第135話 手がかりと足がかり
リオ達はガルアーク王国最南西部の国境付近に位置する都市を訪れていた。
まずは宿を手配すると、取り調べを兼ねてアルフレッドとシャルルの見張りをヴァネッサ達に一任する。その間にはリオはセリアと一緒に都市の中で買い物に繰り出すことになった。目的はアマンドまでの交通手段を手に入れるためである。
というのも、ガルアーク王国の領土に入った以上、もはやベルトラム王国軍の捜索を気に病み人目を忍ぶ必要がなくなった。なので、ここから先の移動は馬車を用いることが決まったのだ。
ちなみに、アイシアは念のために霊体化させたまま宿屋に残ってもらっている。
「浩太さんや怜さんと一緒に宿で待機していてもよかったんですよ? 旅の疲れが残っているでしょう」
と、リオが隣を歩くセリアに語りかける。
「大丈夫。それほど疲れていないし、シャルル……あの男の近くにはあまりいたくないからさ。移動中はずっとフードを被りっぱなしだったし、部屋に閉じこもりっぱなしっていうのもね」
セリアは苦笑してかぶりを振った。
「ならいいんですが……、やはりあの男にセシリアの素性は伏せたままに?」
「今のところはね。これから先、あの男の扱いがどうなるかはわからないけど、実家に迷惑がかかるかもしれないし」
「わかりました。道中は色々と窮屈な思いをするかもしれませんが、協力します。何か不便なことがあったらいつでも言ってください」
「……うん、ありがと」
礼を言って、セリアは照れくさそうにはにかんだ。
「じゃあ、馬車を買う前に、息抜きがてら少し寄り道をしましょうか。ここまで張りつめっぱなしでしたからね。何かご要望はありますか?」
リオが相好を崩し、そんな提案をする。すると、セリアはわずかに目を丸くしてから、おずおずと口を開いた。
「え? そう? ……じゃあ、リオと少しゆっくりお話がしたいかな」
「俺とですか? そりゃ時間が許す限りはいくらでも付き合いますけど、そんなことでいいんですか?」
今もしているじゃないですか――と、リオが窺うようにセリアを見やる。
「う、うん。だってここ最近、二人きりで話をすることってなかったじゃない。周囲には他の人達がいたし、そういう空気じゃなかったというか」
セリアはやや上ずった声で語った。
「確かに……。なら、久しぶりにお茶でも飲みましょうか。近くに良い店がないか、探してみましょう」
リオは頷くと、喫茶店を探すべく周囲を見回し始める。
「うん!」
セリアは嬉しそうに返事をして、弾んだ足取りでリオの隣を歩いた。
◇ ◇ ◇
その後、セリアと穏やかなひと時を過ごし、馬車を購入すると、リオはクリスティーナ達が滞在する宿屋へと戻った。
「ただいま戻りました」
リオがノックしてクリスティーナ達がいる室内に入室する。そこではクリスティーナとアルフレッドが涼しい顔をしている一方で、何故かヴァネッサが渋面を浮かべているのが印象的だった。
「お帰りなさい、アマカワ卿。ちょうど良かったわ。貴方の話も聞きたかったの。少しいいかしら?」
と、クリスティーナがリオを迎え入れ、しれっとした面持ちで尋ねる。
「ええ、構いませんが……」
リオは室内の雰囲気をそれとなく探りながら首肯した。
「なら、腰を下ろしてちょうだいな。……ヴァネッサ、貴方はあの二人の代わりにシャルルの見張りでもしていなさい」
「……しかし、姫様」
ヴァネッサが目をみはり、咄嗟に食い下がろうとする。しかし――、
「いいから。少し頭を冷やしなさい。他の二人にも休んでもらう必要があるでしょう?」
「……承知しました」
にべもなくクリスティーナに命じられると、ヴァネッサは渋々と退室した。
室内にはリオ、クリスティーナ、アルフレッドの三人だけが残される。
「それで、お話というのは?」
椅子に座ってクリスティーナに向き合うと、リオが用向きを尋ねた。
「アルフレッドのことよ。色々と取り調べをしたのだけれど、実際の行動と聴取した内容とにズレがあると感じたの。ご覧の通り、貴方に倒されてからは随分と大人しくなっているし、シャルルがいないところでは色々と協力的になってもいるけれど……。いまいち真意を測りかねている、といえばいいのかしら」
