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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第八章 付き添い、頼りない王女の小さな成長

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第168話 誘導

 リオは街道の分岐点、進行方向の道に集まっている者達が、昨日の女性騎士達であることに気づく。当然、女性騎士達もリオ達のことを視界に収めていた。その中からエレナが歩きだして、リオ達に近づいてくる。


(何だ?)


 リオは接近してくるエレナを見据えながら、そんなことを思う。正直、少し警戒してしまったが、ここでいきなり引き返すのも不自然だ。というより、声をかけられて制止されるに違いない。


「昨日ぶりだな」


 案の定、エレナは一定の距離になると、リオに声をかけた。


「その節はどうも」


 リオは無難に応じる。


「悪いが、あちらの街道は通行止めでな。お前達はどちらへ向かうんだ?」


 エレナは突然、リオに問いかけた。


「我々が行くのは逆の街道ですが、通行止めですか? 何故?」


 リオはさらりと嘘をつくと、通行止めになっている理由を尋ねる。


「例の追剥ぎの捜索と関係している。これ以上は言えん。まあ、逆の街道を行くお前達には関係のないことだ。じゃあな」


 エレナはそっけなく答えると、そのまま女性騎士達がいる場所へと戻ってしまう。


(追剥ぎが危険だから、街道を封鎖するということか? よくわからないな)


 リオはどうしたものかと考えながら、エレナの背中を眺めていた。すると――、


「……あの、ハルト様。南西の街道へ進むのでは?」


 フローラがリオの背後から、恐る恐る声をかける。


「街道が塞がっているのなら、無理に押し通るわけにもいきません。少し面倒ですが、とりあえずは南東の街道を進んで、適当な場所で街道を外れて南西へ向かいましょう」


 リオは小さく嘆息し、妥協案を提示した。


「でも、いいのでしょうか? 街道は塞がれているのに、その先へ進んでしまって……」


 フローラは根が生真面目なのか、通行禁止の区域をこっそり通り抜けることにわずかな戸惑いを覚えたようだ。リオとしてはここに来るまでの間に何度も街道を無視してきたので、そんなことを気にするのは今更である。とはいえ、明確に通行禁止になっているという違いは、フローラにとって無視はできない要素なのかもしれない。


「……おそらくは追剥ぎを警戒していて、何らかの作戦があると思うのですが、行動範囲は限られているはずです。迷惑がかからないよう、十分に距離をとってから南西の街道に合流しましょう。まあ、回り道をすると思ってください。道は通りませんが」


 リオは空を仰ぎ、どこか困ったように語る。堂々と開き直ったり、ずる賢い説明をしたりしてはフローラの抵抗感を余計に煽るだけだと思ったから、問題の核心にはあえて触れない。

 もとより下手に近い位置で南西の街道に合流しようとすると、作戦中の騎士達とかち合う恐れがあるから、適度に距離を置いてから向かうのが無難である。少し面倒になったが、特に支障はない。


「はい、わかりました」


 フローラはくすりと笑うと、素直にリオの説明を受け入れた。


「では、行きましょうか」


 そうして、リオ達は南東の街道へと歩きだす。その一方で、エレナは女性騎士達が集まっていた場所に戻っていて――、


「……これでいいのか?」


 右手の森にそびえる木に隠れていた一人の男、ルッチに問いかけた。


「ああ、上出来だ。俺も所用があるからな。後はもう自由にしてくれて構わないぜ」


 ルッチはそう言うと、踵を返して森の奥へと向かっていく。


「なっ、おい!?」


 エレナは慌ててルッチに声をかけた。


「あん?」


 ルッチは億劫そうに振り返ると――、


「用があると言ったろ。あんたらもそこにいても、もうすることはねえぜ。何なら宿に戻ってもいい。じゃあな」


 おざなりにそう言って、今度こそ東の森へと立ち去ってしまった。


「何だというのだ」


 エレナは歯がゆそうに顔をしかめる。エレナ達に求められた仕事はリオ達を南東の街道へ向かわせることで、それ以外の情報は何も教えられていない。妙な胸騒ぎがした。それは彼女の部下達も同じである。


「隊長」


 女性騎士達は困惑してエレナの名を呼ぶ。どうするべきか、判断を求めているのだろう。


「……連中が何か企んでいる可能性はあるが、情報が少なすぎる。二人、シルヴィ様のもとへ伺い状況の説明を。宿に戻ってもいいとのことだしな。急げ」


 エレナは逡巡したものの、即座に部下達へ指示を下す。


「隊長と残りの者はいかように?」


 女性騎士の一人――、部隊の副隊長が硬い声で尋ねる。


「私は森へ入ってみる。シルヴィ様が直々にお越しになるか、報告に参上した者達がシルヴィ様のご指示を持ち帰るか、私が戻ってくるか、他の者達はそれまでここで待機だ。不測の事態が生じた際の判断は貴様に任せる」


