が手伝う必要は皆無だったと思います。それに、我々は早くロダニアへ向かわなければならない」

「そう、ですよね。少しもめ事になりそうだったので、気になったといいますか、私達の立場と事情を明かせればよかったのですが……」


 フローラは歯がゆそうに語る。


「確かに我々の素性を明かせば何の憂いもなく要求を断ることはできたのかもしれません。ですが、余計に面倒なことになる恐れもありました。事情を説明したところで末端の騎士の方々では対応しかねる状況ですし、判断を仰ぐためにどこか別の場所へ同行を要求されていたかもしれなかった。無論、フローラ様と特に親しい方がいらっしゃるのであれば、話は別ですが……」


 いかにルビア王国がレストラシオンやガルアーク王国の同盟国とはいえ、いらぬ借りを作るのは好ましくない。頼るにしても相手は選ばなければならないだろう。例えばここがガルアーク王国のアマンドだったならば、リオはリーゼロッテに助力を乞っていたはずである。

 問題はこのルビア王国がリオにとってよく知らぬ土地で、ろくに知り合いもいない場所だということだ。貴族といっても色々な手合いがいる。頼る相手を間違えれば、ややこしいことになりかねないのは明らかだ。


「いえ、私も特別に親しい方はこちらの国にはおりません。王族の方々ならば何名か顔を合わせたことはあるのですが……」


 と、フローラは顔を曇らせて答える。


「なら、このままでも問題はないと思います。今すぐに魔道船を借りられるのならばともかく、先を急ぐだけならばこのまま私がロダニアまでお送りするのがおそらくは最速です。無論、護衛が私一人というのはご不安でしょうし、最終的にはフローラ様のご意思を尊重いたしますが……」


 リオはそう言って、フローラの顔色を窺った。すると――、


「あ、いえ。ハルト様の護衛を疑っているわけではないのですよ? だから、このままで大丈夫といいますか、というより、このままの方がむしろいいといいますか。あ、いえ、その、と、とにかく十分に安心しておりますので!」


 フローラはあたふたと弁明すると、途中で余計なことまで言ってしまったと気づき、気恥ずかしそうに俯いた。

 リオはそんなフローラを見て、くすりと笑うと――、


「……恐れ入ります。まあ、先ほどの件は少しだけ運が悪かったものとお考えください。思ったよりも素直に引いてくださったのが不幸中の幸いでした。中には権力を笠に着て言うことを聞かせるタイプの方もいらっしゃるでしょうから」


 微苦笑し、言い聞かせるように語る。すると――、


「…………申し訳ございません」


 フローラは何か思うところがあったのか、リオの顔色を窺いながら何故か謝罪した。


「……どうしてフローラ様が謝罪なさるのですか?」


 リオは不思議そうに尋ねる。あの女性騎士達の件に関して、フローラは何の関係もないはずだったから。だが――、


「あ、いえ、その、私も王族なので。権力を笠に着て横暴な真似をする王侯貴族の方々がいるのだと思うと、色々と不甲斐ないといいますか」


 フローラが気にしたのは、リオが最後に言った言葉だったようだ。


「……別にフローラ様が権力を笠に着てこれまでに何かをなさってきたわけではないのでしょう?」


 リオは何と言えばいいものか悩んだ様子で、そんなことを言う。


「そう、だと思いたいのですが、あまり変わりはないのかもしれません。私はいつも傍観して生きてきただけで、そういった方々がいると知っていても何もできなかったので……」


 答えて、フローラは忸怩たる面持ちを覗かせた。


「……フローラ様がこれまでにどういった出来事をご覧になってきたのかは存じませんが、あくまでも他の王侯貴族は他の王侯貴族、フローラ様はフローラ様です。他の方々の言動についてまで、貴方様が深く気に病むことはないと思いますよ」


 リオは言葉を選び、フローラを励ますように優しく語りかける。

 フローラは一瞬、何か言いたそうな顔を浮かべたが――、


「……ハルト様のお言葉はとても優しくて、身に染みますね」


 苦しそうに笑みを取り繕い、そんなことを言った。


 ◇ ◇ ◇


 一方、同じ宿場町にある、リオ達が滞在している宿とは別の宿。そのとある一室で、ルビア王国の第一王女であるシルヴィの親衛騎士隊長――エレナが、レイスと向き合っていた。


「困りましたね。彼らを連れ出す口実がなくなってしまったとは……、これでは貴方達に検問を張ってもらった意味がなくなってしまうというもの。まさかこの程度の仕事もできないと思いもしませんでした」


 と、レイスは憮然と息をつく。


「っ、仕方がないだろう。私は言われた通りの名目で話しかけた。だが、あの二人は冒険者でなかったのだ。連れ出す口実がない」


 エレナはひどくバツが悪そうに弁明する。すると――、


「そこら辺は臨機応変にやっていただきたかったものですが、ま、仕方がありませんね。いいでしょう」


 レイスは存外、あっさりと納得してみせた。


(やはりシルヴィ王女の親衛隊騎士達は高潔すぎて、こういった趣向には向かないようだ。まあ、最初から期待はしていませんでしたし、布石は打った。多少の手間はかかりますが、むしろこちらの方が都合が良かったかもしれませんね)


 と、そんなことを考えて。だが――、


「…………」


 エレナにとってはそんなレイスが不気味で仕方がない。もっと咎められるなり、要求を突きつけられると思っていたのだ。一体何を考えているのか。


「彼らが滞在している宿はこちらで把握しておきました。実はシルヴィ王女やレンジ君も今はこちらの宿に滞在しておりましてね。今は貴方の部下のみなさんと顔を合わせているはずですよ。貴方もそちらに顔を出すといい。その後の指示は追って通達しますので」

「なに、シルヴィ様もあそこの廃村から連れ出したのか?」


 レイスがとりあえずの指示を出すと、エレナが尋ねた。


「ええ、貴方がアレインとあの廃村を出たすぐ後、私とルッチと一緒にね。なので当然、皆この宿におりますが、そこはまあご愛敬ということで」


 と、レイスは飄々(ひょうひょう)と答える。


「……姫様はどこの部屋にいる?」


 エレナはあからさまに警戒している顔を浮かべて、シルヴィが滞在している部屋を訊いた。すると――、


「二階の角部屋です」


 レイスは端的に答える。


「ふん」


 エレナは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、椅子から立ち上がったが――、


「……最後にもう一つ聞かせてもらいたい」


 部屋を出る前に、レイスに水を向けた。


「おや、何でしょうか?」


 レイスがにこりと応じると――、


「…………貴様の指示で話しかけたあの二人は何者なんだ?」


 エレナは思いきってリオ達のことを質問する。


「ははは、遠慮して訊かないのかと思えば、今頃それを尋ねますか。まあ、構いませんがね」


 レイスは愉快そうに笑うと――、


「……彼ら、といいますか、彼こそが追剥ぎなんですよ。実に質の悪い、ね。貴方達も大事なものを奪われないよう、彼には気をつけた方がいいかもしれませんよ」


 と、意味深長にうそぶく。その口許にはやはり不気味な笑みが刻まれている。


「…………」


 エレナは胡散臭そうに眉をひそめた。

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