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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第六章 今日より明日、明日より昨日へ

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第134話 戦闘終了

 リオとアルフレッドが大技を撃ち合い、互いの攻撃が衝突すると、閃光と暴風が爆発したように吹き荒れた。

 砂埃が巻き起こり、爆心地一帯の視界が遮られる。

 だが、ややあって爆心地の中心から渦巻くように風が吹き上がった。砂埃が巻き上げられ、急速に視界が晴れていく。

 そこには武器を手放してうつ伏せに倒れるアルフレッド=エマールと、右手に剣を握ったまま平然と立つリオがいた。


「くっ……」


 アルフレッドが力を込めて立ち上がろうとする。だが、その身体は震えており、明らかに動きが鈍っていた。

 リオは左手に魔力を帯びさせながら、すかさずアルフレッドに接近すると、頭部を上から押さえつけて、精霊術で強引に意識を奪う。

 続けて、コートの内側から金属製の手枷を取り出すと、アルフレッドの手を後ろに回して装着させた。屈んだ姿勢から立ち上がると、ちらりと背後を振り返る。

 そこにはクリスティーナが呆然と立ち尽くしており、セリアもやや呆けた顔でリオを見つめていた。

 リオは視線が合ったセリアに一瞬だけ顔をほころばせると、硬直したようにたたずんでいるシャルル達に向き直る。歩いてアルフレッドの剣を回収すると、シャルル達から十メートルほどの距離で立ち止まった。


「全員、武器を捨てろ。身の安全の保障をできる権限は俺にないが、抵抗すればこの場で殺す」


 非情なリオの勧告に、シャルル以外の騎士達が顔面を蒼白にする。この場には気絶したアルフレッドとシャルルを除いて六人の騎士がいるが、王国最強の騎士であるアルフレッドを真っ向からねじ伏せたリオを相手にするには心もとないと感じているのだろう。

 他方、シャルルはたっぷり数秒もぽかんと口を開けていたが――、


「ふ、ふざけるな! そんな条件で投降できるものか!? 貴様ら、命令だ。生死は問わん。奴を無力化しろ!」


 と、我に返ったように喚き散らす。

 すると、騎士達が逡巡しながらも抜剣した。勝ち目が薄いとわかっていても、上官の命令には歯向かうことはできないのだろう。

 だが、リオは風の精霊術を発動して、一瞬でシャルルの眼前に移動すると――、


「戦闘継続の意志があるなら、あんたから殺すぞ? その次に指揮権限がある奴も同じなら、そいつも殺す。あまり手間はかけたくないが、そっちがその気なら仕方ない。最初に死ぬのはあんただ」