クリスティーナはちらりと脇に視線を向け、下手に身動きが取れないように拘束されているアルフレッドを見やった。
「と、仰いますと?」
「アルフレッドは私を実力行使で捕らえようとしたわ。立ちふさがった実の妹であるヴァネッサのことを手にかけようともしたし、貴方と激戦まで繰り広げた。でも、それは本意ではなくて、そうしなければならない事情があったから。こうして捕縛された以上は私の好きなように処分してほしい。シャルルがいないところで、本人がそう言ったの」
「なるほど……。ちなみに、その事情とやらを伺っても?」
リオがアルフレッドを見やりながら、クリスティーナに尋ねる。アルフレッドは感情の読みにくい顔つきで沈黙を貫いていた。
「一つはシャルルに従うように王命を受けていたから。もう一つは国内でのエマール家の立ち位置が危うくなっていて、シャルルに従わないと家の存続が危ぶまれたから。端的に言うとそんなところね」
アルフレッドには貴族として国内での立場があった。その立場を保つためにも、表面上はシャルルに恭順する姿勢を見せておく必要があったのだろう。だが、そのシャルルと共に捕まった時点で、アルフレッドの立場は捕虜へと変わった。
なので、少なくともシャルルがいる前以外では、当のシャルルに配慮する必要がないというのは理解できる。実際、アルフレッドはクリスティーナに協力的な姿勢を見せているという。
「つまり、シャルル卿に従っていたのは本意ではなかったと。とはいえ、ここで翻意してしまっては、王命に背くことになると愚考しますが……。一応、陛下はアルフレッド卿に殿下の捕縛をお命じになったのでしょう?」
と、リオは率直に自らの所感を述べた。
「そうね。王の剣であるアルフレッドにとって王命は絶対よ。捕虜になった今この時も、その王命は有効であってしかるべき。形式的にはね」
「……クリスティーナ王女殿下は、アルフレッド卿が殿下の捕縛以外にも王命を与えられているはずだと?」
「その通りよ。熱くなったヴァネッサの前では聞きそびれちゃったけどね」
頷いて、クリスティーナが小さく肩をすくめる。
「なるほど……。しかし、となると、このまま私が耳に挟んでいい話にも思えません。やはり今からでもヴァネッサ殿と入れ替わった方がいいのでは?」
やんごとなき話の流れを察し、リオが申し出た。
「構わないわ。今のヴァネッサは少し冷静さを欠いているから。もちろんここで見聞きしたことをあまり他言してほしくはないけれど、話の内容如何で貴方に不利益を課すような真似はしないと約束する。だから、お願いできないかしら?」
クリスティーナはかぶりを振って、やや遠慮がちにお願いする
「……承知しました。そういうことでしたら」
リオは微かに逡巡すると、笑みを取り繕って頷いた。すると――、
「ありがとう。……そういうわけよ。アルフレッド、聞かせてちょうだい。貴方はお父様からどのような役割を与えられたのかしら? 単純に私を捕縛しろと命じられたわけでもないのでしょう?」
クリスティーナがアルフレッドに水を向ける。
「…………出発にあたり、陛下からはこう仰せつかりました。シャルルに付いていき、己が使命を……クリスティーナ王女殿下をお守りしろと」
「……それだけ?」
アルフレッドが硬い声で答えると、クリスティーナは怪訝そうに顔を曇らせた。
「はい」
と、わずかに逡巡した面持ちで頷くアルフレッド。
クリスティーナはやはりたっぷり逡巡して――、
「…………つまり、どういうことなのかしら?」
と、そう尋ねた。
「陛下より賜わった私の責務は貴方をお守りすることです」
そんな要領を得ないアルフレッドの回答に――、
「その割には随分と容赦がないように感じたのだけれど。アマカワ卿が現れなければ、私は確実に貴方に捕縛されていたはずよ。まさか、あの後、翻意してシャルルを裏切るつもりだったとでも言いたいのかしら?」
クリスティーナは微かな苛立ちを込めて問いかける。
「………………」
しかし、アルフレッドは何も反論しない。視線を下に向け、何か堪えるように黙っている。
すると、クリスティーナはその美貌をしかめて――、
「黙っていてもわからないのだけれど。何とか答えなさいよ。つまり、私を保護して王城へ連れ帰るのが貴方の使命だったというわけ?」
