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精霊幻想記(Web版) 作者:北山結莉

第六章 今日より明日、明日より昨日へ

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第123話 合流、宿屋にて

 リオは精霊術で空を飛び、クレール伯爵領の西隣にある領のみやこへとやって来た。

 わざわざクリスティーナ達とは別方向に向かったのは、およそ捜索の手が及ばないこの土地で、旅に必要な物資を買い揃えるためである。

 購入する物資は食料がメインだ。

 もちろん『時空の蔵』の中には有り余るほど食料が入っているが、シュトラール地方では手に入らない食材も多く含まれている。そこで、一部の品を除いて別途用意することにしたのだ。

 幸い魔法を使える面々が多いため、火や水で困ることはないだろう。

 他に必要な物資は調理器具や衣類といったところか。

 時刻はまだ朝だったが、腹ごしらえを兼ねて朝食を食べ終えた頃には、既に多くの店が営業を開始していた。

 早速買い物を始めるリオだったが、流石に六人分の物資を買い揃えるとなると一筋縄ではいかない。

 そこで、都市の中で荷を運ぶための馬を借り、上手く人のいない路地裏に入り込んでは『時空の蔵』の中へと荷物を収納していくことにした。

 そうして一通りの買い物を終えた頃には昼前になっていたため、待ち合わせの時刻に遅れぬよう、都市を後にする。

 街道をしばらく進むと、森の中に侵入して精霊術で空へと飛びあがった。移動中は特に問題も起きず、待ち合わせ場所の泉へ時間に余裕を持って到着する。

 リオは泉の傍にあった木に背中を預け腰を下ろすことにした。そこで、セリア達の到着に備えて、あらかじめ先ほど購入した荷物を用意しておく。

 待つこと一時間半――、リオはおもむろに空を見上げた。すると、空からアイシアがふわりと舞い降りてくる。


「春人、もう少ししたらセリア達が来るよ。今のところ追っ手が迫っている様子はない」


 と、着地するなり開口して、アイシアが必要な情報の伝達を行った。


「そっか。ありがとう、アイシア」

「うん」


 返事をしながら、アイシアがリオの隣に腰を下ろす。そのまま、こてりと首を傾け、リオの肩に寄りかかった。


「疲れたかな?」

「うん。眠い」


 アイシアが目を閉じながら返事をした。


「そっか、お疲れ様。セリア先生達が来るまで、寝てていいよ」

「うん……」


 既に睡眠モードに入っているアイシア。すぅ、と、穏やか寝息がすぐに聞こえてきた。


(このまま寝るんだ。……まぁ、いいか)


