第178話 パーティ開始
「それじゃあ、アマカワ卿、セリア先生。失礼いたしました。ご機嫌よう」
クリスティーナはそう言って、ロダン侯爵とともに退室する。リオ達は恭しく会釈をして、クリスティーナを見送った。その場に残されたのは、リオ、セリア、怜、ローザの四人だ。すると――、
「じゃあ、私達も解散しましょうか。いつまでもこの場にいても、生徒達が帰らないみたいだし」
セリアが教室内を見回して言う。クリスティーナが立ち去ったというのに、室内にはまだ生徒達が大人しく座って待機している。出て行くタイミングを見失っているのだろう。
「ですね。場所を変えて少し話しますか、怜さん?」
リオはくすりと笑って頷くと、怜に水を向けた。
「えっと……」
怜は即答はせず、ローザの顔色を窺う。
「この後のご予定はございませんわ、レイ様」
ローザはすかさず怜の背中を押してやった。すると――、
「大丈夫なようなので、ぜひ」
怜は乗り気な面持ちで申し出る。
「じゃあ、
「はい」
セリアが提案すると、リオは微笑して頷く。そうして、一行はセリアが暮らす邸宅へと向かうことになった。
◇ ◇ ◇
そして、場所はセリアが暮らす邸宅に移る。怜だけでなく、ローザも引き連れて敷地の門に近づくと――、
「あれがアマカワ卿とセリア先生のお住まいですか。こりゃまた随分とでかい……」
怜は呆気にとられて、屋敷の外観を眺めた。
「私の住まい……というわけではないんですけどね。今はセリアにお貸ししているので」
リオは小さく肩をすくめ、セリアを見やる。
「……使用人を含めて、暮らしている人数が少ないから、だいぶもてあましているの。さ、入りましょう」
セリアは何か言いたそうな顔を浮かべたが、そのまま屋敷の門に近づいていく。すると――、
「お帰りなさいませ、セリア様、ハルト様」
門番の女性兵士達がリオ達を迎えた。
「ええ、お勤めご苦労様。こちらの二人は客人だから」
セリアはそう言って、背後に立つ怜とローザを見やる。
「畏まりました」
門番の女性兵士は恭しく頷く。リオ達はそのまま屋敷の敷地へと入っていった。すると、庭先でメイドのアンジェラと遭遇する。
「セリア様、ハルト様、お帰りなさいませ。お客様でしょうか?」
アンジェラは家主のセリアとリオに挨拶をすると、一緒にいる怜とローザを見やって尋ねた。
「ええ、お茶の用意をお願いしていいかしら?」
「承知しました。では、まずは応接室へご案内します。どうぞこちらへ」
アンジェラはそう言って、セリア達を家の中へと誘う。そのまま応接室へとスムーズに移動すると、お茶を用意しに退室した。
「ところで怜さんは今、どちらにお住まいなんですか?」
リオはセリアと並んで応接室のソファに腰を下ろすと、怜に尋ねる。
「今はローザの家のすぐ近くに、クリスティーナ様から住まいを無償でお借りしています」
怜は隣に座るローザを見やりながら答えた。
「そうでしたか。浩太さんが聞いたら驚くと思いますよ」
リオはくすりと笑って言う。
「あはは、まあこうなるだろうってことは、別れる前に言っておいたんで。あいつはちゃんと冒険者にはなれたんですか?」
「ええ、アマンドで登録をされたので、移動していなければ今もあちらで活動されていると思いますよ」
「そうですか。今はなかなか外へ出ることもできないもので。元気でやっているといいんですが」
怜は浩太のことを語ると、少しだけ寂しそうな顔を覗かせた。
「でしたら今度、立ち寄った際に様子を見てきましょう。そう遠くないうちに、アマンドにも向かう予定なので」
「本当ですか? ありがとうございます」
リオが浩太の様子を見てくると告げると、怜は嬉しそうに礼を言う。その後、和やかに談笑をしていると、アンジェラが娘のソフィと一緒にお茶を持ってやってきた。
「失礼いたします。お茶とお菓子をお持ちしました」
アンジェラはそう言って、粛々と室内に入る。ソフィもお茶とお菓子が載った配膳台を押して、静かにアンジェラの後を追った。
「……二人とも似ていらっしゃいますけど、ご姉妹ですか?」
怜はアンジェラとソフィを見比べると、ふとそんなことを言う。
「まあ、恐れ入ります」
アンジェラは瞠目し、嬉しそうに怜にお辞儀をした。
「ん?」
