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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第八章 付き添い、頼りない王女の小さな成長

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第170話 二転三転

 登場人物の行動が入り乱れているので、キャラごとの状況や目的を簡単にまとめてみました。よろしければ記憶喚起にご覧ください。


挿絵(By みてみん)

 ルビア王国の南西部、とある宿場町から南東へ伸びていく街道で。

 リオはルッチからの一方的な魔力斬撃を浴びせられた後、エレナ、蓮司、シルヴィの奇襲を立て続けに受けていた。一連の攻撃を凌ぎ、三人と向き合って臨戦態勢に入ると――、


「不味い。エレナ、そなたはその場でエステルを!」


 シルヴィが叫ぶ。と、同時に、リオはフローラに向けて一直線に駆けだした。だが、その進路上には蓮司が立ちふさがっている。


「っ、させるか!」


 蓮司は槍斧ハルバード状の神装「コキュートス」で強化された身体能力でリオの接近に反応し、ハルバードを振り下ろした。すると、その先端から冷気が吹き荒れ、長さ一メートルほどの氷槍が複数生まれる。氷槍は勢いよく射出されて、リオに襲いかかった。

 しかし、リオは顔色一つ変えずに、迫りくる氷槍に突っ込んでいく。直撃コースにある氷槍を見極めると、剣を振るって受け流し、必要最小限の動きですり抜けてしまった。


「な、何!?」


 蓮司はここまで簡単に攻撃を受け流されると思っていなかったのか、面食らってわずかに硬直してしまう。リオはその隙に一瞬で駆け寄ると、刹那、至近距離から蓮司を観察した。


(やはり日本人。勇者なのか? だとしたらこれが神装……)


 リオは蓮司の顔とその手に握られたハルバードを見据えながら、剣の腹で思いきり胴体を打ち払おうとする。蓮司は慌ててリオの攻撃を躱そうとした。だが、蓮司が神装で強力な身体強化を施しているように、リオも自前の精霊術で強力な身体強化を施している。


「ぐっ」


 と、焦燥した顔になる蓮司。直撃は免れないように思えた。しかし、いつの間にかシルヴィが蓮司の斜め後方数メートルの位置に控えていて――、


「油断するな、レンジ!」


 シルヴィは数メートルの距離を開けたまま刺突剣状の魔剣を構え、リオに向かって虚空を突いた。魔剣の刀身は眩い光を帯びていて、その切っ先から鋭い光線が射出される。


「っ!」


 リオは魔剣によるミドルレンジからの攻撃に瞠目しつつも、咄嗟にステップを踏んで光線を躱した。だが――、


「喰らえ!」


 蓮司はここぞとばかりにハルバードを振りかぶった。渾身の叫びを上げながら、リオに全力の一撃を放つ。リオは反射的に剣を振るい、蓮司の攻撃を受け止めた。しかし、互いの武器がぶつかり合うや否や、蓮司の神装から膨大な冷気が吹き荒れる。


(これは……)


 と、リオは微かに目を見開く。かと思えば、一瞬で空間が凍結していき、リオは氷塊に包み込まれてしまう。


「はああ!」


 蓮司はリオを氷に包んだ後も、力強い雄叫びを上げて、神装に魔力を込める。必死だった。容赦する気は微塵もない。


「あ……」


 為す術もなく戦いを眺めていたフローラだったが、流石に何とかしなければと足を動かす。だが――、


「動くな」


 と、エレナがいつの間にかエステルの傍に駆けつけていて、鋭い声でフローラに釘を刺さした。そうこうしている間に、蓮司は小さく息をついて、ハルバードの矛先を地面へ降ろす。


