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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第六章 今日より明日、明日より昨日へ

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第125話 レストラシオンへの旅路 その2

 その日、リオ達は関所を迂回すると、順調に山林地帯を抜け出し、何とか夕暮れまでに次の宿場町にたどり着いた。


「よ、ようやく着いた」


 宿場町の入り口が見えた辺りで自然と立ち止まり、村雲浩太むらくもこうたが疲労困憊といった様子で呟く。


「きょ、今日は森の中を歩いたせいか、疲れ方が半端ないな。どれくらい歩いたんだ?」


 浩太の隣を歩く先輩の斉木怜さいきれいが息絶え絶えに応じた。

 クレール伯爵領、領都クレイアを出発してから既に二日が経過している。その間、ひたすら歩き続けてきたのだから、現代日本で暮らしてきた普通の高校生である彼らが疲弊するのも無理はない。

 とはいえ、実際には、浩太達よりも、温室暮らしのクリスティーナやセリアの方が体力的に大きく劣ることは明らかだろう。

 だが、クリスティーナもセリアも弱音を吐かずにここまで健気に歩いてきている。今は二人とも水筒を口につけて水分補給をしていた。


「一日に人が歩いて移動できる平均的な距離は三、四十キロ前後と言われています。ただ、今日は森の中を歩いたので、せいぜいその半分といったところでしょう」


 怜の疑問に、リオが涼しい顔で答える。


「つまりたったの二十キロですか……」


 車ならせいぜい数十分程度で移動可能な距離に、浩太は顔を引きつらせた。

 すると――、


「おそらくレストラシオンの本拠地まで二、三週間はかかる。まだまだ先は長いぞ。明日も移動だ」


 と、クリスティーナの護衛騎士であるヴァネッサが横から言葉を挟んだ。


「はい……」


 浩太は重たく頷くことしかできなかった。


「というわけで、早く町の中に入って、今日の宿を確保しましょう。夕飯は消化に良いものを作りますから、早めに寝てください」


 リオが苦笑交じりに声をかけると、一同は宿場町へと続く残りわずかな道程を歩き出した。

 そして、宿場町の中に入るや否や、リオは微かな違和感を覚える。視線を感じたのだ。


(ん?)


 視線を感じた先を見やると、宿場町の門付近に冒険者数名がたむろしており、何となく門の外から現れたリオ達の様子を窺っているような節があった。

 別に冒険者などどこにでもいるし、そこら辺で仕事終わりの冒険者が集うのも珍しい光景ではない。土着の冒険者であれば部外者に多少の好奇心を寄せることもあるだろう。

 もしかしたら官憲のいない宿場町の警備を、彼らが行なっている可能性だってある。


「見られている?」


 クリスティーナがぼそりと呟いた。隣を歩くヴァネッサも警戒の度合いを強めている。視線に気づいたのは彼女達も同様なようだ。


「視線を合わせないようにしてください。喧嘩っ早い連中なので、難癖をつけられても面倒です。不必要に隙を見せなければ、基本的に絡んでくることはないでしょう。付いて来てください」


 一同に聞こえるよう、リオがすかざず呟いた。そのまま先頭に立って足早に歩き、宿場町の奥へと入っていく。

 宿場町は街道上に形成されるので、町の中は一本道となっている。背後に意識を集中したまましばらく歩くと、冒険者達から感じる視線が霧散した。


「宿の手配をしてきます。皆様はこちらでお待ちください」


 そう言って、リオは手ごろな宿屋の中に入っていく。

 その後、昨日と同じように店主に口止めをすると、個室を貸し切って宿屋に宿泊することになった。


   ◇ ◇ ◇


 リオ達が訪れた宿場町のとある酒場にて。

 店内にはこの町を拠点とする冒険者達が毎晩のように集っているが、今日は普段よりも閑散としている。

 そんな店の隅っこで、二人の男が酒を飲んでいた。

 一人は三十代半ばの冒険者――この宿場町を拠点に活動している冒険者達のまとめ役をしている人物――で、もう一人は二十代後半の冒険者である。


「で、どうだった? 今日の具合は?」


 二十代後半の冒険者が、テーブルの対面に座る三十代半ばの冒険者に尋ねた。


「あんたが睨んだ通り、北の関所での検問が厳戒になったせいか、今は一時的に往来が減少している。今日、北側からこの宿場町に訪れた旅人は合計四組。その中であんたの提示した条件に合致しそうな奴がいそうなところに声をかけさせている。今は夕食時だ。宿の食堂か近くの酒場で適当に情報をチラつかせているだろうよ。次第に報告が来るはずだ」


