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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第六章 今日より明日、明日より昨日へ

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第132話 激闘

 レイスの合図と同時に、呼び出された魔物達が一斉に動き出した。

 中でも一体の牛頭巨人ミノタウロスが、真っ先にアイシアへと襲いかかる。瞬時に彼女の眼前に移動すると、いわおの大剣を勢いよく振り下ろす。

 すると、ドォンという衝撃音が鳴り響いた。周囲の地面がひび割れ、確かな手ごたえがミノタウロスの手に伝わる。

 しかし、巌の大剣はアイシアの身体を押し潰してはいない。なんと、アイシアを覆うように展開された不可視の壁が、剣を阻んでいるのだ。


「ガッ!?」


 ミノタウロスが剣を押し込もうと、その剛腕に力を必死に込める。だが、剣を手にした腕がブルブルと震えるだけで、剣は一ミリも前に進まない。

 その一方で、アイシアは眼前のミノタウロスを冷めた目つきで見据えた。続けて、ゆっくりと手を前方に向けてかざす。

 次の瞬間、アイシアの手先から衝撃波がほとばしる。ミノタウロスの巨体が十メートル以上も吹き飛ばされた。

 レイスは「ほう」と、感心したように目をみはると――、


「まだまだ控えはいますよ。どうしますか?」


 と、嘲笑あざわらうように言った。

 すると、空を飛翔する翼竜ウィングリザードに似た生物達が、アイシアをめがけて大きく口を開く。そこから炎熱のブレスが次々と射出される。

 無数のブレスがアイシアめがけて降り注いだ。しかし、アイシアは軽快な足取りで、乱れ降るブレスを避けてしまう。

 そこへミノタウロス達が襲いかかり、怒涛の波状攻撃を仕かけた。

 だが、アイシアは決して焦らない。軽く跳躍しながら襲ってきた一体のミノタウロスとすれ違うと、サッと顔面に手を触れ、一瞬で頭部を氷結させてしまった。

 直後、ミノタウロスの巨体が、音を立てて地に沈む。


「……翼竜はブレスを吐かないはず」


 アイシアは己の中にある知識と照らし合わせ、頭上を飛ぶ翼竜に似た何かが翼竜ではないことを確信した。


「元、翼竜ですよ。少し改造してみました」


 呟くアイシアの声を拾ったのか、レイスが愉快そうに答える。アイシアは微かに顔をしかめたが、レイスを見やることなく魔物達の対処に当たる。


「加減はしない」


 そう言うと、アイシアは自身の周囲に光球の魔力弾を無数に発生させた。

 ややあって、魔力弾の半数が光線と化して、上空を旋回する翼竜もどき達を薙ぎ払うように射出される。決して少なくない数の光線が翼竜もどき達に直撃した。


「グガッ」


 光線が直撃した翼竜もどき達が、大きくバランスを崩す。そのまま何体かは地上へ落下したが、残りはかろうじて体勢を取り戻して飛行を再開した。どうやら衝撃以上のダメージは与えられなかったようだ。


(竜種の皮膚はオドを弾く。亜竜種も竜種ほどではないけど、その特性を備えている? なら――)


 と、アイシアが冷静に分析し、自身も空へ向けて飛び立とうとすると、地上に残っていたミノタウロス達が慌ててアイシアに襲いかかる。

 アイシアは残っていた魔力弾の矛先を、迫りくるミノタウロスたちへと変更した。翼竜もどき達の場合と異なり、光線となった魔力弾はミノタウロス達に有効なダメージを与えていく。

 ミノタウロスも硬質な皮膚を有する魔物だが、二、三発も胴体に当たれば致命傷になるようだ。生命力を失い、魔石を残し灰と化していく。

 そうして、少しずつミノタウロス達は数を減らしていった。

 上空を飛ぶ翼竜達の相手は少し面倒だが、脅威というほどではない。アイシアが魔物達を一掃するのも時間の問題だろう。

 しかし――、


「流石は人型精霊。一筋縄ではいきませんね」


 レイスは戦闘の様子を眺めながら、小さく嘆声を漏らした。

 直後、彼の周囲に影が広がる。そこから二足歩行の骸骨戦士(スケルトンウォリアー)達が無数に湧き出てきた。

 全身が真っ黒。姿形は人型だが、悪魔のように禍々(まがまが)しい。両手には暗黒の剣と盾を装備している。薄気味悪い存在だった。


(……増援のつもり?)