 左手で握ったアルフレッドの剣をシャルルの喉元に突き出して、剣呑な声で脅した。


「ぐっ……。ま、待て! 殺すな、話せばわかる!」


 途端、シャルルが上ずった声でリオを制止する。


「……部下の命は犠牲にできても、自分の命は犠牲にできないか?」


 リオが嘲るように言うと、シャルルの顔が紅潮しかけた。だが、怒りで喚き散らすことはせず、表情を引きつらせて開口する。


「こ、こちらはヴァネッサ=エマールの身柄を確保している。だから取引っ!?」

「さぞ良い剣のようだが、試し切りでもしてみようか? いや、試し打ちか? この剣に込められた魔術の威力はあんたも見ただろう?」


 虚勢を張って取引に持ち込もうとしたシャルルだったが、リオは躊躇なくアルフレッドの剣を喉元に食い込ませた。剣が魔力を帯びて強く発光し始める。


「ひっ。わ、わかった! 投降だ! 投降する! だからその剣を引っ込めろ! き、貴様ら、武装を解除しろ!」


 シャルルはその表情を凍りつかせ、泡を食ったように降参を宣言した。すると、その場にいた騎士達が次々と装備していた武器を地面に投げ捨て始める。

 リオは一先ずアルフレッドの剣に込めた魔力を霧散させることにした。だが、その切っ先はシャルルの喉元に固定させたままだ。そして――、


「おい、そこのあんた」


 と、リオは右手で握った自分の剣を鞘に収めながら、一番近くにいた騎士に呼びかけた。


「……わ、私か?」


 話しかけられた騎士が臆した様子で返事をする。


「そうだ。武器を回収してそこへ集めてくれ。急いでな。……それと、他の連中はそっちに集まって、こちらに背を向けたまま両手を挙げてくれ」


 リオが頷き、他の騎士達にも淡々と指示を出していく。

 騎士達は言われたとおりに行動を開始した。すると――、


「さて、シャルルと言ったな。あんたにいくつか質問する。俺の手元を狂わせたくなかったら、正直に答えろ。まず、あんたが連れてきた仲間は全部で何人だ?」


 リオが騎士達の動きを横目で捉えながら、シャルルに尋問を開始する。


「…………わ、私を含めて十人だ」

「この場には八人しかいないが?」

「一人はヴァネッサ=エマールを拘束している。もう一人は連れてきたグリフォン達の世話をさせているんだ!」

「ヴァネッサさんはどこにいる?」

「す、すぐそこだ。走って一分もかからない」


 シャルルはひんやりと食い込む剣先の感覚に怯えながら、リオの質問に答えていった。そうしているうちに――、


「……おい、終わったぞ」


 武器を回収していた騎士が、作業を終えてリオに声をかけてきた。さらに、セリアが居ても立ってもいられない様子で駆け寄ってきて――、


「あ、あの!」


 と、背後からリオに声をかけた。


「どうかしましたか?」


 シャルルを見据えたまま、リオがセリアに返事をする。


「う、うん。あの子(、、、)のことなんだけど……」


 あの子とはアイシアのことだが、セリアはシャルルの前であえて名前を出すことはしなかった。フードの下から不安そうに、歯がゆそうにリオの背中を見据えている。


「……大丈夫です。今はこの場を何とかしましょう」


 リオは一瞬だけセリアに振り返ると、優しく笑みを浮かべてみせた。少し離れた場所に立つクリスティーナと視線が合ったが、すぐにシャルルへと視線を戻す。そして、アルフレッドの剣を引っ込めると――、


「がっ!? ……うう」


 シャルルの胸元を乱雑に掴んで姿勢を崩し、足払いをして地面に転ばせた。コートから手枷をもう一つ取り出すと、シャルルの手首に嵌めて拘束する。


「付いてきてくれますか?」

「う、うん」


 淡々と作業をこなすリオの背中を見守っていたセリアだったが、自分が呼びかけられると上ずった声で返事をした。無様に寝転がるシャルルを憐れそうに見下ろしながら、緊張した足取りでリオの後を追いかける。


「あんたは他の騎士達と一緒に待機だ」

「……わかった」


 リオに命令されて、武器を回収させられていた騎士がおずおずと歩きだす。そうしてアルフレッドとシャルルを除いた騎士達が一か所に集められた。


「よし。じゃあもっと密集して固まってくれ。お互いが触れ合うくらいにな。……そうだ、そのまま動くなよ。……セシリア、少しいいですか?」


 騎士達が密着するほどに固まったことを確認すると、リオが小声でセリアに話しかける。


「うん、なに?」

「土魔法でそこの騎士達を閉じ込めてください。規模は連中をギリギリ収容できる程度で構いませんが、強度は頑丈に。それと、上部に人が抜け出せない程度の空気口を作っていただけると助かります」