 本当なら霊体化して体内に入ってもらえば人目につくことはないのだが、あまりにもアイシアの寝顔が安らかで、起こすのをつい躊躇ためらってしまう。

 何故だか隣にアイシアがいると、リオも心がとても落ち着く。結局、セリア達が来る前に起こしてあげればいいかと、リオはアイシアをそのまま寝かせてあげることにした。

 その間、精霊術で周囲全方向に魔力を込めた微風を撒き散らし、半径数百メートル圏内の索敵を行う。

 一箇所に留まり継続して索敵を行うのなら探知用の結界魔術を使った方が色々と効率は良いのだが、アイシアが肩に寄りかかっている状態では結界を設置することもできない。

 とはいえ、リオ程の精霊術士ならばたいした手間でもないため、休憩がてらのんびりと空を仰ぎながら、木漏れ日を肌で感じていた。

 すると、十分もしないうちにセリア達と思しき存在を感知する。


「アイシア、来たみたいだよ」

「……ん」


 リオがアイシアに声をかけると、彼女の姿がすうっと消えた。同時に肩に感じていた心地よい重みが消える。


「ハルト!」


 ややあって、泉から街道へと続く小道から、セリアの声と共にクリスティーナ達が姿を現した。


「お待ちしておりました」


 やや疲れ気味な五人組を見渡し、リオが涼しい顔で挨拶をする。


「……これでも急いで来たのだけれど、私達より先に着いているなんて、いつ追い抜かれたのかしら?」


 クリスティーナが不思議そうに尋ねた。


「私は街道を進まなかったので。一応、旅に必要な物資の購入も済ませてしまいました」


 答えて、リオがはぐらかす様な笑みをたたえる。


「……なるほどね。本当に頼りになるわ」


 周囲に置かれた複数のバックパックに視線を向けると、クリスティーナは観念したように苦笑した。


「とりあえず宿場町の中に入る前にローブの下に着ている服を着替えてしまいましょう。人数分の旅装束を用意しました。サイズが合わないようであれば後で買い直しますので、仰ってください」


 今のクリスティーナ達はローブの下に貴族服や騎士服を着ている状態だ。

 万が一、宿場町の中に兵隊がいて職務質問でも受けようものなら、ややこしい事態になることは避けられない。


「そうね、変装するなら早い方がいいか。ヴァネッサ、着替えるわよ」


 宿場町の中に入る前に着替えを済ますメリットを瞬時に察したのか、クリスティーナがそう言った。


 ☆★☆★☆★


「おお、極上の美少女達がすぐそこで……」


 着替えをするために木々の中に立ち入っていく女性三人の後姿を眺めながら、黒髪の少年二人のうち一人が嘆かわしそうに日本語で(、、、、)呟いた。すると、片割れの少年が呆れ顔を浮かべる。