 アイシアは魔物達の攻撃を躱しながら、骸骨の軍勢を一瞥した。そして、軽く腕を一払いする。すると、烈風が巻き起こった。

 魔力で形成された巨大な風の斬撃が、数多の骸骨達を薙ぎ払う。

 骸骨戦士達は軽々と吹き飛ばされた。だが、レイスだけはふわりと宙に浮かび上がると、風の斬撃を難なく躱す。


「この程度で自分を倒せると思うとは心外……といったところですかねえ」


 レイスが愉快そうに呟く。眼下には烈風によって薙ぎ払われた骸骨戦士の残骸が文字通りバラバラになって散らばっているが、彼の表情から余裕が消え去ることはない。

 アイシアはそんなレイスをちらりと見やったが、黙々と戦闘を継続している。空を高速で旋回している翼竜もどき達よりも先に、数が少なくなった地上のミノタウロス達を片付けることにしたようだ。

 風の刃で新たに一体のミノタウロスの首を至近距離から切り飛ばす。

 すると、アイシアは残る一体のミノタウロスを見据えた。上空から翼竜もどき達のブレスが降り注ぐが、軽々と舞うように躱していく。

 アイシアは余裕を持って着地すると、残る一体のミノタウロスをめがけて駆けだした。

 だが、そこに空からレイスが割り込む。と、同時に、無数の魔力弾がアイシアに降り注いだ。レイスが着地際に放ったものである。

 アイシアはとっさにバックステップを踏んで、落下してきた魔力弾を避けた。

 直後、レイスが空に向けて右手を掲げる。すると、周囲に散らばっていた骸骨戦士達の残骸が、ドス黒い瘴気状の霧となって、レイスの眼前に集結した。

 霧は瞬く間に姿を変えていく。フォルムは先ほどまでと同様、二足歩行の人型。だが、サイズも、禍々しさも、先ほどよりも遥かに上回っている。

 ミノタウロスをも上回る巨躯に、巨大な片手剣、さらに頑強そうな盾と鎧を装備していた。空を飛ぶのか、背中には羽まで生えている。まさに悪魔か堕天使のような外見だ。

 巨大な骸骨の騎士は、ミノタウロスをも上回る速度でアイシアに接近すると、数メートルはある片手大剣を軽々と振るう。

 アイシアは不可視の障壁を展開し、真っ向から斬撃を受け止めた。

 ほぼ同時に、カウンターで真正面に向けて衝撃波を放つ。ドォンという轟音が鳴り響いた。

 しかし、巨大な骸骨の騎士は微かに後退しただけで、吹き飛ばされてはいない。手にした盾で衝撃波を防いだのだ。


(今の私が作り出せる最強の使い魔(ファミリア)。これで少しは時間が稼げそうですかねえ)


 レイスはニヤリとほくそ笑み、再び宙に浮き上がる。そのまま上空に向かって高度を上げると、再び戦闘を静観し始めた。


 ◇ ◇ ◇


 ルッチとヴェンは散開して左右に分かれると、時間を稼ごうとリオの出方を伺い始めた。だが、二人揃って怪訝な表情を浮かべている。


(野郎、どうしてアレインを手放さねえ)


 と、ルッチが抱いた疑問を、援軍に来たヴェンも同じように抱いていた。

 リオは先ほど気絶させたアレインを担いだままなので、あからさまに隙だらけなのだ。自分達を油断なく見据えているが、動き出す様子はない。


(どういうつもりか知らねえが、やることに変わりはねえ)


 ルッチはそう決めて、小さく舌打ちすると、ヴェンに向けてハンドサインを送る。近づくな、遠距離からの攻撃に専念しろと。


「おい、ヴェン。野郎は魔剣で風を操る。真空波を生み出すのと、風で急加速するのは確認した。二重強化で身体能力を限界以上に上げた状態でも対応できるかわからねえ。気をつけろよ」