「……わかったわ。任せて」


 リオに頼られると、セリアが小さく深呼吸をして頷く。それで心を落ち着けたのか、表情から硬さが抜け落ちた。


「ありがとうございます」

「お礼を言うのはこっちの方よ。ありがとうね、ピンチを救ってくれて」


 セリアは申し訳なさそうにかぶりを振って、微かな憂いを帯びた笑みを浮かべる。


「いえ、貴方が無事でよかったです」

「なっ……、う、うん」


 セリアはリオの真っ直ぐな言葉を不意打ち気味に受け止めると、やや気恥ずかしそうに首肯した。

 すると、突然――、 


(……春人、ごめん)


 と、リオの脳裏にアイシアの声が響いた。感情表現の希薄な彼女だが、その声はいつにも増して沈んでいる。


(アイシア……、無事だったのか。良かった。謝るのは俺の方だよ。アイシアこそ、大丈夫だった?)


 アイシアの声を聞くと微かに硬直したリオだったが、すぐに気遣うように返事をする。


(……うん)

(なら本当に良かった。アイシアは今どこにいる? こっちに来れるかな?)

(もう春人が見えるところにいる。どうすればいい?)

(とりあえずヴァネッサさんを救出する必要がありそうだ。すぐ近くにいるだろうから、アイシアは霊体化したまま引き続きセリア先生達の護衛を頼めるかな?)

(……わかった。ごめんなさい。もうセリア達の傍から離れない)

(もういいから。セリア先生を守ろうとしてくれたんだろう? 反省点はまた後で確認しよう)

(うん)


 リオはアイシアの返事を聞くと、セリアの横を通って――、


「アイシアの無事が確認できました。俺はシャルルに案内させてヴァネッサさんを保護してきます。セシリアはその間に負傷した二人の治療をお願いできますか? すぐに戻りますから」