「助かった、シルヴィ」


 蓮司は背後を振り返り、シルヴィに礼を言った。


「いや、礼には及ばん。だが……、殺してしまったか、流石に」


 シルヴィは蓮司に歩み寄ると、顔をしかめてリオを包み込む氷塊を見据える。


「……すまん、加減できる相手じゃなかった」


 蓮司はバツが悪そうに謝罪した。


「まあ、やむを得、っ!?」


 嘆息してかぶりを振ろうとしたシルヴィだったが、リオを包み込んでいた氷塊がピシリと音を立てると、ギョッと目を見開く。

 次の瞬間、氷塊は粉々に崩壊してしまった。内部から渦巻き状の暴風が吹き荒れ、氷塊の破片を巻き込みながら上空へと舞い上がっていく。


「ば、かな……っ!」


 蓮司は唖然とその様子を眺めていたが、暴風の起点から無傷のリオが姿を現すと、反射的に身体を動かしてリオに襲いかかろうとした。

 しかし、機先を制したのはリオだ。リオは地面を蹴って一足飛びに蓮司へ近づくと、側頭部を狙って、蓮司を西側の森へと思いきり蹴り飛ばしてしまう。


「っ、ぐっ……」


 蓮司は首筋にとんでもない衝撃を感じたかと思えば、立て続けに強い眩暈を感じて、急速に視界が真っ白になっていく。そのまま軽々と森へ吹き飛んでいった。

 リオの蹴りには生身ならば首ごと頭部をもぎ取るほどの威力を込められていたが、強力な身体強化をしていれば死にはしないはずだ。運さえ悪くなければ……。すると――、


「はあっ!」


 シルヴィが間髪を入れずにリオに襲いかかった。手にした魔剣で虚空を突き、至近距離からリオに光線をお見舞いしようとする。しかし、その光線がリオの姿を捉えることはない。

 リオはシルヴィを無視してまっすぐとフローラに向かって駆け出していて、シルヴィの脇を通り過ぎようとしていた。シルヴィが放った光線はつい今しがたリオが立っていた空間を虚しく穿つ。


「ぐっ、させるものか……!」


 シルヴィは即座にリオに向き直り、剣を振り直す。すると、またしても切っ先から光線が射出される。光線はシルヴィが振るう剣の軌道に従い、リオの身体を薙ぎ払おうとした。

 しかし、リオは身を捻り、軽やかに光線を躱してしまう。そのままフローラとの距離を詰めていく。もう進行ルート上にリオとフローラを遮る人間はいない。と、思いきや――、


「させるか!」


 フローラのすぐ傍で意識のないエステルを看護していたエレナが立ちはだかった。


「っ、頼む、エレナ!」


 シルヴィは魔剣を構え、リオの背後から光線を放とうとしたが、すぐにリオの後を追いかけることを決める。エレナがリオの足止めをしている間に追いつくしかない。


「お任せください!」


 エレナは決然と腰の鞘から剣を抜いていた。下手にリオに斬りかからず、シルヴィが追いつくまでの壁役となるべくその場に立ち止まる。

 リオはエレナとシルヴィの目論見を瞬時に看破すると、躊躇なく前方へ突っ込んだ。身体強化を施した者同士の戦いはわずか一秒足らずが勝負を分ける。もはや足を止めている時間などない。

 果たして、そのわずか一秒足らずのやりとりで、リオがエレナを制す。リオはエレナが振るった剣を鮮やかに弾くと、そのまま懐に潜り込んでエレナを拘束してしまった。その時点でシルヴィはリオの背後に迫っていて――、


「くっ、放せ!」


 と、エレナは叫ぶ。


(ご注文の通りに)


 リオはエレナの身体を盾にし、背後のシルヴィに向けて突き飛ばしてしまった。


「も、申し訳ございません!」


 エレナは忸怩たる面持ちで真正面のシルヴィに謝罪する。リオはその隙にフローラのもとへ向かった。だが――、


「ええい!」


 シルヴィは咄嗟に横へステップを踏んでエレナを避けると、最後のあがきを見せる。魔剣を構え、リオの背中に無数の光線を放った。その射線上にはリオとフローラがいる。事情聴取のためにどちらか一方は生かしておきたいのだろうが、もはやなりふりを構っている余裕などないらしい。


「ハルト様!」


 フローラはシルヴィの攻撃に気づき、慌てて叫んだ。すると――、


「な……」


 フローラとシルヴィは絶句する。リオは背中に目でも付いているかのように振り返ると、何の迷いもなく剣を振るい、迫りくる光線を斬り落としてしまった。

 そうして、シルヴィが呆然と立ち尽くしている間に――、


「ご無事ですか?」


 リオはフローラのもとへバックステップを踏んで近づき、安否を尋ねる。


「……え、あ、はい、わ、私は。ハ、ハルト様こそ、ご無事なのですか? 先ほどの氷で、お、お怪我は?」


 同じく呆然とリオの背中を見ていたフローラだったが、声をかけられハッと我に返ると、あたふたとリオに訊き返した。


「大丈夫です。油断を誘うため、氷の中で少し様子を窺っていたので。凍傷の心配はありません」


 リオはフローラが無事なことを確認すると、フッと口許をほころばせて答える。今この時点をもって、形勢は完全に逆転した。奇襲を受けて後手に回っていた分の遅れは取り戻し、それどころかエステルという人質まで得た形になる。リオは実際に人質に使う気はないが、相手はそうは思っていないだろう。


