第181話 リオVS坂田
リオは明日の手合わせで弘明に勝利することを約束すると、クリスティーナと必要事項を話し合って、一緒に応接室から退室した。すると、扉の外で護衛のヴァネッサ達と一緒に待ち構えているセリアとフローラを発見する。
「これは……、皆様お揃いで」
リオは勢揃いした面子に面食らいつつ、一同に挨拶した。クリスティーナはフローラの顔を見つけると、嘆息して開口する。
「……フローラ。今日は早く寝なさいと言ったはずよ」
「あの、でも、ハルト様のことが心配だったので……」
と、フローラは決まりが悪そうに、この場にいる理由を語った。その心情はセリアも同じなのか、こくりと頷いている。
「恐れ入ります。ですが、ご心配には及びませんので、ご安心を」
リオはにこやかにかぶりを振って、フローラとその隣に立つセリアを安心させた。すると――、
「アマカワ卿は明日、勇者様と手合わせを行います。もう遅いので、今夜は解散したところです。一応、アマカワ卿のお部屋はご用意させておりますが……、セリア先生はアマカワ卿をお迎えに来られたのですか?」
クリスティーナは場の解散を促しつつ、セリアに問いかける。
「……その、はい。やはりハルトはあの家に滞在するべきだと思ったので」
と、セリアはリオの顔を窺いながら、しっかりとした口調で語った。フローラは目をみはって、リオとセリアの顔を見つめる。
「だそうですが、いかがなさいますか?」
クリスティーナはくすりと笑うと、リオに水を向けた。
「と、仰いましても……」
リオは困り顔で返事をはぐらかす。
「……アマカワ卿のご懸念は理解しておりますし、同意もできます。ですが、別に構わないのではないでしょうか? お二人が親密な仲にあることはれっきとした周知の事実なのですから、世間体を気にして関係が歪む方が不自然です。たまにロダニアを訪れた際に滞在するくらいは許されて然るべきかと。何より、当のセリア先生が望んでいらっしゃるのですから」
クリスティーナはそう言って、セリアを見やる。
「はい」
セリアはその通りだと言わんばかりに、リオを見つめて深々と頷いた。
「……畏まりました。セリアがそれで構わないのなら」
「うん、決まりね!」
リオが観念したように首肯すると、セリアは嬉しそうに表情を明るくする。
「よろしくお願いします」
「じゃあ、帰りましょうか。殿下達をこれ以上お引き留めするわけにはいかないし、明日の手合わせに備えないと」
「はい」
と、リオはまんざらでもなさそうに口許をほころばせた。
「私達も行きましょうか、フローラ」
クリスティーナはリオとセリアのやりとりに微笑し、妹のフローラに声をかける。だが、フローラはどこか羨ましそうに、じっとリオとセリアのやりとりを眺めていて耳には届かない。
「フローラ?」
と、クリスティーナが声をかけ直すと――、
「……へ、あ、はい!」
フローラはハッとして返事をした。
「私達も行くわよ」
クリスティーナはやれやれと息をついて言う。
「は、はい」
フローラはリオとセリアを見やりつつ、こくりと頷いた。
「久しぶりに姉妹水入らずで一緒の部屋で寝るのだから、もう少し嬉しそうにしてほしいのだけれど。それとも、あまり嬉しくないのかしら?」
「そ、そんな、嬉しいです! 嬉しいですよ」
クリスティーナがくすりと笑って言うと、フローラは慌てて弁明する。
「そう。なら、今夜は色々と聞かせて頂戴」
「はい!」
今度はしっかりと頷いたフローラだった。
「それでは、クリスティーナ様、フローラ様。失礼いたします」
セリアは王女姉妹のやりとりを微笑ましそうに眺めると、別れの挨拶を告げる。
「はい。明日の正午にお迎えの使者を出しますので、よろしくお願いいたします。アマカワ卿」
「畏まりました」
クリスティーナが必要な事項を再確認すると、リオはスッとこうべを垂れて頷く。そうして、その場は解散することになった。