 エレナはそう説明して、副隊長の女性騎士に命じた。


「承知しました。お気をつけて」


 副隊長の女性騎士は機敏に首肯する。


「ああ。任せたぞ」


 エレナはそう言い残すと、静かにルッチが入っていた森へと歩を進めた。


 ◇ ◇ ◇


 その頃、シルヴィ達が前日から貸し切っている宿場町の宿で。蓮司とシルヴィは見張りのアレインと一緒に、宿の食堂に待機していた。


「……なあ、シルヴィ、どうするつもりなんだ?」


 蓮司は声を潜めて、シルヴィに問いかける。


「どうするとは?」

「連中、この宿場町で何かを企んでいるんじゃないのか? どうして俺達はあの廃村から連れ出される必要があった? お前の妹が関係している可能性もあるんだろう?」


 と、蓮司は次々と現状に対する疑問を口にしていく。


「……それらの懸念はもっともだ。だが、何もわからぬ状況で下手な手を打つわけにもいくまい。最悪、すべてが台無しになる恐れもある」

「なら、ここでじっとしているのか?」


 大人しくしているのは蓮司の性分に合わないのか、そんなことを尋ねる。


「……連中がここで何をしようとしているのか、少なくともそれを見極めるまでは動けん。おそらくはエレナ達に接触させた追剥ぎとかいう男が関係しているのであろうが、その人物が何者であるのかさえわからぬのだ。調べようにも行動は制約されているしな」


 エレナは忸怩たる面持ちで答えた。


「連中は何をしようとしているのか、どうしてお前の親衛隊騎士達にそんな協力をさせたのか、その男が今の状況の鍵を握っている可能性はありそうだな。……ん?」


 蓮司は食堂の端で眠そうに欠伸をするアレインを見やり、ぼそりと呟いた。すると、食堂へ一人の男が入ってくる。


「おい、アレイン」


 入ってきた男は蓮司が見知らぬ人物だったが、アレインに対して名指しで声をかけた。


「アレは……」


 シルヴィが入ってきた男を視認すると――、


「知っているのか?」


 蓮司が訊いた。


「以前にレイスと一緒にいるのを見たことがある。確かヴェンと呼ばれていたはずだ」

「ヴェン……」


 シルヴィがその名を告げると、蓮司は鋭い目つきでヴェンを見据える。


「おう、ヴェン。どうした? お前は……」


 アレインは何かを言おうとしたが、口をつぐみ、ちらりとシルヴィや蓮司のことを見やった。二人がいる前では話しにくい事柄なのだろうか。


「少し話がある。食堂の外へ行こう」


 ヴェンはそう言って、アレインを外へ誘う。


「わかった。……少し食堂の外へ出てきますよ、お二人さん。妙な真似はしないように」


 アレインは頷き、座っていたダイニングチェアから立ち上がった。そして、蓮司とシルヴィの二人を牽制する。


「ふん」


 蓮司とシルヴィは不機嫌そうにそっぽを向いた。

 アレインはやれやれと肩をすくめるが――、


「行くぞ、アレイン。急ぎの話だ」


 ヴェンはそう言って、さっさと食堂の外へ出てしまう。


「おいおい、どういうことだよ?」


 アレインはヴェンの背中に声をかけながら、食堂の外へ出ていった。


「あのヴェンとかいう男、焦っていたな」


 と、蓮司は二人が食堂からいなくなったタイミングで言う。


「ああ。何か不測の事態でもあったようだ。話を聞ければいいのだが、果たして魔法で身体能力を強化して聞こえるものか……」


 シルヴィは険しい顔で頷き、もどかしそうに語った。シルヴィは強力な身体強化魔術が込められた魔剣を所持しているが、宿の中では持ち歩くことをレイス達に禁じられている。魔法で身体能力を強化すれば多少は聴力も上がるが、魔剣の強化には及ばない。魔剣で強化しても室内のひそひそ話を聞き取れる程度なので、部屋の外に出られてしまえば打つ手はなしだ。すると――、


「俺に任せろ。盗み聞きできるかもしれない」


 蓮司がここぞとばかりに申し出る。


「何?」

「俺のコキュートスは特別製だと、前にも言ったな? 手元に武器を顕現させずとも、強力な身体強化を施すことはできる。もっとも、連中はそのことに気づいていないようだが」