(フローラ王女は奪還した。あちらの目的はおそらく気絶したこの子。なら、もう立ち去った方がいいのかもしれないけど……)


 リオは油断なくシルヴィを見据えながら、この後の行動方針を考える。すなわち、この場からフローラを連れて逃げるか、シルヴィ達と対話を試みるか、戦闘を継続するか。

 好んで面倒事に首を突っ込む気はさらさらないが、最初に森の中から攻撃を仕掛けてきた男の存在が気がかりだった。フードで顔は見えなかったが、その男が使っていた剣はルシウスの魔剣と酷似していたから。


(この人達の素性とルシウスとの関係は確認しておきたい)


 そして、あわよくばその正体も――と、リオは考える。


「くっ……」


 シルヴィは歯がゆそうに渋面を浮かべていた。投げ飛ばされたエレナも実に悔しそうにリオを睨んでいる。リオがシルヴィ達とその背後にいるかもしれないルシウスとの関係を測りかねているように、シルヴィ達もリオとレイス達との関係を測りかねているのだ。

 だからこそ、シルヴィは多少強引でも奇襲を仕掛けた。何としても真っ先にエステルの身柄を確保する必要があったから。だが、奇襲に失敗した以上、後は事の成り行きに委ねるしかない。


(襲ってこない。狙いはやっぱりこの子か。なら、っ……!)


 リオはエステルを見やりながら口を開こうとしたが、西の森から無数の魔力弾が飛び出てくるのを察知し、咄嗟に背後のフローラを抱えて跳躍した。


「きゃ!?」


 と、フローラは小さく悲鳴を上げる。魔力弾は虚しく東の森へと消えていった。すると、西の森から三人の男が飛び出ててくる。

 男達は颯爽と気絶したエステルのもとへ駆け寄った。そのままリオとシルヴィ達を牽制するように横たわるエステルを取り囲む。

 続けて、西の森の中からもう一人、いや二人――、ぐったりとした蓮司を抱えたレイスが現れる。レイス達は全員がフードを外して、顔を曝け出していた。


「これはどういうことですかねえ、シルヴィ王女殿下?」


 レイスは蓮司を地面へ投げ降ろすと、シルヴィに向けて問いかける。


「くっ……」


 シルヴィは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。


(シルヴィ王女? ……ルビア王国の王女か)


 リオはシルヴィの名を聞いて、その素性を特定する。実際に顔を合わせたことはないが、リオが出席した先の夜会でシルヴィは外賓として出席していたので、言われてみればどこか見覚えはあった。間違いはないだろう。

 しかし、今、リオにとってよりインパクトが強い人物はレイス達だった。


(この三人、それにあの剣は……)


 リオはルッチ、アレイン、ヴェンを見やり、続けてルッチの鞘に見覚えのある剣が収められているのを発見すると、スッと目を細める。

 レイスがシルヴィを見据えている一方で、ルッチとアレインは恨みがましい目つきでリオを睨み返していた。ヴェンは反対側にいるシルヴィとエレナを牽制している。


(……恨まれているみたいだな)


 リオはその原因を考える。三人はルシウスが設立した傭兵団に所属する面々だ。クリスティーナをロダニアへ送り届けるまでの間に返り討ちにした連中だが、その時のことを恨んでいるのか、それともリオがルシウスを殺したことを恨んでいるのか、もしくはその両方か、あるいは……と、リオが思考を巡らせていると――、


「だんまりですか。まあいいでしょう。今はあちらのお二人にも用があるのでね」


 レイスはそう言って、リオとフローラに視線を向けた。


(あの男……)


 リオもルッチ達から視線を外し、レイスを見つめ返す。顔と名前こそまだ一致していないが、リオはレイスのことを知っている。


「……あんたとは一度、アマンドの近郊で会ったことがあったな」


 と、リオはやや剣呑な声色で、レイスに問いかけた。そう、以前アマンドが襲撃された際、リオはアマンド近郊の上空でレイスと遭遇したことがある。

 その時のレイスはセリア達が待機していた岩の家に魔物をけしかけ、姿をくらまそうとした。その際に上空でリオと交戦したのだが、見慣れぬ竜らしき存在の助けを借りて、逃走してしまった。