 と、三十代半ばの冒険者が淡々と報告する。


「そうか」


 二十代後半の冒険者は短く相づちを打ち、テーブルの上に置かれた食事を口に運んだ。


「……なあ。こんな仕事で本当にあんな大金を受け取っていいのかよ、アレインさんよ?」


 と、三十代半ばの冒険者がおもむろに口を開く。


「まだ仕事は終わっていないのに気が早いな」


 アレインと呼ばれた二十代後半の冒険者が口許に苦笑を刻んだ。


「まぁ、その通りなんだがよ。こんなの、人数が必要なだけで、そこいらの駆け出し冒険者にでもできるような仕事じゃねえか」


 三十代半ばの冒険者がバツが悪そうに頭を掻く。


「そう思うか?」


 アレインが口許にニヤリと含む笑いを浮かべた。


「けっ、試すような物言いはよしてくれ。あいにく俺はこの歳で四級止まりなもんでね。二級冒険者様のお考えはよくわからんよ」


 三十代半ばの冒険者が不機嫌そうに顔をしかめる。


「そいつは悪かった。俺の方が歳下なんだ。別に無理して卑下する必要はないんだぜ?」


 語って、アレインはひょいと肩をすくめた。


「ふん、年齢は関係ねえよ。それに、依頼者には最低限の敬意を払うのが冒険者ってもんだろ」

「ご立派なことで」


 アレインがそう言うと、酒場の扉が開き、大勢の冒険者達が入ってきた。


「おう、お前ら。どうだった?」


 入店してきた者達に、三十代半ばの冒険者が気安く声をかける。


「駄目だな。保留中の一組を除いて全部外れだと思う」

「保留中の一組?」


 三十代半ばの冒険者が訝しげに訊いた。


「オリン達のとこだよ。なあ?」


 尋ねられた冒険者が、オリンという十代後半の青年を先頭に立つ若手冒険者のグループを見やる。


「ええ、接触できなかったんです。宿屋の中にはいるんですが、何でも調理場で自炊して、貸し切った個室で食事しているらしくて」

「ほう。つまり、人目を避けているということか?」


 オリンの報告を受けて、アレインが興味深そうに質問した。


「いや、そこまではわからないんですけど……」

「あん、宿屋の店主に探りを入れなかったのか?」

「入れましたよ。でも、店主も大したことは知らないらしくて……」


 三十代半ばの冒険者から不機嫌そうに尋ねられ、オリンが弁明する。


「ちっ、使えねぇ。どうせテメェらのことだから中途半端な訊き方をしたんだろ」

「そ、そんなこと! あ、でも。全員フードで顔を隠していましたね。どうです?」


 頭ごなしに非難され、オリンがムッと反論した。


「どうです、じゃねえよ。そんなの都市の中を歩いている姿を見れば一発でわかるだろうが。得意顔しやがって」


 そうして、三十代半ばの冒険者がオリンを叱りつけると、


「まあいいさ。明日、そいつらがこの宿場町を出て行く時にまたチャンスはある。その時に接触すればいい。その時は俺も同行しよう」


 アレインが横から言葉を挟み、すまし顔で麦酒を口に含んだ。


   ◇ ◇ ◇


 翌朝、リオ達は宿屋を後にして、宿場町の外に向かって歩いていた。

 ちなみに、リオとヴァネッサを除く一同は、疲労が蓄積して眠りが深かったため、宿を出る時間が少し遅くなっている。

 進行方向に向かって町の門付近にやって来ると、


「よお、あんたら。見たところ、旅人だよな」


 どこからともなく冒険者数名が姿を現し、リオ達に声をかけてきた。


「……その通りだが、あんたらは?」


 リオが先頭に立ち、一行を代表して答える。

 一方、背後にいるヴァネッサ達がやや警戒した様子で身構えた。


「おっと、別に喧嘩を吹っかけようってんじゃねえ。ちょいと訊きてえことがあってな」


 と、三十代半ばの冒険者が両手を肩の位置まで上げて、無抵抗をアピールして言う。


「急いでいるんだ。時間がかかるようなら遠慮願いたい」


 リオが予防線を張り、警戒の眼差しを冒険者達に向けた。