◇ ◇ ◇
帰り道。リオは馬車に揺られ、セリアが暮らす邸宅へ向かっていた。
「…………」
馬車内にはリオとセリアの二人しかいないが、沈黙が降りている。セリアは心なしか何か言いたそうな顔で、向かいに座るリオの顔を眺めていた。すると――、
「今夜はお世話になりますね」
と、リオが口を開く。
「……今夜だけじゃないわよ。貴方が所有する家なんだから、ロダニアに滞在する時は好きに泊まっていいんだから」
セリアはわずかに口を尖らせて応じた。
「それは、ですが……」
リオは苦笑して難色を示す。懸念しているのはやはりセリアの将来だ。未婚の女性貴族の家に男が入り浸っていたら、縁談も舞い込まないだろう。
「……いいの。私、今さらお見合いとか、政略結婚なんてする気ないもん」
セリアはリオが何を危惧しているのかはお見通しなのか、そんなことを言う。貴族の女性としてはなかなかの問題発言だ。とはいえ、シャルル=アルボーと半強制的に政略結婚を強いられた経緯を踏まえれば、理解できないわけではない。
「セリアの人生ですし、生涯独身を貫くのも一つの生き方だと思いますが……」
セリアはまだ若い。本当に生涯独身でいいのかと、リオは言外に視線で尋ねる。だが、セリアは慌ててかぶりを振り始めた。
「ち、違っ。べ、別に生涯独身を貫くとか、絶対に結婚をするつもりがないってわけじゃなくて、恋愛を経た上での結婚には憧れはあるというか。で、でも、よく知らない男の人とそういう関係になるの無理だと思うし…………。って、い、いいのよ、別に私のことは! それより、クリスティーナ様と何の話をしていたの?」
セリアは語っていて恥ずかしくなったのか、頬を赤らめて話を逸らす。
「明日の手合わせについてです。心配するようなことは何もないので、ご安心を」
と、リオはおかしそうに微笑み、ジト目で見つめてくるセリアに答える。
「そう……、実際、どうするつもりなの?」
セリアは真面目なトーンで問いかけた。
「どうするつもり、とは?」
「勇者様との手合わせよ。貴方なら勝てるんでしょうけど、だからといって安易に勝つわけにもいかないのかなって……」
「それは明日の手合わせをお楽しみに、としか」
リオは意味深長な笑みをたたえて告げる。
「ふーん」
セリアは上目遣いで、じっとリオの顔色を窺った。おそらくクリスティーナとの話し合いの内容も絡んでいるのだろうし、掘り下げて訊くのも躊躇われる。
「何度も繰り返しますが、セリアが心配することは何もない。それだけは確かです」
リオはセリアを安心させるよう、優しく口許をほころばせた。
「……そっか。わかったわ。ハルトがそう言うなら、信じる」
セリアはふうっと息をつき、納得してみせる。
「ありがとうございます」
リオは嬉しそうに相好を崩した。それから、馬車の中には再び、しばしの静寂が訪れる。ガタコトと車輪が回る音だけが鳴り響いた。すると、ややあって――、
「ねえ、ハルト」
セリアが意を決したように、口を開く。
「はい、何でしょう?」
リオはよどみなく受け答えた。
「…………ううん。何でもないわ。明日の手合わせ、頑張ってね!」
セリアは一瞬、何か言おうとして逡巡したが、すぐに笑みを浮かべ直してリオを激励した。
「はい」
リオはセリアが何かを言おうとしたことを察しつつ、笑みを浮かべて頷く。すると――、
(春人の過去のこと、セリアは気にしているみたい。今日、春人の両親のことを聞いたから)
突然、リオの脳裏にアイシアの念話が響いた。
(……ありがとう、アイシア)
リオは困り顔でアイシアに礼を言うと――、
「手合わせが終わったら、ゆっくりとお話をしませんか? 今日は勇者様が執務室に入ってきて俺が外で何をしてきたのか、説明が中断しましたし、聞きたいことがあればお話ししますので」
