第133話 VSベルトラム王国最強
セリアが目を瞑った刹那に、リオがアルフレッドの剣を受け止める。
一瞬の後、セリアはおそるおそる目を開くと、
「り……お?」
呆然とリオの背中を見つめ、擦れた声を漏らした。
動転して自分の名を呟いてしまった彼女に、リオが小さく苦笑する。だが、すぐに手にした剣に力を込め、アルフレッドを押し返した。
アルフレッドが無言でバックステップを踏み、リオから距離をとる。
「後ろに下がってください。すぐに終わらせます」
リオがアルフレッドの顔を見据えながら、後ろに立つセリアに向けて言った。アルフレッドも警戒した様子でリオを見つめ返している。
「う、うん。姫様、こちらに」
セリアはハッと我に帰ると、リオの指示に従うべく、慌ててクリスティーナに促した。
「し、しかし、相手はアルフレッドです。いくらアマカワ卿とはいえ……」
アルフレッドの実力を評価しているのか、責任感からか、クリスティーナが狼狽えながら難色を示す。
「大丈夫です、ハルトなら。私達じゃ足手まといに――」
などと、セリアがクリスティーナを説得しようとすると、
「……く、くくく、ははは! これは傑作だ!」
シャルルが堪えきれない様子で、高らかに笑いだした。アルフレッドの後方からリオを睨み、言葉を続ける。
「貴様、馬鹿か? 状況を理解できていないのか? こちらには精鋭の騎士が揃っている。単純に数も上だ。それをすぐに終わらせる、だと? それもたった一人で? 道化か、貴様?」
圧倒的優位に思える今の状況に酔っているのか、シャルルが鷹揚に語った。アルフレッドを除いた他の騎士達も弛緩した顔つきになっている。
すると、セリアが白けた眼差しでシャルルを睨んだ。すぐ隣に立つクリスティーナも似たような視線をシャルル達に向けている。
だが、それでもシャルルの弁舌は止まらない。
「だが、あながち間違いとも言えんかもしれんな。確かにすぐに終わる。惨めな貴様の敗北っ!?」
得意気に喋るシャルルだったが、途中でギョッと目を見開く。
突然、リオが瞬間移動したかのように姿を消したのだ。かと思えば、次の瞬間にはアルフレッドの眼前に迫っていて――、
「っ!?」
アルフレッドが反射的に剣を構え、リオが手にした剣を打ち払う。
すると、両者が軽くノックバックした。
アレイン達では反応しきれなかった速度に対応されたことで、リオが微かに驚きの色を瞳に覗かせる。刹那、スッと目を細め、アルフレッドが手にした剣を見やった。
(あの魔剣、強力な身体強化魔術が込められているな)
適当に後退して距離を取ったところで、リオが冷静に相手の戦力を分析する――アルフレッドはあの魔剣で自身に強力な身体強化を施しているのだろう、と。
その効果の度合いは個々の魔剣によってバラツキがあるが、リオの速度に対応してみせた以上、アルフレッドが所有している魔剣はかなり高位のものであることが窺える。
そして、何よりも脅威なのは、その魔剣を操るアルフレッド本人だ。
(何より剣を使う本人が強い。見切りが半端じゃないな)
対人戦闘において、『見切り』は基本であり、奥義でもある。通常、人が身体を動かす際には肉体に力を込める必要があるが、その力の動きさえ読み取ってしまえば、相手の行動を予見できてしまうからだ。
とはいえ、見切りの目はそう簡単に鍛えられるものではないし、天賦の才によるところも大きい。
また、フェイントを混ぜたり、脱力して力の動きを最小限にして、見切らせないための技術も存在する。
この点、リオの高速移動法は、脱力して力の動きを最小限にする技術と風の精霊術を応用し、リオが独自に会得した移動術だ。その最大のメリットは、肉体の予備動作をほぼゼロにしたまま、強制的に加速が可能な点にある。その移動速度と相まって、まさに瞬間移動したかのように見せることが可能というわけだ。
