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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第八章 付き添い、頼りない王女の小さな成長

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第167話 雲行き

 その日の夕刻。ルビア王国の第一王女であるシルヴィは、宿の私室で親衛隊騎士のエレナから直近の出来事について報告を受けていた。


「……その者こそが追剥ぎ? レイスがそう言ったのか?」


 シルヴィはレイスの指示でエレナが何をしていたのかを知ると、怪訝な顔を浮かべる。ちょうど今、宿場町の入り口で職務質問を行ったリオに関して報告を受けたところだった。


「はっ。確かに言っておりました。我々も大事なものを奪われないよう、気をつけた方が良いかもしれないと」


 エレナは畏まって頷き、説明を補足する。


「ふむ、その少年はどのような人物であった?」


 シルヴィはリオがどのような人物であったのかを尋ねた。


「外見年齢に反して、落ち着いた雰囲気がありました。また、育ちの良さが窺えましたが、世間知らずといった感じではない。私の職務質問に対する対応も毅然としたものでした。隙も見当たらなかったので、おそらく剣の腕も立つのではないかと」

「ほう、とても追剥ぎとは思えんな」


 エレナがリオの第一印象を語ると、シルヴィは興味深そうに唸る。


「実際そういう手合いには見えませんでした。むしろ一緒に連れていた少女を護衛していたようにも思えます」

「そうか……」


 と、シルヴィは思案顔で相槌を打つと――、


(レイスという男は実に胡散臭いが、意味もなくそのようなことを言う男とも思えん。我々の大事なものだと? いったい何を意味している? だが、あえて私の思考をそちらに誘導するのが狙いという可能性もある)


 そう考えて、ちらりと室内の片隅を見やった。そこには一人用のソファが置かれていて、眉間に皺を寄せた菊地蓮司が座っている。


「レンジ、そなたはどう思う?」


 と、蓮司に水を向けるシルヴィ。


「シルヴィ様、そのような男に話をお聞きになるのですか? そもそもどうしてシルヴィ様のお部屋にいるのか」


 エレナは盛大に顔をしかめて物申す。


「発言を許した覚えはないぞ、エレナ。黙っていろ。私が呼んだのだ。あの廃村ではろくに会話もしていなかったからな」

「っ……」


 シルヴィがしれっと苦言を受け流すと、エレナは苦虫を噛み潰したような顔で押し黙った。だが、蓮司に対して苛立ちを帯びた視線を向けることで、不満を訴えている。


「…………」


 蓮司は沈黙を貫き、うんざりしたような顔でエレナの視線を受け止めていた。


「どうした、答えてはくれぬのか?」


 シルヴィは再び蓮司に問いかける。


「……どうして俺に尋ねる? 状況を悪くしたのは俺だ」


 蓮司はムスッとした顔で答えた。


「その自覚があるのなら、この事態を解決するために何とかしようとは思わないのか?」

「…………」

「……思わないか。まあ、そなたにとって我々はその程度の存在なのであろうな。最初に会った時、一緒に剣を交えて魔物を討伐した際には、そなたの戦いぶりを見て胸が躍ったものだが、すっかり腑抜けたものだ。いや、これが本当のそなたといったところか」


 シルヴィはやれやれと溜息をつく。すると――、


「っ……!」


 蓮司は流石に何か言おうとして顔を上げる。だが、シルヴィからじっと見つめられていることに気づくと、バツが悪そうに視線を逸らしてしまった。


「ここまで言われて何も言い返さぬか。初対面で王女である私に対しても、対等な口をきいていたのはどこの誰であったか……」

「っ……」


 蓮司は下唇をギュッと噛みつつも、やはり何も言い返さない。


「最初に会った時、そなたは自分のことを世間知らずだと言っていたな。だから、物の言い方もわからぬと。普通、それでも王族や貴族に対してはそれなりにへりくだった態度をとろうとするのが常識的な在り方だが、そなたは上っ面だけ取り繕っているのが透けて見えるほどに不遜だった。挙句、私がそなたをスカウトすれば、俺は誰にも従うつもりはないと申す始末。……部下達は随分と顔をしかめていたが、私はそなたのそんな向こう見ずで唯我独尊な部分を買っていたのだ」


