第127話 レストラシオンへの旅路 その4
アイシアがリオに合流した翌日。
リオ達はクレール伯爵領を脱すべく、街道を東に向かって歩いていた。
そんなリオ達を観察する男が、遥か上空に一人――ルッチである。
現在、ルッチはアレインと別行動中で、グリフォンの背に乗り、単独でリオ達を監視している最中だ。
ちなみに、アイシアがリオに状況報告を行っている間に、アレインは冒険者達を引きつれてさらなる人探しに繰り出している。
鳥にしか見えないくらいの距離を保ったうえで、雲に紛れてリオ達を尾行しているが、ぴったりとアイシアに二重尾行されているため、情報は筒抜けである。
とはいえ、そんなことはつゆ知らず、
「ちっ、つまんねえなあ。アレインと合流すりゃちっとは楽しめると思ったのによ」
ルッチが欠伸交じりにぼやいた。
現時点における彼の役割はリオの実力や周辺情報を洗い出すことにあるが、アレインから街道の移動中は直接的な接触を禁じられている。
移動中にしっかりとパーティの分析しておくようにとのことだ。
その中には当然、リオ達の力量の把握も含まれている。
普段の身のこなしから戦闘の心得があるかどうかくらいはわかるが、実際の力量を測るため、少なくとも戦闘しているところを見ておきたかった。
とはいえ、街道を旅していれば魔物や野盗に襲われることもあるが、そう都合よく望んだタイミングで出てきてくれるものではない。
かれこれ二時間は黙々と歩き続けるリオ達を観察し、ルッチはだんだんとじれったくなり始めていた。
「あー、いい加減、面倒だな。先回りして魔物でも引っ張ってくるか?」
と、物騒なことをぼそりと呟くルッチ。
思い立ったが否や、グリフォンを操ってリオ達の進行方向へ先回りしに行く。
そうして数分ほど移動すると、
「おっ」
上空から俯瞰するルッチの視線が、街道脇に広がる森の中に魔物の群れを捉えた。オークだ。
(あそこにいる奴が聞いた通りの実力なら、あの程度はあしらえるか? まあ、けしかけてみるか)
魔物は人が姿を見せれば勝手に襲いかかってくる。トレインするのは容易だろう。
決断と同時に、ルッチはグリフォンを下降させた。
◇ ◇ ◇
リオ達は東に延びる街道を歩いていた。
喋ることで余計な体力を消費すると学んでいるおかげで、会話は必要最小限に抑えられている。
また、連日の徒歩旅にそろそろ疲れが蓄積しているせいで、リオとヴァネッサ以外の足取りは重そうだ。
ある時、不意にリオが立ち止まった。少し遅れて他のメンバーも足の動きを止める。
「魔物?」
旅の途中に何度か魔物に襲われたことがあったので、セリアが動じることなく背後から尋ねた。
「ええ、おそらく」
「少し慌ただしいな」
喋りながら、リオとヴァネッサが腰に差した剣に手を添え、厳しい顔つきで道の両脇に茂る森を睨む。
木々に隠れて魔物の姿は見えないが、次第にセリア達の耳にも騒々しい鳴き声が聞こえてきた。
そして、十秒ほど経って木々がざわめき、オーク達が慌ただしく姿を現す。
身長二メートルほどの巨体が十近く。太い木の枝をごく簡単に加工したような棍棒や槍を手にし、腰には荒い革製の腰巻を身につけている。
オーク達は街道に躍り出ると、何かを探しているかのように、キョロキョロと周囲を見回していた。
すぐにリオ達の姿を発見すると、騒がしく鳴き声をあげて戦闘態勢に身構える。
「オークの群れか。ゴブリンはいないようだが、少し数が多いな。接近されると面倒だ」
互いの距離は百メートルと少し。動きだしたオーク達を見据えながら、ヴァネッサが言った。
魔法等を使えない限り、オークは武装した軍の兵士であっても驚異的な相手となる。
確実に被害を出さずに封殺するなら、三人でかかれと言われているほどだ。
「ですね。攻撃魔法を打ち込んで、怯んだ隙に畳み掛けるとしましょう。私が前に出ますので、ヴァネッサ殿は撃ち漏らした敵の始末を」
旅の途中における主な戦闘指揮はリオに任されているため、前衛、中衛、後衛に別れて戦うべく、リオが指示を出す。
「承知した! セリア君、ハルト殿の指示に従い、攻撃魔法を頼む」
「わかりました。いつでもいいわよ、ハルト」
セリアは前に足を踏み出し、リオの隣に並んだ。
「では、合図と同時に
「ええ!」
そうこうしている間にもオーク達はリオ達と距離を詰めている。
両者の距離が約五十メートルになったあたりで、
「今です!」
「《
リオの合図と同時に、セリアが両手をかざし、魔力を操り呪文を詠唱する。
すると、術式となる魔法陣が彼女の眼前に複数浮かび上がり、そこから同じ数の雷槍が射出された。
雷槍は瞬く間に突き進み、避ける間もなくオーク達の身体を貫く。瞬間、雷槍は霧散し、雷撃となってオーク達の身体に襲いかかった。
「グギ!」
焦げ臭いにおいを撒き散らしながら、四体のオークが倒れる。
同胞が昏倒したことで、他のオーク達が微かに怯む。