 そう言うや否や、ルッチは懐からナイフを取り出し、リオに投げつけた。


「《光弾魔法フォトンバレット》」


 ヴェンも呪文を詠唱して、リオめがけて挟み打つように魔法を放つ。左右から無数の刃と魔力弾がリオに襲いかかった。

 しかし、次の瞬間、リオは自身を起点に、密かに練り込んだ魔力を解放し、暴風をドーム状に展開する。

 吹き荒れる嵐は瞬く間に周囲へ拡散し、ルッチ達の攻撃を弾き飛ばしてしまった。

 不意の出来事に、ルッチ達の顔色が変わり、硬直する。それは絶望的な隙となった。

 暴風の壁がルッチ達の姿を飲み込む。同時に、周囲で負傷していた他の傭兵達も、無慈悲に巻き込んでいく。

 そして、無事に二本足で立っているのは、リオだけとなった。もしかしなくとも今ので死者も出たかもしれない。

 周囲の惨状を見回し、リオが微かに顔をしかめる。だが、小さく嘆息すると、地に伏したルッチのもとへと赴いた。


「うっ……」


 うつ伏せになったルッチを足で仰向けに転がすと、小さな呻き声を漏らす。


(気を失っているか。あっちはまだかろうじて意識があるようだけど)


 リオはルッチの首根っこを掴むと、乱雑に引きずって、うつ伏せに倒れるヴェンに近づいた。

 自らの頭上にリオが近づいてくることを察し、ヴェンが顔をしかめる。

 リオは引きずっていたルッチをヴェンの眼前に投げつけると、


「いくつか訊きたいことがある。答えろ」


 と、そう尋ねたのだった。


 ◇ ◇ ◇


 一方、時は少しだけ進み、アルフレッドやシャルルがクリスティーナ達を包囲した直後。

 周囲をグリフォンに囲まれていたクリスティーナ達だったが――、


「セリア君、グリフォンを狙ってくれればそれでいい。相手の機動力を奪えるか?」


 ヴァネッサが隣に立つセリアに小声で尋ねた。「乗っている騎士ごと殺してくれ」と頼まなかったのは、人殺しを経験したことがないであろうセリアに攻撃を躊躇させないためだ。