 と、シルヴィは滔々と語ってみせた。


「…………」


 蓮司は随分と居心地が悪そうに押し黙っている。だから、シルヴィはさらに語ることにした。


「我が国が強き者を欲していると告げて、私がそなたをスカウトした時、そなたは『それはそっちの事情、俺には関係ない』と申したな? そんなそなたに言わせれば、今こうして我々が困っているのも、それはこちらの事情で、そなたには関係のないことなのだろうな。とはいえ、それなら『どうしてそなたはそもそも私のために動いてくれたのだ?』と尋ねたいところだが……」

「………………」


 蓮司は忸怩たる面持ちで押し黙っている。


「……やはり、答えてはくれぬか」


 シルヴィは強く落胆したように嘆息した。そして――、


「どうやら私の目が節穴だったようだな。もういい、そなたはもうこの宿場町から、いや、この国から出ていくといい。目障りだ」


 と、蓮司に向けて言い放つ。


「シ、シルヴィ様!?」


 エレナは泡を食って叫んだ。


「なんだ、そなたら親衛隊の騎士達はこの者のことをよく思っていなかったのであろう? いい厄介払いができるではないか」


 シルヴィはさも不思議そうな顔で言う。だから――、


「そ、それは……」


 困惑するのは蓮司のことを嫌うエレナの方だった。それだけシルヴィが蓮司のことを気にいっていたから。すると――、


「レンジ、せめてもの情けだ。最後に忠告してやる。そなたは社会に溶け込んで暮らしながら、社会的なしがらみを忌避し、時に反社会的な言動をとることがある。そういった世間の波風を実力で跳ね飛ばすなり、ねじ伏せるのがそなたの生き方なのだろうがな。社会的なしがらみを嫌っておきながら、社会的な恩恵に与ろうなどと、そんな都合のいい生き方がいつまでもまかり通ると思うなよ?」


 シルヴィは蓮司に対してそんなことを言い始める。


「っ……」


 蓮司はぎりっと拳を握り締めた。まるで自分という存在が全否定されたようだったから。微塵も敬意を抱いていない相手にへりくだるなど、蓮司にとっては屈辱的なことだ。少し前までの自分にこんなことを言う相手がいたら、それこそ強気な態度で見下していたかもしれない。だが、今はそれができない。


「そなたよりも強い存在など、この世界には必ずいる。現にそなたは敗北した。個人ではそうおらずとも、人は集団になれば脅威だぞ? 見ろ。そなたはたった今をもって、我がルビア王国を敵に回した。もうこの国で生きていくことは叶わん。今後、我が領内でそなたの顔を見かけたら、私が容赦なく斬り捨ててやろう。我が国に多大なる被害を与えた大罪人としてな。覚悟しておけ」


 と、シルヴィは苛立ちを隠さずに告げる。そして――、


「以上だ。行け。あの男共には私から何とでも説明しておいてやる」


 蓮司に別れを告げた。

 エレナはもはや何も言わず、目を瞑っている。彼女とて勝手な行動で状況を悪化させた蓮司のことを決して許していないのだ。それは他の親衛隊騎士達も同じである。金輪際、姿を見せぬというのなら、どことなり行ってもらった方がいいのかもしれない。今は蓮司に構っている暇はない。だが――、


「…………」


 蓮司は立ち上がらない。ひどく葛藤した様子で、拳を握り締めている。


「どうした、早く出ていかないか。それとも、この場で斬り捨ててほしいのか?」


 シルヴィは冷ややかに問いかけた。すると――、


「………………った」


 蓮司はぼそりと口を動かした。


「何?」


 シルヴィは怪訝な顔で訊き返す。


「……すまなかった。シルヴィの言う通りだ。何も言い返せない」


 蓮司は一応は聞こえる声で謝罪した。


「だから何だというのだ?」


 シルヴィは粛々と問いかける。


「……妹を助けるの、俺にも協力させてほしい。そのためなら何でもする。助けた後に今回の不始末も償うから」


 蓮司は手酷く叱られた年齢相応の少年のように、随分としおらしい態度で答えた。


「…………はっ、そなたもそのような顔をするのだな」


 シルヴィは一瞬、呆けた顔をすると、思わず失笑する。


「シルヴィ様」


 と、複雑な面持ちのエレナ。


「ああ、すまない。……だが、もういい。気持ちは嬉しいが、やはりそなたはここを去れ」


 シルヴィは苦笑してエレナに謝罪すると、蓮司にそう言った。その声色は先ほどまでと打って変わって優しい。


「……な、なんで?」


 蓮司は焦燥した顔になる。


「正直、そなたの力を頼りにしていたところはある。だが、そなたは良くも悪くも純粋で、ただの子供だったのだ。今、そのことに気づいてしまった。だからだ。そんなそなたを巻き込むわけにはいかない」