オーク達が微かに足を動かす速度を緩めた瞬間、リオの剣がオーク三体の首を斬り飛ばした。
宙を舞うオークの頭部は、視界に映る光景の変化に不思議そうな表情を浮かべている。
「見事……」
まさに電光石火。死の瞬間すら認識させぬ鮮やかな強襲に、ヴァネッサは息を呑んだ。
リオの右手に握られた片手半剣の刀身は眩く鋭い白銀の光を放ち、柄に埋めこまれた宝石もキラリと輝いている。
残ったオークは一体。
数で勝っていた自分達が気がつけば自分だけ――、最後の一体となった彼は、すぐ傍に貧弱な人間族の姿を見つけ、怒り狂ったように手にしていた棍棒を振るった。
しかし、リオが半歩横にずれることで、オークの握った棍棒は無残にも大地を砕くに終わる。
リオはスッと前に足を踏み込むと、すれ違いざまにオークの巨体を袈裟斬りにして、分厚い肉の鎧を両断してしまった。
次の瞬間、リオの背に立つオークは地に伏して倒れると、一瞬で絶命して魔石を残して消滅してしまう。
「……流石ね」
危機感など微塵も感じなかった戦闘が終わり、クリスティーナが小さく漏らす。
リオはかろうじて息が残っているオーク数体に止めを刺しながら、魔石を回収して回っていた。
「行きましょう」
ヴァネッサに促され、クリスティーナ達がリオに近づく。
そんな一部始終を上空から観察していたルッチは、鋭い目つきでリオを見つめていた。
◇ ◇ ◇
その日の晩、クレール伯爵領の小さな都市にて。
喧騒感溢れるとある酒場で、レイスとヴェンが顔を合わせていた。
「ご苦労様です、ヴェン。ところで、アレインはともかく、ルッチの姿も見えませんが……」
と、レイスが任務中のヴェンを労いつつ、この場にいない面々について尋ねる。
「こっちは粗方情報収集が終わったんで、ルッチはアレインの手伝いに出向いています」
「なるほど。ならば、まずは貴方から話を聞くとしましょう」
「ええ、まずクレイアに滞在中のベルトラム王国軍の動きについてですが――」
ヴェンはクレイア周辺で見聞きした出来事をレイスに報告し始めた。
「ふむ、間違いはなさそうですね。彼らが捜索しているのはベルトラム王国の第一王女でしょう」
報告を聞き終えたレイスがぽつりと呟くと、ヴェンがギョッと目をみはる。
「連中の探し人はそんな大物だったんですか。通りでピリピリしているわけだ」
「ええ、ベルトラム城も浮き足立っていましたからね。しかし、捜索は続行中。国軍はまだ王女を発見できていないわけですか。なるほど、なるほど」
現状を把握し、レイスはニヤリと薄気味悪い笑みを口許に刻む。
「北と東を重点的に捜索している理由もわかりましたね。第一王女の狙いは第二王女との合流なんでしょう。国軍はそれを阻止したいというわけだ」
ヴェンが得心顔で語る。
クレール伯爵領からレストラシオンの国内拠点であるロダン侯爵領へ向かうには、クレイアから北と東に伸びる街道を進むのが合理的だ。
南から向かえないこともないが、旅にかかる時間は倍以上になるだろう。
「第一王女と国軍の思惑はその通りでしょう。……とはいえ、南の街道をほぼ放置しているのもあまり得策とは思えませんが、指揮官があの男ですからねえ」
と、シャルルの人物像を思い浮かべるレイス。
プロキシア帝国の外交官としてそこそこ付き合いがあるため、ある程度の人柄は把握している。決して能力値は低くないが、自尊心と猜疑心で視野が狭くなりがちな男だ。
(万が一、レガリアが持ち出されていようものなら、現状でフローラ王女に続けてクリスティーナ王女にまで離反されるのはあまり上手くありませんね)
微かにスッと目を細めるレイス。
「……確か北門の襲撃があったのは、我々が訪れた日の前夜でしたか?」
レイスはしばし思案すると、言葉を続けてそう尋ねた。
「ええ、その通りです」
聞きこみ調査の結果と照らし合わせ、ヴェンが頷く。
「となると、あの方の名を出した賊が南門を襲撃した日時と被りますね。クリスティーナ王女の逃走との関係性も考慮して、少し精査する必要がありそうです。やれやれ」
レイスは大仰に嘆息した。それを見て、ヴェンが苦笑しながら口を開く。
「では、私はいかがすればよろしいでしょうか?」
「貴方は現状維持でクレイアに滞在している国軍を監視しなさい。私はアレインに指示を出してきます」
「承知しました」
ヴェンが恭しく首肯する。
「それでは、私は忙しくなりますので、これで」
そう言い残すと、レイスは立ち上がり酒場を後にした。
(いっそのこと、保険として居場所が割れているフローラ王女だけでも処理しておきたいところですね。事故が望ましい所ですが、こないだの襲撃で警備も厳重になったでしょうし。さて、どうしたものか……)
物騒な謀略を考えながら、レイスは都市の外へ向かって歩いていく。
そうして人気のない都市外部の森に入り込むと、レイスは宙に浮かび上がり、南南東へ飛び去った。