第128話 密談と密談
ヴェンと別れ、レイスが南南東に向かい飛び去った日の翌朝。
レイスはアレインが暫定的な活動拠点としている都市を訪れ、とある宿屋の食堂で彼と密会していた。
「首尾はどうですか、アレイン?」
「団長のことを知っている奴はけっこういたんですが、どいつもこいつも大したことはありませんね。とても騎士を襲って数人も負傷させることができるような連中じゃありませんでした。一応、引っかかるところがある旅人達が一組だけいたんですが……」
食堂で朝食を食べている冒険者達に紛れ、レイスとアレインが密談を繰り広げる。
「ふむ、どこが引っかかったのですか?」
「団長のことは知っていても、食いつきが悪かったんです。こちらが突っ込むとあっさりと引き下がったんですが、まったく興味がないという感じでもなかった。他は団長の名に反応して、得意顔で食いついてくる奴らばかりだったんですがね……。申し訳ございません、手ごたえがいまいちで」
感触が思わしくないことを残念がっているのか、アレインはバツが悪そうに返答した。
「なに、それらしい人物は見つけたのでしょう? 候補者の数は絞れているんです。むしろ経過は順調と言っていい。貴方はよくやっていますよ」
「ありがとうございます」
「事実です。それで、貴方にやってもらいたいことができました」
語って、レイスは空虚な微笑をたたえる。
「……何でしょうか?」
レイスがこういった顔つきになる時は決まって重要な案件を依頼してくるので、アレインは微かに表情を引き締めた。
「そう身構えないでください。今の任務に少し内容を付け足すだけですから」
「と、いいますと?」
「貴方はベルトラム王国の第一王女を知っていますか?」
「ええ、まあ俺はベルトラム王国の生まれですから、名前くらいは。確かクリスティーナでしたか」
「正解です。今から語る話はベルトラム王国内部では公然の秘密なのですが、実はそのクリスティーナ王女が王城から脱走しました」
レイスがしれっと情報を口にすると、アレインがギョッと目をみはる。
「つまり、もしかしなくとも、クレイアに滞在しているベルトラム王国軍が捜索しているのは……」
「十中八九、クリスティーナ王女でしょう」
「あー、俺らが陰で引っ掻き回しといて何ですが、この国もそろそろ限界なんじゃないですかねえ」
と、アレインは苦笑交じりに語った。
だが、レイスはゆっくりとかぶりを振る。
「国という生き物はそう簡単には滅びませんよ。しかし、現状でアルボー公爵に政治的な痛手を負ってもらっては困ります。わかりますか?」
「ええ、そりゃあ、まあ、もちろん」
「理解が早くて助かります。本題はここからです。現状、クレイアに滞在しているベルトラム王国軍は北と東の街道をくまなく捜索していますが、クリスティーナ王女は発見されていません。他方、我々がいる南の街道は国軍にはほぼ放置されている。間違いありませんね?」
「はい、そうです」
「となると、今後、あちらの捜索状況が思わしくなければこちらの街道にも捜索部隊が送られてくる可能性はあります。ですが、その時点ではもはや手遅れでしょう。これ以上時間が経てば、発見は限りなく困難になることが予想されますから」
「でしょうね」
アレインは苦笑いをたたえて首肯した。何しろ時間が経てば経つほどに、移動可能な範囲は広がっていくのだから。
「そこで、貴方には万が一の保険として、この付近でクリスティーナ王女の足取りを探ってもらいたいのです」
「それは構いませんが、では、今の任務は後回しってことですか?」
「いえ、絶対にとは言えませんが、私達が探している人物とクリスティーナ王女が無関係であるとも限らない。むしろ関係していると疑ってかかるくらいが丁度いい」
彼らが探している人物とは、もちろんリオのことだ。所詮は勘にすぎないが、レイスの勘はずばり正鵠を射ていた。
「……つまり、並行して調べればよいと?」
「そういうことです。高確率でお供を従えているでしょうから、複数人で行動していることでしょう。その中に団長の名を口にした人物もいるかもしれない。狙い目は人目を忍んでいる旅人達です」
レイスが語ると、アレインはおもむろに思案し――、
「……その条件に合致する旅人に心当たりがあります。全員がローブで顔を隠していたんでね」
と、そう答えた。
「ほう。その方々は今どちらに?」
レイスが小さく目をみはり、ニヤリと口許に笑みを刻む。
「ルッチに追わせています。ここから少し南下した街道の分岐点を東に向かいましたので、今頃はグリフォンで数時間程度の距離にいるんじゃないかと」
脳内でリオ達の移動距離を計算し、アレインが答える。
「なるほど、東ですか。仮にそのグループに第一王女がいるとした場合、ロダン侯爵領入りが目的なのでしょうが、そこから途中で方向転換をして最短距離で北に向かうのか、東のガルアーク王国を迂回して進むのか……。後者だと厄介ですね」
レイスはスッと目を細め、ぶつぶつと呟きながら思考を開始した。その間に、アレインが果実水の入ったカップを掴み、口に運び喉を潤す。
そうして、たっぷり十数秒ほど経過すると――、
「アレイン、とりあえず貴方はルッチと合流なさい」
と、おもむろにレイスはアレインに命じた。
「御意に」
アレインは命じられるがまま首肯する。それが彼の役割だからだ。