「先輩、いいから早く着替えませんか? お姫様達が戻ってきちゃいますよ」

浩太こうたは男のくせにロマンをわかっていないな」

「ロマンって、まさか着替えをのぞく気ですか?」


 すぐ傍にいるリオをちらりと見やった後に、浩太と呼ばれた少年が先輩に懐疑的な眼差しを向ける。


「違う! すぐそこで美少女達が着替えを行っているという事実が重要なんだ! 色々と妄想がはかどるだろう?」

「もう黙ってください」


 などと話をする二人を、リオは木を背に座りながら苦笑気味に眺めていた。すると――、


「まったく浩太は……。ハルトさんならこのロマンをわかってくれますよね?」


 と、浩太の先輩が反応をうかがうようにリオに水を向けた。

 浩太がギョッとした表情を浮かべる。


「……残念ながら、俺も浩太さん寄りの立場ですね」


 一瞬の間を置いて、リオが少しぎこちない日本語で(、、、、)答えた。


「や、やっぱり日本語を喋れるんですか? その名前と苗字。日本人……なんですよね? 僕達と同じで勇者の召喚に巻き込まれたんですか?」


 浩太が上ずった声で、せきを切ったように次々と質問を投げかける。


「落ちついてください」

「あ、すみません」


 リオが冷静な声で告げると、浩太がハッと我に返り謝罪した。


「とりあえずクリスティーナ様達が戻ってくる前に着替えてください。話はそれからにしましょう」

「そう、ですね。わかりました」


 そして、数分後。


「まずは自己紹介から始めませんか? 色々とゴタゴタしていましたからね」


 浩太達が着替えを終えたタイミングで、リオが提案した。

 ちなみに今の浩太達は旅向けの装束を身につけている。


「そうだね。言われてみれば自己紹介がまだだったっけ」


 浩太がリオの提案に乗っかった。


「では、まずは俺から。既にご存じかもしれませんが、ハルト=アマカワといいます。年齢は十六歳です」


 リオがシュトラール地方式に名前から自己紹介を行うと、浩太達は少しだけに落ちない表情を浮かべた。

 だが、とりあえずは自己紹介を先に済ませてしまう。


「……そっか。じゃあ僕と同い年か、一個下になるのかな? 僕は村雲浩太むらくもこうた。今年で十七歳だ」

「でしたら俺より一つ年上になりますね。俺は今年で十六歳なので。よろしくお願いします」


 言って、リオが手を差し出した。


「よろしく」


 浩太も手を差し出し、二人で握手を交わす。


「それで、この人は僕の先輩なんだけど……」


 続けて、浩太が隣に立っている先輩に自己紹介を促した。


「俺は斉木怜さいきれいです。学年は浩太の一つ上だけど、今はまだ十七歳かな。たぶん。何しろ日付がわからないからね。よろしく」

「ええ、よろしくお願いします」


 リオは怜とも握手を交わした。


「まぁ、自己紹介としてはこんなところかな。できればさっきの浩太の質問に答えてもらいたいんだけど」


 と、怜が単刀直入に話を切り出す。


「わかりました。まず、確かに俺は日本語という言語を喋れます。でも、俺は日本人ではなくこの世界の人間です」

「え……?」


 リオの言葉が予想外だったのか、怜と浩太が耳を疑い硬直する。

 そこで、余計な質問が寄せられる前に、リオは先手を打って説明を行うことにした。


「実はこの数か月ほど、勇者に巻き込まれて異界から召喚された方々と一緒に過ごしていたものでして。こちらの言葉を教えている過程で日本語を覚えたんです」


 リオが美春達と一緒に過ごしていたことは既に公知の事実だ。この点に関してはあえて嘘をつくメリットはない。


「やっぱり僕ら以外にも召喚されている人達がいたのか……」


 浩太達の興味は《どうしてリオが日本語を喋れるようになったのか》ではなく、《自分達以外にもこの世界にやって来た日本人がいたのだ》という点に向けられた。


「お二人はご存じなかったのですか?」

「うん。何しろこっちの世界の言葉を覚えるのに精一杯だったしね。情報収集のしようがなかったんだ」

「……ちなみにお二人はどうやってこの世界の言葉を習得されたのですか?」

「勇者に選ばれた友人だけ何故か言葉が通じたからさ。彼に協力してもらって地道に頑張った」

「なるほど」


 まぁ、それしか方法はないだろう。言葉が通じなければ日常生活すらまともに送れない。文字通り必死になって言葉を覚えたはずだ。


「ところで、一つきたいんだけど、ハルト君の名前と苗字はシュトラール地方のものなのかな? 僕らの暮らしていた国の名前や苗字と響きが似通っているんだけど」


 と、浩太がうかがうような視線をリオに向ける。


「……この名前と苗字はヤグモ地方、俺の死んだ両親が暮らしていた故郷のものです」


 わずかな間を置いて、リオが答えた。


「あ、ごめん! 変なことをいて。僕らの世界に帰るヒントがないかなって思ったんだけど」


 両親が死んだと聞いて、浩太が慌てて謝罪する。


「いえ、お気になさらず。あまりお役には立てそうにはありませんが」

「そんなことはないよ。ヤグモ地方。この世界の地理を習った時に名前だけは聞いたんだ。いつかそっちに行ってみるのもいいかもしれない。ですよね、先輩?」

「ああ、そうだな。ちょっと気になるかも」


 浩太に話題を振られ、怜が頷いた。

 すると、そのタイミングで、着替えをしていたクリスティーナ達が戻ってくる。

 三人とも質の良さそうな旅装束姿だ。


「来たみたいですね。この話はまた今度にしましょう」

「うん」


 そうしてリオ達は話を打ち切った。


「お待たせして申し訳ない。こちらも着替えが完了した。遅くならないうちに宿場町へ向かおう」


 ヴァネッサが提案し、一同は街道沿いに発展した宿場町へと向かったのだった。


 ☆★☆★☆★


「……これが……今日の宿泊先?」


 宿屋を見上げながら、クリスティーナがぽつりと呟く。

 外観は木造三階建て――そこそこ歴史を感じさせる雰囲気を醸し出している。リオから見ればそこまでボロくはないが、クリスティーナから見ればボロ家も同然だろう。

 というより、姫として生まれ育ったクリスティーナはそもそも宿屋に泊ったことすらないのかもしれない。宿場町の中では比較的マシなランクの宿屋であるが、彼女はどこか呆然とそのたたずまいを眺めていた。