と、目の前に座るセリアにむけて語った。
「……うん」
セリアはリオが気遣ってくれたことを察したのか、優しく微笑して頷く。すると、リオはおもむろに馬車の小窓から夜空を眺めた。
「今頃はクリスティーナ様とフローラ様も二人きりでお話しをなさっているかもしれませんね」
と、外を眺めながら語るリオ。
「ええ、そうね」
セリアは微笑ましそうに同意すると、リオと一緒に小窓の外に広がる星空を眺めた。
◇ ◇ ◇
そして、翌日の昼過ぎ。いよいよリオと弘明が手合わせを行う時がやってきた。場所はロダニア領館に隣接する練兵場。
城塞都市として発展したロダニアの練兵場は広々としており、普段ならば数多くの騎士や兵士達が訓練に勤しんでいる。しかし、今この時はリオと弘明の手合わせのために開け放たれていた。代わりに、見物の騎士や貴族達が練兵場の周囲へぞろぞろと押し寄せている。
リオはそんな中、ドワーフ製の剣を握りながら、練兵場の真ん中で弘明と向き合っていた。二人の間にはクリスティーナが立っている。
「あー、なんか随分とギャラリーが集まっちまったみたいだな。クリスティーナは怒っていたみたいだし、てっきり見世物にするのを嫌って、ギャラリーなしでの手合わせになるかと思っていたんだが……」
弘明は太刀の神装『ヤマタノオロチ』を握りながら、満足そうにギャラリーを見渡した。
「既に至る所で噂になっているのです。非公開にすればいらぬ憶測を生みます。そして不満も。無論、勇者様が非公開を望まれるのならば、今からでも退去させますが……」
と、クリスティーナは特に怒った様子もなく、整然と語る。
「いや、このままでいいだろ。帰らせるのも面倒だ。それよりもさっさと始めようぜ」
弘明は自信に満ちた面持ちでかぶりを振ると、手合わせの開始を促した。弘明からすれば、ギャラリーがいる前でリオを倒す必要があるのだ。
「では、改めてルールの確認を。勇者様は神装を、アマカワ卿はご自身が所有されている魔剣をそれぞれ使用して構わないものとします。ただし、使用していい能力は身体強化のみ。神装や魔剣に秘められた別の能力を使用すればその時点で即失格としますのでご注意を。勝敗は相手が負けを認めるか、審判が決定的な形で勝敗が決したと判断するかのいずれかです。多少の怪我は許容しますが、対戦相手の殺害は論外です。双方ともよろしいですか?」
クリスティーナはすらすらと手合わせのルールを語る。
「無論です」
リオは即座に頷いた。一方――、
「ルールに異論はないが、審判は誰が行うんだ?」
と、尋ねる弘明。
「今、こちらへ参ります」
クリスティーナはそう言って、明後日の方向を見やる。そこには、リオ達に近づいてくる二人の人物がいた。
一人はヴァネッサ=エマール、クリスティーナ専属の護衛騎士である。そして、もう一人はアルフレッド=エマール。ヴァネッサの実兄で、ベルトラム王国の王の剣である人物だ。
「あれは、アルフレッド卿」
「どうして卿がここに? 捕虜となっているのでは?」
ギャラリーの中にはアルフレッドの顔を見知った者が多く、ざわりとどよめく。リオもアルフレッドの顔を確認すると、微かに目を見開く。
リオに敗れレストラシオンの捕虜となったアルフレッドだが、今は拘束されておらず、妹のヴァネッサと一緒に堂々と練兵場を歩いている。武装こそしていないが、騎士が好んで着るようなクロースアーマー風の貴族服を着用していた。
「…………誰だ、あいつは?」
弘明はアルフレッドの顔を遠目に見つめると、訝しそうに首を傾げる。
「彼がこれから行われる手合わせの審判です」
クリスティーナはしれっと答えた。
「ふーん、ギャラリーが随分と騒いでいるようだが? 有名な騎士か何かなのか?」
「ええ。王の剣、私の父が選定した、ベルトラム王国で最高最強の騎士です」