怜はどうしてお辞儀をされたのかわからず、不思議そうに首をかしげる。
「二人は
と、セリア。
「え? なるほど、これは失敬。随分とお若いものですから、少し年が離れた姉妹なのかなと」
怜はあははと笑って、アンジェラを褒め称えた。
「光栄です」
アンジェラは照れくさそうに、今一度頭を下げる。
「しかし、本当にお綺麗ですね。娘さんも可愛らしいですし」
怜はさらにアンジェラとソフィを褒め称えた。すると――、
「レイ様、人様のお
私という存在がいるのですから――と、ローザは少しだけ唇をとがらせて、怜に釘を刺す。
「え? いや、口説いたつもりはないんだけど、ははは、参ったな。
怜は弁明を試みたが、これ以上の墓穴を掘る前に、話題を変えてリオとセリアを見やる。
「……詳細は今日中に改めて発表されると思いますので、その時を待ってください。一応、今日は少し早めに帰った方がいいかもしれませんね」
リオはセリアと視線を合わせると、困り顔で説明した。
「なるほど……」
と、怜は好奇心を覗かせる。だが、空気を読んだのかそれ以上の追求をすることはしない。それから、小一時間ほど雑談を繰り広げたところで、今日はお暇することになった。
◇ ◇ ◇
怜とローザが帰宅した後、リオはセリアと一緒にパーティへ出席する準備を進めた。といっても、することはパーティで着る正装を選ぶくらいで、リオが持っている正装といえばガルアーク王国の夜会に出席した時に着用した品しかない。
問題は女性のセリアで、こういった時に備えて何着か用意してあるドレスを着て、リオにどれが一番似合っているか、確認してもらうことになった。
「どう、かな?」
セリアは薄らと青みがかかった白系統のドレスを着用すると、その場でくるりと一回転のステップを踏んで、照れくさそうにリオに尋ねる。着替えを手伝っているソフィが「ふわあ」と、セリアに見惚れる一方で――、
「すごく綺麗ですよ。セリアは銀髪ですし、同じ系統の色合いか、桃か水色か、色素が薄めのドレスが似合うと思います」
リオは正直に思った感想を告げる。
「本当? ありがとう。じゃあ、今日はこれを着ていこうかな。エスコートはよろしくね?」
セリアは微かに赤らんではにかむと、嬉しそうにリオにお願いする。
「はい。喜んで」
リオも嬉しそうに首肯した。すると、セリア達が着替えを行っている部屋の扉がノックされる。
「はい、どうぞ」
と、セリアが返事をすると、部屋の扉がゆっくりと開けられた。そこには、セリアの屋敷の警備を行っている女性兵士が立っている。
「……セリア様、たった今、クリスティーナ様からの使者がお越しになりました。日が暮れる前に迎えの馬車を出すから、パーティに出席する用意をして領館へ来てほしい、とのことです。……流石、お美しいですね」
女性兵士はドレス姿のセリアを見ると、見惚れたように目をみはった。だが、職務を忘れることはせず、すぐに畏まって用向きを告げて、その上でセリアに賞賛の言葉を贈る。
「ありがとう。わかったわ」
セリアは頷き、こそばゆそうに口許をほころばせた。
◇ ◇ ◇
そして、いよいよフローラの帰還を祝うパーティの時間が迫りくる。リオとセリアは送迎の馬車に乗って、領館の敷地へと入った。
「どうぞ、ご降車ください」
リオは先に降りると、恭しくセリアに手を差し出し、エスコートしてやる。
「ありがとう、なんだか新鮮ね」
セリアはこそばゆそうに礼を言った。リオとは長いつきあいだが、こういったパーティに一緒に出席するのは初めての機会だ。
「ですね。まさかセリアをエスコートする機会に恵まれるとは、思ってもいませんでした」
リオはおかしそうに同意する。二人が馬車から降りると、騎士の女性が近づいてきた。ヴァネッサの部下で、クリスティーナの親衛隊を務める一員だ。
「よくぞお越しくださいました、セリア様、アマカワ卿。ご案内いたしますので、どうぞこちらへ」
と、女性騎士は恭しく二人に申し出る。
「恐れ入ります」
リオは周囲を見回しながら、愛想よく応じた。領館の敷地内には多くの馬車が停車しているが、出席者と思しき貴族の姿はさほど見当たらない。おそらくは既に会場へ向かっているのだろう。リオとセリアは後発組ということになる。