「は、はい。できます、たぶん」


 セリアが上ずった声で答える。


「助かる。では、セリア君は私が合図したら攻撃魔法を。 その後、姫様達と一緒に国境に向かって逃げるんだ。姫様達も。よろしいですね?」


 ささやくように、しかし、有無を言わせぬ口調で、ヴァネッサが命じる。

 今は話し合いをしている時間はない。ヴァネッサは最低限の指示を出すと、即席の計画を実行するべく覚悟を決めた。

 ここまでシャルル達が現れてから、三十秒程度しか経過していない。


「おい、何をこそこそと話している? 早くフードを取れと……」

「今です!」


 シャルルが焦れた様子で喋りかけたところで、ヴァネッサが合図を出した。


「《多重土壁魔法マルチアースウォール》」


 セリアが慌てて呪文を詠唱する。直後、彼女を起点に地面に巨大な魔法陣が浮かんだ。

 グリフォン達の真下から、地面が縦長に勢いよく隆起する。


「なっ!?」


 真下から突き上げられるような衝撃を受け、グリフォンに乗っていた騎士達がバランスを崩した。全員がそのまま転落してしまう。

 だが、ただ一人、アルフレッドだけはとっさにグリフォンを操ると、急上昇させて下方からの攻撃を躱してみせた。そのまま表情を消し去り、眼下のセリア達を見下ろしている。


「っ、逃げてください!」


 ヴァネッサが叫んだ。

 すると、クリスティーナ達は《身体能力強化魔法ハイパーフィジカルアビリティ》の呪文を詠唱し、堰を切ったように駆け出す。


「くっ、おい! アルフレッド、何をしている!? 早く追いかけろ! 奴らを捕らえろ!」


 シャルルが泡を食ったように叫んだ。グリフォンから転げ落ち、地面に這いつくばっている。

 アルフレッドは嘆息すると、グリフォンを飛ばしてクリスティーナ達を追った。その飛行速度は速く、じわじわと距離を縮めていく。


「させるものか! 《身体能力強化魔法エンチャントフィジカルアビリティ》」


 ヴァネッサも急加速し、鞘のロングソードを抜き放つと、大きく跳躍する。そのまま高度を低くして飛翔しているアルフレッドに斬りかかった。

 だが、アルフレッドも鞍に備え付けたロングソードを抜き、ヴェネッサめがけて振り払う。

 剣と剣がぶつかり合い、ヴァネッサが軽々と吹き飛ばされる。

 圧倒的な膂力の差に顔をしかめながらも、ヴァネッサは何とか着地した。そして、クリスティーナ達に注意を呼びかける。


「後ろです!」

「え?」


 ヴァネッサの叫び声に反応して、後列を走っていたセリアが背後をチラリと見やる。すると、すぐそこにアルフレッドが迫っていることに気づき、ギョッと目を丸くした。


「エ、《乱風刃魔法エアカッター》」


 セリアが慌てて手をかざし、呪文を詠唱する。すると、手の先に魔法陣が浮かび、そこから無数の小さな風の刃が射出された。


「《光弾魔法フォトンバレット》」


 少し遅れてクリスティーナもアルフレッドの存在に気づき、狙いを定めて呪文を詠唱し、魔力弾を連射する。

 二つとも殺傷力は低いが、発動速度が速く、連射も可能な攻撃魔法だ。空を飛んで直進してくる存在を威嚇するには十分な弾幕が張られた。

 アルフレッドはグリフォンを操作し、魔法から逃れるように横へ旋回していく。ある程度飛んで射程から逃れると、グリフォンから飛び降りて地面に着地した。

 そのままグリフォンは空を飛び、後方でもたついているシャルル達のところへ戻っていく。

 一方、体勢を立て直したヴァネッサが、着地したばかりのアルフレッドに斬りかかった。


「今のうちにお逃げください!」


 攻撃を加えながら、ヴァネッサが呼びかける。クリスティーナ達は顔を歪めながらも走りだす。

 アルフレッドは手にした剣で余裕をもってヴァネッサの攻撃を受け止めていた。刹那のつばぜり合いの後、軽くバックステップを踏む。

 すると、ヴァネッサが微かに前のめりになる。


「力みすぎだ」


 生じたわずかな隙を突いて、アルフレッドが悠然と剣を振り払う。

 ヴァネッサはとっさに反応して後ろに下がった。

 だが、アルフレッドの剣が、彼女の着ていたローブのフードを掠める。厚手のローブだったが、紙のようにめくり取られ、ヴァネッサの顔が露になってしまった。

 すると、アルフレッドが微かに目をみはる。


「お前は……何だその髪は? 染めた? いや……どうでもいい。こうなった以上、私はお前を手にかけなければならない、ヴァネッサよ」


 思案顔を浮かべるアルフレッドだったが、すぐに表情を引き締め直す。

 ヴァネッサはギリと歯噛みし――、


「どうして、どうして貴方がここにいる!? 王の剣である貴方が!」


 と、叫びながら、斬りかかった。


「……陛下直々のご命令だからだ」


 ヴァネッサの剣を受け流しながら、アルフレッドが答える。


「そういうことではない! いや、それが陛下の真意だと、本当にお考えなのか!? 兄上!」

「お前と話すことなどない」


 アルフレッドはにべもなく言うと、ヴァネッサの剣を絡め飛ばした。


「くっ」

「終わりだ」


 無手となったヴァネッサの首筋に剣を突きつけながら、アルフレッドが言う。そこにシャルル達がようやく追いついた。


「でかしたぞ、アルフレッド! その逆賊はこいつに任せて、お前は早く王女殿下を追いかけろ。他の者は殺すなよ」


 シャルルは同行していた騎士の一人にヴァネッサの拘束を命じると、アルフレッドにクリスティーナ達の追跡を命じる。

 迫りくる騎士達に抵抗を試みたヴァネッサだったが、複数人の男を相手に瞬く間に制圧されてしまう。

 アルフレッドは小さく息をつくと、クリスティーナ達が逃走した国境方面に向かって走りだした。その速度は魔法で身体能力を強化したクリスティーナ達の倍はある。

 その後、すぐにシャルルも何人かの部下を引き連れて後を追うと、その場にはヴァネッサと彼女を見張る騎士だけが残された。


 ◇ ◇ ◇


「き、来た! う、後ろから!」


 浩太が叫んだ。走りながらビクビクと後ろを確認していたため、最初に気づくことが出来たのだ。彼の視線の先には、猛追してくるアルフレッドの姿がある。

 セリアはそれを確認すると、


「《雷撃雨魔法サンダーレイン》」


 呪文を詠唱した。

 ややあって、セリアの遥か頭上に巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこからアルフレッドの眼前に向けて数多の雷が射出される。

 雷はアルフレッドの進行先にある地面を穿ち、土埃を大きく巻き上げた。


「ここは私が食い止めます。姫様達は逃げてください」


 と、セリアが覚悟を決めた表情で言う。


「ぼ、僕も手伝います!」


 浩太も泡を食ったように名乗り出た。

 だが、セリアはにべもなくかぶりを振る。


「無理よ。本業のヴァネッサさんが敵わないんだから、貴方がいても足手まといになるだけ。行きなさい」

「でも!」

「いいから!」


 喋りながらも、セリアは魔力を操作し、休むことなく頭上の魔法陣から雷を射出し続けている。


「姫様、本当にこれでいいんですか!? ヴァネッサさんは、どうなるんです?」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、浩太がクリスティーナに問いかけた。