「あ……、そいつは確か捕虜になっているはずじゃ?」
と、怪訝な顔つきを浮かべる弘明。流石の彼もアルフレッドの処遇は覚えていたらしい。
「お二人の手合わせとなれば生半可な実力の者に審判は務まらないでしょうから、特別に用意しました」
クリスティーナは近づいてくるアルフレッドを見やりながら、にこやかに語った。
「へえ、まあ、生半可な実力の奴に審判をしてほしくないってことは確かだが…………」
弘明はスッと目を細め、アルフレッドの顔を見据える。
「ご覧の通り、武装はしておりません。拘束こそしておりませんが、魔力を封じる魔道具を着用させています。加えて、今の彼にはレストラシオンに抵抗する意思も、ここから逃亡する意思もございませんので、ご安心を。彼ならば中立、公正な審判を行ってくれることでしょう。剣で嘘をつけるほど器用な男ではありませんので」
クリスティーナは整然と断言した。審判としてアルフレッドのことを信用している事が窺える。
「ま、いいだろ。最強の騎士ってんなら、俺らの手合わせの審判として不足はない。任せてやろうか」
弘明はフッと笑みを浮かべると、上機嫌に肩をすくめた。
「では、アルフレッドも参りましたので。すぐに始めさせましょう。頼んだわよ、アルフレッド。中立、公正な審判をね」
と、クリスティーナは近づいてきたアルフレッドに語りかける。
「……御意に。中立な立場での、公正な審判をお約束します」
アルフレッドは恭しくこうべを垂れた。
「クリスティーナ様、どうぞこちらへ」
ヴァネッサはクリスティーナを連れて、その場から立ち去っていく。向かう先にはセリアやフローラがいた。
「では、双方。異論がなければ手合わせを始めさせていただきます。よろしいでしょうか?」
アルフレッドはクリスティーナとヴァネッサが十分な距離をとったことを確認すると、リオと弘明に問いかける。
「ええ」
「いいぜ」
と、リオと弘明は即答した。
「では、距離をとって構えて」
アルフレッドは淡々と手合わせの段取りを進行する。彼の登場に困惑した様子のギャラリーだったが、いよいよ手合わせが始まる雰囲気を察したのか、固唾をのんで様子を見守り始めた。
「ま、存分に戦ってくれていいぜ? 俺が勇者だからって遠慮する必要はない。瞬殺だけは勘弁してくれよ。少しは俺に本気を出させてくれ」
弘明は静まりかえっていくギャラリーとは対照的に、特に緊張した様子はなく、軽口をたたいてリオを挑発する。自分が勝つことをみじんも疑っていないようだ。
「恐れ入ります。胸をお借りするつもりで、戦わせていただきます」
リオは特に気負った様子はなく、自然体で受け答える。
(ま、反応すらさせず、速攻で終わらせるがな)
と、弘明は「ふん」と小さく鼻を鳴らすと――、
「いいぜ、審判。いつでも始めてくれ」
アルフレッドに試合開始を促した。
「では、今から十秒後に試合を始めます」
アルフレッドはそう宣言すると、「十、九、八……」と手合わせ開始のカウントダウンを始める。その間にリオと弘明はそれぞれ身体強化を施す。
そして、アルフレッドは「二、一」と口を動かすと――、
「始め!」
手合わせの開始を宣言した。
◇ ◇ ◇
「はああ!」
弘明は手合わせ開始の合図と同時に、速攻でリオに向かい突進する。その思い切りの良さは素晴らしく、目にもとまらぬ速度でリオへと迫っていく。
だが、動きが雑だった。突進する瞬間に弘明の全身が力んだのを、見逃すリオではない。動き出しさえ見切ってしまえば、対応するのは実にたやすかった。仮に魔法で身体能力を強化していただけだったとしても、反応することはできただろう。
弘明は上段から寸止めでリオに斬りかかるつもりだったが、リオは剣を構えてあっさりと弘明の攻撃を受け止めてしまった。
「な、にっ!?」