「おや、覚えていらっしゃいましたか。光栄ですね」


 レイスは空疎な愛想笑いを浮かべる。


「忘れるはずがないだろう」

「おやおや、相変わらず怖いお方だ」


 リオが鋭く告げると、レイスは小さくを肩をすくめた。


「こちらに手を出すつもりはないと、言っていなかったか?」

「ええ、私としても貴方とはなるべく関わりを持ちたくないのですが、どうも貴方は私どもが関わりを持とうとする人物の近くにいることが多いものでしてね」


 と、レイスは嘆息交じりに言う。


「……ルシウスのことか?」


 リオは微かな間を置き、ルシウスの名を出した。背後にルッチ達がいる以上、ルシウスと無関係というわけではあるまい。


「彼のこともそうですが、例えばクリスティーナ王女のことでしょうか。貴方のおかげで彼女はロダニアへたどり着いてしまいましたからね。ああ、その節は貴方のパートナーのお世話になりましたよ。こちらの三人は貴方のお世話になったようで、随分と深い恨みを抱いておりますよ」


 レイスは飄々と答えて、ルッチ達を見やった。ルッチ達は相も変わらず剣呑な目つきでリオを睨んでいる。


「……なら、あんたがレイスか」


 リオはクリスティーナをロダニアへ送り届ける道中での出来事を思い出し、目の前にいる男の名前がレイスだと特定した。リオが『王の剣』アルフレッドと戦っている最中、アイシアはレイスと戦闘を繰り広げていた。その時の話はアイシアから聞いている。いわく、レイスはその時に自分を「精霊に似て非なる存在」と語っていた、と。


「ええ、彼女から話を聞いているようですね」


 レイスは頷き、フフッと微笑した。


「……どうしてルシウスの剣がそこにある?」


 リオは訊いて、ルッチの腰の鞘に収められているルシウスの剣を見据える。あの時、リオは魔剣を手にしたルシウスごと強力な魔力斬撃を放った。後に残ったのは大穴だけだ。


「ああ、どうやら貴方は彼に強い恨みを抱いていたようですね。ご安心を。彼の肉体は確かに貴方の手により消滅させられましたよ。ただ、彼が使っていた剣は特別製なものでして、私が回収させていただきました。今はそこにいるルッチに持たせているというだけです」


 レイスはつらつらと説明する。


「……俺がルシウスを殺した現場にいたのか」

「そうなります。まあ、私が駆けつけた頃には、もう手遅れな状況にありましたが……。貴方が関わるといつも計算外な事態になるものですから、こちらも困っているのですよ。そちらにいらっしゃるフローラ王女のことも、ね」


 レイスは嘆かわしそうに語ると、鋭い目つきでフローラを見やった。


(あの現場にいた以上、俺がフローラ王女を助けたことも知っているわけか)


 リオは事情を得心し、わずかに眉をひそめる。だが――、


「な、何!?」


 最も強く反応を示したのは、シルヴィだ。黙って話を聞きながら状況を整理していたが、ここでフローラの名が出るとは思ってもいなかった。この場にフローラがいる事実に、つい先ほどまで自分達が襲いかかっていた相手がフローラだという事実に、愕然とする。