しかし、完全に力の動きをゼロにできるわけではない。だから、条件さえ揃えば、わずかな力の予兆を見切られてもおかしくはないだろうと、リオも考えてはいた。実際、ウズマやゴウキならば、見切って対応してくることは訓練で確認済みだ。
とはいえ、その条件を満たす人物などそうはいないと、リオは思っている。
ゆえに、リオは目の前にいる人物を即座に特定した。
(アルフレッド――間違いない。王国最強の騎士)
アルフレッドという名にはリオも聞き覚えがある。そう、かつてルシウスと『王の剣』の座を争った人物の名だ。
リオは実力からして目に前にいる人物が『王の剣』本人だと確信した。
流石と言うべきか、実力的には自身が知る限りでトップクラスであり、間違いなくゴウキやウズマに並ぶ。このレベルの相手と命のやりとりをするのは、リオも初めてのことだ。
試合のようにルールという制限はなく、何をしても許される殺し合いという名の闘争。
そんな状況下に置かれて、リオに恐れはあっても、
だから、初撃の衝突から、わずか数瞬の間を経て、およそ相手の戦力を見積もると――。
リオは間合いの外にいるアルフレッドに向かって、何の躊躇も感じさせずに強く足を踏み込んだ。アルフレッドも同様にリオへ向かって地面を蹴る。
リオとアルフレッドの二人が、互いの動きを見切り、それでもその先を行かんと剣を振るう。直後、互いの剣がぶつかり、火花を散らした。
「こ、殺せ! 構わん、アルフレッド。殺せ! 人の話も聞かん、その卑怯者に現実を知らしめてやるのだ!」
完全に置いてけぼりにされたシャルルだったが、リオの実力を目にし慌てて喚き散らす。
だが、リオやアルフレッドがシャルルの声に耳を傾ける様子はない。両雄の間では壮絶な速度の剣撃が飛び散っていた。
真っ向切っての正面衝突だ。その剣速はリオとアルフレッド以外の者の目にかろうじて捉えることができる程度で、甲高い金属音とともにせめぎ合っている。
「うっ……」
遥か高次の戦闘に気圧され、シャルルが一瞬、息を呑む。
だが無理もない。その場に居合わせた他の騎士達も、セリアやクリスティーナも、苛烈な斬撃の応酬に等しく圧倒されているのだから。
身動きすら取れず、声を挟む余地すらない――ように思えた。
ところが、やはり空気を読めない男が一人いた。
「な、何だ、何者なのだ? あの男は!? どうしてアルフレッドと互角に戦える!? 我が国最強の剣士だぞ! 国宝を、『
しばし圧倒された後、シャルルが
「う、後ろに下がりましょう。コウタ君とレイ君を連れて、今のうちに。距離を取らないと巻き添えになります。姫様は先に安全地帯へ」
セリアは上ずった声で言うと、地に伏せる浩太達を避難させるべく動きだした。まずは近くにいた浩太に近づく。身長差はかなりあるものの、魔法で強化された身体能力で何とか肩で抱えることができた。
「私も手伝います」
クリスティーナは自分一人で先に安全地帯に避難するでなく、率先して怜の救出に動き出した。急いで怜に駆け寄ると、肩で抱える。
セリアは少しでも早くクリスティーナに安全圏に避難して欲しかったが、今は問答している時間すら惜しい。戦闘のもつれでいつ巻き添えを食らってもおかしくはないのだから。
リオの邪魔にならないようにするためにも、早く距離を取らなければと、セリアはそのことだけを考えて行動していた。
その数メートル傍で、リオとアルフレッドが苛烈な剣戟を繰り広げている。刃が交差し、絡み合うように互いの剣が交じり、弾かれる。その度に火花が散り、ほんの数秒の間で十数合にも及ぶ速度で斬撃が飛び交っている。
(……妙だな)
背後のセリア達を巻き込まぬよう、慎重に戦闘を運ぶリオだったが、その脳裏には微かな当惑があった。
アルフレッドが積極的な攻勢に出てこないのだ。
とはいえ、リオに対処するのに手一杯かといえば、そうでもない。少なからず打ち合えば相手の力量も見えてくるものだが、アルフレッドはまだ余力を残しているように思える。