「最高級というわけではありませんが、宿場町の中にある宿屋の中ではマシな方に分類されるはずです。ティナ(、、、)お嬢様にご満足いただけないことは重々承知しておりますが、旅の途中はなにとぞご寛恕かんじょください」


 クリスティーナの横から、リオがうやうやしい言葉遣いで語りかけた。

 ちなみに、旅の途中は本名で呼びかけるわけにもいかず、クリスティーナのことは偽名で呼ぶと決めてある。また、素性を偽るための設定も考えてあった。


「べ、別に不満なんてないわ。いいわ。入りましょう」


 クリスティーナが頬を赤らめ、率先して足を動かした。物珍しそうに宿屋を見上げている姿を見られて、恥ずかしいと思ったのかもしれない。

 リオ達が苦笑してその後を追いかける。そうして宿の中に入ると、受付に中年の男性が一人で座っていた。


「ご主人、こちらに滞在したいのだけれど。人数は六人よ」


 先の失態を払拭しようと思ったのか、クリスティーナが物おじせずに交渉を開始する。


「へ、へぇ。一番安上がりなのは相部屋に泊っていただくことでさ」


 美しいクリスティーナの顔だちに面食らったのか、店主と思しき男性が上ずった声で答えた。


「相部屋?」

「他の客と同じ部屋に寝泊まりするということです」


 頭上に疑問符を浮かべたクリスティーナに、リオがすかさず説明を行う。


「……それは流石に勘弁してほしいわね」


 クリスティーナが微妙に顔を引きつらせた。


「ええ。ですから部屋ごと借りてしまいましょう。ご主人、相部屋ではない部屋を借りたいんだが、空き部屋はあるか?」


 と、リオが店主に愛想良く語りかける。クリスティーナはバトンを渡して一歩下がると、興味深そうにやり取りに耳を傾け始めた。


「ありますが、あいにくうちは五人部屋が最大でして。へへ」


 店主がびた営業スマイルを浮かべて答える。リオ達のことを上客と判断したのだろう。


「なら二部屋ほど都合してほしい」

「へい。料金は小銀貨二枚でさ!」

「受け取ってくれ。釣りはいらない」


 言って、リオはカウンターの台に大銀貨を一枚置いた。


「へ?」


 店主がきょとん目を丸くする。


「実は後ろのお嬢様二人は裕福な商家の育ちなんだが、雲隠れの旅をしていてな。まぁ半ば実家公認なんだが、よからぬ輩が手を出さないとも限らない。それはいわゆる口止め料ってやつだ。ご主人も面倒事は嫌だろう?」