 シルヴィは整然と語った。


「そんなことはないっ! 俺は十七だ!」


 蓮司は心外だと言わんばかりに叫ぶ。日本ではともかく、十七歳といえば形式的にはこの世界ではとっくに成人扱いされる年齢である。かくいうシルヴィも十八歳だ。


「そんなことはあるさ。そなたはちぐはぐすぎる。出自は完全に謎に包まれ、強大な力を手にしておきながら、何かが致命的に欠けている。その不完全さが何かわからず惹かれていたのだが、存外、単純な話だったようだ」


 シルヴィはそう言って、フッと自嘲じちょうめいた笑みを刻む。


「駄目だ、駄目なんだ! ここで逃げだしたら、俺は一生後悔する! 俺が俺でなくなるんだ!」


 蓮司は泡を食って訴えた。すると――、


「それはそなたの事情であろう。我々には関係がない」


 シルヴィはかつて蓮司が口にした台詞を、そのまま蓮司に告げる。


「っ……!? だが、俺の力は必要だろう!?」


 蓮司は堪らず渋面を浮かべると、シルヴィに問いかける。それが蓮司の本音であり、強みでもあった。他人は許されなくても、自分は許されるという無意識な傲りでもある。自覚がなくとも自分は特別だと思っているのだ。だが――、


「そういう驕ったところが子供だと、言っているのだがな。今の私に、そなたを信用できると思うか?」


 あいにくと蓮司の信頼は地に落ちていた。しかし――、


「次は絶対にしくじらない! 信じてくれ!」


 と、蓮司は力強く訴える。


「そうそう次があると思うなよ?」

「っ……」


 シルヴィが冷たく言い放つと、蓮司は思わず言葉を呑む。とはいえ――、


(正直、今の我々は自分達のことで手一杯だ。子供のお守りをしている余裕はない。だが、ここまで熱くなった男を突き離せば、また勝手に顔を突っ込まれるかもしれないという懸念もある。実力だけは備えているからな)


 シルヴィは悩んでもいた。そんな蓮司を頼るべきか否か。正直、蓮司が秘めている戦闘能力は目をみはるものがある。それは純然たる事実だ。難点があるとすれば、扱う本人が未熟であるということ……。だから――、