しかし、それならばそれでリオにとっては好都合だ。このままセリア達の避難が完了するまで、戦いの余波が彼女達に及ばぬよう、足止めに専念することにした。
互いに足を止め、その場に留まり、しばし牽制し合うような攻防が続く。
そうして十数秒ほど打ち合うと、ようやくセリア達が一応は巻き込まれる危険が少ない範囲にまで避難した。
そして、一連の動きを遠目から眺めていたシャルルは顔をしかめて、
「ちっ、アルフレッドの役立たずめが。まあいい、奴があの男を押さえているうちに、王女殿下を保護するぞ。貴様ら、付いてこい」
と、部下の騎士達に命令した。シャルル達がリオとアルフレッドを迂回するように動き出す。
リオはシャルル達の動きを横目で見やった。リオの注意が微かにシャルル達に移った隙を狙い、アルフレッドが剣を横に薙ぐ。
しかし、リオはサッと身を屈めると、スレスレの位置でアルフレッドの剣を躱してみせた。同時に、剣に魔力を流し込む。
すると、リオの魔力に反応して、剣に刻まれた術式が淡く光りだした。
「っ、避けろ!」
アルフレッドがリオの剣の変化を機敏に察し、シャルル達に向けて叫ぶ。
リオは姿勢を低くしたまま、シャルル達目がけて剣を振るった。虚空を切り刻んだリオの剣だが、振り払われると同時に暴風が吹き荒れる。
シャルル達は反応しきれず、暴風によって数メートルほど吹き飛ばされた。が、そこそこダメージは与えたものの、戦闘不能に陥った者はいない。
(流し込んだ魔力が少なかったか)
精霊術の威力は魔力量によって左右される。アルフレッドとの戦闘の合間を縫って一瞬で発動した精霊術では少しパワー不足だったようだ。
だが、それでも足止めには成功した。シャルル達は転倒し、打撲で身体を痛めている。
「死にたくなければ余計な動きはするな!」
アルフレッドがシャルル達に向けて叫んだ。
「なっ! く……」
瞬間、シャルルの顔が赤く染まり、怒声を発しかける。その男を押さえるのが貴様の仕事だろう、と。
しかし、余計な言葉を発して、これ以上巻き添えを食らっては堪らない。
シャルルは悔しげに数十メートルほど離れたクリスティーナを見据えた。そして、再び視線をリオとアルフレッドに戻す。
そこでは今もなお死闘が繰り広げられている。割って入る余地などない。
いや、それどころか、先ほどまでは前哨戦だと言わんばかりに、二人のギアが目に見えて上がっている。セリア達が安全圏に避難したことで、リオが少しずつ身体強化の度合いを上げていき、アルフレッドもそれに追従するように身体強化の度合いを上げているのだ。
勝負のフィールドも広がり、次第に縦横無尽に動き回って、衝突を繰り返している。
しかし、しばらくすると、
「……馬鹿な? 押されているだと?」
呟き、シャルルがギリと歯を噛み締める。
そう、戦況はリオにとって有利なものに変化し始めていた。
勝負のフィールドが広がったことで、リオが風の精霊術を用いた移動術を多用するようになったのが原因だ。
この移動術の難点は速度が速すぎて小回りが利かないことにあるため、動き回っていたり、ある程度距離を保って戦っている場合にこそ真価を発揮する。
ゆえに、移動に十分な領域が四方八方に確保されたことで、リオがスピードでアルフレッドを圧倒し始めたのだ。
魔剣による強力な身体強化と自前の技量によって、何とか致命打を避けてはいるものの、先ほどからアルフレッドにとって危うい場面が続いている。しかし、それでも彼の目から闘志は失われていない。
また、リオも欠片の油断もしてはいなかった。不利な状況下でも起死回生を狙うアルフレッドの不屈の瞳に畏敬の念すら抱いている。
リオはしばし撹乱するように周囲を動き回ると、あるタイミングで突然に脇からアルフレッドに襲いかかった。
が、アルフレッドはそこから驚異的な反射速度で反応してみせる。反転しながらサッと身を屈め、振り払われたリオの剣をスレスレの位置で避けてしまった。続けて姿勢を崩したまま、カウンターで剣を振るう。