と、やや棘のある声で訊いた。
「クリスティーナ王女殿下。国王陛下の真意は私などにはお察ししかねますが、貴方が王城を発たれたのはどうしてですか?」
リオが見かねてクリスティーナに質問する。
「っ……、わかっているわ。わかっています」
クリスティーナはキュッと唇を噛んで頷いた。自分に城から出て行けと命じたのは、他ならぬ父だ、と。
だからこそアルフレッドの真意を測りかねて苛立っているのだが、リオの発言でとりあえずクリスティーナは落ち着きを取り戻した。
「出過ぎた真似を、失礼いたしました」
リオが畏まって謝罪の言葉を口にする。
「……いえ、おかげで少し冷静になれたわ。知らぬ間に熱くなっていたみたい。ありがとう」
「お礼を賜わるようなことは何も」
クリスティーナが忸怩たる面持ちで礼を言うと、リオはゆっくりとかぶりを振った。
「……実際に剣を交えたアマカワ卿の意見を聞かせてくれないかしら? アルフレッドの真意がどこにあるのか」
と、クリスティーナは小さく息をついてリオに尋ねる。
「少なくとも今この時点で嘘は言っていないように思えます。ただ、参考になるかはわかりませんが、戦闘中、アルフレッド殿の動きに何か迷いのようなものを感じました」
リオは落ち着いた声で語った。
「……本当に? とても手を抜いて戦っていたようには見えなかったのだけれど」
クリスティーナが訝しげな表情を浮かべる。
「確かに手は抜いていなかったはずです。ですが、出しうるすべての手札を出し切っていたわけでもなかった――というより、攻めきろうとしなかったとでも言えばいいんでしょうか」
「……どういうこと?」
「単純にクリスティーナ王女殿下を捕らえることが目的なら、殿下達が避難を始めた時点で攻めに踏み切るべきだったんです。人質の一人でもとれば状況は一変する。なのに、アルフレッド卿は殿下達の避難が完了するまで攻勢に回ろうとはしなかった。それどころか、どこか余力を残しているとすら感じました」
「……仮にそうだとしても、アルフレッドは何を迷っていたというの?」
クリスティーナは逡巡した顔つきで質問した。
「おそらく――クリスティーナ王女殿下を保護して王城へ連れ戻すか、そのまま付き従って行動を供にしながら貴方を守るのか――ではないでしょうか。アルフレッド卿の供述通りなら、陛下が下した命令は少し抽象的なように思えます。どちらとも解釈できますから」
リオが考えるようにそこまで語ると、クリスティーナはハッと目を見開いた。同時に、アルフレッドの表情もピクリと動く。
クリスティーナはアルフレッドの表情の変化を見逃さずに捉えたのか、じっとその顔を見つめている。
確かにクリスティーナを連れ戻したいのならはっきりと連れ戻せと命令すればいいのだ。守れ、という表現はいまいち不明確である。
「アルフレッド卿も一人の人間です。王に忠誠を誓った王の剣とはいえ、家族を始め他にも守らなければならない存在がたくさんいるのでしょう。だから、軽率に動くわけにはいかず、どう動くべきか迷っていた。おそらくですが、陛下もそれを踏まえてどちらとも取れる命令を下したのではないかと」
と、リオは追加でそう語った。
「…………なるほどね」
頷き、クリスティーナはキュッと唇を噛みしめる。
「とはいえ、おそらく今のアルフレッド卿はクリスティーナ王女殿下に後ろめたい気持ちを抱いているのではないでしょうか。責務と私情を秤にかけてしまったことを。殿下に自身の処分をお任せしたのも、そういった念から発した言葉ではないかと」
リオは言葉を選ぶようにクリスティーナに語りかけた。
「……アルフレッドが私に処断されることを望んでいると?」
「断言はできません。あくまでも第三者的な立場にいる私の推測にすぎませんから」
リオは困ったように笑みを浮かべ、かぶりを振る。
「どうなのかしら、アルフレッド?」
クリスティーナがアルフレッドを見やって問いかけた。
「…………いえ、私は……」
アルフレッドはバツが悪そうに視線を逸らし、言葉に詰まった。しばし沈黙が下りる。すると――、
「もういいわ。貴方の処分は捕虜のまましばらく保留するから。我慢しなさい」