 リオが店主にそっと顔を近づけて冷たくささやく。すると、店主はいっそう媚びた笑みを浮かべた。


「へ、へへ。そ、そういうことでしたら。へへ、誰が来ても何も言いませんぜ。へへ」

「ああ、そうしてくれ。お互いのためにな。場所さえ貸してくれれば特に気づかいはいらない」

「なら食事はどうしやす? パンとチーズなら無料ですが。麦酒と葡萄酒は有料ですぜ」

「そうだな、追加でいくつか食事を用意するから、調理場だけ貸してほしい」

「へい。厨房は勝手に使ってくれてかまいませんぜ」

「悪いな。ありがとう」

「いえいえ。部屋は二階に昇って右の通路を進んだ一番奥の二つになりやす。どうぞ使ってくだせえ」


 大銀貨の輝きににこやかな笑みを浮かべながら、店主が言った。


「ああ」


 リオがこくりと頷き、背後を振り返ると、


「部屋がとれました。こちらです」


 そう言って、一同で手配した部屋へと向かう。

 すると――、


「これが五人部屋ですって? ベッドが四つしかないじゃない! それに内鍵だってないわ!」


 借り受けた部屋の中に入ると、クリスティーナが悲鳴にも似た声を出した。

 そこには木製テーブルが一つと、同じく木製のベッド四台が所狭しと部屋の奥から並べられている。

 彼女が王城でいつも寝ていた特注サイズのベッドとは比べることすらおこがましいほどに粗末なベッドだ。


「一人で一つのベッドを使うことを前提にしていないのでしょう。横に並んで、五人で詰めて寝るんです」

「……嘘、でしょう?」


 クリスティーナが愕然がくぜんとリオの顔を見やる。


「残念ながら本当です。ベッドがあるだけでも、かなり条件は良い方なんですよ」


 リオが苦笑して語る。

 確かに、この宿屋の品質は都市にある宿屋のそれと比べると、平均かその少し上程度にすぎない。

 だが、所詮しょせんここは旅の中継地点として発展した宿場町であり、この町の中ではこの宿屋が間違いなく上位のランクに位置するのだ。

 一応、他に富裕層向けの宿屋がないこともないのだが、そういった宿屋は支配階級層との結びつきが強い。

 権力者から逃走中の身で宿泊すれば真っ先に足がついてしまうだろうと考え、今回はあえてこの宿屋を選んだというわけだ。


「じゃあ俺達はこれで。向かいの部屋にいますが、極力出歩かないようにしてください。変な輩に絡まれても面倒ですから」


 クリスティーナやセリアほどの美少女が不用意に出歩けば、あまり品のよろしくない輩に口説かれることは必至だ。

 とりあえず夕食の準備もあるため、リオは男性陣と一緒に退室しようとした。だが、


「ちょ、ちょっと待って! 部屋割りはどうするの?」


 と、セリアが慌ててリオを呼び止める。


「男性と女性で分けようと思っているのですが……」


 何か不都合があるのかと、リオが不思議そうに答えた。


「ご、護衛が必要じゃありませんか、姫様? この部屋、鍵もないですし」


 セリアが不安そうに提案する。

 ガルアーク王国では美春達と宿屋に泊っていた彼女だが、その宿屋の防犯体制は十分に行き届いていた。対してこの宿屋は色々と杜撰ずさんで、軽いカルチャーショックを受けているのだろう。


「……そうですね。確かに。ヴァネッサだけだと不安ではありますが」


 クリスティーナもセリアに共感しているようだ。

 とはいえ、そうなると男性三人のうち一人に同室してもらうことになる。

 父親以外の異性と同じ部屋で寝たことなどないクリスティーナからすれば、いささか抵抗を感じずにはいられなかった。


「大丈夫ですよ。部屋は別々ですが、よからぬ輩に夜這いはさせませんので」


 と、リオが安心させるよう穏やかな口調で言う。

 しかし、実際に見知らぬ男が部屋の中に入ってきたらと想像すると、クリスティーナの身体はおぞましさで微かに震えた。


「あの、できればアマカワ卿も私達と一緒にこの部屋に泊まっていただきたいのですが」

「え? 自分がですか? いや、しかし……」


 まさかクリスティーナの口からそんな言葉が聞けるとは思っていなかったため、リオが面食らってしまう。

 岩の家で美春達と一緒に暮らしていた頃も、リオはセリアと同じ部屋で眠ったことはない。並べたベッドで同衾どうきんするとなれば、気後れするのも無理はなかった。

 困り顔でヴァネッサを見やると、深く頷き返される。


(その頷きはどういう意味なんですかね……)