リオは速やかにバックステップを踏んで剣撃を避けた。しかし、振り払われたアルフレッドの剣は魔力を帯びており、直後、光の斬撃が放たれる。
「っ!?」
リオは微かに目をみはると、自身の剣にも魔力を込め、飛んできた斬撃を薙ぎ払った。
(あの魔剣の効果か)
込められた魔力を熱量エネルギーに変換し、斬撃として放出する。今の一撃の威力は下位の攻撃魔法を少し上回る程度だったが、魔力を込めればその分だけ威力が上がるといったところかと、リオは当たりをつけた。
次の瞬間、アルフレッドが空を切るように剣を何度も振るう。すると、リオに向けて無数の光の斬撃が飛びかかる。リオは風の精霊術で加速し、すぐにその場を離脱した。
光の斬撃は音速を超え、雷にも迫るかと思える速度で飛び交うが、リオの身体を捉えることはない。
数回ほど斬撃を放ち、魔力の浪費を嫌ったアルフレッドは攻撃を停止した。かと思えば、そこへリオが正面からアルフレッドに向かって突っ込む。
すると、二人は剣を構え、裂帛の気合いとともに強く踏み込んだ。魔力が込められたのか、両者の剣は淡く輝いている。
刹那、両者が剣を振るい、二人の姿が重なった。衝撃波を周囲に撒き散らし、鍔迫り合いを興じる。
次の瞬間、リオが真上に向けて剣を振り払った。精霊術で突風を放ち、アルフレッドの身体ごと遥か上空に打ち上げる。
「むっ?」
グングンと地面から離れていく感覚に、アルフレッドがわずかに目を丸くする。
このまま地面に落下すれば、いくら身体強化で肉体が丈夫になっているとはいえ、重傷は免れない。どころか、最悪、死すらありえるだろう。それを防ぐためには、着地の瞬間に光の斬撃を地面に叩きつけ、落下エネルギーと相殺する必要がある。
しかし、それを行えば、着地時に隙が生まれてしまうことは必至だ。リオ相手にそれは致命的な命取りになりかねない。
(やむをえん)
さすがに危機感を抱いたアルフレッドだったが、冷静に状況判断を済ませると、腹をくくり、一か八かの大勝負に出ることにした。剣を強く握りしめ、魔力を流し込んでいく。
すると、先程までとは比べ物にならないほどに、アルフレッドの剣が強く発光し始めた。
(あれは……不味いな)
リオが表情を険しくする。着地と同時に落下エネルギーを相殺するにしては、込められた魔力が多すぎるのだ。
アルフレッドの瞳はただ一点、リオだけを見据えている。何らかの攻撃を狙っているのは明らかだった。
(迎え撃つ)
遠くへ避難して攻撃を躱すこともできるかもしれないが、そうすればアルフレッドの隙を突けなくなり、振り出しに戻る。リオは次の一撃で勝負をつけることにした。リオの剣にも並々ならぬ魔力が注がれ、強い光を発し始める。
互いに剣を握りしめ、相手に狙いをつけると、二人は魔力を解放した。アルフレッドの剣からは光の奔流が、リオの剣からは吹き荒れる竜巻が放たれる。
次の瞬間、互いの攻撃が衝突し、大爆発のごとく閃光と暴風が辺りに拡散した。
「きゃっ」
衝撃の余波に吹き飛ばれそうになり、距離を保って戦闘を見守っていたセリアとクリスティーナが悲鳴を漏らす。
(な、なんて戦いなの。これがリオの本当の力……)
本気を出したリオの戦闘を初めて目の当たりにし、セリアが心を奪われたように愕然とする。
リオはかつて王立学院で魔法が使えない落ちこぼれだと見下されていた。
だが、そんな評価に何の意味もない。現にリオはベルトラム王国最強の騎士と互角以上の戦いをしている。
「アマカワ卿……、アマカワ卿は無事でしょうか?」
ちょうどリオ達が戦っていた辺りを見つめながら、クリスティーナが心配そうに呟いた。爆心地一帯には風が吹き荒れ、砂埃が舞いあがっているため、何も見えない。
「たぶん……。ハルトは
セリアが答えていると、突然、爆心地に風が渦巻き、煙が急速に晴れていった。視界が良好になっていく。
そこには無傷で立っているリオと、武器を手放し倒れているアルフレッドがいた。