「いや、すぐに終わる。お前さん。いや、お前さん達の中に、ルシウスって男を知っている奴はいるか?」

「……同じ名前の男は知っているが、同一人物かどうかはわからない」


 一瞬の間を置いて、リオが返答する。あまりにも予想外な名前が出てきたため、思考が停止しかけたのだ。

 知らないと答えることも考えたが、ルシウスの名を出されては好奇心を押し殺すことはできず、それとなく話を聞きだそうとする。


「おお、そうか。俺が言っているのは、あの『天上の獅子団』の団長ルシウスだよ。一級冒険者のな。どうだ?」


 三十代半ばの冒険者が確認するように質問した。


「……ああ、有名な男だからな。知っているよ」


 リオが微かに思案したうえで首肯する。

 ルシウスについては、美春達と一緒に暮らしている間に一人でアマンドの近隣を回り調べてみた。

 最近では活動を停止しているものの、その存在は『天上の獅子団』とともに、冒険者界隈ではそれなりに知られている。

 ゆえに、肯定したところで、さほど不自然ではないだろう。


「そうか。足止めして悪かったな。もう大丈夫だ」

「……もういいのか?」


 存外あっさりと話が終わり、リオは拍子抜けした。


「ああ、あんたらが目当ての人間じゃないってわかったからな」

「どういうことだ?」


 リオが訝しげに男を見つめる。


「あー、あまり詳しいことは言えないが、人を探しているんだ。俺らは使いでな。依頼主の探し人らしい人物に手当たり次第声をかけているってわけだ。で、その探し人なら当然あってしかるべき反応があんたらからは見受けられない。まあ、そういうことだ」


 と、三十代半ばの男は思わせぶりな回答を口にした。


「……つまり、その依頼者がルシウスということか?」

「そいつは答えられねえよ、悪いがな。守秘義務ってもんがある」


 三十代半ばの冒険者がきっぱりとかぶりを振る。


(どうする?)


 リオが内心で焦燥し、歯がゆい想いを抱いた。

 根掘り葉掘り訊きだすのは不自然だし、訊いたところで答えてくれるとも思えない。こんな往来では強引な手段に訴えるのも論外だ。

 そもそも今はそんな時間もない。リオは逃亡中のセリアを護衛しているのだから。


(俺が一人で残って調べるか? 霊体化させたアイシアを付いて行かせれば、合流は後からでもたぶん可能……いや、駄目だ。細かな進行ルートは場当たり的に決めている。森の中に入ることもあるし、待ち合わせもせず合流するのは不自然になる。そもそも先生達に何て説明して残る?)


 リオが冒険者達と見つめあったまま硬直し、数瞬ほど悩み続づける。


「ハルト、どうかしたの?」


 背後からセリアが小声で語りかけてきた。


「いえ、何でもありません。行きましょうか」


 リオは背後を見やり、かぶりを振った。後ろ髪を引かれる気持ちだが、異変を察せられないよう、平静を装う。


「じゃあな、兄ちゃん達。呼び止めてすまなかった」


 そう言い残し、冒険者達は立ち去った。

 リオがもどかしそうに彼らの後姿を眺める。


「ルシウス、か。まさかその名前をこの場所で聞くことになるとはな」


 ヴァネッサがぼそりと呟いた。


「貴方も知っているの?」


 隣に立っているクリスティーナが小さく目をみはり訊く。

 リオはさりげなく耳を澄ませる。


「ええ、まあ。その人物は没落した我が国の貴族ですから」


 と、ヴァネッサが歯切れの悪い口調で答えた。


「そうなの? 私は知らないけど」

「まだ私が新人だった頃。もう十年以上も昔の話です。当時はかなり噂になりましたが、ひ……ティナお嬢様がご存じないのも無理はありません」

「へぇ……まあ、いいわ。その話はまた今度。今は急ぎましょう」


 これ以上この場でするべき話でないと考えたのか、そう言って、クリスティーナは出発を促した。そのまま、一同が町の外へ向けて歩き出す。

 すると、その時――、


(春人、私がこの町に残るよ。探せばいいんでしょう? ルシウスへの手掛かりを)