 傍で寝転がるシャルルを見下ろしながら、そう語った。


 ◇ ◇ ◇


 その後、リオはシャルルに案内させ、ヴァネッサが拘束されている場所へと向かった。そこでは――、


「おい、先ほどの爆発はどういうことだ!? まさか貴様ら姫様を亡き者にするつもりだったというのか!?」


 と、ヴァネッサが見張りの騎士二人に事情の説明を求めていた。

 爆発とは言うまでもなく先ほどのリオとアルフレッドの大技が衝突した際に生じた衝撃を指している。だが――、


「貴様が知る必要はないことだ、黙っていろ!」


 騎士達はどこか焦りを帯びた声で、ヴァネッサの要求を一蹴していた。そんな彼らのすぐ傍では、負傷したグリフォン達がのんびりと腰を下ろして休んでいる。


「おい、どういうことだ? 本当にクリスティーナ王女を殺したのか?」

「俺が知るか。だが、シャルル様……いや、アルボー公爵家にとってはここでクリスティーナ様に死んでいただくのが都合の良い筋書きなのかもしれない」

「ばっ、滅多なことを言うな! 俺はごめんだぞ、王族殺しの罪を背負うなど」

「俺だってごめんだ! というより、そのためのスケープゴートがそこにいる女なんじゃないのか? もしかするとアルフレッド様だって……」


 などと、騎士二人はヴァネッサを完全に放置して、ひそひそと憶測を交えた討論を繰り広げていた。


「おい、何を話している!? 私にも事情を説明しろ! これはどういうことだ? 何が起きている!?」


 ヴァネッサが事情の説明を求め、必死に訴えかける。しかし、騎士達はもはや取り合う気すらないようで、ヴァネッサの叫びをスルーしていた。


「くっ、殺せ……。ならせめて殺してくれ。頼む、騎士の情けだ」


 やがてヴァネッサが項垂れてそんなことを言い出す。捕まった状態で自分が生きていては色々と迷惑がかかると考えたのかもしれない。

 騎士達はバツが悪そうにヴァネッサから顔を背けた。すると、リオに捕縛されたシャルルが姿を現し、状況が一変する。


「し、シャルル様!?」


 騎士達は泡を食ってシャルルの名を叫んだ。

 ヴァネッサも釣られてそちらへ視線を向けて――、


「なっ……、は、ハルト殿!? どうしてここに!?」


 と、面食らって尋ねる。


「ご覧の通りです。貴方を助けにきました。……おい」


 リオはヴァネッサに告げると、先を歩かせているシャルルの背中に剣を突き出した。


「そ、その女を解放してやれ」


 シャルルが怯えた顔でヴァネッサの解放を騎士達に命じる。


「はっ……? い、いえ、しかし……」

「いいから早くしろ! 命令違反で処罰するぞ!」

「は、はっ!」


 命令された騎士達は戸惑い顔で微かな抵抗をみせたが、シャルルに怒鳴りつけられると即座に行動を開始した。そうして瞬く間にヴァネッサが解放される。


「ヴァネッサさん。その二人を拘束してください」

「わ、わかった……」


 リオが指示して、今度はヴァネッサが騎士達を拘束していく。


「なあ、ハルト殿。これはいったい……?」


 言われるがまま騎士達を拘束していたヴァネッサだったが、いよいよ耐えかねて事情の説明を求めた。


「連中の撃退に成功しました。コウタさんとレイさんが負傷しましたが、大事ないです。どうぞご安心を」

「……ど、どういうことだ、兄上は?」


 ヴァネッサが動揺した面持ちで尋ねる。撃退された存在の中にアルフレッドがいるとは想像できなかったのだ。だが――、


「無力化しました」

「なっ……」


 リオが端的に事実を告げると、ヴァネッサは思わず絶句してしまった。にわかには信じがたいが、こうしてリオがこの場にいるのが何よりの裏付けとなる情況証拠である。


「気絶させて大人しくしてもらっていますが、命に別状はないはずです。その点もご安心を」

「い、いや。そういうわけでは……。は、ハルト殿が倒したのか? あの兄上を?」

「はい。そうです」

「そ、そうか……」


 ひどく取り乱していたヴァネッサだったが、リオに落ち着いた調子で頷かれると、ごくりと唾を飲みこんだ。


「連中の足を奪って、あちらへ戻ります。そこのグリフォン達を鹵獲・処分しましょう」

「ああ……」


 ヴァネッサが惚けた顔で頷く。それから、リオ達は二体だけ残して四体のグリフォンを処分すると、セリア達がいる場所へと戻った。


 ◇ ◇ ◇


「姫様! よくぞご無事で!」


 ヴァネッサがクリスティーナの姿を確認し、慌てて駆けだす。


「ええ、アマカワ卿のおかげでね。貴方も無事でよかったわ」


 クリスティーナはわずかに相好を崩してヴァネッサに応じた。


「いえ。兄上を抑えることが叶わず、姫様を危険な目に遭わせてしまいました。面目次第もございません」

「いいわよ。相手はあのアルフレッドだったんだし、結果に問題はなかったんだから」

「……その件についてなのですが、兄上は本当に負けたのでしょうか?」


 忸怩たる表情で俯いていたヴァネッサだったが、アルフレッドの名前が出ると恐る恐る事の真否を尋ねる。


「ええ、アマカワ卿が倒したわ。信じられないでしょうけれど、その……凄い戦いだったのよ」


 言って、クリスティーナはちらりとリオに視線を向けた。リオはセリアと仲睦まじげに話しながら諸々の準備を整えている。


「彼は本当に何者なのでしょうか? その強さはもちろん、普段の立ち居振る舞いといい、つい最近まで平民だったとは到底思えません。セリア君とどこで面識を得たのかも。確か十年ほど前に面識を得たと言っていましたが……」