弘明は愕然と口を開く。まるで金属バットで衝撃を吸収する物体を思い切り叩きつけたような感触だった。弘明が斬撃に込めた力が見事に地面へと受け流された証左である。
すると、弘明は思わず太刀を握る手に込めた力を緩め、いったん身を引こうとしてしまった。瞬間、リオは押し相撲の要領で剣を振るい、怯んだ弘明を後方へと押し飛ばしてしまう。
「うおっ!? っとと!」
弘明の体はふわりと宙を浮かぶと、バランスを崩して地面に降り立った。リオならばその隙に間合いを埋め返し、喉元に剣を突きつけることもできるが、あまりあっさりと勝負を決めてしまってはクリスティーナの要望に応えたことにはならない。
だから、リオは微笑して弘明を見据えた。弘明が自信満々に勝負を初撃で決めるつもりだったことは、リオも薄々と理解している。それをあっさりと防がれたのだ。弘明の性格を踏まえれば、思惑を見透かしたように不敵な笑みを浮かべるだけでも、挑発としては十分な効果を発揮するだろう。
「っ、野郎……!」
弘明は案の定、ムキになってリオに向かって再突進した。太刀を低く構え、地を這うようにリオへと接近していくと、思い切りよく斬りかかる。
しかし、弘明の太刀はリオの剣によってあっさりと弾かれてしまった。重い金属音が練兵場に響き渡る。だが――、
「っ、らああ!」
弘明は怯まない。太刀を握る手に力を込めると、思い切り刀を振り回し始めた。その速度はまさしく目にも止まらず、幾重もの剣閃がリオへと迫る。
だが、リオは弘明の攻撃をすべて見切り、剣を振るって淡々と斬撃を弾き続けた。金属のぶつかり合う音が断続的に響き渡る。
「お、おお…………」
ギャラリーは大半が言葉を失っていた。弘明が果敢に剣を振るっていることはわかるが、無数の斬撃は一撃としてリオに届くことはない。
リオは
(動きは速い。けど、それだけだ)
そう、弘明はスピードこそ速いが、技術がまるで伴っていなかった。だから、何をしようとしているのか簡単にわかる。自分で処理しきれない身体能力を手に入れた戦士の典型例だ。リオは淡々と剣を動かしながら、弘明の実力をそう分析した。
現状、ギャラリーから見て攻めているのは弘明だが、弘明が押しているようには見えないことは明らかだろう。それを裏付けるかのように、弘明の顔つきは感情的になっており、対照的にリオの顔つきは落ち着き払っている。そもそもリオは手合わせが始まってからその場を動いてすらいないのだ。
だが、これだけではまだクリスティーナの要望に応えたことにはならない。リオはここからどのように手合わせを終わらせるかを考えた。
すると、弘明はいったんバックステップを踏んで、リオから距離をとる。そして、忌々しそうな顔つきでリオを睨んだ。
「おい。随分と涼しい顔をしているじゃねえか」
と、不愉快そうに言い放つ弘明。
「勇者様こそまだ本気ではないのでしょう?」
リオはしれっと弘明を挑発した。
「っ……、あー、まあ、俺の神装、ヤマタノオロチは特別製でな。身体強化を強くしすぎると騎士が俺の動きについてこられないから、自然と能力をセーブするようにしていたんだが、お前はそれなりに戦えるようだな。まあ、あくまでもそれなりにだが。いいぜ、リミッターを外してやる。本気でやろうか」
弘明はまんまと挑発に乗ったのか、饒舌に語って本気を出すと宣言する。今の発言は審判のアルフレッドも聞いているから、負けた時に本気を出していなかったと言い訳をすることもしづらくなった。
「では、お付き合いしましょう」
リオはそう応じて、自然体で剣を構える。まだまだ実力の底は見えない。
「はっ、その余裕がいつまで持つかなっ!」
弘明はそう言うや否や、リオに突進した。その速度は先ほどまでよりも一段と速い。しかし、動き出しを見切られていることに変わりはなかった。
リオはその場から動かず、再び弘明を迎え撃つ。速度が大幅に向上した弘明の攻撃にも難なく対応してみせた。
「っ……!」