と、クリスティーナが嘆息して言う。
「……承知しました」
アルフレッドは所在なさげに頷いた。
「アマカワ卿、ありがとうございました。おかげで色々と冷静に整理することができたわ」
礼を言って、クリスティーナはリオに小さくお辞儀する。
「おやめください。大したことはしていません」
「そんなことはないわ。貴方がいなければ、こうして私がここまでたどり着くことはできなかったもの。とっくに王城へ連れ戻されていたはずよ。旅を終えたら、きちんとした形でお礼をさせてちょうだい」
「私はあくまでもセシリアの付き添いにすぎません。お礼ならば彼女へ」
リオはきっぱりとかぶりを振った。
「まあ、もちろん彼女にもお礼はしたいのだけれど……」
クリスティーナはどこか悩ましげに顔を曇らせる。
「今はアマンドへ向かうことだけを考えましょう。馬車を買いましたから、明日からの旅路は少し楽になるはずです」
「……ええ、そうね」
「それでは、私はこれで。シャルル卿のいる部屋へ、アルフレッド卿をお連れします。殿下もお疲れでしょうから、自室にお戻りになるとよいでしょう」
と、リオはさっさと話を切り上げ、立ち上がった。
◇ ◇ ◇
その日の晩、フロアごと借り切った宿の一室で、リオはアルフレッドとシャルルの二人を見張っていた。
魔封じの枷と呼ばれる魔道具で魔力を封じ込め、物理的に拘束もして動きは取れないようにしているが、念には念を込めてである。
「くそっ! どうして私がこのように粗末なベッドで……」
シャルルがぶつぶつと不満を漏らしながら、ベッドに横たわっている。自分が捕虜になった事実を受け入れられないのか、心ここにあらずでずっとこんな調子だ。
アルフレッドは沈黙を貫いており、他方で――、
(精霊に似て非なる存在、か。レイスという男……得体が知れないな。こちらの行動をも把握していたみたいだし、どうしてそんな男がプロキシア帝国の外交官をやっているんだか。本当に何者なんだろう)
リオはリオでアイシアと念話で情報交換の真っ最中だったりするので、室内にはシャルルの愚痴ばかりが響いていた。
今のリオはアイシアからレイスに関する話を聞いて、考察しているところだ。
(ごめん、こちらの行動が読まれていたのは、私の存在が感知されたからだと思う。精霊同士は霊体化していても互いにその存在を感知できるけど、強力な精霊ほど存在感も強くなるから……。それに、私が戦っている間に空を飛んで逃げていったから。捕まえられなかった)
と、リオの脳裏にアイシアの申し訳なさそうな声が響く。悔いているのか、いつにも増して饒舌だった。
(いや、何を目的に行動を共にしているのかは確かに気になるけど、レイスがあの男――ルシウスと繋がりがあるとわかっただけでも僥倖だよ。それに、強力な魔物を使役していたんだろう? どんな手を隠し持っているかもわからないし、罠の可能性だってあった。深追いはしないで正解だ。こっちこそアイシアにばかり面倒な役割を押しつけて……ごめん)
リオがアイシアを気遣うように語り、謝罪する。
(私は大丈夫)
アイシアは端的にそう言った。
(ありがとう。……結局、橋で待ち伏せしていた連中からは大した情報を得られなかったから、今はアイシアの情報だけが頼りだ)
アレイン、ルッチ、ヴェンの三人と彼らに雇われた冒険者達を撃退したリオだったが、結局、大した情報を引き出すことはできなかった。
セリアがアルフレッドを牽制するために放った《
リオは即座に取り調べを中断し、アレイン達を放置したまま慌ててセリアのもとへ駆けつけたというわけである。すべての戦闘が終了した後、アレイン達を放置した地点にアイシアへ飛んでもらいはしたものの、そこには雇われた冒険者達がいただけだった。
(レイスはルシウスが北方のどこかにいると言っていた。どうする?)
(どこまで信じていいかは疑問かな。レイスがプロキシア帝国の外交官というのはわかったけど、ルシウスもプロキシア帝国にいるとは限らない。けど、今はそんな手がかりでも行動せずにはいられない……。だから、アイシア、その……)
と、リオが言いよどむと――、
(わかっている。私なら急いで精霊の民がいる里へ行かなくても大丈夫だから。先にそっちを優先しよう?)