 ヴァネッサは堪らず疑問を口にした。だが――、


「無用な詮索は止めなさい。今は彼の素性を気にしている場合じゃないわ。そこにいる男から色々と話を聞かないとね」


 クリスティーナがにべもなくかぶりを振って、所在なさげにたたずむシャルルへと視線を向ける。


「くっ……」


 シャルルは気まずそうに視線をさまよわせた。


「お久しぶりね。シャルル卿。ご機嫌はいかがしら?」


 クリスティーナは髪の色を変える魔道具を外し、ローブのフードを脱ぐと、見惚れるような作り笑いでにこやかにシャルルへと声をかけた。


「お、お久しぶりです。クリスティーナ王女殿下。ご機嫌麗しゅう存じます」

「麗しくないわよ。貴方のせいでね。先ほどは随分なご挨拶だったじゃない。問答無用でこの私を捕縛しようとするなんて」

「……そ、そちらのフードで貴方様が王女殿下ご本人だと見分けがつかなかったものでして。緊急事態だったため、僭越ながら使命のためにも職務をまっとうさせていただきました」

「緊急事態、ね。どのような緊急事態だったのかしら?」


 クリスティーナは淡々と尋問を行う。対するシャルルは明らかに臆していた。


「……そこのヴァネッサ=エマールがクリスティーナ王女殿下とレガリアを強奪し逃亡を図ったと」

「ふうん、そう。貴方達の中ではそういうことになっているの。……じゃあ、貴方の使命とやらを聞かせてもらってもいいかしら?」

「……それは無論、姫様の身柄とレガリアの保護です」


 シャルルが答えると、クリスティーナが芝居がかった様子で目をみはる。


「あら、私の身柄を保護してくれようとしていたのね。でも、お生憎様、私は自らの意志でこの場にいるの。行き先は貴方も知っているのでしょうけど、フローラともう一人の勇者がいる場所よ」

「さ、然様でしたか……」


 と、シャルルは消え入るような声で頷いた。


「貴方が焦る気持ちがわかったわ。二つの聖石が勇者召喚によって消滅した今、国に残されたレガリアは一つだけだものね」


 そう言って、クリスティーナがにこやかに微笑む。レガリアとはすなわち王権の象徴である。


「さ、然様です! いくらクリスティーナ王女殿下とはいえ、レガリアを陛下に無断で持ち出すことは認められておりません。今すぐに私と一緒に王城へとお戻りいただけないでしょうか? 陛下も御心を痛めておいでです」


 シャルルはここぞとばかりに力強く語ってみせた。


「相変わらず口のよく回る男だけど、やっぱり焦っているみたいね。少し早とちりしているんじゃない? いつ私がレガリアを持っているなんて言ったかしら? まあ仮に国の正当な後継者である私とフローラに唯一のレガリアを持って勇者に合流されると、貴方の実家にとってはとても面白くないんでしょうけれど」

「こ、これは異なことを。そのようなことはございません」


 挑発するように語るクリスティーナに、シャルルは作り笑顔を浮かべてかぶりを振る。


「……まあ、いいけどね。とりあえず、貴方とアルフレッドにも私達に同行してもらいましょうか。話はその間に聞いてあげるわ。それと、私を襲った件の処分も目的地に着くまでの間は保留にしてあげる」