 と、脳内にアイシアの声が響いた。


(……アイシア)


 リオが歩き出した足を止め、戸惑い顔を浮かべる。

 正直、頼みたいという気持ちが強い。

 人目を惹く容姿にしろ、寡黙な性格にしろ、アイシアが聞きこみ調査には向いていないことは明らかだが、霊体化して連中の周囲をうろつかせれば、簡単に情報を盗み聞きできるのだ。

 だが、その仕事をアイシアに任せていいものかとも思う。

 これはリオ自身の問題なのだから、頼れば少なからずアイシアを共犯者として巻き込んでしまうことになる。


(いいんだよ)


 アイシアが優しく言った。


(……え?)

(春人は気に病まなくていいの。私に任せて、貴方は先に行って)


 霊体化して姿は見えないけど、目の前でアイシアが微笑んだ気がした。パスを通じて、彼女がすぐ傍にいるのがわかる。


「どうしたの、ハルト?」


 少し先で、セリアが振り向いてリオに話しかけてきた。


(ほら、セリアが変に思うよ?)


 アイシアに促され、リオがぎこちなく歩き出す。


「すみません。何でもありませんから」


 セリアの隣に並ぶと、リオは精一杯の笑みを浮かべた。


「そう?」


 セリアが小首を傾げ、リオの顔を覗きこむ。


「ええ」


 と、リオは頷きながら、


(……ごめん、アイシア。霊体化した状態で、しばらくこの男達の傍にいてもらってもいいかな?)


 アイシアに念話を送った。同時に、「行きましょう」とセリアに促し、歩き始める。


(いいよ)


 すぐにアイシアから肯定の返事が戻ってきた。

 リオの顔つきが申し訳なさそうに曇る。


(ありがとう。でも、いくら俺達がパスで繋がっているとはいえ、互いに移動した状態であまり離れすぎると、合流するのは面倒になる。だから、有益な情報を手に入れたかに関わらず、三日間を目安に、引き上げてほしい)

(うん、わかった)


 その言葉とともに、アイシアは霊体化した状態のままリオの体内から抜け出した。


(アイシア、実体化して何か行動を起こす必要はない。安全が第一だ。万が一、不測の事態が生じたら、すぐに戻ってくること。それだけは約束してほしい)


 勝手なことを言っている――と、リオはそう思いながらも、今はアイシアに頼るしかなかった。


(大丈夫だよ)


 と、アイシアが抑揚のない返事をする。


(…………)


 リオは名状しがたい不安を抱いたが、返す言葉が見つからず、前に向かって歩き続けた。

 すると――、


(ありがとう、春人)


 アイシアから念話が飛んできた。

 リオが一瞬、呆けた顔を浮かべ、すぐに目をみはる。


(……どうしてアイシアがお礼を言うのさ。お礼を言うのは俺の方だろ?)