「……仕損じれば、そなたは一生をふいにするかもしれんぞ? ここで頷いた瞬間、そなたはもう引き返せなくなるかもしれない。後悔してももう遅い。その覚悟はあるのか?」


 シルヴィは今一度、蓮司の覚悟のほどを尋ねた。


「……ある」


 蓮司は静かに頷く。その瞳には強い決意が秘められていた。

 シルヴィはじっと蓮司の顔を見つめ返す。あるいは、ここで断っておいた方がいいのかもしれない。そう思ったが――、


「…………わかった」


 シルヴィは深く息をつくと、腹を括って頷くことにした。


 ◇ ◇ ◇


 一方、アレインとルッチはレイスの部屋に呼びだされていた。


「レイス様、いったい何の御用で?」


 アレインは向かいに座るレイスの顔色を窺って質問する。


「……正直、誰に託すか悩んだのですがね。ルッチ、貴方がいいでしょう。これを」


 レイスはそう言うと、おもむろに剣を取り出して机の上に置いた。すると――、


「こ、これはっ……!?」


 ルッチとアレインは剣を視界に収めて、愕然と息を呑む。


「ええ、それはあの方が使っていた剣です」


 レイスはにやりとほくそ笑んだ。


「……これを、俺に?」


 ルッチはおずおずと尋ねる。


「ええ。貴方が一番、適性が高そうなので」

「適性?」

「言うまでもないでしょうが、それは魔剣です。能力は少々特殊でしてね。強力ですが、扱うのに適性が必要なタイプの代物なんですよ。他の魔剣以上にね」


 レイスはすらすらと説明してやった。だが、最後の台詞だけは何か含みのようなものがある。


「その適性が、俺に?」


 ルッチは戸惑いがちに首を傾げた。


「ええ。貴方はあの方と気質が似通っていますからね」


 レイスは鷹揚に頷く。


「でも、俺が団長の形見を……。他にも団員はいるし、いいんですかい?」


 ルッチはレイスに尋ねながらも、隣に座るアレインを見やる。


「……まあ、いいんじゃねえの。ちと複雑だが、確かにお前は団長に似ているところがある。他の連中には後で俺から説明してやるよ」


 アレインはやれやれと溜息をついて語った。


「お、おう……」


 ルッチはどこかそわそわした様子で頷くと、そっと剣に手を伸ばす。すると――、


「とりあえずは馴染ませる必要があります。当分は肌身離さず装着しているように」


 と、レイスはルッチに呼びかける。


「もちろん。団長の形見だ。死んでも放しませんぜ」


 ルッチはへへっと笑った。


「よろしい。それでは、明日の段取りを伝えるとしましょうか。ヴェン達もエステル第二王女殿下を連れて、この町に着いたことですしね。準備は万端です」


 レイスもにやりと、不気味な笑みを口許に刻む。


「これであの魔剣士にリベンジができるってわけだ」


 ルッチは不敵にほくそ笑む。だが――、


「いえ、今回に限ってはそれが主目的ではありません」


 レイスは粛々とかぶりを振った。


「何、どうしてですかい!?」


 ルッチは泡を食って尋ねる。アレインもすっかりその気だったのか、目を見開いてレイスを見つめていた。


「もちろん彼を始末できるのであればそれに越したことはないのですがね。まあ、状況次第といったところでしょうか。せっかく生き残ったフローラ王女もいることですしね。彼女にも新たな利用価値が生まれました」


 と、レイスは意味深長な物言いをする。その虚ろな瞳は遥か先を見据えていた。


 ◇ ◇ ◇


 明朝、リオはフローラを連れて、宿の外へと出る。


「今日もよろしくお願いします、ハルト様」


 フローラは宿の前で、ぺこりとリオにお辞儀をした。


「はい、お任せください。午前中には国境を越えられると思います。早速ですが、行きましょうか。とりあえずは町の外へ向かいましょう」


 リオはフローラをいざなって、宿場町の外へと歩きだす。向かう先は昨日、入ってきた門とは逆の方向だ。


「はい!」


 フローラは元気よく頷いて、リオの隣を歩き始める。


「ところで、フローラ様は朝がお強いのですか?」


 リオはご機嫌なフローラを見て、ふと尋ねてみた。


「え?」


 フローラは不思議そうに小首を傾げる。


「いえ、毎朝、元気そうといいますか、あまり眠そうには見えないので。旅の疲れは残っていないのかなと」


 リオは朗らかに質問の趣旨を説明してやった。


「あ、いえ、どう、でしょうか? 強い、というわけではないと思うのですが……、ハルト様が運んでくださるので、私はそこまで疲れていないですよ」


 と、フローラはこそばゆそうに語る。


「然様でしたか。なら、よかったです」

「ハルト様こそ、毎日たくさん走って、お疲れにならないのですか?」


 リオが微笑すると、今度はフローラが不思議そうに尋ねた。


「鍛えておりますからね。それに、魔剣で肉体を強化すると、体力も底上げされますから」


 そうして、二人は和やかに会話をしながら、宿場町の外へと向かっていく。門の外を出て少し進むと、南西と南東へ続く街道の分岐点がある。リオ達が進むのはロダニアがある南西の方角だ。南東へ進んでしまうとガルアーク王国へ向かってしまうので、遠回りになってしまう。だが――、


「ん、あれは……?」


 リオは街道の分岐点に人だかりを発見する。これからリオ達が進もうとする南西の街道には、昨日、リオ達に声をかけた女性騎士達が集まっていた。

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2019年8月1日、精霊幻想記の公式PVが公開されました
2015年10月1日 HJ文庫様より書籍化しました(2020年4月1日に『精霊幻想記 16.騎士の休日』が発売)
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精霊幻想記のドラマCD第2弾が14巻の特装版に収録されます
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2019年7月26日にコミック『精霊幻想記』4巻が発売します
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「読める!HJ文庫」にて書籍版「精霊幻想記」の外伝を連載しています(最終更新は2017年7月7日)。
登場人物紹介(第115話終了時点)
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