 要するに体の良い捕虜になるということだ。腐ってもアルボー公爵家の人間である以上、人質としての価値は高い。


「ぐっ……」


 シャルルは何か言いたげにしていたが、唇を噛みしめて堪えていた。すると、そこへセリアがリオを連れてやってくる。


「クリスティーナ様、出発の準備が整いました。コウタ君とレイ君も直に目を覚ますと思います」

「ありがとうございます。では、彼らが目を覚ましたら出発しましょうか」


 などと、クリスティーナとセリアが言葉を交わすと――、


「姫様、他の騎士達はいかがなさいますか?」


 と、ヴァネッサが尋ねた。


「この場に置いていくわ。そんなにぞろぞろと連れていっても管理できないしね。あまり意味はないかもしれないけど、貴方の罪を否定するように伝えさせておきましょう」

「ご厚情、痛み入ります」

「当然のことよ。貴方はよくやってくれているしね」


 クリスティーナはどこか申し訳なさそうに首を左右に振る。


「恐れ入ります。……グリフォンを二体鹵獲しましたので、シャルルを紐づけて歩かせましょう」


 言って、ヴァネッサはクリスティーナに深く頭を下げた。すると――、


「……出発の前に一つ。その男に尋ねておきませんか? どうして私達の居場所がわかったのか」


 リオがシャルルを見やりながら、おもむろに提案する。


「そうね。もちろん聞かせてくれるわよね、シャルル卿?」


 クリスティーナは有無を言わせぬ物言いでシャルルに水を向けた。


「じょ、情報が入ったのです。クリスティーナ王女殿下に似た女性をそこの街で見かけたと」


 シャルルがややどぎまぎした様子で答える。


「私に似た女性って……。街中で素顔を見せた覚えはないし、変装もしていたのだけれど、どこの誰が言ったのかしら?」

「それは……極秘の情報網からです」

「それを教えなさいと、私は命じているのだけれど?」


 言い渋るシャルルに、クリスティーナが冷たい眼差しを送る。


「い、いえ。それは……」

「どうして貴方がそこまで情報源を隠そうとするのか知らないけれど、貴方が言いたくないというのなら、貴方の部下かアルフレッドに訊くまでね」

「ぐっ……」


 シャルルはひどく逡巡した顔つきになると、とうとう重い口を割ることになった。


「し、知り合いの外交官です」

「外交官? 名前と所属国は?」


 クリスティーナは訝しげに質問する。


「……名はレイス殿。所属はプロキシア帝国です」


 シャルルが答えると、リオの表情が微かに強張った。


(……アイシア。君を襲った男は確かにレイスと言ったんだよね?)

(うん。配下に春人を襲わせて、セリア達から分断させたのもその男)

(わかった。また後で話をしよう)

(うん)


 などと、リオはアイシアと秘密裏に念話のやり取りを行う。


「……貴方が言い渋るわけね。プロキシア帝国の外交官がどうして貴方と密に連絡を取り合っているのか、少し詳しく事情を聴く必要があるかしら。その男の情報を鵜呑みにしてこの場へやってきたあたり、随分と信頼しているようだしね」


 言って、クリスティーナは冷めた視線をシャルルに向ける。


「べ、別にやましいことは何もしておりません! 痛くもない腹を探られたくないだけです。内憂で国が荒れている今、私は少しでも国交関係が良くなればと!」

「だからかつての仮想敵国の外交官に国内を好きなように闊歩させているというわけかしら? その男、どうやって逃亡中の私の素性を知ることができたのかしらね? 随分と我が国の情報収集に熱心みたいだけど」

「そ、それはっ……!」


 クリスティーナの咎めるような物言いに、シャルルが熱くなって反論の言葉を探そうとする。だが、咄嗟には上手い糸口が見つからなかったのか、言葉に詰まってしまう。


「まあ大人しくしているのなら、移動中の命の安全は保障してあげるわ。まだ目的地は先だし、快適な旅路とは言えないけどね。ヴァネッサ」

「はっ!」


 クリスティーナの声に呼応して、ヴァネッサが動きだす。シャルルの手枷に鎖と紐を備え付けると、グリフォンの背にある鞍と結びつけてしまった。


「き、貴様! よくもアルボー公爵家の私にこのような仕打ちを!」

「黙れ、護送用の馬車すらないのだ。我慢しろ」


 騒ぎ立てるシャルルだったが、ヴァネッサは気絶しているアルフレッドの手枷にも同じように鎖と紐を備え付けていく。だが、アルフレッドは目覚める様子がなかったので、そのまま鞍に乗せて縄で縛って固定する。

 それから間もなくして、リオ達はベルトラム王国とガルアーク王国との国境に向かった。


 ◇ ◇ ◇


「ぐっ……ここは?」


 ベルトラム王国最強の騎士――アルフレッド=エマールは、揺れるグリフォンの背中で目を覚ました。身体を起こそうとしたが、紐で背中に固定されているのか、首しか自由に動かすことができずに断念する。