 クリスティーナがキュッと唇を噛み締める。そして、おもむろに足を動かした。スッと動き、セリアの隣に並ぶ。

 セリアはハッとクリスティーナを見つめた。


「相手はアルフレッド。このまま逃げ切れる保証はありません。なら、この場で彼と戦って、活路を見出します」


 と、クリスティーナが決然と言う。


「姫様……。わかりました」


 セリアは一瞬、逡巡した後、腹をくくった。


「なら僕も戦います」


 浩太も勇んで宣言する。


「……じゃあ、俺も。頑張るか。浩太だけに任せるわけにはいかないしな」


 取り残された怜が嘆息して、意思表示する。

 そうして、一同はアルフレッドと戦う覚悟を決めた。


「なら、貴方達二人は左右を警戒してちょうだい。私と先生で前方に弾幕を張るわ」


 クリスティーナが浩太と怜に指示を出す。 それに従い、浩太達は即座に陣を敷いた。

 派手に魔法を連射したせいか、前方は土埃で視界がさえぎられている。だが、セリアの牽制攻撃が功を奏しているのか、今のところアルフレッドは襲いかかってこない。

 だが、油断は禁物だ。

 と、そこで、煙に紛れてアルフレッドが姿を現し、


「き、ぐっ」


 左を見張っていた怜が攻撃を受けた。警告の声を出そうとしたところで、鳩尾に拳を打ち込まれ悶絶する。

 すると――、


「う、わああ!」


 浩太がアルフレッドを見やり、叫びながら飛びかかった。

 しかし、アルフレッドは浩太の鳩尾にも打撃を打ち込み、あっさりと悶絶させてしまう。

 日本人の少年二人は瞬く間に撃沈した。


「この二人が城から抜け出した勇者の友人か? なら――」


 アルフレッドはうずくまる浩太達を一瞥してから、クリスティーナとセリアを見据えた。

 二人の身体がビクリと震える。

 だが、セリアは勇気を振り絞って、クリスティーナを庇うように前に立った。そして、呪文を詠唱する。


「ア、《地牢魔法アースプリズン》」


 セリアの呪文詠唱に反応し、地面に魔法陣が浮かび上がった。

 しかし、アルフレッドが地面に剣を突き刺すと、魔法陣はすぐに消滅してしまう。


「無駄だ。この剣は魔力を吸い取る」


 そう言って、アルフレッドは悠然と歩きだした。二人と間合いを詰めていく。


「《風弾魔法ブラストショット》」


 セリアはそれでも諦めず、呪文を詠唱し、風の衝撃弾を放った。

 しかし、アルフレッドは腕に装着していた盾を振るって、風弾を明後日の方向に薙ぎ払ってしまう。


「……君は何者だ? 手練れの魔道士のようだが、戦闘経験は不足しているように見える。攻撃に人を殺す覚悟が感じられない」


 アルフレッドが尋ねるが、セリアは何も答えない。

 すると、そこへ、シャルルが騎士を引き連れて現れた。


「よし、追いつめているな」


 倒れている浩太と怜の姿を確認し、シャルルがほくそ笑む。


「そこの魔道士よ。フードを取れ。この私に地面を這いずらせたのだ。許さんぞ」


 続けて、シャルルはセリアに向けて、フードを取るように命令した。

 しかし、セリアが自主的にフードを取ることはない。

 シャルルは舌打ちすると――、


「おい、アルフレッド」


 顎をしゃくって、アルフレッドに指示を出した。「力づくでフードを外せ」ということなのだろう。

 アルフレッドが小さく嘆息し、剣を握り直して歩きだす。セリアとクリスティーナはじりじりと後退した。

 だが、アルフレッドが間合いに入り、セリアのフードを切り取らんと剣を振るう。

 セリアはビクリと硬直し、目をつむった。

 すると、一陣の風が彼女の頰を撫でる。ほぼ同時に、金属がぶつかったような甲高い音が響いて――、


「っ……」


 セリアが恐る恐る目を開く。

 すると、そこにはリオが立っていた。

 剣を構え、アルフレッドの剣を受け止めている。


「すみません。遅くなりました」

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2015年10月1日 HJ文庫様より書籍化しました(2020年4月1日に『精霊幻想記 16.騎士の休日』が発売)
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