 どうにか辞退できないかと、リオは冷や汗を流した。王侯貴族の淑女達の中に男が一人で混ざって眠るなど、想像するだけで居心地が悪そうだ。


「そういうわけだから、貴方達は二人でもう一つの部屋を使ってくれるかしら?」


 リオの懸念も余所に、クリスティーナが話を進める。


「くっ、差別だ! イケメン許すまじ……」

「せ、先輩。そういうのは恥ずかしいですからやめてください」


 怜がぼそりと呟くと、浩太が慌てて釘を刺した。


「いや、こういうのはお約束かと思って」


 怜がしれっと答え、浩太ががっくりと肩を落とす。


「イケメン? 何なの、それ?」


 しっかり怜達の会話を聞いていたのか、クリスティーナが尋ねた。


「あ、えっと、容姿の優れた男性のこと……です」


 浩太がバツが悪そうに単語の意味を説明する。すると、クリスティーナがくすりと上品に笑った。


「ああ、そういうこと。確かに、貴方達の中だとアマカワ卿が抜きんでて格好いいわね」

「め、面と向かって言われるとショックだな。浩太よ」

「先輩、本当にもうやめてください……」


 浩太は恥ずかしそうに顔をうつむかせた。


 ☆★☆★☆★


 二時間後。

 クリスティーナ達が泊まる部屋の机上には、作りたての料理が盛られた木製の食器が所狭しと並べられていた。

 サラダ一つとっても綺麗に盛り付けられており、柔らかそうな牛肉のシチューなど見ているだけでよだれが出てきそうだ。


「美味しそうな匂いね。まさかこんなに美味しそうな料理が出てくるとは思わなかったわ」


 言って、クリスティーナが嬉しそうに頬をほころばせる。歩きっぱなしで疲弊した肉体は切実に空腹を訴えているのだろう。


「お口に合うかはわかりませんが。どうぞ召し上がってください」


 リオの言葉を合図に、みんなが一斉に食事を開始する。浩太と怜は小さく「いただきます」と言っていた。

 料理を口に含むと、すぐに歓声が上がる。


「うわぁ! これ美味しい、すごく美味しいよ! ハルト君! お城で食べた料理より美味しいかも!」


 柔らかく煮込んだ牛肉のシチューを一口飲んだ瞬間、浩太が目を輝かせた。


「ありがとうございます。皆さん歩き疲れているでしょうから、少し濃いめに味付けしました」


 言って、リオがはにかむ。


「ふむ、城に仕える料理人と比肩する腕かもしれん。宿から支給されたパンが残念だと思っていたが、このシチューに合せて食べると相性は抜群だ」

「本当。お腹も膨れるし、一日の疲れが吹き飛ぶわね」


 ヴァネッサが惜しみなく称賛の声を上げ、クリスティーナも満足そうに頷いている。


「ふふ」


 みんなから褒めちぎられているリオだが、当の本人よりも隣に座るセリアの方が皆の反応に対して誇らしげで嬉しそうだった。


「本当に助かるわ。ヴァネッサの料理も美味しいのだけれど、豪快というか大味だものね」


 ヴァネッサを見やり、クリスティーナは可笑しそうに微笑んだ。


「わ、私は騎士が戦場で食べる料理しか習っていなかったんです」


 ヴァネッサが頬を紅潮させる。

 それから就寝時間を迎えるまで、ワイワイと賑やかな夕食が繰り広げられた。


 ☆★☆★☆★


 そして、翌朝。


(春人、そろそろ朝だよ。起きて)


 リオは体内で霊体化しているアイシアに起こされた。

 ゆっくりまぶたを開くと、暗闇の中に見慣れぬ天井が薄っすらと視界に映る。


(ありがとう、アイシア)


 アイシアに礼を告げると、リオは上掛けの毛布をめくって上半身を起こそうとした。


(ん?)


 右腕に微かな重みを感じて、そちらを見やる。すると、セリアがリオの袖をぎゅっと握りしめていることに気づいた。

 すやすやと寝息をたてながら眠っているその寝顔はとてもあどけなくて、リオと同年代か少し年下の少女にしか見えない。


(意外としっかりと握られているな)


 袖を握るセリアの手を無理やり引っぺがそうと思えばやれないこともないが、リオは小さく声をかけて離してもらうことにした。


「セシリア、ちょっと手を離してください」

「んぅ……」


 セリアは小さくうなりはしたものの、すー、すー、と可愛らしい寝息を立てているだけだ。起きる気配はない。


「セシリア。お願いします。手を放してください」


 もう一度声をかけて、リオがセリアを起こそうと試みる。


(そういえば先生、朝は弱いんだっけか)