アイシアが抑揚のない声でそう言った。
(……ありがとう、本当に。なら、セリア先生を送り届けたら、北方に向かってみようか)
(うん)
リオが提案すると、アイシアが短く返事をする。そこで会話は途切れ、リオは小さく息をついた。そして、しばらくして――、
「……少年、一ついいだろうか?」
と、ベッドに腰を下ろしていたアルフレッドがおもむろに口を開いた。
「何でしょうか?」
リオがアルフレッドを見据え返事をする。
「君はベルトラム王国の人間か? クリスティーナ王女殿下はアマカワ卿と呼んでいた。だが、そのような家名の貴族に心当たりはない。君ほどの実力を持った者が完全に無名だったとは思えないが、少し気になった」
と、アルフレッドが質問を口にすると――、
「そ、そうだ、貴様だ! 貴様さえいなければ、このようなことには……!」
シャルルも勢いづけられたように言葉を発した。先の戦闘終了後からどこかリオのことを恐れている節のあるシャルルだが、アルフレッドが口を開いたことで便乗したのだろう。
「……買いかぶりすぎですね」
リオは苦笑してかぶりを振る。だが――、
「し、質問の答えになっていない! 貴様はベルトラム王国の人間なのか?」
シャルルが上ずった声で食い下がった。
「だったらどうするんです?」
「ど、どうもしない」
リオが訊くと、シャルルが怯む。すると――、
「その男のことだ。弱みがあるのなら握っておこうとでも考えているのだろう。少年、答えたくないのなら答えなくてもいい」
アルフレッドが嘆息して言葉を挟んだ。
「アルフレッド! き、貴様、そ、そのようなことあるはずなかろう!」
明らかに動揺した様子のシャルル。
リオは呆れたように笑みをこぼすと――、
「答える代わりに、こちらからも訊きたいことがあります。貴方達がその情報を知っていて、私に教えてくれるのなら、答えてもいい。どうします?」
と、交換条件を持ち出した。
「内容による。流石に国家機密を訊かれれば答えることはできない」
アルフレッドは冷静に回答する。
「ある男の現在の所在を知りたいだけです。おそらく貴方達がご存じの」
「……誰のことだ?」
「ルシウス=オルグィーユという男です。かつて王の剣の候補だった」
リオがルシウスの名を告げる。
すると、アルフレッドは目を見開いた。
「ま、まさか貴様、あの時の!? クレイアで我々を襲った男だな! ルシウスのことを訊いてきただろう!」
シャルルが得心したのか、泡を食ったように叫ぶ。
「そうだとしたら?」
リオは落ち着いた声で訊き返した。
「き、貴様のせいで私の部隊は小さくない損害を被ったのだ! 私の部下だって死んだ! 私の顔に泥ばかり塗りおって、くそ!」
「そちらに作戦があったように、こちらも作戦があって行動していました」
「なんだと!?」
淡々としたリオの返事に、シャルルが食ってかかろうとする。だが――、
「止めろ、シャルル。武装し、互いに大義を抱いた上で戦ったのだ。ならばたとえ誰かが死んでも、どちらからも文句は言えない」
「ぐっ……」
アルフレッドに諫められ、シャルルが渋面を浮かべた。すると、アルフレッドはリオを見据え、開口する。
「少年。過去のことならばともかく、あの男が今どこで何をしているのかは知らない」
「そうですか……、残念です。まあ、私のことは機会があればクリスティーナ王女殿下から伺うことができるでしょう」
さほど期待はしていなかったが、リオは少しだけ落胆したように声のトーンを下げた。
「……君は奴とどういった関係なのだ? 過去のことでよければ私が知っていることを話すが?」
「古い知り合いで、腐れ縁のようなものですが……、別にあの男の過去が知りたいわけではないので、遠慮しておきます」
窺うように提案してきたアルフレッドに、リオは苦笑してかぶりを振る。
そして、ややあって――、
「早く寝た方がいいですよ。明日からまた移動が始まりますから」
と、リオはそっけなく告げた。その後、室内には再び静寂が戻る。
翌朝、リオ達は都市を発つ。アマンドに到着したのは、数日後のことだった。