弘明は初撃があっさりと防がれると、意外そうに目を見開く。だが、動きを止めることはせずに、先ほどと同じように剣を振り回して斬撃のラッシュを放ちだした。
だが、それらが一撃でもリオの身体を捉えることはない。やはり、あたかも不可視の結界でもあるかのように、弘明の太刀は弾かれてしまう。
「く、そがっ!」
攻撃が通る気がまったくしない。弘明はそんな感覚を抱くと、苛立たしそうに顔をしかめる。そして、神装でさらなる身体能力を引き出し、リオに斬ってかかった。
「流石ですね、まだ速度が向上するのですか」
と、リオは涼しい顔で弘明を賞賛する。ちなみに、リオは精霊術による身体強化を最初の状態から強めてはいない。弘明の動きが速くなったところで、二人の技術差が埋まったわけではないからだ。わざわざ強化の度合いを強めずとも、弘明をあしらうことは簡単だった。
とはいえ、リオの賞賛は本心からの発言である。リオも驚くくらいに、弘明の身体強化は強くなり続けているのだ。だが――、
「じゃあ、それにあっさり対応しているテメエは何だよ? ああ!?」
弘明はリオの賞賛を本心によるものだと受け取らなかったようだ。声を荒げ、リオに食ってかかる。
「恐れながら、勇者様は身体能力に頼り切った戦いをしているようにお見受けします」
リオはよどみない口調で、弘明に足りていないものを暗に示唆してやった。
「っ、俺の剣術が駄目だって言いたいのか!?」
「いえ、勇者様の戦い方は剣術を会得した人間のものではありません。誰かに剣術を習ったことなどないのでしょう?」
「っ、黙れ!」
弘明は激高したのか、ひときわ強く剣を振り払った。しかし、あっさりとリオに太刀の軌道をずらされ、明後日の空間を空しく切り裂いて終わる。
すると、弘明はさらにムキになり、今まで以上に雑に剣を振り回し始めた。弘明が激高しているのはギャラリーから見ても明らかで、その理由がリオにあしらわれているからであろうということは一目瞭然だった。
「正直に申し上げましょう。私は弘明様を含め、これまでに三人の勇者様と武器を交えたことがありますが……」
リオは弘明の攻撃を受け流しながら、流麗に語る。
「黙れと言っている!」
弘明はリオが喋るのを阻止しようと、大声で怒鳴った。しかし――、
「弘明様が、最も弱いです」
と、リオは弘明に宣告する。
「テ、メェ…………、今、なんて言った? 今、なんて言ったあああああ!?」
「な、にっ!? っ……」
手合わせが始まってからほとんど動かなかったリオだが、ここでようやくその場から姿を消す。弘明は怒りで視界が狭まっていたこともあり、リオの姿をあっさりと見失ってしまった。
一方、リオは弘明の背後に回り込んでいて、背中から剣を突きつける。背後からチャキッと金属音が響き、弘明もその事実に気づいて硬直した。
「まだ続けたいというのならお付き合いしますが、これで終わりにしてもよろしいでしょうか?」
これ以上はやるだけ無駄だ。リオは言外にそう言わんばかりに、弘明に問いかける。
「っ……」
弘明はギリッと歯を食いしばった。よく映画などで背後から武器を突きつけられた時、自分ならば余裕で対処できるはずだと日頃から思っていた弘明だが、現実は無情である。リオが自分を殺すことはないとわかってはいるが、ここからどうあがこうが状況が覆る気がしない。リオとの実力差を本能で感じ取ってしまったのだ。もはや動くことはできなかった。
また、既に勝負が付いていることは、ギャラリーの目から見ても明らかである。誰もがリオの実力を目の当たりにして、これならば王の剣であるアルフレッドに勝利したのも頷けると、息をのんでいた。すると――、
「そこまで! この手合わせ、アマカワ卿の勝利とします」
審判のアルフレッドが手合わせの終了を宣言する。少し遅れて、練兵場には大きな歓声が響き渡った。