「兄上、目を覚まされたか」


 グリフォンに並んでアルフレッドとシャルルの様子を油断なく見張っていたヴァネッサだったが、アルフレッドが起きたことに気づいて声をかける。


「……ヴァネッサか。ここはどこだ?」


 アルフレッドは状況を即座に理解したのか、脱力し落ち着いた声でヴァネッサに質問した。


「……ガルアーク王国の国境にある関所に到着するところです。貴方は負けました」


 ヴァネッサが少し警戒した声色で答える。


「わかっている。いや、そうか……。私は負けたか」


 言って、アルフレッドは憑き物が落ちたような笑みを口許に覗かせた。


「兄上にはシャルルと共に我々と同行してもらうことになった。妙な真似は控えていただきたい」

「剣を失った今の私にできることなどない。好きにするといい。どこへでも付いていこう」

「……そうか。色々と話を聞いておきたいところだが、関所に着いた。後で姫様の前で話をしてもらう」

「了解した」


 そうしてアルフレッドが上空を仰ぎながら頷くと――、


「止まれ!」


 と、進行方向から声が響いた。関所を守る兵士のものだ。

 リオ達が立ち止まり、グリフォンも歩みを止める。


「……怪しいな。貴様ら何者だ? そこの連中はフードを取れ」


 関所の門にたたずんでいた兵士の一人が近寄ってきて、訝しそうにリオ達に誰何した。

 先頭に立つリオはフードを外しているが、クリスティーナやセリアはフードで顔を隠しているし、後ろには罪人のごとくグリフォンに紐づけられたシャルルがいるから、怪しまれるのも無理はない。だが――、


「ガルアーク王国名誉騎士ハルト=アマカワと申します。関所を通って国内に入りたいのですが、何か手続は必要ですか?」


 リオが素性を明らかにすると、兵士の顔つきが明らかに変わった。


「し、失礼しました! 貴族の方でしたか。身分を証明する物はお持ちでしょうか?」

「陛下より賜った名誉騎士の徽章です。これで大丈夫でしょうか?」


 リオがローブを捲って、襟元に着けた徽章を見せる。


「も、もちろんです! どうぞお通りください!」


 兵士は萎縮した様子でリオに通行許可を与えた。サッと後ろに引いて、リオ達が通れるように道を開ける。


「お、おい、いいのか。せめてもう少し検査するなり、隊長に許可を仰いだ方が」

「馬鹿、知らないのか? 名誉騎士と言ったら伯爵相当の地位だぞ。後で何かケチでもつけられてみろ。俺らの首くらい簡単に飛ぶぞ」

「なっ……」


 などと、控えの兵士が許可を与えた兵士に話しかけて、ひそひそとやりとりを行う。


(……なんだかんだでこういう時は肩書きはあった方が便利だな。まあ、普段は空を飛んで越境するから必要ないけど)


 リオは微苦笑し、貴族社会における身分の有用さを再認識した。

 その後、すぐに無事に関所を越えて、ガルアーク王国の領土に入ると――、


「これでベルトラム王国軍から表立って追跡を受ける危険は無くなりました。まずは少し北上したところにあるアマンドという都市に寄ってみませんか? 知り合いの貴族の方がいるので、レストラシオンの情報を聞けるかもしれません」


 と、リオが提案する。

 レストラシオンの本拠地はベルトラム王国の北東部にあるロダン侯爵領だが、フローラがそこにいるとは限らない。二度手間になることを避けるためにも、居場所を踏まえた上で向かう方が効率的だろうと考えてのことだ。


「アマカワ卿に頼りきりで心苦しいのだけれど、お願いしてもいいかしら?」


 クリスティーナが申し訳なさそうに頷く。

 そうして、リオ達は一先ずアマンドを目指すことになった。

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