 と、念話でアイシアに尋ねたリオだったが、


「ハルト、本当に大丈夫? ひょっとして疲れている? 貴方一人に負担がかかっているし、無理はしないでいいのよ? 体調がおかしいと思ったらすぐに言ってね?」


 隣を歩くセリアから心配そうに声をかけられた。黙ったまま歩いているリオの横顔を不安そうに見上げている。


「体調は本当に大丈夫です。ごめんなさい、少し考え事をしていまして」


 セリアにまで心配をかけさせるわけにはいかない――そう考え、リオは意識を切り替えた。

 セリアとの会話を邪魔しないようにしているのか、アイシアから返事はない。


「……本当、無理しちゃ嫌だからね? いい?」

「はい。ありがとうございます」


 リオが少し微笑ましげに礼を言う。


「な、なんで笑うのよ?」

「いえ、何だかセシリアが先生っぽく見えたもので。新鮮といいますか」


 つい、懐かしくなってしまいました――リオはその言葉を呑みこんだ。

 だが、セリアはリオが言わんとしたことを的確に察したのか、照れ臭そうに頬を赤らめる。


「そ、そりゃあ、本業は先生ですから。それらしいことも口にするわよ」

「そうでしたね」


 リオが懐古的な笑みをたたえる。その後、町の外に出るまで、リオがアイシアと意思疎通を図ることはなかった。


   ◇ ◇ ◇


 アイシアは霊体化した状態で、遠目からリオの後姿を眺めながら、


(春人が私のことを大切に想ってくれているから)


 先ほどのリオからの問いかけに、ぼそりと答えた。

 だが、その想いが念話となり、リオに届くことはない。意図的にリオに伝えなかったのだ。


(セリア、春人をお願い)


 そう願って、リオ達の姿が見えなくなったところで、アイシアは踵を返した。

 霊体化した精霊は物理法則の干渉を受けない。あたかも無重力下にいるごとく、宙に浮き上がり、先ほどリオ達に話しかけてきた男達が立ち去った方に向かう。


(いた、さっきの男)


 リオと会話をしていた三十代半ばの冒険者の顔を見つけ、アイシアはその後を追った。

 男達を追って脇の袋小路に入り込む。

 すると、そこには、他にも大勢の冒険者達が集まっていた。

 合流してメンバーがそろったのか、男達がおもむろに会話を始める。


「連中はどうだったんだ、アレインさんよ? 連中、件の人物について知ってはいても、必要以上に情報を吸い取ろうとはしてこなかったようだが……」


 と、三十代半ばの冒険者が窺うように尋ねた。


「……少し気になるな。あの方の事を知っている時点で候補者には上がる。とはいえ、情報を吸い出そうとはしていたが、引き下がるのも早かった。ふむ……」


 何かが引っかかっているかのように、アレインが思案顔を浮かべる。


「なら、どうするんだい?」

「……一応、暫定的に契約完了で構わん。条件付きだが、報酬は渡そう」


 アレインは頷くと、懐から大銀貨がぎっしりと詰まった袋を取り出した。それを見て、 冒険者達が色めき立つ。


「ほう、思いきりがいいねえ。本当にいいのかよ?」

「構わん。元より必ず見つけだすことを前提にしていないからな。それに、条件付きと言っただろう?」


 そう言って、アレインは小さく肩をすくめる。


「まぁ、そうだったな。で、その条件とやらは?」

「今後もこの宿場町を通る男の旅人にそれとなく声をかけてほしい。これまでと同様、こちらから迂闊に情報を口にはするなよ? それでも交渉を試みようとする者が現れたら、理由を問いただしたうえで、今日から一週間の期間、待てるか尋ねろ。それまでに俺はこの町に戻ってくる。有益な結果を残した奴には追加で報酬を支払うことを約束しよう」

「……ほう、そいつはありがてえな。そんな仕事でいいなら喜んでやるぜ」


 冒険者達が意欲的な姿勢を見せる。

 正直、今回の依頼は話が美味すぎるくらいに美味しいのだ。金払いがいいことは確定しているし、現段階で断る理由はなかった。


「そうか。なら、頼んだぞ」

「了解、了解。じゃあ、念のため、大銀貨の枚数を数えさせてもらうぜ」

「わかっている。急げよ」

「まあ、焦るなや。へへ」


 冒険者達は胡坐をかいて地べたに座り込み、布を敷いて大銀貨をぶちまけた。手早く大銀貨の枚数をカウントしていく。

 そして、十数秒後、


「合計で大銀貨二百枚。確かに頂戴したぜ。アレインさんよ」


 と、三十代半ばの冒険者が上機嫌に告げる。


「そうか。なら、俺は行かせてもらうとしよう」


 アレインは黙ってその場を後にすると、リオ達も出て行った南門に向かい歩き出した。

 一方、アイシアは立ち去るアレインと冒険者達を交互に見やっている。


(……あいつがルシウスの探し人を探させている依頼主? なら、ここにいる冒険者は関係ない? あいつに付いて行けばルシウスの情報が手に入る?)