 現状は国際問題にもなりかねない事態だ。人違いなのではないかと、シルヴィはフードで覆われたフローラの容貌をじっと凝視する。


「っ……」


 フローラは注目を集めていることに気づくと、居心地が悪そうに身じろぎした。リオはフローラを自分の背後へ移動させる。


「お久しぶり、というわけでもありませんね、フローラ王女殿下。ご機嫌麗しゅう」


 レイスは恭しくフローラに語りかけた。だが――、


「……?」


 フローラは心当たりがないようで、不思議そうに首を傾げている。


「覚えていらっしゃいませんかね? ロダニアへ向かう魔道船で、お会いしたでしょう? 貴方をパラディア王国へ飛ばした人物と一緒にいた者ですよ」


 レイスは滔々(とうとう)と以前に会った時の状況を語った。


「あ!」


 それでフローラも得心したようだ。あの時はフードを被っていて顔がよく見えなかったが、確かに聞き覚えがある声をしている、と。


「申し遅れましたが、私、プロキシア帝国の外交官を務めております。レイスと申します」


 レイスは悠長に自己紹介までした。すると――、


「ま、待て、レイス!」


 シルヴィが慌てて待ったをかける。この状況は不味い、致命的に不味い――と、思って。


「おや、何でしょうか? シルヴィ王女殿下」


 レイスはにこりと軽薄な笑みを浮かべて応じる。


「ぐっ……、そ、そちらにいらっしゃる人物は本当にフローラ王女なのか?」


 シルヴィはフローラを見やり、ひどくきまりが悪そうに尋ねた。今のやりとりでほとんど確信はしているが、聞かずにはいられなかった。


「あ、えっと……」


 フローラは逡巡し、言葉に詰まってしまう。すると――、


「ははは、何を今更。先日のガルアーク王国の夜会では、フローラ王女を攫うために手引きまでしていただいたではないですか。我々の狙いはご存じなのでしょう?」


 レイスが代わりに答え、やれやれと肩をすくめた。その口許には本当に人が悪い笑みが浮かんでいる。話をややこしくしようとしているのは明らかだった。


「そ、それは! 何を言う、貴様!? どういうつもりだ!?」


 シルヴィは慌てて弁明しようとした。だが、なまじ事実が混ざっているうえに、この時点で自分達がレイスと関係を持っていることはもはや隠しようがなくなっているから、質が悪い。それに、今のレイスはエステルと蓮司という人質を手中に収めている。


「私の狙いはフローラ王女ですよ。この際、抜け駆けをしようとした事実には目を瞑りましょう。この場を治めるのに協力していただけるのならば、エステル王女は後ほどすぐにお渡ししますよ。ただ、こちらの勇者(、、)の彼の処遇は本人も交えて要相談ということで」


 案の定、レイスは蓮司が勇者であるといきなり告げたうえで、それとなく人質の存在をほのめかした。


(勇者の彼を気絶させてくれた上に、西側の森へ飛ばしてくれたのは嬉しい誤算でしたね)


 と、ほくそ笑みながら。


「っ、貴様、知っていたのか……」


 シルヴィは歯噛みし、苦々しく顔を引きつらせる。すると、そこへ――、


「シルヴィ様!」


 リオとフローラが立つ背後の街道から、シルヴィ親衛隊の女性騎士達が続々と駆けつけた。


「どうやら増援の皆さんもいらしたようですね。では、お返事をお聞かせ願いましょうか」


 レイスは女性騎士達を見やりながらふふっと微笑し、シルヴィに水を向ける。親衛隊の面々はリオとフローラから距離を置いて立ち止まり、険しい顔でその場の様子を見極めようとしていた。


「…………」


 シルヴィはひどく逡巡していたが、ややあって、じろりとリオとフローラを見やる。すると――、


「ハ、ハルト様、私を置いていってください」


 フローラは流石に状況が悪いと思ったのか、そんなことを言いだす。自分を囮にして、逃げろとでも言っているのだろうか。だが――、


「フローラ様、失礼します」


 リオは小さく嘆息して、左腕でフローラをしっかりと抱き寄せた。


「へっ?」


 フローラは呆けた声を出したかと思えば、リオに密着して顔を紅潮させる。


「しっかり掴まっていてください」


 リオはそう言うと、右手で握った剣を媒介に風の精霊術を発動させた。暴風で自分達の身体を強引に押し上げ、頭上へと急上昇させていく。


「きゃっ」


 と、フローラは驚いて、反射的にリオに抱き着く。


「なっ!?」


 シルヴィ達は唖然と頭上のリオ達を見上げた。リオは瞬く間に数十メートル上空まで浮き上がり、かと思えば、続けて暴風を操って、南西へと飛んで行ってしまった。すなわち、逃げた。

 リオとしてはフローラを守りながらこの場の全員を相手にするとなれば、流石に面倒だ。とりあえず聞きたいことは聞けたのだから、これ以上はまともに付き合ってやる必要はなかった。


「ちっ」


 と、ルッチ達は舌打ちをして、消え去るリオを見上げている。一方――、


「おやおや、逃げられてしまいましたか」


 レイスは実に愉快そうな笑みを浮かべて、リオの逃走を静観していた。

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