「多少強引な手段に訴えてもやむをえません。クリスティーナ王女がいるのかどうか、ルッチが追跡している旅人達を調査しなさい」
「……仮に黒だった場合、対処法はどうしましょうか?」
「なに、野暮用を済ませ次第、私も貴方達に合流します。かかって数日ほどでしょうから、指示はその時に出します。仮に私が戻るよりも先に、その人物達がガルアーク王国の国境を越えそうな場合は、貴方の判断で越境を阻止してかまいません。ま、おそらくは大丈夫でしょうが」
飄々とした口調でレイスが流麗に語る。
「畏まりました。では、また数日ほどは別行動ということで」
頷くと、アレインはスッと立ち上がった。そのまま踵を返し、店の外へ向かって歩いて行く。
その背中に、レイスが「頼みましたよ」と、声をかける。
(当たれば儲け物、というところですかね。
レイスもおもむろに立ち上がる。結局、出された朝食にはほとんど手をつけないままだった。
◇ ◇ ◇
レイス達が密かに行動を開始した日の晩。
リオ達はようやくクレール伯爵領を脱し、東に隣接している領地のとある都市を訪れていた。
既に国軍の捜索範囲は脱したため、これまで泊まってきたような安宿ではなく、少しランクの高い宿屋に滞在している。
これまでの旅路で溜まった疲れをきちんと回復してもらおうという腹積もりもあった。
ちなみに、リオ達を尾行しているルッチに動きはなく、現在もアイシアがマンツーマンで二重尾行中であり、何か動きがあればすぐに知らせてくれる手はずとなっている。
宿屋の一階は広々とした小奇麗な食堂になっているが、客の人目に触れないようにするため、食事は特別料金を支払って部屋で食べることになった。
「悪くはないけれど、アマカワ卿が作る料理の方が美味しいわね」
宿の給仕がテーブルに置いた料理に口をつけると、クリスティーナが感想を呟いた。
「恐縮です」
リオが小さくはにかんで頭を下げる。
「本当、ハルト君が作る料理の方が美味しいよ。僕達の舌にも合うっていうか」
「確かに、この世界の料理って大味なんだよな。美味い料理は美味いんだけど脂っこい感じがして、毎日食べていると飽きてくるんだよなあ」
村雲浩太とその先輩、斉木怜が、うんうんと頷きながらクリスティーナに賛同する。
そこからヴァネッサが浩太達が日本で食べていた料理に興味を持ち、会話が広がっていく。
すると――、
(春人、尾行してきたルッチという男に、アレインという男が合流した。今、春人達が泊まっている宿屋のすぐ傍にある宿でチェックインしている)
突然、アイシアの声がリオの脳内に響いた。
(……狙いはわかる?)
リオが微かに目を細め尋ねる。
(連中の春人探し、他にめぼしい候補がいなかったみたい。春人がクレイアで騒ぎを引き起こした人物だと仮定して行動している。ルッチが春人達とオークの戦闘を見ていたから、春人の強さで信憑性が上がったらしい。春人のことは面白そうだから、勧誘でもしてみようかって話をしている)
(……勧誘? あいつらの傭兵団に、俺を?)
アイシアから返ってきた説明に、リオは一瞬、思考が停止しかけた。続けて、思わず顔をしかめそうになる。
(うん。強い人間は大歓迎らしい)
(なるほど……)
そういうことなら、注目を惹くため、あの戦闘はルッチに見せつけた甲斐はあったのかもしれない。
とはいえ、リオからすればルシウスの関係者が近づいてくるのは大歓迎だが、クリスティーナ達を引きつれて逃走中の今は少しばかりタイミングが悪い。
とりあえず相手の出方を窺ってみるか、それとも先手を打って単独行動で電撃戦を仕掛けるか、そう考えたところで――、
(それと、クリスティーナの逃走に関しても、クレイアで暴れた春人が関与しているんじゃないかと疑っている)
アイシアはさらに重要な情報を告げてきた。
意外な情報に、リオの思考がまたしても停止しかける。
(……北と東の街道をいくら探したところで成果が出るはずもない。そろそろクレイアにいる連中も考えを改める頃だと思っていたけど)
まさかベルトラム王国軍以外の者がクリスティーナ関連で歩み寄ってくるとは――本当にアレイン達の狙いは何なのだろうかと、リオは考える。
(……連中がクリスティーナ王女をも探そうとしている理由はわかる?)
ややあって、リオが訊いた。
(わからない。クリスティーナがレストラシオンに合流すると、あいつらにとって不味いから、阻止しようとしているということだけ)
(本当に何者なんだ、そいつらは……)
ルシウスは有名な傭兵だが、長らく表舞台から姿を消している。
だが、ここにきて彼の関係者を発見した。これまでに得た情報通りなら、おそらくアレイン達はルシウスの傭兵仲間というか、傭兵団の部下だろう。
そんな彼らが、クリスティーナがレストラシオンに合流することを阻止しようとする理由は何なのか。彼らは国際政治に関わる立場にでもいるということだろうか。
だとすれば、ルシウスが率いる『
(連中、近いうちに行動を起こそうとしている。今すぐに何か荒事を起こそうという感じじゃないけど、気をつけて)
(わかった。注意しておくよ。アイシアも何かあったら教えてくれ)
(うん)
リオの中で形容しがたい不安がこみあげてきたが、抑揚のないアイシアの返事が戻ってくると、微かに心が安らいだ。
翌日、リオ達は宿を出発し、レストラシオンの拠点であるロダン侯爵領への旅路を再び消化し始めた。