 今のやり取りだけでは内容が抽象的で、重要な情報を得ることはできなかった。わかったのはこの場にいる冒険者達を雇っていたのが、立ち去っていく男だということだけだ。

 残った冒険者は二十名弱――これがこの町を拠点に活動している冒険者総員である。


「たった……これだけ? 俺達だけ取り分が明らかに少ないじゃないか!?」


 その時、若い冒険者が憤る声が響いた。声の主はこの町で最も若手の冒険者パーティのリーダーであるオリンだ。

 どうやら報酬の配分でもめているらしい。

 アイシアがちらりと地面に置かれた布を見やると、オリン達パーティには八枚の大銀貨が配分されていた。

 彼らが受け取った大銀貨は着手金も併せて合計で二百枚――二十人弱の冒険者で分配すれば一人十枚強は貰える計算になる。

 なのに、オリン達はパーティ四人でたった八枚の大銀貨しかもらえていない。これでは一人二枚の計算となる。とんでもないピンハネだ。


「お前ら、結局、大した仕事してねえだろ。担当した連中に声すらかけられなかったんだからよ」


 語って、三十代半ばの冒険者が煙たそうな視線をオリン達に向けた。


「し、仕方ないだろ!? 個室に籠っていたんだから!」

「だったら部屋に押し掛けるくらいの根性は見せろって話だろうが。まあ、お前らじゃ大切な情報を見過ごしていたかもしれないからな。会わなくて正解だったぜ」

「ふざけるなよ……」


 オリン達が怒りで身体を震わせる。


「あん、文句あんのかよ? 多数決で決めたことだぜ、ルーキーさん達。報酬がもらえるだけありがたいと思えよ」

「……ぐっ」


 他の冒険者達から剣呑な視線を向けられ、オリン達が押し黙る。

 彼らはまだ若く、冒険者としての等級も低く、この町で活動を開始してから日も浅い。

 ゆえに、年上の冒険者達から理不尽な扱いを受けても、逆らえるだけの力があるはずもない。

 アイシアは彼らのやりとりを尻目に、この場に残っても意味はないと考え、立ち去ったアレインを追いかけることにした。

 袋小路を出ると、そう遠くない場所に目的の人物を発見した。適度に距離を保って、尾行を開始する。

 すると、ちょうど町の南門を出た辺りで、


「ま、待ってくれ!」


 と、後ろから走ってきて、アレインに声をかける者達が現れた。


「お前は……オリンとかいったか。どうした、報酬をピンハネでもされたか?」


 尋ねて、アレインが微かな嘲笑をたたえる。

 図星を突かれ、オリン達は悔しそうに顔を歪めると、


「なあ、何か仕事をくれないか!? 何でもする!」


 必死な形相でアレインに頼み込んだ。


「大きく出たな。何でもするとは。簡単に口にしていい言葉じゃないぞ」

「俺達は成り上がりたいんだ! こんな小さな宿場町で、あんな底辺の連中に舐められたまま終わるつもりはない」


 オリンが勇んで語ると、背後の青年達も「そうだ!」と血気盛んに首肯する。


「……お前らは連中と直接コンタクトをとってはいないんだったか?」


 思案顔を浮かべると、アレインが尋ねた。


「ああ」


 オリンがこくりと頷く。


「なら、いいだろう。十分で支度を整えて、この場に戻ってこい。そうしたら仕事を与えてやる」

「本当か!?」

「ああ。わかったらさっさと行け。俺は待たされるのは嫌いなんだ」


 アレインがしっしと手を振り、行動を促す。


「わ、わかった! 行くぞ、お前ら!」


 オリン達は駆け足で自分達が拠点としている宿屋に走っていく。


「愚かだが、扱いやすくて助かるな」


 アレインは冷笑を浮かべ、オリン達の後姿を眺めていた。

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