社会的なマナーというか、目下の者が目上の者を待たせるのは好ましくないということで、こういったパーティには位の低い人間ほど率先して早く会場を訪れるのが一般的だ。大抵は開始時刻の一時間前までに会場を訪れるのが常識で、その時間帯は特に混みやすく、入場に時間がかかることもある。
クリスティーナが後発組になるようリオとセリアに迎えの馬車を寄越したということは、それだけ二人の立場や地位を重んじていることを意味していた。そのおかげでリオ達は一切の待ち時間なしで、ダイレクトに建物の中に入ることになる。そうして、案内されたのは――、
「どうぞお入りください」
パーティ会場ではなく、クリスティーナとフローラがいる部屋だった。二人ともお揃いのデザインで、色違いの美しいドレスを着用している。
「お二人とも、ようこそいらっしゃいました」
「こ、こんばんは。ハルト様、セリア先生」
と、まずはクリスティーナがリオとセリアを歓迎した。フローラはちらりとリオを見やると、ぎこちない動作でぺこりとお辞儀をする。
「クリスティーナ様、フローラ様も、いったいこれはどういう……」
セリアはドレス姿の二人に迎え入れられて、強く瞠目する。てっきり直にパーティ会場へ案内されると思っていたから、どうしてこの場に案内されたのかわからなかったのだ。
「実はぜひ、お二人に我々と一緒に会場入りしていただきたいと思いまして」
と、クリスティーナはリオとセリアを呼び寄せた理由を打ち明ける。
「我々が、ですか?」
リオはぱちりと目をみはった。
「無論、無理にとは申しませんが、アマカワ卿はフローラを連れ戻してくださった立役者ですので」
クリスティーナはそう言って、リオの顔色を窺う。フローラも期待を帯びた眼差しで、リオを見据えていた。クリスティーナ達からすれば、立役者を立役者として扱わないわけにはいかないのだから、当然といえば当然の提案である。
「……畏まりました。身に余る光栄で恐縮ですが、精一杯務めさせていただきます」
リオは空気を読んで、恭しく依頼を引き受けることにした。
「ありがとうございます!」
フローラは元気よく、嬉しそうに礼を言う。クリスティーナはくすりと笑って、「ありがとうございます」とフローラに続いた。すると――、
「恐れながら、でしたらハルトはともかく、私は必要ない気がするのですが……」
セリアが控えめに問いを発する。
「先生がいらしてくれた方が、アマカワ卿への注目が和らぐのではないかと思いまして。無論、その分、先生にご注目が集まってしまうわけですが……」
クリスティーナは少し言いづらそうに答える。
「……そういうことでしたら、お任せくださいませ。失礼いたしました。出過ぎた真似を」
セリアはすぐにクリスティーナの意図を得心すると、畏まって頷いてみせた。すると――、
「よろしいのですか? 私のことなら、無理をしていただく必要はありませんよ?」
と、リオはセリアの顔を見やって言う。あまり自分と一緒にいては、婚期を逃すのではないだろうか、とは思っても言えなかった。クリスティーナやフローラがいるこの場で、今すべき話でもない。この件はまた改めて話をする必要がありそうだ。
「大丈夫よ」
セリアはえっへんと胸を張って告げる。
「……ありがとうございます」
リオは困り顔を浮かべつつも、セリアに礼を言った。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。パーティ会場となるホールには、レストラシオンに所属する貴族達がこぞって集結していた。その中にはユグノー公爵やロダン侯爵、他にも怜やローザの姿もある。そして、坂田弘明とロアナの姿もあった。
「……おい、ロアナ。誰だ、あの男は?」
弘明はややぶっきらぼうな面持ちで会場を見回していたが、参加者の中に怜の姿を見つけると、目を見開いてロアナに尋ねる。
「おそらくレイ=サイキ卿ですわ。クリスティーナ様と一緒に、本国の王城を抜け出してロダニアへ避難してきたとか。今は準男爵の位をクリスティーナ様から下賜されているはずです」
フローラとの再会から弘明のご機嫌がずっと斜めだったことに気を揉んでいたロアナだったが、質問を受けるとほっと胸をなで下ろし、粛々と答えた。
「はーん、初耳だな。準男爵、ねえ」