 シルヴィが怪訝そうに首を傾げると、蓮司は得意気に笑みを刻む。


「なんと。……では、頼めるか?」

「ああ」


 蓮司は力強く頷いた。


 ◇ ◇ ◇


 一方、食堂の外では、アレインとヴェンが会話を繰り広げていた。


「で、どうしたんだよ? お前は取引の担当だろ? なんでここへ来た?」


 と、アレインはヴェンに問いかける。


「問題が生じた」

「問題?」

「肝心のエステル王女が逃げ出した」

「なっ……!?」


 アレインはひどく驚いたように声を荒げた。


「馬鹿野郎、声が大きい」


 ヴェンは声を潜めて、アレインを叱責する。


「……取引はどうするんだ? 相手の男は女を連れて、もう宿場町を出て行ったんだろう? ルッチの野郎が女騎士達を使って取引場所へ誘導したんじゃないのか?」


 アレインは声を抑えて尋ねた。


「ああ、既に誘導済みだ。ルッチも予定通り、女騎士達を街道に残して取引場所へ向かった。今頃、女騎士どもは戸惑っているはずだが……」

「エステル王女が逃げ出したとなると、不味いじゃないか。街道に出られでもしたら、女騎士どもが見つけるかもしれんぞ」


 ヴェンが何か含みを持たせて答えると、アレインは焦燥した声色で言う。


「ああ、だから急ぎの話と言っただろう。交換材料のエステル王女がいなければ、取引は成立しない。ましてや相手に先に見つけられでもすれば、相手にとってあえて取引を行う必要性もなくなる。そうなれば、わかるな?」


 ヴェンは食堂の入り口を見やりながら、どこか説明的な物言いで語った。


「わかることはわかるが、だったらこんなところで呑気に話をしている場合じゃないだろう」


 アレインは言葉とは裏腹に、やや悠長な口調で問いかける。


「その通りだ。森へ向かうぞ。お前にも手伝ってほしい。詳しいことは移動しながら説明しよう」

「……食堂の二人はどうする? 俺まで出張ると、見張りはいなくなるぜ?」

「置いていって構わん。レイス様の指示だ。もとよりもう用済みらしい。このままこの宿場町に置いていくつもりだったらしいからな」


 ヴェンはそう言って、ニヤリとほくそ笑む。


「なるほど、じゃあ行くとするか」


 アレインも口許を緩めてほくそ笑むと、深々と頷いた。

 二人は顔を見合わせると、食堂の入り口へと歩を進めていく。十秒もしないうちに、食堂の入り口にたどり着くと――、


「シルヴィ王女殿下、少し所用が出来た。席を外させてもらうので、しばしこの場で待機を」


 アレインがシルヴィに語りかけた。


「……何だと? どこへ行く?」


 シルヴィは怒気を抑えているのか、剣呑な声で尋ねる。


「貴方がそれを知る必要はない」


 アレインはフッと嘲笑すると、踵を返す。


「待て!」


 蓮司は声を荒げてアレイン達を呼び止めた。


「止めろ、レンジ」


 シルヴィは咄嗟に蓮司を宥める。


「だが……!」

「いいんだ」


 憤る蓮司の手を、シルヴィはギュッと握って制止した。


「あいにくと急いでおりますのでね。それでは」


 アレインはそんな二人を鼻で笑うように、今度こそ踵を返していく。そうして、アレイン達が立ち去ると、シルヴィは静かに立ち上がる。そして、食堂の外へと歩きだした。


「待て、どうするつもりだ、シルヴィ!?」


 蓮司はすかさずシルヴィの背中に声をかける。


「奴らを出し抜く。より確証を得たいし、こちらの動きを気取られるわけにもいかんからな。今は後を追うしかない。蓮司、そなたは……」


 シルヴィは務めて冷静に語ると、蓮司に振り返った。


「もちろん俺も行くぞ」


 蓮司は意気込んで申し出る。


「……なら、私と共に来てくれ。騎士達と連携を取りたいところだが、やむを得ん」


 シルヴィはわずかに逡巡したものの、今は時間がない。蓮司と二人で行動することを決めた。大急ぎで自分の部屋へ寄って魔剣を回収すると、そのまま二人で宿の外へと小走りで躍り出る。すると――、


「シルヴィ様!」


 女性騎士二人と鉢合わせた。二人ともエレナの指示で宿に駆けつけたシルヴィの親衛隊である。


「お前達、どうした?」


 シルヴィは意表を突かれて目を見開く。


「エレナ様の指示でこちらへ。実はご報告したいことが……」


 女性騎士達は焦り気味に話を切りだした。


「待て。話は移動しながら聞く」


 シルヴィはそう言って、北から南へと続く宿場町の通りを見渡した。すると、南の街道へ続く通りの先に、アレインとヴェンらしき男の背中を捉える。


「……行くぞ、付いてこい」


 シルヴィはスッと目を細めると、南の街道へ向けて歩きだす。決して焦らぬよう、逸りそうになる足の動きを抑えるが――、


(おかしな雲行きになってきた。なんだ、この胸のざわつきは……?)


 シルヴィの胸の内には、名状しがたい不安や疑念が渦巻いていた。

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登場人物紹介(第115話終了時点)
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