 普段から寝起きのセリアはほとんど使い物にならないことを思い出す。

 そこで、今度は上掛けの上から小さく肩を揺すってみることにした。

 ゆさゆさ。


「んー?」


 セリアが眠そうな声を出して、小さく身じろぎをする。


「セシリア? 起きましたか?」

「んー、起きたよぉ」


 むにゃむにゃと口を動かしながら、セリアがぱちぱちと眠そうに瞬きをする。


「おはようございます」


 だいぶ寝ぼけているようだが、意思の疎通は可能だと判断し、リオが目覚めの挨拶を告げた。


「んー、リオだぁ。おはよー」


 薄っすらと目を開けて視界にリオを収めると、セリアが嬉しそうに微笑んだ。本当に寝ぼけているのか、「リオ」と名前を呼んでいる。

 リオは慌ててクリスティーナ達を見やったが、まだ眠っているようでホッと息をついた。

 すると、直後、セリアがもぞもぞと上掛けから身を乗り出し、リオの胴体に抱きつく。


「ちょ、セシリア?」


 リオがギョッとして身体を強張らせる。

 これではさっきより状況が悪化しているではないか。

 上掛けの下のセリアは可愛らしいネグリジェ一枚しか着ていない。

 小柄で華奢な彼女だが、ちゃんと女性らしい身体つきをしており、柔らかな感触と体温が直に伝わってきた。


「んふふふ~」


 セリアは再び目をつむると、幸せそうに微笑みながら、すりすりと自分の顔と身体をリオにこすりつけた。


「あの、セシリア。ちょっと……起きてください。お願いします」


 なんだかドギマギしてしまい、リオがやや焦った様子でお願いする。

 セリアの両肩を掴み、少し強めに身体を揺すった。

 すると、セリアの意識が少しずつ覚醒していき、今度はぱちりと目を開く。

 セリアは至近距離からリオの顔を見上げると、しばし時間が停止したように硬直した。ややあって――、


「……ふぇっ?」


 セリアがビクッと身体を震わせた。


「な、ななな、なんでリオがここにいるの?」


 泡を食ったようにパクパクと口を動かすセリア。

 リオは苦笑し、説明を試みることにした。


「おはようございます。昨日、護衛を兼ねて、同じ部屋に寝ることになったじゃないですか。先生を起こそうとしたんですが、どうやら寝ぼけていたみたいで……」

「そ、そっか。そうね、そうだったわね」


 セリアがようやくリオと一緒に寝ることになった昨夜の経緯を思い出す。


「それと、名前の呼び方に気をつけてください」


 リオがセリアの耳元でそっとささやいた。


「あ、ご、ごめん!」

「いえ、こちらこそすみません」


 顔を赤くしてハッと謝るセリアに、リオもバツが悪そうに謝罪する。


「あ、謝らないでよ。寝ぼけていた私が悪いんだから」


 セリアがもじもじと気恥ずかしそうに言った。

 相手が気の強い女性なら、理不尽だが引っぱたかれても文句は言えない場面だろう。


「いえ、その……」


 セリアがおおらかな女性で助かった――と、リオは胸をなでおろした。

 すると、自分の胸元で恥ずかしそうにもじもじとしているセリアが天使に見えて、ついくすりと笑ってしまう。


「な、何を笑っているのよぉ!」


 セリアの頬がさらに紅くなり、クリスティーナ達も起きたのは言うまでもない。

 突然ですがこのたび『精霊幻想記』の書籍化が決定しました。

 これもひとえに皆様のご愛顧とご支援によるものと、厚くお礼申し上げます。ありがとうございます!

 書籍化情報の詳細は私のマイページに更新した最新の活動報告をご参照ください。

 それでは、今後も『精霊幻想記』をお楽しみいただければ幸いです。よろしくお願いします!

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「読める!HJ文庫」にて書籍版「精霊幻想記」の外伝を連載しています(最終更新は2017年7月7日)。
登場人物紹介(第115話終了時点)
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