弘明はスッと目を細め、遠目に怜を見据える。
「彼もヒロアキ様と同じ世界のご出身、なのですよね?」
ロアナは弘明の顔色を窺って訊く。
「ん、あー、まあ、名前も見た目も冴えない純ジャパだしな」
と、弘明は微かな嘲笑を刻んで答える。
「じゅんじゃぱ、でございますか?」
ロアナは不思議そうに首を傾げた。
「あー、俺が暮らしていた土地で生まれ育った人間ってことだ」
弘明は少しばつが悪そうに、言葉の意味を説明してやる。
「然様でございましたか」
ロアナはにこりと笑みを浮かべた。
(……日本人っていうのはそれだけでうざいが、勇者じゃないし、鼻につくイケメンでもない。それなりに可愛い女を連れているけど、まあいいんじゃないの。準男爵なら分相応で。下手に出しゃばらないのならな)
弘明は怜のことを自分よりも明確に格下の存在だと認識したのか、フッと笑みを刻む。これまで地球出身の同郷人を毛嫌いする節がある弘明だが、むしろ今の彼にとってのストレッサーは他にあるのだ。と、そこで――、
「皆様、静粛に願います! クリスティーナ第一王女殿下、並びにフローラ第二王女殿下。そして、今回の件の立役者であらせられるハルト=アマカワ卿のご来場となります」
パーティ会場の司会進行役を務めるヴァネッサが、ホール内の階段上で声を張り上げて言った。すると、会場内の貴族達は一斉に静まりかえり、ヴァネッサのすぐ側の位置に設けられた豪華な扉に揃って視線を向ける。次の瞬間、その扉が静かに開け放たれた。
「おお!」
と、会場中がどよめく。開け放たれた扉からまず姿を現したのはクリスティーナ、続けてフローラ、そしてリオと、先ほどは紹介を省かれたセリアが続く。
「フローラ様だ」
「本当にご無事だったのか」
「やはりお美しい」
「流石はベルトラム王国が誇る二大美姫であらせられますな」
などと、フローラの帰還の事実をその目で受け止め、ざわめく貴族達。その多くがクリスティーナとフローラの美人姉妹に目を奪われていた。一方――、
「いやはや、こういっては何ですが、セリア君もかなりのものですぞ」
「確かに、相変わらず可愛らしいですな」
「ともするとフローラ様よりも年下に見えますな」
セリアだって負けていない。表だってクリスティーナやフローラの名を出して比較してしまうと不敬になりかねないので控えめだが、貴族達から談笑混じりに賛美を集めている。そして――、
「正直、アマカワ卿が羨ましいですな」
「ええ」
「あの場に立つことを許されているのは、英雄の特権ですな」
などと、リオも注目を集めていた。美しく、可愛らしく着飾ったクリスティーナ、フローラ、セリアの三人と行動を共にしているのだから、羨望の眼差しを向けられるのは必至である。
すると、そんな中――、
「……ちっ」
弘明が階段上のリオやフローラを見上げながら、面白くなさそうに舌打ちを漏らした。
「ヒロアキ様、僭越ながら、今からでも遅くはありませんわ。あの場へお上がりになってはいかがでしょうか?」
ロアナは弘明の機嫌が再び下り気味になったことを察すると、すかさず提案する。そう、本当は弘明もあの場で一緒に立っているはずだったのだ。それを当の本人が辞退し、今はホールで他の貴族達に混ざっているのである。
「いや、俺が行く必要はないだろ。俺は何もしていないんだからな。フローラを救ったのはあの男だぜ?」
弘明は棘のある口調で言って、肩をすくめた。
「ですが、あの場にヒロアキ様がクリスティーナ様やフローラ様と一緒にいらっしゃることで、周囲に示せるものもあるのです」
ロアナはもどかしそうに説得を試みる。
(だったらもっと相応に俺を優遇しろって話なんだよなあ。他の野郎を持ち上げるための席で、俺の威光を利用されるのはまっぴら御免だわ。俺は待遇に見合った働きしかしないぜ)
弘明はそう考え、不機嫌そうに顔をしかめた。そして――、
「もう遅えよ、パーティも始まるみたいだしな」
弘明は顎をしゃくって、階段上のクリスティーナを指し示す。
「皆、突然の招集によくぞ集まってくれました」
クリスティーナは階段上のスペースで一階の面々を見下ろすと、静まりかえった会場に向けて、よく通る声で語りかける。そうして、フローラの帰還を祝うパーティーが始まった。